第18話リタラ・後半

「さあ、『八十日間世界一周 』の主人公であるフォッグが執事のパスパルトゥーとともに出発したイギリスがここ月からはっきりと見えています。イギリスはここ月から見て地球の左側、今まさに昼の世界から夜の世界に移り変わろうとする場所にあります。今からこのリタラがフォッグの『八十日間世界一周 』の軌跡を実際に月から見える地球に投影したいと思います」


「イギリスは今ちょうど夕方の6時なんですね。イギリスの皆さん、グッドアフタヌーンからグッドナイトです。リタラのアシスタントをつとめるサバイブです」


「さあみなさん、ここ月からはドーバー海峡がくっきりと見えます。フォッグは連絡船を使ってこの海峡を横断しましたが、現在では海底にトンネルが建設されてユーロスターで移動できるようになっています。テクノロジーの進歩が感じられますね、サバイブ」


「そうですね、リタラ。こうして月面からリアルタイムでライブ中継ができて、それを見ているみなさんからコメントや投げ銭がいただける時代になったんですからね。や、さっそくお代をいただきました。どうもありがとうございます。これであたしたちはまだ月面で生き延びることができます」


「さあ、そうしてフォッグはパリからスエズ運河に向かうんですね。途中で熱気球を使ったりもしましたけれど。熱気球……いったいどのくらいの高度まで到達するんでしょうね、サバイブ」


「熱気球は空気の熱膨張を利用して浮力を得ますからね。当然空気のあるところまでしか上昇できません。上空20キロの対流圏、そして上空50キロの成層圏までがせいぜいですね」


「地球の半径がだいたい6000キロですから……地球の半径の1パーセント以下しか気球は上昇できないんですね。こうして月面から地球を見ることでその高度が実感できます」


「気球の話はともかく……リタラ、フォッグはスエズに到達してからどうしたんでしょうか」


「インドのボンベイまで蒸気船で移動して、ボンベイから同じくインドのカルカッタまで鉄道を使ってインドをほぼ横断した形になりますね。これでほぼ地球を4分の1周したことになりますね」


「ほうほう」


「『八十日間世界一周 』の劇中ではここまでに23日かかっていますね。こうして月面から見るとたいしたことのない距離に見えますが、実際はとっても長距離なんですねえ。ギリシャからインドまでの遠征を成し遂げたアレクサンダー大王は何を思うんでしょうか?」


「そのインドですが、月面から見てだいぶ地球の左側に移動しましたね。イギリスはとうに夜の世界になってここ月面からは見えなくなってしまいました。インドの皆さん、アッサラーム」


「地球は自転していますからねえ。そのため、貿易風や偏西風がびゅんびゅん吹いているんです。ここ月面からでも雲の動きがよくわかります」


「リタラ。そして、フォッグはカルカッタからどうしたんですか?」


「はい。香港、横浜、ニューヨークと蒸気船を使って移動しました。太平洋を蒸気船で横断したんですね。ここで日付変更線を通過したんです。この日付変更線が作中でも重要な意味を持つんですが……実際にそんな線が地球に走ってはいませんので、こうして投影しますね」


「はい。日付変更線は陸地を通らないようにこのようにゆがんだ線となっております。この線があるからこそ、地球で太陽を追いかけていったとしても日にちは経過するんですね。おっと、そうこうしているうちに、その日付変更線も昼の世界から夜の世界に移動して月から見えなくなりそうです」


「ここ月面からは太平洋の東半分とアメリカ大陸が見えますね。フォッグはアメリカ大陸をサンフランシスコからニューヨークまで鉄道で横断したんです。かいつまんで説明していますが、フォッグの道中にはいろいろあったんですよ。『八十日間世界一周 』の原作はパブリックドメインになっていますから、ぜひとも読んでくださいね」


「リタラ、そしてフォッグはニューヨークからどうしたんですか?」


「ニューヨークからイギリスのリバプールまで蒸気船で移動したんですね。リンドバーグが大西洋単独飛行を成功させたのが1927年ですから、『八十日間世界一周 』の時代では船を使うしかありませんね。タイタニック号が氷山に激突して沈没したのが1912年。フォッグは氷山のことなんて考えもしなかったでしょうね」


「や、リタラ。そのフォッグが地球を一周して到達したイギリスが地球の右側から見えてきましたよ。長かったですねえ。このライブ中継も半日がかりでした」


「本当ですね。フォッグの80日間とはいかないまでも、わたしたちのライブ中継もなかなかの大仕事でした。それではみなさん、ご視聴ありがとうございました」


……


 終わったー! 半日の間話し続けるのって本当に大変だった! 地名やらなにやら覚えることもたくさんあったし!

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