東川サクラタウン
@waca
東川サクラタウン
夜。実家のマンションに久しぶりに帰ってきた。
最寄りの
GWに一度顔を出すつもりだったのだが、ウィルスの流行で全国的に外出自粛要請も続き、予定を先延ばしにしていた。
それもようやく落ち着きを見せてきたので、念のため親に会っておこうと思っていた。
マンションのエレベーターで、偶然、地元の友人に
エレベーターの扉が開いて一瞬、二人の時間が止まる。
『あっ。』
お互いの声が重なって、予定のない再会に恥ずかしさが込み上げてくる。何か喋らねばと、必死に名前を思い出す。
「久しぶりじゃん、よし……? 芳田さん?」
「なにしてんの、赤橋」
こちらが気を遣って『さん』をつけても呼び捨てで返される感じは懐かしい。
「名前覚えてないとかひどくない? いま忘れて……あー!」
話してるうちにエレベーターの扉が閉まりはじめて、芳田さんが中で開けるボタンを連打していた。
馬鹿らしくって声を出して笑った。すぐにマンション内に響くことに気付いて、焦って笑いを飲み込んだ。急に止めたから、咳き込んでしまう。
「あーもう、むかつく」
芳田さんはそう言ったが、表情は怒っていないようだった。
友人と言えるほど親しかったかと言われるとそんなことはなかったように思う。
小学校と中学校は同じ所へ通っていたが、それほど話した記憶はない。通学路は同じだから遭遇することくらいは何度もあって、会えばお互い茶化しあっていたくらいなものだ。
高校に進んでからは学校こそ違えど部活動はたまたま同じで、地区大会なんかで会うたびにやはりお互い茶化し合う仲だったように覚えている。
だけど連絡は全然とらないし、なんだかんだ会えば話すけど、本当にそれだけの関係だった。
それだけの関係だったのだが、お互いに25歳を越えてくるとそんな昔話も楽しくなってくるもので——
「いま、空いてる?」
これも縁だなと、何も考えずに誘ってしまった。
「は? いま?」
眉をひそめて睨んでくる。当然の反応だ。誰かに突然そんなことを言われたら、同じ言葉を返すと思う。
「明日朝早いし」
「あんたの事情は知らないけど、私、コンビニいくところなんだよね。ほら、
「いいね、行こう」
「いやいや、おかしくない?」
高校の頃によくお世話になった近所のコンビニだ。少し辛めのチキン棒が美味しすぎて、毎日のように食べていたのを思い出す。
マンションを出て3分も歩けば
道沿いには住宅も多く建っていて、大きな声で話すわけにはいかなくて。走行音も煩わしく、前後に並んでいては話しにくかった。
そんな道だから、いつの間にか距離を詰めて横並びに歩いて話していた。
「ウィルス大変だったよね」
「ほんとに。ウィルスとかマスクとかより、騒ぎになってすぐ、トイレットペーパーが手に入らなさすぎてヤバかったね」
コンビニへの道中はお互い探り探りの近況報告ばかりだ。
何年振り? よくこっち戻ってくるの?
いま何してんの? ちゃんと仕事してるの?
「彼女は? いないか、ごめん」
「芳田さんもいなさそう」
「うるさいなあ!」
「声大きい、響くよ」
「あーもう、むかつく」
昔の、芳田さんとの数少ないやりとりもこんなだった気がした。まだ大人になれてないのだろうかなんて、このやり取りを楽しんだ。
そうして7分ほど歩くとコンビニに着く。
自分は買うものも特にないし知ってるオーナーさんも居なかったので、駐車場の車止めに座って買い物を待つことにした。用もなく店内をうろつくのは、なんとなく気が引けるのだ。
案の定、彼女には「何でついてきたんだよ」と肩を殴られたが、こればかりは反論ができない。
彼女がコンビニから出てきた。
袋をつき出して「はい」と渡してくる。
「え、荷物持ちさせられるの」
「ちーがうから! ビール、一本だけね。何飲むかわからないから適当だけど」
目の前の小さな袋にはお酒が2つ入っていた。
わざわざ買ってくれたのが、意外だった。
「二百円だからね」
「おごりかと……」
「別にそれでもいいけどさ」
そう言って、二人で笑う。
店の目の前には
東川の桜通り。何もないこんな町にはもったいないと思うほど、数キロメートルに渡って鮮やかに桜が咲き誇る、ちょっとした名所だ。
昭和39年に東京オリンピックを記念して植えられたのが始まりらしいのだが、この町になぜ? という疑問はいまだに拭えない。
そういえば今年の桜はどうだったのだろう。
「ちょっと川のほうに行こう」
芳田さんに声をかけたつもりで歩きだす。
彼女は慌てて小走りについてきた。
東川の脇にある階段にしゃがみ込んでビールを開けると、芳田さんも缶を開ける。
「はい、かんぱい」
缶を彼女に向けると、かつん、とぶつけてくる。そうしてお互いにひと口飲むと、彼女が文句をつけてきた。
