忍び寄る悪夢 Ⅴ
ちょうど各部隊へ今回の事案に対する編成及び対策を通達し終わった頃。
輸送ヘリがリーズ要塞のヘリポートに降り立ち、後部ハッチが開くと、部下を二名連れた兵士が勢いよく機内に乗り込んでくる。
「ーーーお待ちしておりました! 吾妻大尉!」
おそらく出迎えの兵士達であろう。
兵士の階級は曹長、その部下は上等兵であり、その青ざめた顔で行う敬礼がすべてを物語っているように感じた。
「ベラスコ曹長です、お迎えにあがりました。 准尉が司令室でお待ちです。 お荷物をこちらに」
「あぁ、頼む。 セラフィナ少尉、それにポメス、篠田はついて来い」
「「「了解」」」
彼らに荷物を預け、要塞司令室へと向かう。
そのメンバーは当初の打ち合わせ通り、俺とセラフィナ、そしてよく見知った護衛の兵士二人だった。
「ところで曹長、
現在リーズ要塞は敵の魔法攻撃を受けている可能性がある。
敵の狙いは指揮官のみなのか、それとも下士官や一般の兵士達も含まれるのか判断がつかない現状、被害を最小限度にするため、要塞内のすべての者に
もっとも、リーズ要塞から送られてきた数少ない情報で俺達はその可能性を導き出せたわけであり、実際現場にいれば指揮官がその判断を下すことは容易であろう。
ある意味、現在リーズ要塞の指揮を取るサヴィーノ准尉の器を測るいい機会であった。
「はい、一応。 准尉の命令がありましたので。 こちらです」
先ずは最初の段階をクリアといったところか。
場合によっては補佐している下士官が有能という事も考えられるが、仮にそうだとしてもその具申を吸い上げる以上、彼、彼女はそれなりに判断能力を有する指揮官であることに間違いはないだろう。
それに准尉が指揮を取っているということは次席指揮官が目の前のベラスコ曹長である可能性が高い。
ここは少し状況を聞いてみるか。
「あぁ、それは重畳。 状況は?」
曹長に促されるまま、司令室へと歩を進める。
本来であれば整備兵や補給物資の受け取りの兵士で賑わうはずのヘリポートは不気味なほど人気が無かった。
「ーーー端的に言って最悪です。 私の小隊に限って言えば部隊のほぼ半数が壊滅、正直、次に戦闘になればまともに戦えないでしょう」
「な……小隊の半数がだと。 何が起こった?」
まさに最悪の状況。
彼の言う通りであれば小隊の半数、要するに約二十名が犠牲になったという事だ。
信じたくは無い、だがおそらくこの要塞内で最上位の将校である俺は受け入れるしかなかった。
目の前の単なる事実を疑うのは無意味な行為であり、なんの生産性もなく、部下をただただ不安にさせるだけだ。
こんななりでもそれなりに戦場で経験を積んできた俺はそれを十分に理解していた。
「……ほとんどが自殺です。 まさか自ら命を絶つとは……。 はっきり言って異常です、やはり敵の魔法による攻撃でしょうか?」
死因はやはりラミロ少佐と同じ。
おそらく敵の狙いはこちらの指揮官だけでなく、一般の兵士達を含んだ要塞全体。
そうだとすると次の敵の一手はーーー
想定している中でも最悪のパターンだった。
このリーズ要塞全体の損耗率はまだ分からないが、小隊規模で半数の被害が出ているのだ。
あまり良い期待は出来ないだろう。
「……そうだな、
もしそれの起動後、被害が少なくなったのなったのならば敵の魔法攻撃であることだけでなく、
「起動後はだいぶ落ち着きました。 私の部隊には起動後の死者は出ていません」
「なら、魔法による攻撃には間違いなさそうだな。 曹長、
「えぇと、少々お待ちを。 ……あと四十分ですね」
俺達の
彼らは俺達よりも十分ほど早く
「これはマズいことになったな。 ……後四十分でこの問題を解決しなければならないということか」
今回問題となる『呪術』という魔法は一定時間の継続的な魔法だ。
『呪術』研究をしている我が母校の研究チームによるとその継続時間は長いもので半日程度らしい。
もし敵が『呪術』を直近で使っているようであれば、一時間しか相手の魔法を無力化できない
もちろん、『呪術』は生まれ持った強い魔法抵抗力がある場合や健全な精神状態であればその効果が及ばないらしいが、ここは戦場、まともな精神状態の者がどれだけいるものか。
少なからず被害は出るのは確実だった。
解決方法は二つ。
一つはまだよく分かっていない『呪術』の媒介物を破壊すること。
二つ目はその術者を始末することだ。
『呪術』は術者が近くにいなければ成功率が下がるという点から、我々がリーズ要塞から一時撤退することも考えられるだろうが、四十分では難しいだろう。
輸送ヘリや車両は利用できるものの、約四十分でどれだけの兵をこのリーズ要塞から脱出させられるだろうか。
この要塞には今俺が率いてきた中隊を合わせて千二百名の兵士達がいる。
特にこのリーズ要塞を守護する第二十九歩兵大隊は部隊を率いるはずの多くの将校を失っている可能性が高く、単に脱出するだけでも四十分で間に合うかどうか怪しいところだった。
それにこの要塞には現代兵器が山積みであり、それを完全に破壊、更に機密資料も破棄してからでないと脱出そのものが出来ない。
統合軍がキネロ王国を始めとする多くの人族の王国に対して優位性を保っていられるのはその確固たる軍事技術を有するからである。
そのため、統合軍では兵士の命よりもまず相手に武器を渡らせないことが最優先とされているのだ。
なので撤退という選択肢は無かった。
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