第4話 作戦

「まずは娘がとんだ口の聞き方をしてしまったことを、母である私から謝罪させていただきます。本当に申し訳ございません。おそらく『無礼講』なんてことを申したのでしょうね」


「申し訳、ございません……」


 あらら、アリシアさんは縮こまってしまった。

 僕に対して神懸かり的な『察し』を見せてくれたが、運悪く女王様がいらっしゃったもんだからめちゃめちゃ無礼を働いたことになっている、と。


「い、いえ! 私と姫様は同い年のよしみで『無礼講』ですから! 姫様が正しいので! 責めるのであれば、それを承諾した私を責めてください!!」


 そして僕はというと、彼女を守るのに必死で自分でもよくわからないことをつらつらとほざいている。なんかMみたいで嫌だ。


「別にいいんですよ。うちの子は幼い頃から人付き合いやコミュニケーションをとるのがあまり得意ではないので、むしろ感謝しています。ですので、二人の時でなくとも、どうかアリシアとは対等に接してくださいませ」


 気楽になったのか、はたまたなっていないのか。姫様とタメ口をきけるようになってしまったではないですか。しかも遠回しに友達になれってよ。貧富の差が少ないリアルでもできなかったというのに。


「あ、ありがとうございます……」


「それで、『作戦』ってなによ?」


 親の公認を得て急に強気になるな。この人、自分の未来がかかってるのにどこか他人事みたいなスタンスなんだよなぁ。一番の当事者なのに。結婚する気がないっていうか、本当はしたくないっていうか。だから『察する』ことができるのに僕を呼んだのかな……ってそんなこと今は考えるだけ無駄か。


「まず、現在姫の婚姻がこの国の命運を左右する状態にあります。ということは作戦自体は大々的に行えるといえますね。そこで、王家に婿入りしたいという方を募りたいと考えています。もちろん王家に相応しい者であるかという審査も厳しく執り行いますが」


 せっかく『国』なんてバカでかいモノがバックについてんだ、こんなもん使わない手があるか。この際候補者は金や地位目当ての奴らでも関係ない、頭数を増やすんだ。釣り針をデカくすることで、その分が食いつく確率を上げることができよう。ろくでもない奴らは審査で振り落とされるし。


「なるほど、ね。早く終わるなら国でもなんでも勝手に使えばいいわ。私から希望することなんて何もないわ。形式上婚姻を結んで跡継ぎを産めばいいんでしょ?」


 うわ。もはや結婚する気ないでしょこの人。効率厨なの? RTAでもするつもりならば自分からもっと行動起こしてくださると速いですよ?


「許可は下りましたね。さっきも申しましたが、あの子ったら昔からああなんですよね。自分を表に出さないというか。言葉を覚えるのは嫌がってましたが、それ以外は淡々と、まるで機械のようにこなしていました。」


 だから幸せになってほしいですね、と女王様は付け加える。果たしてあの御方が仲睦まじい家庭を築くことなんて可能なんでしょうかね。先頭に『不』が付く世界線しかないように思えます。って僕が違う世界線を開拓しなきゃだったわ。そんなの無理でしょ……。


 とりあえず自室に戻り案を練り直す。心の臓から気が沈む音が響いてくるが、『国公認』を得た手前引き返すことなど出来るはずもなく、僕は『募集』に着手する。王家の人間には『言葉』の概念があるわけだが、一般の人達には果たして浸透しているのだろうか。う~ん、わからん。


 こうなったら見てみるより他ない。王城の外に出て、街の様子を確認するとしよう。とはいっても城門の位置も分からなければ、そもそも城下町すらないかもしれない。

 気分転換も兼ねて、テキトーに城内をぶらぶら歩いてみる。おじいちゃんズの誰かがいれば案内してもらえるし、いなければその時だ。規格外の『察し』に期待して気楽に行こう。


