第2話 走馬灯

平凡な家庭だった。


両親は遅い結婚で俺を生んだ時点で40歳を回っており

俺は二人の愛を注がれ育ったと自覚している。


俺は幸せだっと思う。


子供の頃俺はヒーローが好きだった。

理不尽な悪意に決して屈する事無く必ず勝利する確固たる存在。


その姿がただ純粋に格好良かった。


そんな俺を両親は溺愛してくれていた。


高校生になっても部活の応援に母は必ず参加し

たいして大きくない声を張り上げて声援を掛けてくれた。


俺は恥ずかしく学友達の前では悪ぶって母に悪態を付いていた。

本心では感謝していたのにそれを口に出すことが出来なかった。


母が部活の声援で喉を枯らすことに俺がわざとらしく文句を言うと

父は笑っていた。

俺の心を見透かす様に慈しみの目を向けながらただ笑っていた。


俺は幸せだった。


しかし俺が大学に進学して間もなく

高齢の父は突然帰らぬ人となった。

心不全だった。


寿命だったのだろう。

眠っている時に発症し苦しむこと無く穏やかに旅立った。


母は父の徳が痛みを知らず旅立たせてくれたのだと

式に参列して下さった方々に泣きながら言っていた。


そんな母も俺の就職を見届けると病に臥し旅立って行った。

父の亡くなる前から病魔に蝕まれていたらしく気付いた時にはもう手遅れだった。


母は穏やかだった。

先に父と共に待っていると俺に言い残して旅立った。

ようやく父に逢えることが嬉しかったのかもしれない。


そして俺は天涯孤独となった。


それからは仕事の毎日だった。


趣味も無く。

愛する人も無く。


ただただ社会の歯車として。

何も無し得ることも無く。

ただただ生きてきた。


不満は無かったと思う。


不幸では無かった。

ただ幸せでは無かった。


今の俺を両親が見たらなんと言うだろうか?

また声が変わるまで声援を掛けてくれるだろうか?

慈しみの目を向けながら酒を交わしてくれるだろうか?


両親を安心させる事が出来ていただろうか?




走馬灯


そんな言葉が俺の脳裏をかすめて行く。


俺の記憶は蟹の転生者に赦しを乞う所で途切れている。

恐らく俺は殺されてしまったのだろう。


言う通りにすれば助けると言ったのに理不尽なものだ。

元々約束を守るようには見えなかったが酷い話である。


だが死んでしまった以上はどうでも良い事に思える。

どのみちどうする事も出来ない。


そんな事よりも今の状況確認の方が先決である。


周囲に灯りは無く真っ暗闇の中の俺は居る。

身体を動かそうとしてみたが動く気配は無い。

かといって何らかの力で拘束されている様な感触もないため

これが霊魂とでも言える状態なのかも知れない。


そして妙にフワフワした感じだ。

まるで水の中に居るようなそんな感覚を覚える。


俺は一体これからどうなってしまうのか

状況が分からない為に急に不安が押し寄せてくる。


その時頭の上で砂嵐の様な音が鳴り始め

徐々にそれが男性の声に変わっていった。


「おや?目が覚めたみたいだね。吾妻健君」

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