第28話 ミウと本気で向き合う覚悟を



 「…」


 さっき起こった出来事について思考がまったく追いつかない。

 ヒカリに目を瞑れと言われて素直に従った結果…あれは…あの唇に感じた感触は…


 「キス…されたのか俺…」


 ヒカリの匂いがまだ俺の嗅覚に残っていて、なんだか少し甘い様な匂いだけどしつこくなくてスーッと鼻に抜けるとても心地よい匂いがまだ俺の嗅覚を刺激していた…

 「…!」

 思考停止しながらその匂いの余韻に浸っていたらどうやら俺の脳が働き始めたらしく、ジワジワと今起こった出来事が現実の出来事であり、とんでもない自体に陥っているのではないかという焦りから、物凄い勢いで顔と身体から熱が発せられ今更ながら赤面するアキラ。

その結果、グルグルと思考が巡り終わりのない自問自答の無限ループ思考に陥っていた。


 (なんでどうして?ヒカリはなんで俺にキスした?手をつないだから?ドク男に恋人だから手を繋いで帰れって言われてそういう気分になったから?ヒカリは言ってた恋人らしい事と、なんで?偽物の恋人なのに。どうして?なんでヒカリは俺にキスした?)


 グルグルグルグルとアキラの思考は止まらない。そして白金アキラはとんでもなく見当違いな一つの解へと辿り着いた。

 


 「ヒカリにとって『キス』は挨拶程度の出来事でしかないのか…」


 この男アホである。


 今起きた出来事を何も違和感もなく、客観的に、論理的に説明できる唯一の理由はその解だけだった。

 その考えに辿り着いた時、アキラはホッと肩を撫で下ろした…


 「俺にだけってわけじゃないんだヒカリは、今のだってただのお別れのあいさつに過ぎない…«特に意味もない»」


 そう結論付ける。否…自分に言い聞かせる白金アキラ。


 人間というのは一つの物事に取り込んでいる際、視野が非常に狭くなる。それと同様に今までその事しか考えていなかったアキラは問題を解決した途端視野が広がり周りが見えてきて、そういえば我が家のリビングに明かりが灯っていた事を思い出し


 「帰ろう…」


 肩の荷の降りたアキラは一人ミウの待つ家へと帰っていった。





 「ただいま〜」


 玄関を開け、毎日帰ってきたら言葉にする言葉を言葉にし、リビングへと向かう。


 リビングに入ると風呂上がりでうっすら潤んでいる髪の毛を後ろでまとめ、寝間着に着替えているミウは自分で入れたであろうアイスカフェラテを飲んでいた。


 「た、ただいま…ミウ」


 くぅ〜〜絵になる!!一人マグカップを口にしているミウの絵を描いたのであればいつの日か100億は値がつくであろう光景を今、俺、見てる!ナウ!!!


 「おかえり兄さん」


 あれだけ悩み考えていたがいまでは能天気にミウの事しか考えられていないアキラとは裏腹にミウの言葉は少し冷たく、昼に俺とドク男の前で話した時とは違う声色でそう言った。

 

 「ご、ごめん…遅くなっちゃって。ドク男がさー晩飯作ってくれて…それで…」

 「別に大丈夫よ。兄さん」

 淡々と離すミウ。もう少し「寂しかったよ〜〜兄さんのいない夕食なんておいしくないっ!」ってぷくぅ〜って頬を膨らませてて上目遣いで怒ってもいい所なんだよ?


 ミウが立ち上がり俺のマグカップを手に取りいつものブラックコーヒーを入れてくれた。


 そしてミウの前のテーブルに置き


 「どうぞ兄さん」

 「あ、あぁ…ありがとう…ミウ」


 これこれこれこれ!これが飲みたかった!ミウの入れてくれたコーヒー(インスタント)!ミウが入れてくれるかどうかで天と地の差があるからねこれ。


 ゴクッと一口飲む。コーヒー独特の良い香りと口に含んだ時に広がる苦味。喉を通り越すとそれが良い喉越しであり、その後に残るコーヒーの香りが口と鼻に広がり、今日一日の疲れを労ってくれている気分が身体全体に広がる。


 「おいしいよ」

 「ありがとう…。ところで兄さん…」


 ミウは飲んでいた自分のマグカップを置いてこちらを見つめる。

 ドキッとして目をそらしそうになる…だけどいつもと目つきが微妙に違うような気がして目が離せなかった。

 今思えば俺はテンションが上っていたのだろう。ドク男の家から今日、今に至るまで起こった出来事で俺の頭と心がパンッパンに広がってこれ以上負荷をかけないように無意識に自分のテンションを上げて防衛本能になされるがまま今に至っている。


 だからミウが意を決して俺とドク男の前に昼現れたこと。そして今日まで俺がミウにしてきた…してしまった過ちの事など頭の片隅にもなくて、ヒカリにあいさつだとわかっていてもキスされた事に舞い上がっていて、その他他の全て頭からすっぽり抜け落ちている事…だから今の俺は気付け無い。

 いつもなら絶対に気付くミウの変化、違和感に気付けない。


 目の前にいる愛しのミウが本気で怒っているという事に…


 「今まで私の目を見ようとも、話しかけようともしなかったのに随分心変わりしたのですね…兄さん」

 「!?!?」


 そ、そうだった…俺は恥ずかしくて、居た堪れなくて俺はほんの少し…ほんの少しなんだ!ミウを避けてしまった…かもしれない!!だけど!俺のミウに対する気持ちはまったくもって微塵も変わっていないんだ!!だから!!!


