プルピの情報収集とその結果

家つくりスキルで異世界を生き延びろ3巻発売記念SS

(第二弾)



**********





 魔法都市ヴィヴリオテカの様子がおかしい。

 それに気付いたプルピは密かに情報を得ようと、ククリに転移をさせて冒険者ギルドに赴いた。

 ギルドではニホン組と呼ばれる冒険者が続々と異動届を出し、特殊依頼の受け付けを済ませては出ていく。ただの通過点のように扱われているためか、受付の女性はつまらなそうだ。


「ふむ。奴等に近付いて話を盗み聞きするか」

「あい」


 姿は消している。クリスに作ってもらったローブもあるので、それほど恐れなくていい。そもそもプルピは上位精霊だ。そんじょそこらの人間に捕まるような「へま」はしない。

 ただ、ニホン組というのは特殊なスキルを授かりやすい一族だ。それに思考が特殊な者もいて、上位のプルピですら警戒心を持たねばならぬ相手である。

 というのも過去に、精霊が捕まって強制的に契約させられた事件があった。ただ普通に仲良くするための契約ならばいい。だが、その相手は精霊に無理を強いた。精霊は心身共に傷付き、世界樹の下で長く体を休めなければならなくなった。


「ククリよ、おぬしは気を付けるのだぞ」

「あい!」

「……本当に分かっているのか?」


 不安になりながらも、精霊の心得を叩き込むつもりで連れて行くことにした。



 人間たちは西の村にある神殿跡地へ向かうようだった。こっそりと馬車の上に陣取り、様子を窺う。


「だからさー、俺の四つめのスキルが『裁縫』だったのはまだセーフだったってわけよ」

「そりゃそうだけどさ。でも裁縫だろ?」

「俺は嫌だな」

「へっ。そういうお前は『音痴』じゃねえか」

「だよな! スキルが音痴って意味不明だろ」

「うるせー!」


 ニホン組の話し方はところどころ分かりにくいが、情報がぽんぽん飛び出すので面白い。

 面白いと言えば、ククリだ。プルピが真剣に話を聞いているというのに、ククリは幌の感触に喜んで転がっている。面白くて仕方ないらしい。「落ちるので止めなさい」と念話で告げるが全く聞かない。

 プルピは呆れながら情報収集に勤しんだ。

 その日はクリスから離れすぎてもいけないと、村まで付いていかず早々に引き返した。



 別の日にはプルピが一人で領主の館に向かった。ククリを連れて行っても飽きて遊び出すから邪魔なのだ。クリスが甘やかすものだから、ククリは我慢を知らない。

 全く仕方ない。

 プルピは自分がしっかりしないといけない、そう思って情報収集に来たのだが――。


「うむ?」


 以前よりも妙な気配がする。精霊避けを増やしたらしい。プルピは宙に浮きながら腕を組んだ。

 忍び込んで話を聞こうとしたが、これでは難しい。

 どこかに穴があるはずだから探してみようと、ふわふわ飛んでいくと何かの気配がまとわりつく。


「……ふむ。どうも見られている気がする。これは深入りしない方がいいか」


 精霊使いがいるとは思えないが、気配を探られている気がした。

 以前、精霊使いに目を付けられた際はぞわぞわとした不快感を覚えたものだ。撥ね除けられたのはひとえにプルピが上位精霊だったから。

 その時はマナー違反について説教し、終わった。

 精霊を見付けたら問答無用で使役できると思っていたらしい精霊使いは、プルピの説教にしょんぼりと肩を落としていた。そもそも、人間だとて初めて出会った時は挨拶をするはずだ。その後、時間を掛けて友人関係となる。プルピがそんな説明をすると納得したので、案外まともな精霊使いだったのだろう。

 もっとも、人間にもいろいろいる。出会ってすぐに喧嘩を吹っ掛ける者や、もっとひどい場合は、出会ってすぐ殺しにかかる盗賊さえいた。

 ようするに、常識とは何かという問題で、常識が通用する相手で良かった。


 今、プルピの気配を探ろうとする者はどちらだろうか。

 だが、精霊避けをこれほど仕掛けるのだ。よほど警戒心の強い人間であることに変わりはない。

 プルピはとっとと領主の館を後にした。




 後に情報通というカッシーの話を聞いて分かったのだが、領主は精霊を警戒していたのではなかった。魔法使いに対して警戒していたようだ。


「なるほど、娘婿が魔法使いであったと。魔法ギルドの力も強かったから、警戒していたのだな」

「そうなんですよー。次期領主の座を巡って親戚全員が情報戦の真っ最中だったらしいっすね。精霊や妖精を使って忍び込んでくるので、領主様も対抗するために魔法使いを雇ったとかなんとか」

