転生ヒーロー

衛門

プロローグ

第1話 終わり

バチッ!


ドアノブと俺の手の間に青い電流が走る。


季節はもうすぐ春だが空気は乾燥しており、まだまだ金属に手を触れることが躊躇われる季節である。


俺は改めてドアノブに手を伸ばし時代遅れとなったドアを押し開ける。

空は快晴。

ここ最近雨が降らない日が十日以上は続いている。



少子高齢化が社会問題となってから百年以上が過ぎた現代は、IT化が押し進められた結果今のようなドアノブすら見掛けることが少なくなった。


ITの進歩と共に就業率も低下し貧富の差が社会問題となって久しい、まだ働けているだけマシかと思いながら、俺の人生を注いでいる会社を横目に昼食を求めコンビニへ足早に歩き始める。

寒さもあるがロクな休憩時間も貰えない我が社では

一分一秒も無駄には出来ない。


所謂ブラック企業と言うヤツで俺は社畜だ。


だが現状に不満は無い。

働けるだけまだマシなのだ。


コンビニに向かう途中の短い道程だけで路上生活者を何名も見掛ける。


こうは成りたくないと思いながらコンビニの自動ドアを潜り抜ける。


“いらっしゃいませ”


無機質な機械音が俺を出迎える。

出迎えてくれるのは本当に音声だけで店内には客しか居らず、店員を見たのは何ヵ月も前の話である。


俺は菓子や雑誌に目もくれず栄養剤とパンを手に取るとすぐに店を後にした。


ちなみに支払いは生体認証で勝手に行われており、現金を見ないまま一生を終える人も当たり前にいる様になった。

かく言う俺も現金を最後に見たのは十年以上前の事である。


先程買ったパンを頬張りながら足早に会社への帰路につく。

寒さと休憩が無い以外にも足早になる原因が有る


「転生者」と呼ばれる存在である。


今世界が抱える最大の社会問題。

この問題に比べれば低すぎる就業率も、貧富の差も然したる問題では無いと言っても差し支え無いであろう。


転生者とは一度死んだ人が蘇り活動を再開する事である。

これだけ聞けば良いことのように聞こえるかもしれないが現実は違う。


その転生者達は一様に自我を失っており、傍に居た人に無差別に襲い掛かってしまうのである。


また姿形が一瞬の内に変化しまるで化け物の様な姿に変態してしまう。


最愛の人が死後化け物になって襲い掛かってくる事を想像して欲しい。

俺は想像が出来ない。

苦痛としか言い様が無いであろう。


街中の何処かにそんな存在が蠢いているのである。

一刻も早く屋内に退避したいと思うのが当たり前の心情だと思う。


俺はパンの袋をズボンのポケットに押し込みながら会社のドアノブに手を伸ばす。


バチッ!


相変わらずの静電気に思わず手を退くと、突然小さな揺れと共にドアの内側から爆発音が鳴り響く。


あまりの事に俺は耳を押さえながらその場でしゃがみ込む。

何が起きたのか分からないまま俺は慌ててドアノブを回し、勢いよく扉を開けてしまった。


するとソレは部屋の中央に立っていた。


「ひっ!」


その人とはかけ離れた姿に俺は引きつった様な悲鳴を上げる。

その声で俺に気付いたのかソレはゆっくりと此方を向いた。


「まダ居たノか。」


言葉とは裏腹に歓喜を押さえ込んだような声を俺に向けてくる。


壁には大きな穴が空いており爆発の影響か砂塵の様なものが舞っている。

同僚達は赤く染まり中には下半身しか確認できない者も居た。


俺は咄嗟に走り出す。

ソレに完全に背中を見せていたが何の余裕も無かった。

とにかく逃げ無いと同僚達と同じ姿になってしまう。


元々陸上部でそれなりにやって来たが、恐怖に取り付かれた今の俺はフォームも無くガムシャラに走った。


とにかく警察に行かねば。

頭にはそれしか無かった。


大通りに出た時に俺は少し冷静になっていた。


追ってきてない?

振り切ったのか街の喧騒が俺に好奇の目を向ける。


「大丈夫ですか?さっきの爆発音の方向から来られましたが…」


何とも正義感の強そうな青年が俺に声を掛けてきた。


「か…蟹が…!会社を!」


息が上がった俺は必死に声を振り絞るが、青年は俺の突拍子の無い言葉に怪訝な顔をする。


そうソレを一言で言うと蟹だったのだ。

上半身が蟹で下半身は人。

手は多く蟹通り五対はあった気がする。

身長は大きく3mは有ったように様に思われる。


初めて見たが恐らくあれが転生者と言うモノなのだろう。


その時背後でまた爆発音が鳴り響く。


蟹の転生者はビルを突っ切って追ってきてたから姿が見えなかっただけなのである。


悲鳴と共に大通りに混乱が広がり蜘蛛の子が散るように皆逃げ出して行く。


「早く逃げましょう!」


先程の青年が俺の腕を引き上げ様としてくれる。


「はいっ!」


そう返事を返し彼を見ると赤い血が俺の顔に降りかかる。

青年の額から血が滴り彼の手から力が抜けていき物言わず倒れてしまった。


何も言葉にならなかった。

頭が真っ白になりながら

俺は物言わぬ彼から蟹の転生者へと顔を動かしていく。


蟹の足の一本が銃口へと変化しており白い煙が上がっていた。


「働キ過ぎハ駄目だヨね?労務規定ガ有るカらネ?」


今この状況と何の関連も無いことを嬉しそうに話している。


「助けてくれ…」


それが限界だった。

何か言ってるが理解が追い付かない。

とにかく助かりたい一心で声を絞り出す。


「不思議ナ事を言ウ。働き過ギだロ?休まセてアげ様トしテるンじゃナいカ?」


「休ませる…?」


まさか永久に休ませるつもりなのか

そのために俺の同僚は殺されたのか


「止めてくれ…」


「ソうカ…。残念だ。そンなニ働きタいナら仕方ナい」


そう言うと鋏を此方に向ける。


「あっ…あっ…」


青年や同僚達の惨状が俺の脳裏に蘇り

鼓動は早くなり呼吸が浅く息がうまく吸えなくなる。


「マるデ打ち上ゲらレた鯉ダな」


そんな俺を見て蟹の転生者は嬉しそうな声を上げている


「助カりタいカ?」


不意に蟹の転生者が俺に問いかける。


「はい!」


蟹の転生者の気まぐれだろうが、俺は藁にもすがる思いで返事を返す。


「ナら土下座ダ!社会人の謝罪ハ土下座だロう?」


「もっ、申し訳御座いませんでした!」


言われるがままに俺は慌てて土下座をする。


「社会人ガ公衆の面前デ土下座とハ情け無イ!」


蟹の転生者は嬉々と俺を辱しめる。


「謝罪ハ猫の鳴キ声だ!」


「えっ?」


もはや意味が分からなく咄嗟に聞き返してしまった。


「何ダ?口答えスる気カ?」


「いえ!申し訳御座いません!」


「謝罪ハ!!」


「はいぃ!」


助かりたい一心で俺は覚悟する。

そして


「にゃ、にゃあ~…」


渾身の声真似だ。


「大変良ク出来まシた。」


蟹の転生者がニヤリと笑った気がした瞬間

轟音と共に俺の記憶はそこで途絶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る