第6話 基礎訓練
俺は今真っ白な何もない空間に立っている。
身体の大半を失っている俺が立つことが出来るわけがないのだが
俺は文字通り立っている。
全身を真っ黒なライダースーツの様なものに身を包まれ
頭にはそれこそフルフェイスのヘルメットを被っている。
そんな俺に声が聞こえてきた。
「吾妻さん聞こえますか?」
リナの声だ。声はヘルメットの内側から聞こえてくる。
そして俺は返答する。
「あぁ。よく聞こえるよ。」
「では今一度説明しますね。現在吾妻さんのが立っている空間は仮想空間。所謂VRです。」
そうだ。今俺は脳の神経を直接機械に接続しVR空間に来ているのだ。
その為この身体も元の俺の身長などのデータを再現した仮想世界のものである。
「まさか音声まで再現できるんだな。」
「元の声帯が無いので苦労しましたが何て事無いですよ。」
リナは事も無げに答えてくれる。
「まずは今から身体を動かす練習を行います。」
「本来なら不要な訓練ですが実際の身体が完成するまでは身体を動かす感を取り戻して頂きます。」
確かに今までは身体を動かす事を意識したことがなかったが
現実として動かせる身体が無いのだから必要な訓練と言われれば納得だ。
「現在は立位状態ですが感覚的には変わりは無いですか?」
「特に違和感は無いな。生前と一緒だ。」
感覚はかなりリアルで実際にその場で立っている感覚が俺に伝わってくる。
「なるほど。予想通りですが吾妻さんは転生者の中でも人型に分類される事で間違いないと思われます。」
転生者には異種型と人型に分類されるらしい。
異種型とは蟹の転生者のように明らかに外観が変化したものの総称で
人型は転生したにも関わらず大きな変化を起こさず人に近い姿をしたものの総称との事だ。
実際に俺が異種型だとしたら
データの姿と脳の本来認識している姿に差異が発生し違和感を感じるらしい。
「それでは早速ですが基本動作の確認を始めます。」
そうして俺の人として動作確認が始まった。
最初は歩くや走る。階段を登るなどの基本的は事ばかりだったが
次第に腕立て伏せや水泳。各種スポーツなどの動作も訓練に組み込まれていった。
中にはルールすら分からないスポーツもあり一体何の訓練をしているのか分からなくなるほどだった。
「後半意味あったか?訳の分からんスポーツとかあったが…。」
「えっ?どれの事ですか?クリケット?カバディ?」
「確かにどっちも初体験だったがまだ分かる。だが最後のワイフキャリーって何だよ…。」
「正式にはワイフキャリングですね。女性を肩に背負って運ぶ競技ですよ?」
その説明どうでも良いとか思ってはいけないのだろうか。
俺は考えを改めた。
博士だけが変人だと思っていたがリナも中々なのかもしれない。
普通動作確認に当人の知らないスポーツを入れて来るだろうか。
しかもマイナーなものが大半を占めている。
クリケットやカバディなんか経験していて当たり前と言えるぐらいマイナーなものばかりだった。
もはやこれらは確認では無く未知への挑戦だ。
「で?次は何をさせるんだ?」
俺は次のスポーツに身構える。もはや何が来ても驚かない。
しかしリナは意外な指示を出してきた。
「そうですね。そろそろ終了にしましょう。疲れたでしょう?」
「いや。実際に身体を動かしてるわけでは無いから疲れては無いが?」
確かに初体験が多過ぎて頭は疲れた気がするが身体は元気そのものだ。
「そうですか。それでは折角なので吾妻さんの身体の事に関して説明を行いましょう。」
「確かに身体の大半を失ってる俺がどうして生きてるか全く知らなかったな。腹も減らないし。」
「色々とゴタつきましたから。気にならなかったのも仕方がない事です。」
「空腹のお話がありましたのでまずは栄養素に関して説明しますね。」
リナがそう言うと突然目の前に椅子と机が現れた。
リナに進められるまま椅子に座る。
立っていても落ち着かないので椅子とは改めて有難い物だと一人感心する。
そんな俺を知ってか知らずかリナは話を進めて行く。
「現在の吾妻さんが栄養素を必要としているのは実は脳だけというのが分かっています。」
「脳だけ?心臓や皮膚とかは?」
一応少ないとは言え身体の一部は存在している。栄養を必要としないと言うことは脳以外が壊死してしまわないか急に不安になる。
「ハッキリした事はまだ分かってないのですが順を追って説明しますね。」
「当初吾妻さんが運ばれて来たとき生命維持の問題がありました。口がないので経口摂取は不可能でした。血液に直接栄養を送る判断はすぐでしたが必要な栄養素が分からなかったのです。」
「取りあえずは人体が必要とする総ての栄養素を投与し消化量を測定しました。」
「その結果ですがたんぱく質やビタミンA等皮膚成形に必要な栄養素は一切消費されず」
「脳が必要とするブドウ糖やミネラル等が消費されていました。」
「要するに脳だけが生きてるのか?」
言っていて我ながら恐ろしい話だ。
事実心臓は動いているのだが動いているだけで死んでいるとか言われたらショックを受けるどころではない。
「皮膚や筋肉等は恐らくですが転生者特有の再生能力の変異だと思われます。事実栄養素を使用せずに細胞分裂が発生しています。」
「しかし当初の状態以上の回復は行われず吾妻さんの正常な状態が今の状態だとの結論が出ています。」
今すぐ死にそうな状態が正常とは俺の生命力の無さに呆れるを通り越して他人事にすら思えてくる。
「また心臓に関しては吾妻さんの転生者としての能力に依存すると考えられます。」
「能力?」
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