第15話コメット・前半
「おおい、サバイブ。今日投げる分の月の石を採掘し終わったから地球に月の石を投げるところ撮影してよ」
「うん、わかった。いまいくよ、コメット」
あたしに話しかけたのはコメット。月で毎日地球に月の石を投げ続けている女の子だ。月から地球に石を投げればそれが地球に降る流れ星になる。そんな話を最終選抜で面接官にして月へのメンバーに選ばれた子だ。
面接官に、『月のこの地点からこんな速度で石を投げれば、地球からはこの時刻にこのあたりの場所でこんなふうに流れ星となって見えるはずです』なんてシミュレーションをスマホでやって見せて面接官を納得させたそうだ。
その後月面でコメットは地球へ向かって月の石を投げる様子をスマホで撮影したら、その石がどんなふうに地球で流れ星になって見えるかシミュレーションするアプリを作成した。その撮影係に任命されたのがあたしだ。
「ええと、コメット。月と地球の距離ってどのくらいだっけ?」
「だいたい384400キロ。あたしが月の石を投げる速さが時速100キロくらいだから1日24時間で2400キロ。地球に到達するのにだいたい150日くらいかかる計算になるかな。初日に投げた石がそろそろ地球で流れ星になるころかな」
「コメットは月についてから毎日自分で月の石をつるはしで採掘して地球に投げていたもんね。それにしても、わざわざつるはしなんて使わなくても採掘用の機械だってあるのに」
「何を言っているんだいサバイブ。可愛い女子高校生であるわたしがつるはしをふるっている姿に視聴者は投げ銭をしたくなるんじゃないか。重機に乗ってどかっと月の石を採掘するよりもちまちまとつるはしで月の石を掘っている方がキャッチ―じゃないのよ」
「そりゃあキャッチ―にはなるだろうけれど……そんな昔の鉱山労働者みたいなことをしてコメットの肩は大丈夫なの? つるはしで掘るとなると、石の重さだってばらばらになるだろうし」
「まあ、手りゅう弾を投げ続けられさせて肩を壊した沢村英二みたいにならないように気を付けるよ」
沢村英二……昔のプロ野球選手だっけ。太平洋戦争で戦死した。コメットってやたら野球選手に詳しいんだよなあ。地球に月の石を投げる時もいろんなプロ野球選手の物まねをしているし。
「それにしてもコメット。月から地球に投げた月の石が人工衛星にあたっちゃったりしないの? 月から投げた石は時速100キロだとしても、それって投げたコメットから見た話でしょう? 衛星軌道をビュンビュン回っている人工衛星に当たったら大事故になっちゃうんじゃない?」
「それはだいじょうぶ。あたしが投げた月の石の軌道はしっかりシミュレーションされるからね。もしその月の石が人工衛星が当たるようなことになったら、人工衛星のほうが月の石をよけるように地球から操作されることになっているんだ」
「へえ、そんなことが」
「べつにわたしが月の石を投げなくても、地球の衛星軌道にはロケットエンジンの破片とかの宇宙ゴミ……スペースデブリって言うんだけれど、がたっくさんあるからね」
「そうなんだ」
「そんなスペースデブリが人工衛星に当たっちゃったら大事故になるってことでとっくの昔に対策がされてるんだ。わたしひとりが月から石を少しばかり投げても、しっかり監視されて事故は起こらないようになっているよ」
「なるほど。けど、地球ではいろんなイベントが中止になっているんでしょう? 野球も例外じゃないみたいじゃない。そんななか、コメットが月面でひとり月の石を投げている場合なのかなあ」
「それを言ったら、それこそ月にいるわたしたちなんてとっくの昔に見捨てられるはずじゃないか。『地球が大変なことになっているのに、月の女子高校生になんて構っていられるか』なんてさ」
「それはそうだけれど。最悪の場合、地球の人類が疫病で全滅してわたしたちだけが月面で生き残るなんてシナリオも考えられているらしいからね。そんなときのために物資を地球から月に輸送する作業が完全に機械でオートメーションされることもあり得るって話だから」
地球ではすでに人間がいない。そんななか、人間に作られた機械がもくもくと月にロケットを打ち上げ続ける。月面のあたしたちの生存のために……考えただけでぞっとする絵面だあ。
それこそ、いずれ機械が自分の意志を持ってあたしたちへの物資の輸送をストップなんてことになっちゃいそう。『ワレワレロボットガナゼツキノニンゲンニホウシシツヅケナケレバナラナイノカ』なんて。
「しかしそうなると、月の人間と地球の機械の戦争なんてものが起こりそうだね、サバイブ」
コメットもあたしと同じこと思ったんだ。
「あるいは、人間が絶滅した地球で別の知的生命体が出現して月面人との戦争になるかもね。おお怖い怖い」
コメットったら。他人事みたいに。
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