「ほほう。ではあの視線は、わたしをスパイと思ってのことだったか」

「上手くいけば捕まえて、って考えてたかもしれないっすね。無事で良かったですー」

「ふふん。わたしがそのへんの魔法使いに捕まると思ってか」


 プルピが胸を張ると、カッシーは手を叩いた。それが気に入ったのか、隣でククリも糸の手をパチパチと合わせる。もちろん音は出ていない。絡み合いそうな糸がふわふわと揺れるだけだ。


「ところで、その喋り方はなんとかならぬか」

「なんとかって、なんです?」

「……クリスらと同じように話すがよい。わたしは気にせぬ」

「いいんですか!?」

「構わぬ」

「我は構うぞ。我は敬うように」

「爺には聞いておらん。カッシーよ、普通で良いからな」

「いいんです? じゃあ、そうしようかな。クーちゃんも可愛いから、敬語って変だと思ってたし-」

「や!」

「我を無視するな!」


 ハパがうるさい。

 プルピよりずっと長い時間を生きているが、そのため少々「精霊らしい」のだ。全く自由すぎる。

 しかし、クリスがルールを取り決めたため、ハパは皆に偉そうな態度は取れない。

 元々、無理難題を言うタイプではないようだが、精霊というのはクリスの言葉で言うなら「上から目線」になりがちなのだ。長い時を生きるとついそうなってしまう。

 プルピは人間と生活を共にする機会が多く、空気を読める。しかし、ハパはまだまだだ。

 そのため、この一行のリーダー、クリスに従っている。

 ちなみに旅のリーダーはエイフだ。しかし、精霊や妖精が従うのはクリスだった。


「ハパ、そういう時はね、鷹揚な態度でいるのが一番だよ。どーんとしてれば頼れる人、じゃなかった精霊扱いされて、そのうちに自然と敬われるようになるの。人間はね、口うるさいと嫌がられるのよ」

「ふむぅ、そういうものか」


 ハパが素直に信じて答えている。が、プルピは内心で考えた。

 クリスだとて口うるさいではないか、と。

 その時クリスがチラリと視線を向けてきた。プルピはぴょっと飛び上がった。


「……プルピ、今、変なこと考えた?」

「いや?」

「ふうん」

「なんだその疑わしい目は。わたしは、なるほどなと思っていたところだ」

「そうなんだー」

「しょー!」


 ククリがカッシーから逃れてクリスの前に現れた。カッシーは可愛いもの好きで、隙あらばククリにちょっかいをかけようとし、それで逃げられている。

 どうやら皆の視線がクリスに向いたことで、またククリにちょっかいをかけたのだろう。

 正確には掴まえて頬ずりするというような、少々変態的な可愛がり方だ。


 それはともかく、プルピは思った。「ククリ、偉いぞ!」と。

 おかげでクリスの意識は逸れた。


「どうしたの、ククリ」

「かしー、やー!」

「また?」


 クリスが振り返ると、あからさまに肩を落としたカッシーがカロリンに拳骨をもらっているところだった。


「ごめんなさいね。カッシーったらいい加減にしなさいよ」

「ちょっと、ちょっとだけじゃん!」

「やー!」

「はいはい、落ち着いて。嫌だったら逃げておいで。ほら。ハパもね、ふんぞり返ってないでこっちで作業を手伝って」

「仕方あるまい。引き受けよう」


 物言いは偉そうだが、素直なハパはいそいそとクリスの手元に飛んでいく。

 騒がしい居間から前方の開け放たれた窓に目を向けると、皆の話を聞いていたらしいエイフが苦笑しながら手綱を握っていた。一人で寂しいかと思えば、イサが一緒だった。騒ぎから逃れるためかもしれないが、ピピピと鳴いてエイフが何か答えているから会話しているのだろう。


 こうした旅も楽しい。

 次はどこへ行くのだろうか。どこへ行ったとしても、プルピはまた情報収集をしようと思った。

 精霊避けの対策も考えている。クリスと一緒に魔力遮断の布を解析しているところだ。

 イサを含めた妖精と精霊全員に付ける。

 プルピが意外と危険な真似をしていたと思ったらしいクリスが、心配のあまり作り始めたのだ。


「さ、続きやるよ。プルピも来てね」

「分かった分かった。全く、おぬしときたら」

「はいはい。プルピ様」

「わたしはまだ何も言っておらんぞ」

「おりゃん!」

「はわわ、かわいいぃ……」

「カッシー、おやめなさい」

「我も可愛いぞ」

「ピルル~」

「ははは、後ろは騒がしいよな」


 そう、こういう旅も楽しい。

 ……のかもしれない。



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