第8話ドクター・後半
「それではサバイブ、体重計に乗ってくれ」
「はい。女の子が体重を全世界に公開するなんて恥ずかしいけれど、これも健康管理のため。しっかり頑張ります。よいしょっと……あれれ? 8キロ? やせたらうれしいけれど……いくらなんでも軽すぎませんか、ドクター」
「おっと、ついうっかり地球用の体重計を使ってしまった。月面では重力は地球の6分の1になるから、これでは正しい体重は測れないな。いや、月面での体重と言うことならばこれはこれで正しいのだろうが」
「どういうことですか、ドクター」
「つまり質量と重さの違いだ。質量が重力に引っ張られる力が重さだから、月面でのサバイブの体の重さが8キロなら8キログラム重と言うことでこれはこれで正確な値だ」
「えええ。でもドクター。それじゃあ地球のみんなにわかりづらいんじゃあないですか」
「そうだね、サバイブ。だからサバイブの質量を測定しようか。質量は物質そのもの持つ物理量だから地球だろうと月面だろうとどこだろうと変わらない」
「なるほど、わかりました。で、どうやってあたしの質量を測定するんですか」
「この巨大上皿天秤を使う。地球でサバイブと釣り合う重りだったらここ月面でもサバイブと釣り合うよ。なにせ、同じ質量が同じ月面の重力で引っ張られるんだからね。さあ、サバイブ。天秤の右の皿に乗りたまえ」
「了解です、ドクター。よいしょっと」
「では重りをどんどん載せていくよ。まず20キロ。さらに20キロ」
「うわあ、ドクター。20キロの重りをそんな軽々と。力持ちですねえ」
「なんていう事を言うんだ、サバイブ。このか弱いレディに向かって。ここは月面だから重りを載せる力も6分の1で済むんだ。人を筋肉ゴリラ扱いしないでもらいたい」
「それもそうですね、ドクター」
「どんどん行くぞ。5キロ。2キロ」
「あの、ドクター。そろそろ重りを小刻みに、例えば100グラム単位で載せていった方がいいんじゃあないですか」
「なにをけちくさいことを言うんだ。そんなせせこましいことを言うんじゃない。それ1キロ。まだサバイブの皿のほうが下だぞ。サバイブ太ったんじゃないか。月面でも運動は大切だぞ。骨からカルシウムが出ていってしまうからな」
「そんな、ひどいです」
「おっと、つりあったぞ。サバイブの質量は48. 8キロだ」
「ううう、太っちゃった。それにしてもドクター、単位ってややこしいんですねえ」
「そうだ、サバイブ。この定期検診は一月おきだが、そもそも一月とはなんだろう? 地球上での月の満ち欠けが一周する日数だ。これを使ったのが太陰暦だ。ところがそれだと一月が約28日。地球太陽の周りを一周する1年365日と12ヶ月でずれができる」
「それじゃあ不便じゃないですか」
「そうだ。だから1年が12ヶ月になるように一月を30日とか31日にした。これが太陽暦だ。ちなみに月面だと太陽が空を一周するのに27日ほどかかる。この27日というのは地球でのものをイメージしてほしい」
「そうなんですよ。月だと太陽がゆっくり東から西に動くんでびっくりしました」
「しかしわたしたちの動画を見てくださっているみんなのために地球の単位に合わせてわたしたちは動画を配信している。『月面で一か月ってどういうことだよ』なんてつっこみはしないでもらいたい」
「ちなみに、基本ここではグリニッジ標準時を使っているけれど……アメリカの皆さんに向けた動画ではアメリカの時間に合わせて配信するよ。英語で。ヤードポンド法を使って」
「その通り。日本のみんなには東経135度の時刻に合わせて日本語で配信するからね」
「それでは」
「みなさん」
「「さようなら、ご視聴ありがとうございました」」
……
ふう。あたしの健康診断と言う体裁の動画配信が終わった。
「おお、見てくれサバイブ。視聴者数もスパチャも好評だ。これならワンカップサイズ大きくサバイブのブラジャーを新調できるぞ」
「本当、ドクター? やったあ……ドクターはなにか輸送してほしいものはないんですか?」
「ものより情報かな。もっと勉強したいことは山ほどあるし。逆にサバイブたちの画像を地球のお医者先生に見せて画像診断なんてこともやってみたいね」
情報かあ。それならいちいちロケットを打ち上げる必要もないし……ドクターって勉強家だなあ。
「いざとなったら、開腹手術だってしないといけないからね。一通りの手術道具はそろっているけれど。たぶんその時はお腹の中身を地球の先生に見せながら、わたしが指示を受けつつ執刀すると言うことになるだろうけれど」
「手術かあ。まさかこんなに長期滞在になるなんて思ってもいなかったもんなあ」
「地球人類滅亡ってことになったら、わたしたちで子孫を残さなきゃならないしねサバイブ。そうなったら相手は誰にしようかな。サバイブは誰か決まった相手はいるの?」
「ええ、ドクター。あたしたち全員女の子じゃあ」
「女の子同士でも子供は作れるよ」
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