「相変わらず自分勝手だよねぇ、あんたって」
「これでも随分落ち着いたつもりなんだけど」
そう話して、もうひと口飲む。
「このへんの花見、やっぱみんな自粛してたの?」
「私もあまり出歩いてないからな。けど、買い物に出た時とか、ほとんど人を見なかったかな」
そりゃあまあそうか、とまたひと口飲む。
「赤橋、飲むの早くない? 追いつけないんだけど」
ああ、しまった。ひとりで部屋で飲むのと同じペースで飲んでいた。
「ごめん、癖で」
「よく飲むんだ?」
「外出自粛中、缶ゴミが大変だったよね」
「飲み過ぎはよくないよ」
あはは、とお互いに笑って一緒に飲む。
「この辺て、変わりそうで中々変わらないよなあ」
「まあねぇ。ああ、でもあっちのほう、道路繋がったよ」
「ああ、見た見た」
駅から歩いてきたときに、内心ですこし驚いたのを思い出す。ずっと何年も前から、幹線道路と繋がるんだと噂されていた地味な道路があったのだが、それがやっと
「あとほら、なんだっけ、変な建物」
「は?」
変な建物、は見た覚えがなかった。幾つかの店は変わっていたし、住宅も新しく建っていたのは覚えている。
「調べるから待って」と、彼女はスマホを取り出した。「ラノベの、ほら、えーっと」と呟いているが、こちらは見当がつかない。
すこし話しかけにくくて、仕方なくビールを飲む。
「あった、サクラタウン、ほら。名所になるんだって」
検索がヒットしたのを嬉しそうに見せてくる。
「あ、この前写真も撮ってきたよ」
と、アルバムを開いてまた見せてくれた。
立体パズルのような、なんというか、工事中の変テコな建物の画像が写されていた。
「なにこれ、変な形」
「さあ。ラノベとかの、ほら、角川って有名じゃん。歩いてもすぐ着くよ。この道沿いから撮ったんだよね」
「超有名だけど、ラノベが先に出るのはおかしくない? 会社移転とかかな」
「なんか、ミュージアムとか、イベント施設がどうとか。オフィスもあるみたいだけど、どうなんだろ。お母さんとも話したけどさ、こんな東所沢なんかに建ててどうするんだよって」
それには大賛同で、ついあたりに響くほど吹きだして笑ってしまった。
「声が大きいよ、赤橋」
「あはは! ほんとな! 何考えてんだろう、こんな所に建てるとか」
「ね、ほんと! こんな
「あはは、駄目だ、想像できない! 食べる所とか、みんな困るよね。会社の人達も!」
つい楽しくなって、自然と声が大きくなってしまう。気づけば、彼女もずいぶんと饒舌になっていた。お酒のペースに追いつけないと言ってた割に、さっきからガバガバと飲んでいる。
「出来たら行こうよ、赤橋」
「おう、いこう」
彼女は酔っている。あまり飲めないのなら無理しなくていいと止めようとしたけど、ふと、この楽しい時間が急に惜しくなってしまった。
どうせ家はすぐそこだ。
それからしばらく、新しい『迷所』がオープンした後の地元にファンタジーな妄想をすこし織り交ぜて、あとは本当にどうでもいい、くだらない話に笑い続けた。
やがてお酒もなくなり、また川沿いを歩いてマンションへ帰る途中。せっかくだしと思い、彼女に尋ねた。
「芳田さん、連絡先教えてよ」
「は? 知ってるでしょ? なに、消したの?」
そう言って彼女が見せてきた画面は、僕の電話番号だった。
「えっ……」
焦った。記憶にない。やばい。慌てて自分のスマホにある連絡先を検索してみると──まさかと思ったが、『よしださん』という名前の連絡先があった。
おそるおそる、彼女に画面を差し出して確認をしてみる。
「これ……?」
「それ。なんだ、残ってるじゃん」
そう言って彼女は笑った。
昔、ガラケーの頃に登録したものが残っていたのだろうか。スマホになってからトークアプリばかり使うようになっていて、電話帳の連絡先なんてまったく気にもしてなかった。
しかし、それにしても──
「これさ、いつ交換したっけ?」
まったく思い出せなかった。
だから仕方なく彼女に尋ねてみたのだが、少しの沈黙のあとに長い溜め息を返された。
「いや、あの──」
嫌な雰囲気に焦って尋ねなおそうとすると、彼女は立ち止まって振り返った。
「ほんと自分勝手だよね」
肘をしっかり張って、そう言い放つ。
「あーもう、むかつく」
そう続けて、くるりと向きを戻して再び歩き始めた。
短い帰り道は、言い訳にならない言い訳を繰り返す僕と、それを笑って聞き流す芳田さんとの、これも昔に同じようなことをしていたかもしれない懐かしくて楽しい時間になった。
マンション内で別れてすぐ『よしださん』にサクラタウンの約束のメールを送ってみた。
そしたらすぐに『むかつく』の四文字が返された。
僕らはどこまでもこれだけの関係だ。
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