第5話アグリー・前半
「サバイブ、ちょっといいかな」
あたしの部屋のドアをノックして声をかけて来たのはアグリー。農学の知識を武器に月面派遣メンバーの最終選考を勝ち残った女の子だ。なんでも月面でのジャガイモ栽培の可能性をそれは熱心に面接官に説明したらしい。
月の地質は地球と異なるからさすがに月面を直接農地にするのは無理らしい。地球から植物工場を作るために必要な物資の量を計算して、その輸送費に見合うだけの効果があるかどうかを力説したと自慢げに語っていた。
そのかいあって彼女も選抜試験に合格。月面で植物工場を設立する様子を動画配信してスパチャでがっぽり設けているみたいだけれど……
「ついに例のものが完成したんだ、サバイブ」
「本当! 見せてよ、アグリー」
「サバイブならそう言うと思っていたよ。それではいっしょに来てもらおうか」
食事がジャガイモばかりで味気ないという文句も出る中、あたしはアグリーが栽培したジャガイモを喜んで食べていた。ジャガイモなんて、極限状況で食べざるをえないあんなものやこんなものに比べたら三ツ星レストランのフルコースみたいなものだ。
そんなあたしをアグリーは気に入ってくれ、なにかと研究成果をあたしに披露してくれるようになった。
「ささ、到着したよサバイブ。どうぞどうぞ入って」
そう言ってアグリーはご自慢の植物工場にあたしを案内する。円形のチューブ構造。下半分が月面に埋まっていて、上半分は月面に出ている。その上半分は透明になっていて日光が入ってジャガイモが光合成できるようになっている。
そんなジャガイモ畑を通って、アグリーの研究室にあたしは案内される。
「わたしアグリーはこういったものの開発に成功いたしました」
そんなぎょうぎょうしい言い方をしながらアグリーはあたしにビーカーに入った透明な液体を差し出す。
「とりあえずにおいをかいでくれたまえ、サバイブ。くれぐれもしんちょうにね」
「わかりました、アグリー。では……」
そう言いながらあたしはビーカーの上部を手で仰いで鼻でにおいをかぐ。わ! これは。
「たまらないねえ、この香り」
「でしょう、サバイブ。ものすごい刺激臭でしょう」
アグリーの言う通り頭にガツンと来るにおいだ。直接ビーカーの上部に鼻を近づけてにおいをかごうものなら、そのあまりの刺激臭にのたうち回ること間違いなしだろう。
「お次はこのアグリー特製の液体をを霧吹きにいれまして……ライターで火をつけてそこに噴射! 見てごらん、サバイブ。景気良く燃えただろう」
アグリーの言うとおり、霧吹きから噴き出した液体が燃え上がる。
「うひゃあ、すごいねえアグリー。これだけ派手に燃えるなら、月面基地での燃料問題はなくなっちゃうんじゃない?」
この月面基地では、基本的に生活に必要なエネルギーを太陽電池でまかなっている。石油なんてものが産出しない月面では火気厳禁なのだ。燃料用の液体酸素と液体水素を燃やすなんて夢の中くらいのものだ。
そんな月面であんなにはでに燃える液体。アグリーはいったいぜんたいなにを生み出したのか?
「それではサバイブ。味を見ようではありませんか」
「えええ、アグリー。味見でありますか。いきなりそんなことをして、もし毒だったらどうするんですか」
「それは問題ない。このアグリーがすでに確認してある。この液体は人体に毒性はない。少なくとも即効性の毒はない」
「ほほう、アグリーがすでに確認されたのですか。それではあたしも飲まないわけにはいきませんな」
そう言ってあたしはビーカーの中の液体を一息に飲み干す。これは……
「すごいね、アグリー。ガツンと来るよ」
「そうかい、サバイブ。気に入ってもらえてよかった。それでどうだい、感想は」
「いやあ、なんだか体がほてってきましたな。なんだかいい気分になってきました。この液体は何なのですか、アグリー」
あたしの質問にアグリーは得意げに答える。
「これはエタノールだ。じゃがいものでんぷんを分解にして糖分にしたのち、アルコール発酵させて作ったんだ。度数はだいたい96パーセントってところだね」
「えええ、ということはあたしは飲酒をしてしまったんですか。日本では20歳以下の飲酒は禁止されているはず。なんということでしょう、あたしは逮捕されてしまうんでしょうか」
「日本の法律では罰せられるのは飲酒をした未成年ではなく提供した側だね。だから、逮捕されるとしたらわたしのほうかな」
「アグリーが逮捕されるんですか?」
「未成年に飲酒をさせた上に、わたしはお酒の密造までしちゃったからね。酒税法違反もしちゃったんだ。密造酒は英語でムーンシャインと言うらしいが、月面でムーンシャインを作ってしまうなんて皮肉な話だね」
「ひええ、酒税法違反なんてものもしちゃったんですか。どうしようアグリー。警察官に徴税官がやってきちゃうよ」
「そんな官憲にこられたらおとなしくお縄をちょうだいするしかないな」
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