第16話コメット・後半

「大リーグボール2号! 消える魔球! この球は大気との摩擦によって燃え尽きる!」


 コメットが地球に月の石を投げ始めた。振り上げた足が一直線になってる。


「ハイジャンプ魔球! 月面高く飛び上がって投げることでバッターにはとんでもない落差となる!」


 ジャンプしたと思ったら、最高点で月の石を投げた。月面だから身長の何倍も飛べているけれど、地球であんな投法どうやったらできるんだろう。そもそも、地球から遠く離れた月から投げられる月の石なんだから落差も何もないような気がするけれど。


「サブマリン!」


 アンダースローかあ。サブマリンって潜水艦だよね。月から潜水艦が地球に向かって飛んでいく……なんだかすごい風景だな。


「トルネード投法!」


 わ! 後ろを振り返ったと思ったらくるりと回転して投げた! コメットいろんな投げ方を知っているなあ。コメントも盛り上がっているし……あ!


「コメットコメット! 月から投げた石が地球で流れ星になって見えているって!」


「ほんとう? もうそんな時期になったのかい。感慨深いものがあるなあ」


 コメットはだいたい1日100球を1時間くらいかけていたから、これからそのいペースで地球から流れ星が観測されることになる。


 地球からは、いろんな名所旧跡といっしょに撮影された流れ星の動画が投稿されている。


 自由の女神。ナイアガラの滝。ブラジルにあるコルコバードのキリスト像。なるほど、いまは南北アメリカ大陸のあたりが夜なんだな。


「そう言えばコメット。月の石を投げる時間って日によって違っていたよね。朝ごはんの後だったり1日の終わりに寝る前だったり」


「そう。流れ星は夜じゃないと見えない。よっぽど大きな隕石ならともかく私が投げられるようなサイズだとね。だから、投げる時間をずらして世界のどの地域でもわたしが投げる流れ星が観測できるようになるはずだよ」


 なるほど。そのうち、アジアやヨーロッパやアフリカでもコメットが投げる流れ星が観測されるようになるのか。


「そして、わたしが投げた月の石が地球で流れ星として観測されたことを記念して今回はピッチングだけでなくバッティングも披露するよ!」


「ええ、コメット。投げるならともかく、ごつごつしている月の石を思い通りの方向に打つなんて難しいんじゃないの」


「心配ない。このために地球からバットとボールを輸送してもらってある」


 ほんとうだ。コメットがバットを握っている。地球からロケットで輸送してもらったんだ。


「さあ、地球の皆さん。アウトだからってあきらめてはいけません。まだワンナウとです。え? スリーアウトですか? いえいえ。一回の表が終わっただけです。なんと、9回裏ゲームセットですか。でも開幕戦が終わっただけですよ」


 なんとも前向きな言葉!


「ペナントレースが終わってしまいましたか? 来シーズンがあります。もう引退ですって。現役を退いてからの人生のほうがずっとながいんですよ。それではこのボールを……地球に向かって打て!」


 カキ―ン!


 月面は真空だから、音なんて聞こえないはずなのに心地よい打撃音が聞こえた気がした。


「さてサバイブ。今日の動画の分は終わったよ。せっかくだからサバイブも野球を覚えるかい? しばらくは月面にいることになるんだから、月面ならではの野球を作っていこうじゃないか」


「例えば?」


「月面には空気がないから変化球は投げられないね。そうだなあ、重心をずらしたボールで変化球を演出しようか。重力が小さいのも問題だ。これから月面野球のルールを作っていかなければならないね」


「でも、野球って9人対9人でしょう。あたしたちは11人しかいないのにどうすればいいの?」


「そんなの平気だよ。野球の最初に立ち返ればいい。野球なんてもともとは棒でボールを打って遊んでいたものなんだから。ボールをバットで打って遠くまで飛んだなんてことを楽しめばいいのさ」


「なるほどお」


「余興としてホームランダービーをすればいいんだ。打ちやすい球を投げてもらって、ホームランをかっとばす。そんなものを楽しめばいいんだよ」


「それにしてもコメット。バットを地球から輸送してもらうなんて思い切ったまねをするね。スパチャで稼いだお金で輸送してもらうんだから重量制限にみんな頭を悩ませているのに」


「だからね、サバイブ。金属バットじゃなくて木製バットにしたんだよ。少しでも軽くしようとね。というわけで、なんとしても折っちゃったりしないように気を付けなければいけないね。月でバットを作ろうなんてことになったらたいへんだから」


「バットが折れたらかあ。低重力のほぼ真空状態でフルスイングした木のバットが折れる……どんな大惨事になるんだろう?」


「『ジャコビニ流星打法』か。こりゃいいや。元ネタでは地球上でやってたから非現実的だったけど月面上なら充分ありえる物理現象かもね」


「『ジャコビニ流星打法』?」


「なんだ、知らないで言ったのかいサバイブ。だとしたら大した想像力だね。バットにひびを入れておいてピッチャーが投げたボールを打つと同時にバットを折ってその破片でボールをカモフラージュさせる必殺打法だよ。『アストロ球団』に出てくるやつ」


 コメット……それっていつのころのおはなしなの?

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