プロローグ Ⅳ


「……恨むなら時代を恨むんだな。 中尉、キネロ語を間違えていたら訂正を頼む」


 これから相手にこちらの要求を伝える。

 もっともキネロ王国側はそれどころではないようだ。

 王は発狂し、側近達は怯え震え上がる。

 だが、それこそが狙いだった。


「……はぁ……了解です」


 通訳という面から考えるとキネロ語が堪能なセラフィナがベストであるが、この状況で最も効果的なのが指揮官であり、皇太子を殺した俺の言葉だった。


「あーあ、そのだな。 諸君……」


 未だ慣れないキネロ語で話しかけるも全然注目してくれない。

 国王は興奮のあまり全身を痙攣させているし、側近達は寄り集まって誰を銃弾の盾にしようか争い始めている。


 ーーー既に彼らに帰る場所はないというのに。


『傾注せよ!』


 はっきりとそして威圧的な一言で周囲の注目を一瞬で集めるのは頼れる鬼軍曹もとい曹長のチェスだった。

 流石はチェス、やはり年季が違う。

 一体どれほどの新兵を震え上がらせてきたのだろうか。


「あぁ、ありがとうチェス曹長。 ……はぁ、あんまこういうのは柄ではないんだが」


 俺は震える国王を指差し、宣言する。


『私は独立都市『東京』より北方防衛を任された吾妻新太郎である。 貴殿の娘の命が惜しければ、二度と我が国及び我々の基地に手を出すことをご遠慮いただこう。 もし出したらどうなるか、わかるだろう?』


 自身が悪役であることは否定しない。

 使えるものは全て使う、それが戦争だ。

 狂ったように、いやもう狂っていると言っても過言ではない状態のキネロ国王は未だ宥めようとする一部の側近を殴り飛ばし、俺達に罵声を浴びせる。


「どうだ通じたか中尉?」


「えぇ、おそらく。 ただ、息子を目の前で殺され、娘が誘拐されそうになっているこの状況では国王が正気を保っていられないのも無理はないかと」


「まぁな。 なんて言ってるんだ?」


「……さぁ、まぁ少佐に対する罵声である事に間違いはなさそうですが」


「だろうな。 ……とりあえず、側近にはさっきの宣言は伝わっただろうか」


 重要なのはさっきの宣言だ。

 ようは人質を取っている手を出すな。

 特に次期国王の候補となるキネロ国王の子供は既に捕らえられている第一王子と俺が担ぐ第三王女以外は既に亡くなっているか、我々が殺害している。


 国家としての文明・技術力の差だけでなく、虎の子の後継者までこちらの手中にあるのだ。

 彼には従うしか選択肢は残されていなかった。

 もっとも、それは伝わっていればという話ではあるが。


「おそらくは。 半狂乱になっている者もいますが比較的冷静な者も残っていますから」


「それは重畳。 とりあえず、この際伝わるのならばなんでもいい。 ーーー撤退だ。 シエラ1に連絡、今から王城を出ると」


「了解です」


 俺は踵を返し、セラフィナに迎えのヘリを呼ぶように命じる。

 城外にはガンポッドを装備した汎用ヘリコプターニ機と荒事に長けた三個小隊が展開しており、周囲の敵は既に無力化されているだろう。


『……兄上、そんな……そんな……。 離せっ! このっ! 虜囚の屈辱は受けん、がっ!』


 徐々に体が回復してきたのか第三王女の抵抗が強くなる。

 しかし、俺は容赦なく彼女の頭をショットガンの銃床で殴った。

 ーーーお遊びの時間は終わりだった。


『それは困りますね姫さま。 せっかく文明開花の中心地にご招待しようとしてますのに』


「うっ……」


 頭から血を流しぐったりとする第三王女。

 ーーーふむ、少しやり過ぎたか。


「チェス、いい加減重くなった。 この女を頼む」


 俺は担いでいた彼女をチェスに投げ渡し、踵を返す。

 そもそも佐官の俺が捕虜を運ぶ必要もない。

 それは部下達の仕事であり、担ぐのはパフォーマンス他ならなかった。


「はっ!」


 素早く俺に駆け寄り、彼女を受け取るチェス。

 ーーーおっと、一つ忘れていた。

 再び踵をを返し、泣き崩れているキネロ国王の方を向く。


『ではご機嫌よう。 お義父様』


 疑念はさらなる疑念を生む。

 人は一度疑い出したらキリがなくなる生き物である。

 植え付けられた疑念はまるで呪詛の如く、己を蝕み続ける。

 この言葉に今はあるのか、ないのか。

 それが分かるのは俺だけだった。

 さてどう出るキネロ国王。

 俺の部下を散々殺した代償はこんなものではない。


 ーーーさぁ、ショータイムの幕開けだ。

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