第4話モトクロス・後半

「どうだった、サバイブ。コメント欄見せてよ」


「はい、モトクロス}


 あたしがタブレット端末を見せるとモトクロスは大喜びする。


「見てみて、サバイブ。地球のみんなが課金してくれてるよ。ほらほらこの七色に輝くコメント欄を!」


 モトクロスの言うとりさっきあたしが撮影したBMXのエアトリック動画にはたくさんのコメントがついていて、その中には色が付いたものもたくさんある。たくさん投げ銭がされている証拠だ。


「これで新しいマウンテンバイクのパーツを地球から輸送してもらえる。チタン製の一流職人の一品ものにしようかな。カーボン素材も捨てがたいし。そうだ。スポンサード契約も結ぼう」


「良かったね、モトクロス。それじゃあ今回はこれでお開きってことでいいの」


「そうなるかな、サバイブ。ああ、帰りは歩いていこう。自転車はわたしが担ぐから。月面なら押していくよりも担いでいく方が楽だからね、歩くといってもぴょんぴょん飛んでいく感じだし」


 ほっ。帰りは行きみたいにモトクロスに引っ張りまわされなくて済みそうだ。


「サバイブ……わたしね、月面一周してみたいんだ」


「月面一周って……北極や南極でぐるりと回って『はい、世界一周』ってことじゃなくて?」


「違う違う。きちんと一番長い距離で月を円運動して一周するの。なにせここは月だからね。海はあるけれど水はない。ひたすらまっすぐ進んで元の場所に戻ることができるはずじゃない、サバイブ」


「それはそうだろうけれど……」


 月世界一周か。モトクロスはすごいことを思いつくなあ。


「そしてね、サバイブ。月の周囲はだいたい10000キロ。そして月の自転周期は27日だから月の赤道を一日300キロ程度走れば太陽を追いかけていけるんだよ。どう、すごくない?」


「す、すごい」


「でしょう、サバイブ。地球の赤道を一周して太陽を追いかけようと思ったら、地球の一周が40000キロだからそれを24で割って時速1600キロ以上が必要になるんだ。これは軍用ジェットでも無理な話だね」


「な、なるほど」


「地球のどの場所からでもいつもおなじ空の位置に見える太陽同期衛生なんてのもあって……それなら衛星からは太陽がいつも同じ方向に見えるけれど、やっぱり地面を走って太陽を追いかけるってほうがずっとロマンがあるじゃない」


「そ、そうだね」


 まずい。あたしはサバイバル技術を売り物にして最終選考をパスしたから太陽同期衛生なんて言われてもちんぷんかんぷんだ。


「ところが、月面でなら月の大きさと自転周期がうまい具合にマッチして1日300キロ月面を走ることで太陽を追いかけられるんだよ。もちろん月にも断崖絶壁はあるからただ赤道を一周しようとしてもできない」


「へ、へええ」


「そこで、あたしは月のグーグルマップでマウンテンバイクでも走れる赤道付近一周コースを調べたんだ。これが最終選考突破の決め手になったんだよ」


「そうなんだ、モトクロス。BMXで受かったんじゃなかったんだね」


「そう。もちろんできるかどうかわからない。一番きつい自転車レースのツールドフランスが23日で3300キロくらいのコースだから。だけど、月だよ。低重力なんだ。登坂だって楽々なんだ。時速20キロで1日15時間走れば可能な数字だ」


「す、すごいね」


「そしてね、月を一周するともうひとつすごいことができるんだ」


「な、なあに、モトクロス?」


「潮汐力の関係で、月の公転周期と自転周期は大体おんなじなんだ。サバイブ、居住ブースからはいっつも同じ空の位置に地球が見えるだろう」


 そういうえば……月面から見る地球はいっつも空の同じところにあるな。太陽の光の当たり方で満ち欠けはしてるけれど。


「それが、わたしが月を一周すれば地球も空を動いて見えるんだ。すごいだろう、サバイブ。月面での地球の地平線への浮き沈みを撮影できるんだよ。いや、一応は月も自転軸がちょっとだけ傾いているし月の公転も完全な円運動じゃないから月面でも北極や南極の近くなら地球の出や地球の入りを観察できないわけじゃあないけれど」


 なんだかわからないけれどすごそう!


「どうせなら月の赤道近くでダイナミックな地球の出を撮影したいからね。ただひとつ問題がある、サバイブ」


「なあに、モトクロス」


「水や食事をどうするかということなんだ、サバイブ。マウンテンバイクで月面一周に必要なぶん運べるかな」


「確かにそうだね」


「ねえ、サバイブ。人間って一日にどれくらい水が必要なの?」


「飲み水ならだいたい1.5リットルかな。後は食事から1リットルくらいとれば生きていけるよ」


「でも、マウンテンバイクで走るんだから汗をいっぱいかくんじゃない、サバイブ」


「それもそうか。なら、おしっこを飲めばいいんじゃない」


「飲尿ですか、サバイブさん」


「いまさら飲尿に抵抗を持たれても、モトクロス。月までのロケットでも居住ハッチでもあたしたちはおしっこを浄水して飲んでたじゃない」


「それはそうだけれど……じつは今回の撮影にサバイブを誘ったのはマウンテンバイク月面一周に必要なサバイバル術をサバイブに教えてもらいたかったんだ」


「そうだったんだ」


「ほかの子には内緒にしておいてね、サバイブ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る