第6話アグリー・後半
「ええと、『本動画はフィクションです。サバイブが飲んだ液体はエタノールではありません。未成年の飲酒は各種法令で禁じられています。また、税務署の許可なしにアルコールを精製することは犯罪行為となります』こんなメッセージでいいかな、アグリー」
「そんなもんだろうな、サバイブ。いい動画ができた。さっそく配信しよう」
アグリーの研究室に入ったところが冒頭になる動画ができた。われながら白々しい芝居だ。ジャガイモからなにか怪しげな液体を作り出したとなれば、まず間違いなく高純度のアルコールだ。
そんなこと、世界各地をサバイバルしてきたあたしならわかる。そもそも、未成年の飲酒が一切禁じられていない地域ではあたしは酒なんて水代わりに飲んでいた。
まあしかし、動画の配信は上々だ。
『これはアウトだな』
『通報させていただきました』
『やってしまいましたな』
『その酒売ってくれ!』
コメントが早速されていく。はて、月での違法行為はだれが取り締まるのかな。ICPOかな。FBIかな。NASAかな。逮捕されて地球に強制送還されるのかな。
あたしたちの地球帰還は検疫の観点から中止されたけれど、いまから有人ロケットを月に飛ばせるのかな。疫病騒ぎで地球では出国や入国が厳しく制限されているけれど、地球脱出はどうなんだろう。
月面への物資輸送は無人機がすることになっているからな。きびしい殺菌消毒が行われたうえで。
そういうわけで、地球からの物資輸送はできてもこちらからの物資輸送はできそうにないな。お酒はともかく、月の石の通販なんかしたらけっこういい稼ぎになると思うんだけれど。
「さてと、サバイブ。せっかく消毒に使えるエタノールを作ったんだから手洗い動画を配信しようじゃないか。地球ではいろんなひとが手洗い動画を投稿しているみたいだし」
「あ、アグリー。エタノールを作ったことは作ったんだ」
「それはもう。ジャガイモを作ったら密造酒だよ。昔見た映画にそんなシーンがあってね」
「それって『大脱走』?」
「わかる? サバイブ、あれはいいシーンだったよね。それにしても、今回もけっこう稼げたからなにを地球から輸送してもらおうか。何か食べたいものある?」
「え、あたしがリクエストしていいの。アグリーの動画で稼いだお金なんだからアグリーの好きなものを頼んだらいいんじゃあないの」
「いやあ、さすがに地球から持ち込んでおいた食料もなくなってきているし……このままだと食事がジャガイモだけってことになりかねないからね。それだとサバイブはともかくほかの子たちが暴動起こしちゃうよ」
「でも、肉ってわけにはいかないでしょう。モトクロスなんか『動物性たんぱく質がほしい』ってぼやいていたけれど」
「動物性たんぱく質なら肉は論外だな。コストパフォーマンスが悪すぎる。肉を輸送するにしても食べたら終わりだからそんなものより植物の種が欲しい。家畜を月面で飼うにしてもカロリー収支が悪すぎる、鶏ですらえさのカロリーの半分以下だ」
「動物性たんぱく質なら虫はどう、アグリー? あたしは蚕なんて大好物だけれど」
「さすがはサバイブ。たくましいね。でもほかの子がそれで納得するかなあ。なにせ昆虫食はメジャーな文化じゃないからねえ」
「じゃあ、どんな植物なら月面で栽培できるの?」
「やっぱりカイワレ大根とかのスプラウトかな。というよりももうやってるし。種を地球から運んで、月面で発芽させる。宇宙ステーションでも行われているくらい簡単にできるからね。逆に当たり前すぎて動画映えはしないかもね」
「なるほど」
「あとはさつまいもにかぼちゃかな。じゃがいもに負けず劣らずひどい環境でも育つからね。第二次世界大戦の時ならともかく、いまなら品種改良でおいしいものがたくさんあるし。けっこういろんなレシピを楽しめるよ」
「スイートポテトにパンプキンパイなんておいしそうだね」
「キノコも悪くないね。カロリー的には期待できないけれど、動画映えはしそうだ。原木栽培で狭いところでもつくれる。いっかい作り始めたらたぶん水と日光があればずっと作っていけるんじゃないかな」
「いちいち種を輸送してもらわなくてもいいのは魅力的だね」
「大根とかニンジンの葉っぱの部分も切ったらまた生えてくるからいいかもね。地球では捨てるような部分も月面じゃあ高級食材だよ。お漬物にでもする?」
「でもそれだとごはんが欲しくなっちゃうなあ」
「それなら、リーフレタスやハーブなんかは? 個人経営のレストランのちょっとした設備で店で作って店で使うなんてこともしてるよ」
「まあ、先は長くなりそうだしじっくり考えるとするよ」
「それもそうだね。それこそ地球人類が絶滅してわたしたちだけが月で生き残る可能性もあるわけだし」
「怖いこと言わないでよ、アグリー」
まったくそんなことになってたまるもんですか。
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