第10話オードリー・後半
「だけど、月面でダンスかあ。難しそうだよオードリー」
「そう難しく考えることはないよ。まずは地球ではできないような月面ならではのムーブを各自がやってもらうようなダンスの構成にするつもりだし」
「月面ならではのムーブ? それってさっきやってた4回転ジャンプみたいなやつ?」
「そうだよサバイブ。地球では氷の上でスケート靴を使って加速しないとできないような4回転ジャンプも月面ならちょっとしたお遊戯感覚だからね。例えば……サバイブ、ちょっと壁を走ってみてよ」
壁走りかあ。モトクロスがクレーターの壁面をぐるぐる回ってけれどあんな感じにすればいいのかな。助走をつけてっと。
「それっ! わわ……うまくいかないや」
「おみごと! と言いたかったけれどそうそううまくはいかないか。壁を蹴るとどうしても反発力が生まれちゃうからなあ……そうだ! 2メートルくらい離れた壁と壁の間を蹴って登っていけばいいんだ!」
「どういうこと、オードリー」
「いまからやってみるから見ててよサバイブ。あそこにちょうどいい感じのスペースがあるな。じゃあいくね!」
わ! オードリーが凹の字のへこんだ部分みたいになっているところに突っ込んでいった! 左側の壁にジャンプして張り付いたと思ったら反転して右側の壁に張り付いた! 今度はまた元の左側の壁に張り付いた。うわあ。どんどん上に登っていく。
「こんなものかな」
そういうと、オードリーはひらりと床に降りた。と思ったらくるりとでんぐり返ってポーズを決める。
「いますごい動きしたね、オードリー。それもダンスなの?」
「いや、これはバルク―ルだね。町中の段差をぴょんぴょん飛んでいくやつ」
「バルク―ルかあ。オードリーはそんなこともできるんだ」
「まあ、見せる動きのひとつとしてね。簡単なものくらいなら。しかし、これは悪くないな。月面基地をゲームみたいに飛び回る映像と言うのも受けるかもしれない」
「外でそんなに激しい動きをするの、オードリー」
「なんてったって、科学技術の粋を結集した宇宙服がわたしたちにはあるからね。アポロの時代のごてごてした宇宙服とは違ったスタイリッシュに全身にフィットして動き回れる宇宙服があれば月面でのアクションだってわけないよ」
たしかにあたしたちが月面基地の外に出る時に着用する宇宙服はとても動きやすいようにデザインされている。理由は動画映えするためだそうだ。デザイナーさんが力説していた。『このデザインに文句があるなら落選だ』とまで言っていたな。
「しかし、サバイブ。踊ってみた動画をするのなら衣装だって重要だからね。どうせなら漫画やアニメとコラボしてコスプレも披露したいところだね。なにか来てみたい服はあるの」
「やっぱり、アポロ計画みたいなごてごてした宇宙服も着てみたいかな。あたしたちのスタイリッシュな宇宙服もいいけれど、ああいう武骨なのも着てみたいんだよねえ。やっぱり月面旅行を目指したのはアポロ計画に影響されたからだし」
「ほう。アポロ計画なら著作権の心配はなさそうだね。なんならNASAにあのデザインの宇宙服を輸送してもらおうか」
「月ってことならうさぎさんでバニーガールもいいかもしれませんねえ」
「バニーガールかあ。あれはアメリカのプレイボーイがうるさいからなあ」
「プレイボーイってあたしたちのバニーガール姿を見たアメリカの男性が興奮知るってこと、オードリー?」
「違う違う、サバイブ。プレーボーイってのは雑誌のこと。バニーガールってのはもともと雑誌のプレイボーイが始めた企画でね。安易にバニーガールの格好をして利益を得るとすぐに裁判沙汰になっちゃうんだ」
「へええ。そうだったんだ」
「おいおい、サバイブ。動画配信をして利益を手に入れようとするならそのへんはしっかりしないといけないよ。安易に歌った歌ってみた動画で巨万の富を得たとしても、そのあと裁判を起こされてはたまったものじゃないからな」
「裁判ねえ。月面で裁判所に呼び出されても困るけれど」
「そうなったら訴えられた相手の言い分が全部通るかもしれないぞ。こちらが商売を細々とやっているうちは泳がせておいて、いざ商売が軌道に乗ったら待ってましたとばかりに裁判に訴え出る権利者は多いからなあ」
「となると、安易に創作物のコスプレをするのは考え物だね」
「なにせわたしたちの動画配信はもう人類の存亡を左右しかねないものになっちゃってるからね。まあ、二次使用を公認している創作物も多いことだし。しばらくはそれで食べていけるかもしれないけれどね」
「法律かあ。宇宙飛行士になったのはまずは軍人。つぎに自然科学者。お医者さんや技術者が選ばれていたけれど、月面で法律にうんうん悩むなんて世知辛いなあ」
「まあ、月面でリアルタイムにSNSをやり取りできて動画を配信できるなんてちょっと前までは考えられなかっただろうからね」
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