第7話ドクター・前半

「おいサバイブ、定期検診の時間だ。いっしょにメディカルルームに来てくれ」


「え、もうそんな時期なの。ドクター、一か月ってのもあっという間だね」


「月面で一か月って単位も妙な話だがな。まあわたしたちは地球の人間のお布施で生き延びているようなものだから、地球の単位で考えることにしていたほうがいいだろうが」


 ドクターの言う通りだな。月面だと一日の感覚がぴんと来なくなっちゃう。そのあたりを動画のネタにしようかな。


「ねえ、ドクター。せっかくだから月での太陽の見え方を動画で解説しようよ。月での太陽が空を一回りするのに地球でのだいたい27日かかるとか」


「そんなこといって自分の体重測定をうやむやにする気じゃないだろうね。月面でのわたしたちの健康状態も地球のみんなの注目の的なんだからね、サバイブ。しっかり検診の結果を知らせないと」


「体重はともかく、体温を、毎日定時に測って公開するってのはなあ……『月面ユーチューバーの排卵日を予想するスレ』なんてものが掲示板に乱立してるし」


「排卵日の予想と来たか。そりゃいいや。われわれ女性の体温は生理周期に密接に関係してるしね。生理は月のものなんて例えられるが、それを月面にいる人間を見ながら地球の人間にああだこうだいわれるのはなかなか面白いじゃないか」


 デリケートな話題なんだからもうちょっとオブラートに包んだ言い方をしてくれないかなあ、ドクター。あたしもサバイバル生活が長いからそういう話題には大雑把な方だけれど、ドクターはなんでもあけすけだからなあ。


 ドクターはアメリカの大学を飛び級で卒業して、さらにそこから医学部を卒業して17歳にして医師免許を持ってるんだって。そんな人間が月面女子高校生ユーチューバーの選考試験に申し込んだらそりゃあ合格するよなあ。


「で、なにか健康上の問題で困ったことはないかいサバイブ。秘密にしたいのなら医者であるわたしには守秘義務があるよ。まあ、資材輸送費が足りなくなったらなにもかもセキララにしてスパチャを安易に稼ぐかもしれないけれど」


「緊急避難ってことですか、ドクター。命が危機にさらされては医者の守秘義務を守っていられないと」


「なにせ、月面にわたしたちが取り残されて地球への帰還を禁止された時点で一大事だからね。疫病が地球ではやっていると言うことで、毎日の体温の測定と公開をなかば強制的に課せられたのがいい証拠じゃないか」


「たしかにこの非常時に細かいことは言っていられないですけれど……困ったこと。ああそう言えば、ブラジャーのサイズがきつくなったような」


「サバイブもかい」


「『サバイブも』って……ドクターもですか」


「そうだよ。なにせここは月で低重力だからね。地球では足元に回っていた分の血液が上半身に回ってそんな現象が起こる。ムーンフェイスと言ってね。昔の宇宙飛行士は顔がぱんぱんになったそうだよ」


「へえ、月にいれば巨乳になるんですか。ちょっと得した気分です、ドクター」


「まあ、ムーンフェイスは2,3日で元に戻ったそうだけれどね。わたしも地球を飛び出してからしばらくはブラがきつくなったような気がしたが、結局元通りだからね」


「え、あたしはここ月面で数か月たちましたがずっとブラがきついんですが」


「ほう。だったらそれは成長期と言う可能性が高いね。これは大変だ。さっそくサイズを測定して適切なサイズのブラジャーを新しく地球から輸送してもらわないとね。『助けて。胸が成長してブラのサイズが合わなくなったの』ときたらスパチャが稼げそうじゃないか」


「他人事だと思って楽しそうですね、ドクター」


「いやならまじめな話をしようか、サバイブ。ムーンフェイスは満月様顔貌と訳されていてね、ステロイドの長期大量使用で引き起こされる顔面に脂肪がついてしまう症状でもあるんだ。サバイブ、ステロイドを使っているのならちゃんと言ってね」


「使ってませんよ、そんなもの」


「本当かい、サバイブ。オリンピックじゃないんだからドーピングだと非難されることもないよ。選考試験を突破するためにステロイドで偽りの肉体をて手にいれたんじゃないかい?」


「断じて使ってません! あたしは未成年です。若者のステロイドの乱用はアメリカでも問題になっているんですから」


「はは、怒らないでよ。そもそもステロイドイコールドーピングと言う発想がしろうとなんだよ。医療行為でステロイドの投与が行われることがある。まあ、筋肉増強用のステロイドはアナボリックステロイドで、医療用のステロイドはステロイド系抗炎症薬だからね。毒も薬も使いようさ」


 ううう、ドクター。専門知識でややこしいことを。けど、その専門知識が動画配信では受けるんだよなあ。『月面ドクターの医療相談』なんてチャンネルでがっちり太い客を捕まえているみたいだし。

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