 五分ほどで城門っぽいものを見つけてしまった。部屋から一本道だが距離がありすぎて視認できなかったという王城の広さに少々引きながら、外への第一歩を踏み出す。

 なんだか身体が軽くなった感覚がしたが、おそらく一時的ではあるものの『使命』から逃げられた喜びによるものだろう。所謂錯覚である。そして城下町は存在した。

おおよそ想像通りの景色が広がっており、異世界に転移した実感が増幅される。


「いらっしゃいませー!」


「今日はこいつがお買い得だぜ!」


 商人達がおもっくそ日本語で呼び込みをしている。どうやら広く公用語として扱われているようだ。地の方々に対しての感謝が止まらない。これで心置きなく募集要項をばらまけるぞ……。


「ちょちょちょ、そこのあんた。ちょっとこっち来てくんねぇかな?」


 ――呼ばれてしまった。渋い声の主が、壁からいかにも刃物を扱う仕事に就いてますよっていう堅そうな手だけを出してそれをひらひらしている。しかもなんか赤いのついてるし。控えめに行って命の保証がなさすぎやしないか。うわぁ、行きたくねぇ……。

 人違い読みで後ろを振り返るも、人っ子ひとりいず、確実に僕を誘っている。相手もしびれを切らしたのか、あんただよあんた、と声を荒げてきた。行くも地獄、行かぬも地獄とは救いがないな。しかし断る理由もないので僕は壁へと向かう。


「な、なんですか……?」


 風前の灯火状態の僕は質問の声さえ風にかき消されるほど矮小であった。道には濃い紅が流れており、思っていたものとは違う意味で凄惨な光景が広がっていた。


「おうおう、来てくれてありがとうよ。というわけでそこのペンキ、一緒に持ってくんねぇかな? 一人でもいけるかなーって思ったんだけどさぁ、ちょっとこぼしちゃったんだよなぁ! はっはっはぁ!」


 全身を赤らめた男はこのように主張しているが、明らかに笑いごとではない。命の危機が去っただけマシか。


「よいしょっ、と。そこの馬車に全部乗っけてくれよ。こいつ、小石につまずいちまってさぁ、ガラガラガッシャーンって感じになっちまったわけよ。いやーきっついぜほんと、旅商人は楽じゃねぇや」


 この世界は旅商人の概念もあるのか。ますます異世界感が増してきたな。それにしてもなんでこんな量のペンキを抱えていたのか。塗料にそこまで商品価値があるのか、それとも業者的な人がこの辺りにいるのか。


「このペンキって、一体何に使うのですか?」


「俺も詳しいことはわかんねぇけど、剣とか作る時に鉄と一緒にぶち込むらしいぜ。どうやら刃の部分が入れた色になるらしくってさぁ、そんでなんでかは知らねぇんだけど赤のペンキがめちゃめちゃ売れるんだよ。わけわかんねぇよなぁ? あ、お礼にメシでも奢ってやるよ」


 わけわかります。それ人斬っても血の色をごまかせるじゃないですか。ちょっと治安悪くないですか? ろくでもない奴絶対多いじゃないですか。審査厳しくしないとじゃないですか。それはそれとして、この旅商人に婚活の話を振りまかせれば、結構人が集まるかもしれないな。国からの公表とダブルで進めていこう。


「ご飯じゃなくて別に頼みたいことがあるのですが、そちらでもいいですかね?」


「ああいいぜ。俺にできることならな」


「では、この国のお姫様が『私と結婚したい人を探している。男なら誰でも名乗り出ていいが、いくつか条件がある。詳しくは王城に来れば分かる』と行商の際に宣伝してくださると助かります」


「えー! お姫様と結婚するチャンスがあんのかぁ!? そりゃ宣伝すりゃあ男達は相当集まるな……よし任せな! この俺、クラウド・スルガン様が宣伝しまくってやんよ! そうと決まれば、この辺の鍛冶師にパパっとこいつら売っぱらってついでに冒険者ギルドにも宣伝しに行くぞ!お前も来い!!」


「えっ、ちょっ、強引すぎ! うわぁぁぁ!!」


 圧倒的な腕力で荷馬車に積み込まれてしまう。間髪入れずに馬は高音を上げ猛スピードで疾走。クラウドさんは僕を振り落とす勢いで操縦している。その硬い手は剣ではなく日頃から手綱を引いていることによるものだったのか。


 鍛冶屋に着くまで、彼がスピードを緩めることは一切なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る