 「あ、え、いや!あのさ…ヒ、ヒカリがちゃんと目を見て話しなさいって言われたから…」


 苦しい言い訳だこれ!なんだこのお母さんが謝れって言ったから謝ったんだ的な兄妹でありがちなシチュエーション。それをヒカリに置き換えて苦し紛れに言った言葉がこんな子どもじみた言葉だなんて情けない…俺…


 「!!!…へぇ〜ヒカリさんに言われたからなんだ」

 「う、うん」

 「ヒカリさんに言われたら変われるんだね兄さん…」


 違う!違うよ?決して違うよミウ。俺は…あれ?どうして忘れてたんだろう。あれだけ恥ずかしかったのに。ミウと顔を合わせると久しぶりに一緒に寝た夜の事を考えて恥ずかしくなって居ても立ってもいられなくなってたのに…

 なぜか今は普通にミウを見れる。話せるような気がする。これが成長期?こんなにすごいの成長期!?



 なんて…バカな事考えるな俺。しっかりしろよ俺。


 ただキスされて動揺して忘れてただけなんだろ。一瞬ミウの事を忘れたんだろ俺は。大好きなミウの事を一瞬でも忘れて何事もなかったように平然と振る舞ってるだけだろ今の俺は。


 言い訳にヒカリを使って…自分はミウのためになんて思っているだけで言葉にしようともしないで…ミウに嘘ついて…しっかりしろよ!!!白金アキラ!

 

 意を決して話しかけようとしたらミウの方から先に話しかけてきた。


 「私は兄さんに嫌われたのかと思った…」

 「え…?」


 そんなバカな…と言葉にできてたら…


 続けざまにミウは俺に向けて話す


 「私がまた兄さんの重荷になってまた嫌われたのかと思った」

 「…」 

 「せっかくもっと兄さんと話せる様になったと思ったらまた話せなくなって、私の方も見てくれないし私が兄さんに話しかけようとするとすぐに逃げるし…」

 「そ、それは…」

 言葉がでない…俺が恥ずかし!と思ってミウの目を見れなかった事、話しかけられたら恥ずかしくて話かけられる前に逃げていたこと。全部記憶にある。

 その一つ一つにミウが傷ついていたとしたら?俺の行動一つ一つでミウに悲しい思いをさせていたのだとしたら何をやっていたんだ俺は…


 俺は…俺の事しか考えていなかった。


 冷静になりミウのをもう一度。しっかりと見た。

 その顔は俺に本気で怒っていて、悲しんでいて、どうすればいいかわからないような…そんな顔をミウはしていた。

 ミウは俺の方をしっかりと見ながら


 「今日だって!!…今日だって兄さんに話しかけた後…今日は遅くなるって…それだけ連絡よこすんだもん!!」

 

 みるみるミウの眼には涙が溢れ、眼から零れ落ちていった…


 「グズン…もう…私の事…嫌いなのかなって思って…」

 「だけど…兄さんはそんな事思わない…って…グズン思ったりして…」


 「一人で…さびしくて…グズン…ずっと待ってたのに…それなのに…」


 まさかそこまでミウを傷つけてたなんて…俺の軽率な行動が全て…全てミウを悲しませていたとしたらなんて男だ俺は…大事な人を守れる気でいて、守れていた気がしていただけで俺が一番ミウを傷つけてたなんて…


 「ミ、ミウ…」


 言葉が出ない。こういう時なんて言ったらいい?どういう言葉を言えばミウは泣き止んでくれるんだ?わからない…だけど今までの俺の言葉じゃもうミウの心には届かないだろう。本気で、本音で言わないととりかえしのつかない事になる。


 だから俺も覚悟を決めないと。ミウと本気で向き合う覚悟を!


 「ごめんなミウ。まさかミウが兄ちゃんの事そこまで思ってくれてるなんて夢にも思わなかった」

 「…」

 「昼にミウが来てくれて、話してくれて、思ってくれてる事言ってくれて兄ちゃんすごい嬉しかった」


 ミウの眼をまっすぐ見つめながら俺は俺の思った事を話す。





 「今まで…今まで兄ちゃんな…」








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