第17話リタラ・前半
「サバイブ、月がきれいですね」
「ん、リタラじゃない。『月がきれいですね』って……そりゃあまあ、実際に月面に降り立って見る景色はきれいだったけれど」
「そうだけどそうじゃないよ、サバイブ。なんだ、文学の心得がないみたいだね」
???
「日本の夏目漱石って文豪のエピソードにこんなのがあるんだ。英語には『アイラブユー』と言う表現があるが、日本人はそんな気持ちを直接表現するようなことはしない。もしそんな気持ちを表現したいのなら『月がきれいですね』なんて言うべきだ……なんてね」
なるほどお。『月がきれいですね』で『アイラブユー』か。文学的な表現だな。古今東西の月に関するフィクションについて熱く語って試験管に合格を決めさせたリタラらしいや……
「え、リタラ。いきなり『アイラブユー』なんて言われても困るよ。あたしたち女の子同士じゃない」
「ああ、ごめんよサバイブ。わたしも本気で愛だのラブだの言いたかったんじゃないんだ。ただ、せっかく月面にいるんだから漱石先生にあやかって『月がきれいですね』って言いたくってさ」
なんだそうだったのか。びっくりしちゃった。
「それにしても夏目漱石? 日本の文豪だって、リタラ。本当にいろんなフィクションを知っているねえ。文学やSF、神話やおとぎ話となんでもござれじゃない」
「まあ、わたしはいろんなジャンルに興味があるからね。まあ、動画配信で利益を得ようと思ったら著作権の切れた昔の作品メインになるけれど」
そうなんだよねえ。へたにゲームやら漫画やらを動画で使ったら著作権がどうのこうの言われちゃうんだから。あんまり好き勝手して、地球のあたしたちの銀行口座を凍結されても困るし
「昔の作品かあ。例えばどんなものがあるの、リタラ」
「第一に挙げるならなんといってもジュール・ヴェルヌ先生の『月世界旅行』だね。原作の小説はもちろん、映画版もパブリックドメインになってるから動画でもじゃんじゃん使えるんだ」
「へえ」
「地球から大砲で人間が入った弾丸を発射して月面に打ち込むなんてのは荒唐無稽だけれど、こうして月面にいるあたしたちが動画配信で資金を稼いでその資金で地球から物資をどっかんどっかん飛ばしてると考えるとなんだか感慨深いものがあるね」
「面白そうだねえ、リタラ」
「だったらこんどいっしょに上映会だね、サバイブ。映画を見ながら感想を言い合っていくって言うのはユーチューバーがよく使う方法だからね」
「映画『月世界旅行』かあ。リタラ、それもいいんだけれど……」
「おやサバイブ、何かアイデアがあるのかい? 遠慮なく言っちゃってよ」
「それなら……ほら、せっかくあたしたちは月面にいて、闇夜に浮かぶ地球が見れて、そこにいろんな映像を投影できるんだからさ。その月面から見える地球にリアルタイムで画像を合成してさ、壮大な映像を作れないかなって」
「ほうほう」
「ほら、神話やおとぎ話にあるようなおっきな怪物がアメリカ大陸やユーラシア大陸で暴れまわっているように映像を合成するとかさ」
「月から見える地球に動画を投影するか。いいアイデアだよ、サバイブ。それならうってつけの作品がある」
「え、なになにリタラ」
「『月世界旅行』のジュール・ヴェルヌ先生の別作品の『八十日間世界一周』だね。19世紀にイギリス人の主人公が船や鉄道を乗り継いで80日で世界一周するお話だよ。その主人公がたどった道筋を実際に月面から見える地球に投影するんだ」
「面白そう!」
「原作はとっくの昔に著作権が切れてるからいいとして……たしか映画版があったな。『八十日間世界一周 映画』で検索っと……だめだ。まだ映画会社が著作権を持ってる。1956年公開の白黒映画なのにまだパブリックドメインじゃないのか。やりにくいなあ」
「でもリタラ、世界一周ってことは地球が一回転の自転をしないとだめだよね。月からは地球の半分しか見えないから……始めに夜の部分になったばかりの地域が朝になって月から見えるようになるのに半日かかるよ」
「半日くらいどうってことないじゃないか。ユーチューブのライブ中継なんて1日ぶっ通しでやる企画がごろごろしてるんだから。半日くらいちょっとしたピクニックだよ、サバイブ」
「どうせあたしのサバイバル技能を当てにしているんでしょ、リタラ」
「それはもう。なにせここは月面。基地を一歩出たら空気も何もないまるで死の世界なんだから。頼りにしてるよ、サバイブ先生」
「まったくもう、リタラ。ええと、実際に地球を見ながら解説するんだからフルアース状態じゃないといけなくて……その『八十日間世界一周』の主人公はどこから出発するの?」
「イギリスから出発してね、スエズ運河を通ってインド、日本。で、太平洋とアメリカ大陸を横断して最後に大西洋を通過してイギリスに舞い戻るの」
「東回りかあ。よかった。それならその『八十日間世界一周』の主人公が進んでいく地域が、月から時間がたつにつれて新しく見えるようになる地球の昼の部分になるよ。西回りの世界一周じゃなくて良かったね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます