ニウスと精霊
3巻発売記念SSです
(第一弾)
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ニウスは放浪するタイプの妖精だった。といっても、国を跨いだ旅の経験はない。なにしろ目立つ。生まれた当初は十センチメートルサイズの亀だったニウスは、すぐに一メートルにまで成長した。その後はゆっくりだったものの、甲羅に羽の付いた妖精は人目を引いた。
幼い頃は精霊が守ってくれた。生まれた湖の近くには深い森があり、自然を愛する精霊がよく集まった。ニウスが一メートルになるまでは大事に守られ、やがて大きくなったと認識されるや乗り物扱いされたが、それはそれで楽しい一時だった。
その湖から離れようと決めたのは、精霊たちの入れ替わりを何度も目にしたからだ。ニウスも一メートルになったのだから旅をしてみたい。そう思って相談したのが、精霊の中でも上位に位置するハパだった。長い名前はあるが、皆は親しみを込めて「ハパ」と呼んだ。
ハパは、ニウスにどの道を進めばいいのか、人間と出会った場合の心得を教えてくれた。旅に出てからも何度かニウスの前に現れた。ルートを知っていたからだが、ニウスを心配して見に来てくれると知れば面映ゆい。ハパとはそんな関係だった。
ニウスが放浪を止めたのは、イザドラという人間の少女に出会ったからだ。家族で川遊びに来ていた彼女がニウスを見付け「何それ、可愛い! おもしろーい!」と大騒ぎしたのがきっかけだ。何がそれほど気に入ったのか、それから毎日ニウスに会いに来た。 言葉は通じなかったけれど、イザドラはニウスを友達だと言った。
ニウスが旅に出る時、ハパは人間に対して警戒心を強く持てと話していた。しかし、旅の途中で出会った精霊や妖精たちは人間に馴染んでいた。面白い人間がいるからと一緒に過ごす者も多かったのだ。
ニウスも、イザドラに出会ってその気持ちが分かった気がした。
以来、ニウスは誘われるままにイザドラと行動を共にしている。彼女が国を出るしかなくなった時には、両親から直々に頼まれもした。どうか娘をよろしく頼むと、頭を下げて。ニウスも「任せておけ」との意味を込めて頭を下げ返した。
妖精のニウスは寿命が長い。イザドラの一生に付き合うのも悪くなかった。むしろ、朗らかな彼女との暮らしは毎日が楽しい。隣国までの道のりも、懐かしい旅を思い出してワクワクしたものだ。イザドラの事情を思えば大きな声では言えないが。
ただ、イザドラは悲しい顔をしなかった。いつかは戻れると信じ、それまでは少し早い独り立ちだと思って毎日を頑張っていた。
そんなある日、イザドラはクリスという少女と出会った。二人はすぐに仲良くなった。イザドラは友人ができないと愚痴を零していたので、それは楽しそうだった。テントの中から顔を出し、ニウスに「友達ができた~」とニコニコしていた。一人暮らしが意外と堪えていたのだろうと気付いたのは、その時だ。
ニウスは少々反省した。そんなニウスの話し相手になってくれたのがクリスと共にいたプルピという上位精霊だ。
「我らに人間の気持ちが分からないのは仕方ない。違う種族なのだ。反対に人間もまた我らについては知らない。なればこそ、知っていけばいいだけのこと」
ニウスはなるほどと納得した。まだまだ時間はある。これからイザドラと話し合えばいい。そう、クリスが教えてくれた文字ボードによって、意思疎通ができるようになったのだ。といっても、話せたからといって理解できるかは別で――。
「ニウスの上にさ~、家を建てるってすごくない?」
「きゅ」
イザドラがおかしなことを言い出した時は驚いたけれど、ニウスは楽しかった。それに、自分と常に一緒にいたいのだと知って嬉しかった。クリスを友達だと大事にする気持ちと同様に、ニウスを思ってくれているのだ。
ニウスもイザドラごと家を大事に乗せたいと思った。
偶然にもハパと再会した時、ニウスは彼に「放浪の旅はもう止めた」と報告した。大層驚かれたし何故だと問い詰められもした。その理由が人間の少女にあると知って心配されたが、ニウスは問題ないのだと言い切った。
イザドラと共に過ごす時間はかけがえのないものだ。ニウスは使役されるのではなく、自分の意思で彼女といる。
ハパはしばらくニウスを心配していた。しかも気に掛けていた別の妖精を見付けてしまったことからプルピと何やら喧嘩になってしまったが、最終的には納得したようだった。
その上、何故かクリスに付いていくという。あれだけ人間に不審を抱いて放浪を愛する精霊が、だ。
そう。ニウスと同じように、ハパも人間に惹かれてしまったのだ。
嬉しいような、楽しい気持ちになってニウスは大いに笑ったのだった。
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