ノンフィクション

@kuriimugohann

海の香り

サランラップ切れたから買ってきて。

切れる前にストック買っておけばいいのに。と母に心の中で文句を言いながら、近くのドラッグストアへ向かう。

急ぐ必要もない。走れば三十秒もかからない距離をわざとゆったりと歩く。この日は今にも泣き出しそうな空模様で空気が水を含んで重かった。

この空気は、似ている。祖母の住む所に。港町の祖母の家は、晴れていても、空気が柔らかく水を感じさせた。朝方、家の近くを散歩したこともある。霧の街、という名前も持つ街に相応しく、うっすらとモヤがかかる、坂の多い街を、祖母と二人で歩いた。

_今日の朝ごはん、何にしようか。あれがいい。昨日の魚の煮付け、まだ残ってたよね。じゃあ、それときゅうりのお漬物にしようか。_

そんなことを話しながら、宛もなく海辺を散歩した、あの日を思い出した。

ふと、目を閉じたら、今もあの日みたいな空気を感じられるんじゃないか。と思った。車が来ないことを確認して。目を閉じて、二、三歩だけ歩いてみた。

駄目だ。ここは雨と濡れた畑の匂い、そして耳に響く車のエンジン音しか感じられない。ここは私の住む町だ。

目を開けると、さっきまで似ていると感じていた空気も、ただのじっとりと肌に纒わりつくだけの、嫌なものに変わってしまっていた。

潮の香りと、波が防波堤を打つ音。そして、遠くから微かに聴こえる汽笛が、何故だかとても恋しくなった。

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