家つくりシリーズ番外編

小鳥屋エム

白い缶

「家つくりスキルで異世界を生き延びろ」の発売記念SS

魔女様と小さなクリスのお話です





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 母親を亡くしてから、クリスはいつもビクビクしていた。元々、父親は子供であるクリスに対して冷たかった。それがより顕著になったのだ。

 そんなクリスを助けてくれたのが魔女様だった。彼女は村長を通して、クリスを指名し「身の回りの世話」という仕事を与えてくれた。それまでも何度かお使い程度はしていたけれど、本格的に「仕事」となったのはその頃だ。

 魔女様が住む場所は小さな森になっており、入れる人は限られていた。急用がある時の「悲愴な顔をした」村長、外から来る魔女様専用の配達屋さん、そしてクリスだ。何故、クリスだったのかは分からないけれど、一生懸命お仕事に励んだ。


 魔女様は母親と違ってニコニコ笑うこともなく、言葉遣いは悪かった。

「鈍臭い子だねえ。物覚えも悪い。ほれ、さっさと痛み止め用の葉の形を覚えな」

 小さな森とはいえ、慣れない場所だ。クリスの村は砂漠に近く、森なんて見たことがなかった。だから木の根に躓いて転ぶ経験も初めてだった。必死でお仕事をしようとするのだが、どうしたって上手くいかない。

 転んで怪我したまま葉を握って戻ると、こんな風に言われてしまう。

 でも不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

「そんなにぎゅうと握ったらダメじゃないか。あんたの手の熱で葉が萎れてしまったよ」

「ほんとだ……」

「どれ、こっちへ来るんだ。まったく手間ばかりだよ」

 そんな言い方だけど、魔女様はクリスに浄化という魔法を掛けてくれ、傷の手当てもしてくれた。子供は苦手だ、そう言うのに、魔女様はいつだってクリスに優しかった。

 母親はいつもクリスのお手伝いを見て「偉いわね。ありがとう」と言ってくれた。たとえ失敗していても、頑張ったことを褒めるような人だった。

 魔女様は違う。失敗したら叱るし、覚えが悪いとハッキリ口にする。でも、そこには悪意がなかった。

 だからだろう。クリスはなんだかんだで魔女様のお世話をするのが苦ではなかった。

 それに彼女の身の回りを世話すると、おこぼれにあずかった。貧しい村では口に出来ないような食べ物も多く、それらはクリスを幸せにした。


 ある日のことだ。

 配達屋さんが「届け物でーす」と言って、荷物を置いていった。彼はいつも上空から荷物を吊り下げて置いていく。鬱蒼とした森の上だから影しか見えず、配達屋さんが一体どういう乗り物で来ているのかは分からなかった。たぶん、腰を抜かすようなものなのだろう。一度、村長が怯えているのを見た。だからクリスは知ろうとはしなかった。

 ともかく、荷物が届けばクリスのやることは決まっている。荷物は毎回大きく、その場で開けて少しずつ家に運ぶのだ。

 その中に綺麗な缶があった。白い飾りが箔押しされて、まるで宝石箱のようだ。

「わぁ! すごくきれい……」

 きっと大事なものだろうと、クリスは両手で大事に持って運んだ。

 他の荷物ももちろん丁寧に運ぶけれど、その白い缶だけはそれこそ中に宝石が入っているかのように厳かに持っていった。

 ところが、魔女様はチラリと視線を向けると「代わり映えのしないもんばっかり」と文句を言った。クリスがきょとんとしていると、彼女はふわふわ浮きながらやって来て、机の上に置いた白い缶を手に取った。

「あたしはそもそも甘いモンは苦手なんだよ」

 魔女様はそう言って、缶をクリスに向かって投げつけた。

「ひゃっ! こわれちゃうよ!」

「壊れはしないよ。まあ、へこみはするかね。それより、そんな丁寧に持つようなもんじゃないさ。中身は食べ物だ。あんたにあげるから、食べな」

「た、たべもの? これが?」

「そうさ。あんた、お菓子は食べた経験……ないか。じゃあ、びっくりするかもねえ。でも、一度は口にしておけば、将来びっくりしないで済むだろ」

「あの、えっと」

「ずっと頑張ってたから、ご褒美さ。その代わり一度に食べるんじゃないよ。そうだね、毎日一つずつなら食べてもいい」

「……あ、ありがとう」

 もじもじしながら、クリスはお礼を言った。その時、魔女様が初めて笑った。

「子供らしい顔するじゃないか。そら、残りの荷物を運びな。その後に休憩だ。あたしにはブランデー入りの紅茶を、あんたはミルクを飲みな。お菓子はその時に食べればいい。分かったね?」

「は、はい!」

 クリスは急いで残りの仕事を片付けた。


 後で知ったのだが、白い缶に入っていたのは糖衣掛けされたバタークッキーだった。湿気ないよう、缶の裏に魔法の紋様が描かれている高級品だ。クリスは言われたとおり一日一枚、大切に食べた。あっという間になくなったけれど、缶は大きくなった今でも大事に持っている。クリスにとっては魔女様との思い出と共に、初めての大事な宝物となっていた。





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