第5話 登録

 鍛冶屋に到着するやいなや、赤を体現したクラウドさんはそれを売りつけた。鍛冶師のみなさんも最初こそ驚愕の表情を形成していたが、『こいつのおっちょこちょいさならペンキをぶちまけることくらいはやりかねない』という認識をお持ちだったようで、気前よくお風呂を貸してくれていたし、いつものお礼といって着替えのサービスまで付けてもらっていた。当の赤いあいつもヘラヘラ笑いながら施しを受けていたので、申し訳ないとかいう気持ちはミジンコほどもないと思われる。


「さっぱりした後はやっぱりメシだよなぁ? つーわけで冒険者ギルドの飯屋までひとっ走り付き合えよ!」


 そんな調子でまた馬車を走らせる。この人が『速いのが好き』ということだけは分かった。そこのけそこのけお馬が通るとはよく言ったもので、周りの通行人達は全員道沿いの建物にぴったりと背を付けていたし、危うく曲がり角にいた貴族っぽい人も轢きかけてしまった。これで王家の悪評が立ったら絶対僕のせいじゃねぇかよ。まあこんな奴とつるむのが悪いんだけどね。


「着いたぜ! メシだメシぃ!!」


 急に止まるな。そして慣性に抗う馬への負荷がデカすぎる。同僚を乗り捨てたクラウドさんはそのままの勢いで冒険者ギルドの中で既に注文を済ませていた。人でなしがすぎる。ごめんな、僕ではあいつをどうすることもできないんだ……。


「おや、初めていらっしゃる方ですね。冒険者ではないようですが……もしかして、スルガンさんのお仲間さんでいらっしゃいますか?」


 優しい声で呼びかけたのは、これまた異世界系の作品で見たことあるような受付嬢。かわいい。非常にかわいい。そもそもまだ参考資料が三人と微量であるとはいえ、この世界は女型の顔面偏差値が異様に高いんだよな。あの邪知暴虐な性格をされていらっしゃる姫様も顔だけ見ればのただ美少女だし、女王様も何か特別な呼吸法を取り入れているのかの如く若さを保っているッ。

 テンプレに次ぐテンプレに、ここにきてやっぱり悪夢を見ているだけなのかもなんて思ってしまっているが、それだけ『今置かれている状況から逃げ出したい』という願望に溢れている。きっとそうである。


「お仲間……まあ、そんなところですかね……ところでそのスルガンさんが私を置いてもの凄い勢いでこのギルドに殴り込みにいらしたらしいんですが、どの辺りにいらっしゃいますかね?」


 少々誤解を招きそうな説明をしてしまったような気がしないでもないが、この受付嬢さんのお手を煩わせてしまっている事実に変わりはないためちょっとは痛い目を見てもらおう。許せスルガンの旦那、かわいい子がアワアワしてる姿はそりゃあもちろんかわいい。それはそうなんだが、故意に迷惑をかけちゃあならねぇんだ。あくまで自然的な理由で慌てふためいてるから良しとされるんだよ。


 薄気味悪い妄想を膨らませてしまっていたが、当の本人が申し訳なく思っている確率などアメーバほどもないはずなのでこんな単細胞みたいな考えは破棄だ破棄。


「あらあら、半ば強引にお仲間さんにされちゃったんですね。スルガンさんでしたら、あちらの『冒険者登録所』でお待ちしていますよ。あなたもスルガンさんのお仲間になりますのでしたら、冒険者になる必要があるのですよ」


 あらあら、ですって。され、ですって。もう、か・わ・い・い・な・ぁ!


「そうなんですね……居場所を教えてくださり、ありがとうございます」


 なんで姫の婚活を手伝うために冒険者にならなきゃならないんですかね。僕が向こうでちょこっとだけ観てたアニメもCMの後くらいになんやかんや冒険者になってたなぁ。強すぎて『こんな魔力を秘めているなんて! もしやあなたは勇者様ですか?』みたいなセリフがあったような、なかったような。まあ僕は『ここの言葉がデフォで話せる』っていう戦闘で微々たる活躍ができそうでできないスキルもどきしかないらしいのでそんな期待はもうしません。


「お、やっと来たか。さっさと冒険者登録してメシにしようぜ。うめぇ肉が食われちまうだろうがよぉ」


「なんでお姫様を結婚させなきゃいけない僕が冒険者にならなきゃいけないんだ? メリットなんか絶対ないだろ」


「バーカ、あるに決まってんだろ。お前その結婚相手の候補、海の男まで考えてんだろ? なら絶対要るぜ。冒険者にならねぇと海から出られねぇからな。国の外に出るのが危す行為だから『冒険』という――って、地の奴らが昔決めたらしいぜ」


 なるほど、パスポートみたいなもんか。隣に国とかあればそこからも候補者を募るつもりではあったが、あまり良好な関係ではないのか……候補者は国内の人間に絞るとして、税金とかそういう制約がない限りは、冒険者登録をして有事に備えやすくしておこうかな。知らないことで悩んでも仕方ないので、登録所にいる受付の男性に教えてもらうとするか。


「すみません。冒険者登録をしたいのですが……」


「ああ、スルガンの奴とデカい声で問答してたから皆まで言わなくても分かってる。他国の奴らはなんでも物騒な武装でいつでもうちを沈められる準備を整えてるって専らの噂だ。かといって戦争を起こすつもりもないらしい。まあこっちを威嚇してるだけなんだが、危険なもんは危険だからな。面倒くせぇがこの体制を続けなきゃならねぇんだ」


 隣国こっわ。威嚇目的とはいえ、かなり国力高めのスタイルで構えているのか。それはそうとして面倒くせぇって。このおっさんぶっちゃけるねぇ! ワンチャン酒入ってんのかな? っていう予想がありえる。ありえてしまう。


「穏やかではないですね……ところで、冒険者登録をすることによって果たさなければならない義務はありますか? ないのでしたら心置きなく登録できるのですが……」


「あ、そんなもんはねぇよ! んまぁあるとしたら、隣国に白い目で見られるくらいのもんだな。遠出しない分には何もねぇから気にする必要は特にない。てなわけでさっさと冒険者登録をしてアイツのとこに行ってやりな!」


 なんだか語気が荒くなった気がしないでもない。おそらくルーキーに仕様を教える快感に酔いしれているのだろう。受付じじいが沸騰し切る前にさっさと冒険者登録をしてクラウドさんの奢りメシを食らうど。


 冒険者登録自体は非常にシンプルなものであり、およそ一分ほどで終了した。

 ちなみに『魔力適正検査』とかいう茶番もあったが、全世界で最もしょーもない陰性だった。

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