第9話オードリー・前半
「アン、ドゥー、トロワ!」
あたしが月面基地にあるダンスステージを通りかかるとオードリーがフィギュアスケートみたいに華麗な4回転ジャンプを決めていた。
動画配信で再生数を稼ぐには踊ってみたや歌ってみたが手っ取り早いと言うことで、この月面基地には専用のステージが作られてある。月面の低重力で飛んでもぶつからないように天井はかなり高めだ。
そんなステージで踊っているオードリーにあたしは話しかける。
「お見事、オードリー。地球上では大技な4回転をぽんぽん飛んでるね」
「なんてったて重力が地球の6分の1だからね。かといって足にかかる負担は変わらないからきちんとケアしないといけないけれど」
「ちゃんとドクターに見てもらいなよ。振付を考えるのもいいけれどほどほどにね」
『月での低重力を活用した踊りの動画を配信したい』なんてアピールをする受験生はたくさんいたらしいが、そのなかでオードリーが選ばれた。なんでも、踊りのうまさで言えばオードリーよりもたっしゃな子も何人かいたけどもオードリーは自分で振り付けも考えることが評価されたそうだ。
「なら、わたしが躍るのは辞めにしてサバイブにダンスをコーチしようかな」
う……これはやぶへびだった。あたしに限らず、この月面基地にいる全員がオードリーにダンスのレッスンを受けている。あたしみたいなしろうとのダンスでも再生数がけっこう稼げるらしい。
あたしは地球でも踊りなんてやっていないのに、月面で踊れなんて言われてもなかなかうまくいかない。そういうわけであたしは日々オードリーにびしばししごかれているのだ。
「はいはい、サバイブ。ムーンウオークはできるようになったのかな。『月面でムーンウオークやってみた』なんて安易な企画だけど、だからこそとっつきやすくて再生数が稼げるんだからね。ほら、やってみて」
「こ、こうかな」
あたしがムーンウオークをするところをオードリーがスマホで撮影している。
「どうかな、あたしのムーンウオーク」
「自分で見てごらん、サバイブ」
オードリーに言われてスマホでついさっきあたしがやったムーンウオークを見ると……われながらこれはひどい。
「てんでなっちゃいないねえ、サバイブ。ちゃんと練習してるの。スパチャを稼がないと、ロケットでの輸送代が稼げなくてわたしたち死んじゃうんだよ。サバイブがサバイバル技能担当だってのは分かってるけれど、専門外のダンスもきっちりやってもらわないと」
「面目ありません、オードリー」
「まあ、これはこれでおもしろいから配信しちゃうけれど」
「え、そんな。ひどいよオードリー。あたしの醜態をネットのさらし者にするなんて」
「何を言っているの。わたしたちは生活の全てを配信しないととてもじゃないけれど物資の輸送代を稼げないんだよ。個室に隠しカメラが仕掛けられてないだけでもましだと思わなきゃ」
「それはそうだけれど……」
オードリーはお客さんに見られるダンスをやっていただけあって、『見られる』ということを常に意識している。『かわいいかわいい』と周囲から注目されて育ったから自然と人に見られることを意識するようになったそうだ。
世界中の辺境を旅してまわっていて、自分を見られる相手はお母さん以外には野生のアニマルしかいなかったあたしとは大違いだな。
「しっかりしてよ、サバイブ。ゆくゆくはこの月面基地にいる11人全員でいっしょに歌って踊るんだから」
「え、オードリー。11人全員で踊るって、一人一人が躍るのをつなぎ合わせるの?」
「何を言っているのサバイブ。ソーシャルディスタンスなんてものを作らなきゃならない地球上と違うんだよ。わたしたちの中にウイルスに感染している人間は一人もいないんだから、ステージに全員集合して踊るに決まってるじゃない」
「そんな無茶な。あたしたちの中でダンスの素養があるのはオードリーだけじゃない。ほかはみんなあたしと似たり寄ったりなのにそんなアイドルグループみたいなこと」
「いいじゃない。時間はたっぷりあるんだから。地球で自粛ムードが漂っている中でいまが絶好のビジネスチャンスなんだよ。マスクを着けずに濃厚接触が許される月面上のわたしたちだけができることなんだから」
「そう言われても……」
「だいたい、地球のみんなだって以前みたいにソーシャルディスタンスを気にしない動画が作られるのを待ち望んでいるはずなんだよ。それならわたしたちがやるしかないじゃない」
「だって、アイドルグループってカメラの前ではみんな仲良くニコニコしているけれど……裏ではセンター争いで女の子同士の嫉妬が渦巻いてるんでしょう。トゥーシューズに画びょうが入れられるのが日常茶飯事になるなんて、あたしいやだよ」
「サバイブ、あんたアイドルグループにどんなイメージ持ってるのよ」
「アイドルってそう言うものじゃないの? お母さんが持っていた漫画だとそんなシーンばっかりだったけれど」
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