第13話ジオグラ・前半
「サバイブ。そろそろ時間だから付き合ってよ」
「ああ、ジオグラ。もうそんな時間なんだ。わかった、今準備する」
あたしを呼んだのはジオグラ。月から見える地球にレーザーポインターで赤い点をつけて、ここの地形はどうだとか国境問題がどうだとかなんてアカデミックな解説をして動画再生数を稼いでいる子だ。
最終選抜では面接官に国名も何も書いてない世界地図を見せて『好きなところを示してください』なんて言って、面接官が指さしたところについてああだこうだ解説したらしい。
その解説の出来は、いまこうしてジオグラが月面基地にいることから考えればそうとうな出来だったんだろう。
「なにせ、月面での基地の外での活動となるから何が起こるかわかんないもんね。もしもの時にはサバイブがなんとかしてね」
「まあどうせ今回もあたしがすることは、月の空にスクリーンを浮かべるだけだと思うけれども」
月から見える地球にレーザーポインターで光線を照射しても、地球にレーザーの光点が映るわけではない。そんな大出力レーザーなんてとてもじゃないけれど出せやしない。
というわけで、ジオグラのアシスタントをすることになったあたしが、月から見える地球に重ねて空間にスクリーンを投影しているのだ。
月から見た地球の中心に合わせて縦一列に並べたLEDを回転させる。何もしないと月から地球が透けて見えるだけだけど、レーザーポインターで光を当てればそこに光点が映る。
LEDの発光パターンを調整すれば地球上に国境線を引いて見せることも可能だ。国境線だけでなく、国名や海や山の名前だって空間に投影できる。さらには月から見える地球の横に視聴者からのコメントが映るスクリーンも空間に投影する。
自分のコメントが月から見た地球のすぐ横に表示されるというのは視聴者にとってたまらないらしく、かなりのスパチャがジオグラに提供されるのだ。
いわゆる教育系の動画としてジオグラの作品は非常に人気がある。なにせ地球では疫病騒ぎであたしたちのような女子高校生がまともに登校もできない状況になっている。
そんななかでジオグラの動画は教育方面からも熱い視線を注がれているのだ。
……
「はいみなさん。ここ月面からはみなさんがいる地球が非常によく見えます。フルムーンならぬフルアースですね。ということは、太陽、月、地球の順にほぼ一直線上に並んでいるんですね」
ジオグラが月の空に浮かぶ真ん丸な地球に向かってレーザーポインターを指している。解説の始まりだ。
「ほぼ一直線なんですね。完全に一直線上だったら月の影が地球に映っているはずですからね。まあその場合でも地球に映る月の影はせいぜい日本の北海道くらいで皆既地球食なんて現象は月面ではお目にかかれませんが」
地球では月と太陽の見かけの大きさがほとんど同じだから皆既月食や皆既日食が起こるけれど、月面で見える地球は太陽よりもずっと大きいから皆既地球食は起こらないんだよね。
「そして、月面から見える地球の真ん中あたりに日本が見えますね。日本は今夏ですから地軸の傾きにより、北半球の中緯度にある日本が地球の真ん中に下がって見えるんですね。皆さん、日本の夏は暑いですか?」
『暑い!』
『気温はともかく湿度がたまらん』
「なるほど。日本が月から見たフルアースの真ん中にあると言うことは日本の時刻は正午ですね。これから暑い盛りですね。ちなみに月面での温度は摂氏零度を軽く下回っておりますが。月に冷房は必要ありませんね」
『月からはクーラーの室外機から排出される二酸化炭素は見えますか』
『温暖化問題を実際にその目で見てください』
「温室効果ガスがどうなっているかはわかりませんが、日本の上空に雲はありませんね。日本の午後の天気は快晴でしょう」
ジオグラのしゃべりは達者だ。視聴者からされるコメントをうまく拾っている。そのあたりも人気の秘訣なんだろうな。
ジオグラの月面での初回動画配信は月からの地球の見え方についてだったけれど、すごく上手に解説していたもんな。
月から見える地球面は、世界地図として多くの人がイメージするメルカトル図法とはちょっと違う。球体であり地球の表面を平面の地図にしようとするとどうしてもどこかにゆがみが出てくる。
メルカトル図法だと北極や南極付近のゆがみがとても大きくなる。月面から見る地球は、無限のかなたから光を照射してみる地球の半球を示した正射図法とよく似た感じになる……
なんてことを、実際に月面から見える地球を視聴者に見せながらうまいことメルカトル図法や正射図法の地図を見せながら解説していた。
しかし、こうして月から地球を見ると国境なんてものは実際の地球にはないんだなあと実感してしまうな。そんな地球に国境線をスクリーンに映して引いて見せるのはなんだか不思議な気分だ。
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