忍び寄る悪夢 Ⅲ


「……敵の攻撃でしょうか?」


「だろうな、おそらく。 情報が少なくて判断に迷うが、敵の指揮官を狙った攻撃に違いないだろう」


 ーーーそう、敵の攻撃。

 それ以外、この状況を合理的に説明できるものはなかった。

 ラミロ少佐を始めとした集団自殺というのも考えられるが、それは異例中の異例。

 あまり現実的な考えではない。


 かなりの数の将校を飛ばして准尉に大隊の指揮官が移譲されるという事は、他の将校達は既に死亡しているか、指揮が出来ないような状況に陥っているのは確実だろう。

 古来より部隊の統率を乱す為に指揮官をピンポイントで狙って攻撃するというのはあり得ることだった。


「やはり魔法による攻撃……」


 ぼそりとセラフィナが呟いた。

 現在、独立都市『東京』およびその同盟国である魔王国はキネロ王国を始めとした人類側諸王国と敵対関係にある。


 その人類側諸王国で厄介なのが、『魔法』だ。

 この世界には『魔法』があり、それを行使する魔術師がいる。

 魔力量の少ない人族の中では魔術師になれる者はごく少数であるが、人を殺傷できる程度には魔法技術が発展しており、人類側諸王国は彼らを戦場に投入してきている。


 ーーーただ、それが問題になった例は少ない。


 大抵の場合は音速を超える鉛弾で解決出来るからである。

 しかし、その『魔法』の問題が表面化するのならば厄介この上ない。

 要するに鉛弾で解決が出来ないような状況なのだ。

 歴史的に浅い統合軍の戦史の中でも『魔法』が問題となった場合、ほとんどの場合ロクでもない結末を迎える事になる。

 ーーー出来れば杞憂であって欲しいのだが……。


「少尉、何か思い当たるものでもあるのか?」


 もしこれが敵の攻撃ならば、ラミロ少佐を例に見るようにおそらく人の精神に働きかける何か。

 それも自ら死を選ばせるマインドコントロールの類のものだろう。

 セラフィナは俺の副官でもあるが、魔術師でもありその知識は豊富だ。

 彼女であれば何か思い当たる魔法が一つや二つあるに違いなかった。


「いえ、これは単に推測に過ぎないのですが……大尉は『呪術』というものをご存知ですか?」


「『呪術』……あぁ、なんと言ったらいいか分からないが、いわゆる呪いってやつだろ? 丑三つ時に相手を象った藁人形を木に打ち付けるみたいな」


「まさにステレオタイプな呪いのイメージですね。 ……そうですね、ざっくりとはその理解でいいと思います。 区分けについては色々な議論がされていますが『呪術』は魔術の一種であり、主に人の精神に働きかける性質を持っています」


「マインドコントロールの一種という事か?」


「その通りです。 人を殺す『呪術』である場合、魔力を用いて相手の精神に働きかけ、その相手が自ら命を絶つようにコントロールします」


「……おいおい。 それはまさに今回のケースに当てはまるんじゃないか?」


「あまり当たっては欲しくありませんが、おそらくは。 ただ、この『呪術』には問題が一点あって、それは通常の魔法とは異なり、媒介物が必要になるということです」


「媒介物?」


「はい、例えば殺す相手の血液や髪の毛など魔術的に個人が特定される物が必ず必要となります」


「……ふむ、だがそもそも敵がラミロ少佐の髪の毛や血液なんて入手することは困難だろ。 それに他の将校も被害にあっているのだとしたら、数が多い分余計に難易度が上がるはずだ」


 そもそも独立都市『東京』も魔王国もキネロ王国との国交はなく、人の交流は無い。

 もちろん、リーズ要塞もだ。

 民間の交流すらないこの状況で敵はどのように媒介物を手に入れたのだろうか。

 考えられるとしたら要塞内部に内通者がいるということだがーーー

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