忍び寄る悪夢 Ⅵ
「セラフィナ少尉、何か気づいたことはあるか?」
俺は隣を早足で歩くセラフィナに尋ねた。
直感的ではあるが、彼女は魔法を感じ取ることができる。
「……そうですね、この要塞内のマナの流れには何か違和感がありますね。 敵か味方のものかは分からないですが、おそらく何らかの魔法が使われているのは明らかです」
魔法というのは自己の体内に有する魔力を用いて自然界に多く存在するマナを操作し事象を操ると定義されている。
そのマナは地域によって量や密度などが違い、一般的にマナが多ければ魔法が使いやすく、少なければ使いにくいと言われている。
魔法が使える者であっても通常はマナは見えないが、セラフィナのようにエルフの中でもハイエルフと言われている純粋種であれば感覚的にではあるがその流れを見ることが出来るらしい。
「流石に詳細まではわからんか」
「……残念ながら。 詳細に関してはジルド少尉の方が専門的ですから報告待ちかと」
「了解だ。 ベラスコ曹長、隊員達の自殺が始まったのはいつ頃からだ?」
「正確にはわかりませんが先の戦闘が終了してからでしょうか……。 最初は酷い戦闘でしたから、精神的な問題かと思われたのですが……」
言い淀むベラスコ。
どうやら先の戦闘で何かがあったらしい。
戦闘、それ自体の損耗は軽微と聞いてはいたのだが……。
「酷い戦闘? こちらの損耗は軽微と聞いているが?」
「はい、直接的な戦闘での被害はありません。 ……ただ、私の口から申していいのか判断がつきかねます」
ベラスコの困惑した表情を見る限り、おそらく公式にはマズい類の問題なのだろう。
大抵こういう場合は法律や軍規に反したり、色々とグレーゾーンな場合が多い。
俺は本来であれば見て見ぬ振りをするタイプの人間ではあるのだが、先の戦闘に関しては現状の問題の直接的な原因である可能性が高いため、そうは言ってはいられなかった。
「いい、俺が許可する。 正式にはまだ指揮権は委譲されていないが、サヴィーノ准尉と合流し次第、この要塞の指揮権は俺が引き継ぐことになるだろうから問題はないはずだ」
おそらく要塞の被害状況を考えるに大尉以上の将校は残ってはいないだろう。
「……では。 先程の戦闘なのですが、敵の姿がいつもと異なったんです」
重々しく口を開くベラスコ。
その顔はどこか申し訳なさそうな、そして酷く後悔しているのが見て取れた。
「いつもと異なる? 兵科の違いか?」
「いえ、敵そのものが違ったといいますか……」
「キネロ王国兵ではないのか?」
「王国兵……と上の方は判断したようですが、私いや、私達にはアレはただの……武装した民間人に見えました」
「……民間人だと!?」
「はい。 いつものキネロ王国兵であれば、ほぼ全員が革鎧に剣か槍、後方部隊であれば弓を持たせて攻めてくるんですが、今回は……その、
「それは……。 で、ラミロ少佐は発砲を命じたのか?」
ーーーキネロ王国は何を考えている。
たとえ中世レベルの文明しか無くても領民は国家の財産だ。
簡単に消費していいものではない。
領民を消費すればするだけ、税収が下がり労働力も低下する。
ようは国力が低下するのだ。
まさかこれまでの戦闘で兵士達が尽きたとでもいうのか。
それとも単なる口減らしか。
だが、それとほぼ同時にこちらは敵からの『呪術』による攻撃を受けている。
そうだとすると、『呪術』攻撃と彼らは何らかの密接な関わり合いがあるのではないだろうか。
未だ分からないことが大半であるが、個人的には嫌な予感がする。
「……はい。 おそらくギリギリまで敵の姿を確認しようとしたのだと思います。 榴弾砲や迫撃砲は使用せずに防壁の目の前まで敵を引きつけ、降伏勧告もしました。 しかし、敵に政治将校のような者がいたようで降伏を選んだ者は仲間内で殺され、結局要塞を攻めるしかなくなったようです」
政治将校か。
ますます分からなくなってきた。
兵士だけでなく、弾除けとして民間人を使って数の暴力で押し切るというのは考えられる戦法である。
だがーーー
「確認だが、敵は数は二万なんだよな?」
「そうです、その武装した民間人がほとんどでした」
高々二万の兵、それも民間人を武装させた程度でこの要塞が落とせないことは敵の指揮官でも分かっているはずだ。
ーーーそれとも敵の指揮官がよっぽど無能なのか。
敵であるキネロ王国は専制政治をとっている国だ。
兵を率いるのはそのほとんどが貴族であると聞いている。
それに士官学校のような指揮官を養成する学校のようなものもなく、軍の指揮は親や古参の兵達から教わるか、戦場での場数を踏むかのどちらかしか無かった。
そのため、今回命じたのがとんでもなく無能な指揮官である可能性も否定は出来ない。
しかし、同時に敵の『呪術』攻撃を受けている以上、無関係とは思えない。
隣を歩くセラフィナの顔を覗くも、彼女も俺と同じ困り顔であった。
「……少佐を尊敬する。 少なくとも俺にはその判断が出来るかはわからない」
このリーズ要塞の防壁は高さ約五メートルの土壁だと事前に見た資料には記載してあった。
どっかの巨人の侵入を防ぐための壁ではないため、防衛する側が無抵抗であれば二万の軍勢がよじ登り防壁を突破する可能性は低くはない。
少数であればその者達を拘束すれば問題はないが、千の兵士で二万の敵には対応出来ない。
それ故、指揮官は壁を乗り越え部下の命を狙う者を撃つように命令しなければならなかった。
ーーーそれが民間人、たとえ女子供であってもだ。
この決断は業を背負う行為そのもの。
一生、人生に暗い影を残す消えない傷だ。
場合によっては何も分かっていない政治家連中に上手く使われたり、民衆に吊し上げられるかもしれない。
それを命じたということは、少なくともラミロ少佐にはその覚悟があったという事だ。
ーーー果たして俺にはその決断が出来るだろうか。
「我々も出来る限り、政治将校を狙ったのですが、最終的に捕虜に出来たのは二万の内、二百人程。 ……後味の悪い戦いでした」
「よく戦った、気に病む必要はないさ。 全ての責任は指揮官にある、兵士達には何の責任もない。 ……それでその捕虜達は何処にいる?」
やはり捕虜がいた。
もしかするとその中に『呪術』の術者が紛れ込んでいる可能性が高い。
そうでなくても、彼らを尋問してみれば解決の糸口に繋がる何かが見つかるはずだ。
「南ブロックの運動場を一時的に収容スペースとして利用しています」
「……ふむ、南ブロックか。 了解した。 こちら吾妻、聞こえるかジルド少尉」
俺は装備する咽頭マイクをオンにして対呪術対策チームを率いているジルド少尉を呼び出した。
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