忍び寄る悪夢 Ⅳ

「……内通者の線は考えたくもありませんが少なくとも頭の片隅には置いといたほうがいいかもしれません。 ただ、媒介物には今挙げた他にも多くありますから敵は私達が予想し得ないものを媒介物にしている可能性も否定できません」


「……はぁ、内通者か。 考えたくはないな。 その『呪術』を止める方法は無いのか?」


 ただでさえ敵の攻撃を受けている状況で内通者がいると多くの将兵に知られれば、現場は混乱に陥る。

 少なくとも今まで信頼し合っていた同僚達を疑うようになり、しまいには内部でスパイ狩りが始まるのだ。

 もうそうなってしまえば戦闘どころではない、まさに敵の思う壺であった。


「『呪術』の場合、媒介物を破壊するか、術者を始末するかの二択しかありません」


「……媒介物が分かっていない現状なんとも言えないな。 特定も難しそうだ。 術者は、そうだな呪術をかけた者の近くにいたりするのか?」


「……それなりに近くにいるとしか答えようが無いですね。 術者とその対象者の距離の問題は未だ謎が多い分野です。 ただ、少し前に戸塚国際大学の研究チームが五キロ先から『呪術』をかけることに成功しています」


「そもそもあの大学が魔術研究を行っていたことに驚きだ。 ……五キロ先か、戦場での安全圏内だな。 リーズ要塞からだとおそらく近隣の現地民達の村々まで含むことになる。 捜索には骨が折れるな」


「そうですね。 しかし、『呪術』はその距離と成功率が密接に影響します。 例えば、術者とその『呪術』の対象者の距離が近ければ成功率は上がりますし、遠ければ確率は低くなります」


「……だとすると近くに潜んでいる可能性もあるのか」


「はい。 それこそ人を自ら死に至らせるような『呪術』であればそもそもの成功率が低いですから万全を期すため、術者であれば出来る限り近くに行こうとすると思います」


「それは有難いと言うべきか。 ……要塞の周囲の警戒が急務だな。 そういえば、先の戦闘では捕虜は取ったのか?」


 もし捕虜がいたとしたらその中に魔術師が潜伏している可能性が高い。

 ヘリの窓から要塞の周囲を見渡すと、少なくとも要塞の周辺一、二キロは見通しの良い平地が広がっており、敵の潜伏には適してはいなかった。


「……わかりません。 そこまでは聞けなかったので……。 なお、『呪術』は人の精神をコントロールする魔法ですが、その人の精神的な状態や生まれ持った魔法抵抗によって成功率は大幅に下がることになりますのでご注意を」


「その忠告が役に立つ事態は想定はしたくないが、媒介物が何かわからない以上、注意した方がよさそうだな。 確認だが、それは要するに人を殺す呪術だった場合、相手がポジティブであれば大幅に成功率が下がり、うつ状態だったら成功率が上がるって認識でいいのか?」


「その通りです。 生まれつきの魔法抵抗力というのもありますが、『呪術』は人のメンタルに左右される不安定な魔術なんです。 それに媒介物の選定など厄介な事が多く、本来は魔法を使えるものであってもあまりやろうとはしない分野なんです」


「……だが、戦場の兵士たちであれば効果はてきめんだ。 特に実戦経験のある兵士なら尚更だ」


 兵士の役目は災害派遣なんて甘いものではない。

 ーーー人を殺すことだ。 

 現代は引き金を引くだけで相手の顔も見ずに殺すことが可能だ。

 そして旧時代と比べ一人で多くの者を殺すのもザラだった。


 もちろん人を殺して平気なやつもいる。

 だがそれは少数派だ。

 一度引き金を引いた者であれば、遅かれ早かれ自分の罪の重さを実感するときが来るのだ。

 軍は全ての責任は上官の責任、ひいては国の責任と説くがそれを真に受ける者は少数であろう。


 だから、その罪の意識は徐々に精神を、そして生活すらも削っていく。

 カウンセリングを受けたところでその罪の重さは軽くはならない。


 既にリーズ要塞はキネロ王国より数多の襲撃を受けており、引き金を引いたことのない兵士は少数である可能性が高い。

 難攻不落の要塞でもっとも脆弱なのが人のメンタル。

 ーーー笑えない冗談だ。

 リーズ要塞は『呪術』を駆使する魔術師にとっては絶好の狩場だった。


「……そうですね。 魔術師としてそこが盲点でした。 まさかそこに敵がつけ込んでくるとは」


「まぁ、無理もない。 敵も馬鹿では無いということだ。 それにこれは憶測に過ぎない、実際に現場を確認してみたら全然違ったということもあり得るだろう。 ……ただできる限りの対策は取らせてもらう。 少尉、中隊から魔術師資格を持つ者を選抜し、『呪術』対策チームを編成してくれ。 基地に着き次第、行動に当たらせる」


「了解。 第三小隊のジルド少尉が『呪術』に関して専門家なので彼を中心に編成します」


「ジルドか、彼なら問題無いだろ。 あと隊員全員の守護札タリスマンを起動させるように命じてくれ。 パイロットもだ。 途中で墜落されたらたまったもんじゃないからな」


 守護札タリスマン、それは統合軍が正式採用する対魔法防御装備であり、前線部隊の兵士に一つずつ配られているスマートフォンのようなでデバイスである。

 それを起動すれば大抵の『魔法』は防ぐことが出来る優れものであるが、効果時間は一時間が限度。

 これを起動するということは要するに一時間以内にこの問題を解決しなければならないということでもあった。


「了解。 パイロットに高所恐怖症の大尉を安心させるように言っておきます」


「……はぁ、余計なことは言わんでいい」


 ため息一つ。

 高所恐怖症であることは事実ではあるが、今は置いておこう。

 意識するほうがツライのだ。


 ーーー状況は逼迫しつつある。

 おそらくこの状況、現在指揮を取っているサヴィーノ准尉も無事ではないだろう。

 もしかしたら、この俺も無事では済まないかもしれない。


 確実に分かることなんてこの場では副官のバストサイズぐらいだ。

 自称Bカップと言ってはいるが、実際はギリギリAカップあるかないかのまな板なのである。

 もっとも個人的には貧乳には貧乳なりの魅力がーーー

 閑話休題。

 あー、こほん。


 少なくとも今分かっているのは、これから先俺が先頭に立ってその解決に当たらねばならないという事だけだ。

 肩に光る金色の一本線に三つの星、平時は誇らしいその将校である証が今は恨めしかった。

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