忍び寄る悪夢 Ⅱ
「どうした? 基地で何かあったのか?」
彼女の慌てぶりから察するに緊急の要件に違いは無かった。
「……どうやら先程、戦闘があったようで」
戦闘、それ自体は驚く事ではない。
俺達の所属する統合軍、つまり魔王国と独立都市『東京』の連合は隣接するキネロ王国と戦争状態にあった。
その戦いの最前線、リーズ要塞は度重なるキネロ王国の攻撃にさらされており、兵力拡充のため、俺達第三十二独立歩兵中隊が向かうことになったのだ。
だから驚く事はない、そのはずなのだが……。
「……規模はどれくらいだ? 攻勢にさえ出なければこちらの被害は軽微なはずだ」
そもそもキネロ王国と統合軍には如何ともしがたい技術・文明的な差がある。
未だに剣や槍、弓などが兵士達の主要装備なキネロ王国に対してこちらの統合軍は各兵士に小銃が行き渡っており、陣地防衛の為の重機関銃に榴弾砲、迫撃砲、それに攻撃ヘリまで揃えている。
現代兵器対古代兵器。
彼我の戦力差は明らかだった。
もっとも、リーズ要塞の目的は侵略ではなくあくまで武力の示威行為。
そのため、防衛に必要最低限の人員しか配備されておらず、局地的な戦闘を除けば攻勢に出るようなことは難しかった。
「ーーー要塞での防衛戦です。 敵の規模はおよそ二万、戦闘は既に収束。 こちらの損害は軽微のはずですが……」
「……二万か、キネロ王国側も無茶をする。 彼我の戦力差は明らかだというのに……ん? はず?」
リーズ要塞で待ち構えるのは千の兵士に四方に設置された八門の榴弾砲。
いくら二万といえど敵を全滅させるのにものの数分で十分なはずの戦力だった。
今までのキネロ王国との戦闘記録では常にキネロ王国側の惨敗であり、戦闘というよりは虐殺に近かった。
ーーー相手の指揮官だって分かっているはずだ。
少なくとも要塞に近づけば慈悲のない死が待っているという事を。
それなのにも関わらず攻めてくるというのは、余程の馬鹿か、何か政治的な意図があるか、まぁどちらにせよ下らない理由に違いなかった。
ただ、今は何か含みを持たせた言い方のセラフィナが気がかりだった。
「何か問題でもあったのか?」
「……ええ。 えーっと、何と言ったらいいのか。 ……先程、要塞の司令官であるラミロ少佐が死亡されたとのことです」
「なっ!? ……少佐が!?」
ラミロ少佐とはリーズ要塞の守備隊である第二十九歩兵大隊の司令官である。
確か統合軍設立前の魔王軍時代にも一軍を率いていたことのある人物であり、先の大戦では兵站部門、つまり補給部隊の指揮官であった。
目立った功績というものは見られないが、無難に仕事をこなすことのできる人物であり、統合軍に再編成された際には旧魔王軍関係者としては第一期で士官学校を卒業していることから優秀な人物と評されていた。
「はい、信じられませんが……」
「戦闘で負傷されたのか?」
「いえ……その、自ら命を絶ったとのことです」
「なんだって!? ……自殺。 欺瞞情報ってのは……ありえないな。 一体少佐に何が起きた?」
少佐は統合軍に任官以降も実戦経験があり、件のリーズ要塞でも幾度となく戦闘経験を積んでいる人物だ。
積み重なった精神的なものというのはあるかもしれないが、基地司令官としての立場を考えれば唐突な自害というのはあまり考えられるない。
ーーーまさか、よっぽど追い詰められていたのか。
それとも先の戦闘で何かあったのか。
「わかりません。 向こう側も随分と混乱しているようで、一方的にその情報を伝えるのみで……」
「……まぁ、指揮官がいきなり自殺したんだ。 そりゃあ無理もないだろう。 ……しかしマズいな、一応王国側との戦闘は終わったとはいえ第二波が来る可能性もある。 今指揮を取ってるのは誰だ?」
「本来であれば大隊の副隊長であるルフィノ大尉が指揮を取るらしいのですが、大尉も精神的な問題を抱えているようで、軍医の判断で指揮権が凍結されているとのことです」
「次席指揮官も精神的な問題があるのか!? ……一体先の戦闘で何があったというんだ」
「……わかりません。 ただ現在、大隊の指揮を取っているのはサヴィーノ准尉だそうです」
「はぁ!? 准尉が!? ちょっと待て! 副隊長がダメでも大隊本部の幕僚や小隊指揮官の中尉や少尉連中が残っているはずだ」
通常、一個大隊では兵士達を指揮する将校が最低でも二十人弱は必要であるといわれている。
いくら将校不足が顕著な統合軍であっても、大隊規模であれば将校の中の一番下の階級である准尉が全体指揮を取るのはまずもってありえない。
ーーーそれこそ、戦闘で文字通りの全滅に近い状態ならばあるのかも知れないが。
そこまでリーズ要塞は酷い状況なのか……。
例えば、指揮官が少佐であれば、次に指揮を取るのは一階級下の大尉であろう。
その次には中尉、少尉となり、准尉はその下だ。
そもそも准尉は将校見習い、つまり士官学校出たばかりの者に与えられる階級である。
ラミロ少佐の指揮する第二十九歩兵大隊の規模は千名。
それに指揮官は純粋な歩兵だけでなく、麾下の砲兵隊や五十台以上もの戦闘車両をその管理におくのだ。
どれだけ優秀な者であっても、准尉では経験不足は否めない。
それに軍の指揮官はミスがあってはならないのだ。
いや、あったとしてもそれは隊員達の命に関わらない程度に抑えなければならない。
ーーーそう、先週俺がやらかした経費の計算ミスのように。
「わかりません。 要塞司令室からの通信ではサヴィーノ准尉が指揮を取っていると、それだけでした。 どうやら混乱しているようですぐに通信を切られてしまい……」
「一体どうなってるんだリーズ要塞は……」
要塞を管理する大隊指揮官の自死。
それに加え次席指揮官の精神的な問題による離脱。
消えた他の将校。
急遽指揮を取ることになった准尉。
ーーーこれが意味するのは……。
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