第23話 昨日の影は今日の友?

【宿場町プリム】

 

 孔雀怪獣の足元まで隠れていくため、耳に意識を集中させて、通り抜けられそうな建物や、大きな屋根を探した(10秒以内に)。

 

 俺とドロスは『接続コネクト』で感覚を共有しているので、俺が考えた、ざっくりとした進行ルートが直接、伝わる。

 

「おー、なんか凄いなコレ。頭ん中に初めて感じる感覚が溢れてくる……この、音?から来る、イメージ、みたいな?…兎の耳ってこんな感じなんだ…面白いね!」

 

「音だけじゃなくて、色々感じ取った結果のイメージみたいだけどね。まあ、その辺の細かい仕組みまでは、俺も良く分かってないけど」

 

「あー、言われてみれば、ボクもピット器官の仕組みとか聞かれても良く分かんないや。一緒だね!」

 

「う、うん」

 

「ウンウン」

 

 影はまだ俺の後ろにくっついている。

 

 相変わらず、時々「ダンザイ」て言って噛んでくるか、誰かの言葉をオウム返ししてばかりだ。

 

「……ドロス、こいつどうにかしてよ」

 

「シテヨ」

 

「自分でやれば?」

 

「ヤレバ?」

 

「両手ふさがってんだよ」

 

「ダヨダヨ」

 

「んー…なんかコイツ可愛くない?」

 

「そうかな…?」

 

「………ポ…」

 

 俺の影の頬が少し赤くなった。

 

「え?なに?照れてんの?」

 

「ノー!」

 

「うるせっ…大声出すな!」


「ダスナ!」

 

「まあ、なんかしてきたら、なんとかするよ。それじゃあ、孔雀怪獣に見つかんないように、こっそり隠れていくよ。…しー………」

 

「…シー……」

 

 ドロスと影兎が指を口に当てて、こそこそと動き出した。

 

 さっきまで隠れていくのを面倒くさがってたくせに、やたらノリノリだな。隠れるのが楽しくなってきたのか?


 人が居ない建物や、孔雀怪獣から死角になっている屋外を進み、大きな通りに出ると、それなりにパニックになっていた。

 

 自分の影と見つめ合い、オドオドする人間の女性。

 

 取っ組み合って喧嘩する犬獣人の男性。

 

 逃げ回る影を追いかける狐獣人の女性。

 

 大きなお腹を紐状の影に絞り上げられ、苦しそうに呻く、大柄な猫獣人の男性………ん?

 

「いぃぃだだだだだ!にゃあ!助けて!ちぎれるにゃぁあああ!!」

 

「グラナ!?」

 

「ぶっは!なにあの丸い猫!痛そー」

 

「イタソー」

 

「言ってる場合じゃない!助けないと!」

 

「あ、仲間?そういや、一緒にいたっけ」


 急いでグラナに駆け寄る。

 

「グラナ、大丈夫!?」

 

「おお!旦那、良いところに…て、なんで、そいつと、くっついてるんですか!?」

 

「いや、その…なんでだろうね…」

 

「ふふ…くくく…ギチギチ……ハムみたい…!」

 

「ハムハム」

 

「………言いたいことは有りやすけど、とりあえず、これをなんとか…いでで…して…痛い痛い!」

 

「あははは!ヤバい!苦しそう!」

 

「ドロス!」

 

「あー、涙出てきた。分かってるよ。ほいっと」

 

 ドロスがナイフを振ると、グラナに食い込んでいた影が霧散した。

 

「グラナ、大丈夫?」

 

「はあ、はあ、ありがとう、ございやす…」

 

「グラナ、何があったの?ソフィアとステラは?」

 

 グラナにドロスの肩を貸して物陰へ。また影が出てきたら面倒くさいからね。

 

「…そもそも、さっきお腹を縛ってた影はグラナの影なんだよね?」

 

「…はい……始めは、あっしと同じ姿だったんですが、急にロープみたいになって腹に巻きついたんです。いててて…」

 

「おー、ぶよぶよだ…」

 

「ブヨブヨ」

 

 無遠慮にお腹を触る二人。

 

「二人とも、止めなさい!」

 

「はい!」

 

「ハイ!」

 

「旦那…なんなんすか、こいつら」

 

「ナンナンナン!」

 

「えーと…」

 

「こっちのことより、仲間の心配した方が良くない?」

 

「そうだね、ごめんグラナ、先にソフィアとステラのことを…」

 

「…お嬢は、影と戦いながら、どっかに行っちまいやした。ソフィアは……」

 

 グラナが指さした先を見ると、真っ黒な球体があった。

 

「…あれです」

 

「あれって………まさか、あの中!?」

 

「はい…ソフィアの影はいきなりソフィアを包み込んで、閉じこめちまったんです。外から話しかけた感じだと、わりと平気そうでしたけど…」

 

「ちょっと様子見てくる。ドロス」

 

「はいはい」

 

 黒い影の球体に近づき、ノックした。すると、ソフィアの声が返ってきた。

 

「はい、こちらソフィアじゃ。どちらさんかの?」

 

 本当にわりと平気そうだ。

 

「ええっと、ソフィア?大丈夫?」

 

「おお、ユキトか。大丈夫じゃよ、ギリギリ防壁をはったからの。……それより、おぬし。なんで敵の背中に乗っとるんじゃ?」

 

「俺も良くわかんなくなってきた」


 ソフィアも魔力を感知して、居場所を知ることができる。ドロスの魔力に、俺の魔力が乗っかってるイメージでも見たのだろうか?

 

 あれ?だとすると、カフェでドロスが近くに来るまでソフィアが気づかなかったのはなんでだ?

 

「さすがに魔力感知を警戒しない犯罪者はいないと思うよ?なにかから逃げるようなやつは、だいたいそういう、感知系の能力を妨害するもんだよ。近くに来ると効果薄くなるし、キミみたいに、妨害しづらいヤツもいるみたいだけどね」

 

「なるほど。離れてれば感知されないけど、今みたいに、近づくとバレちゃうんだ」

 

「そゆこと」

 

「ソユコト」

 

「なんじゃ。ちょっと見ないうちに、ずいぶん仲良くなったみたいじゃの」

 

「仲良くと言うか…」

 

「利害の一致、だよねぇ」

 

 ドロスが建物越しに、孔雀怪獣が居るであろう方向を睨んだ。

 

「…良く分からんが、話は後で聞かせてもらおう。ワシのことはいい。ステラを探せ。まだ影に襲われてるかもしれん」


「分かった。待ってて!」

 

 振り向くと、グラナが走ってきていた。

 

「ここら辺のことは、あっしがなんとかしやすんで、旦那はお嬢をお願いしやす」

 

「うん!怪獣の光に気をつけてね!」

 

 なるべく日陰になっている所を選び、孔雀怪獣へ向けて走る。

 

 影で大騒ぎの通りを駆け抜けると、今朝のカフェの方に向かっていることに気づいた。

 

「そういや朝食、食い損ねてたんだ。寄ってく?」

 

「ヨッテク?」

 

「寄らねーよ!」

 

 そして、孔雀怪獣との距離が縮むにつれ、屋根の上の方から、ステラの気配を感じた。

 

 ガキンガキンと、金属がぶつかる音も聞こえてくる。

 

「やってるねぇ。まざる?」

 

「マザル?」

 

 かなり孔雀怪獣にも近づいた。ステラの戦況も気になるし、隠れていくのはここまでかな。

 

「…うん、加勢しよう!」

 

「よっしゃ!」

 

 助走をつけてそのまま屋根の上へジャンプすると、ちょうど目の前を、ステラ達が通りすぎた。

 

 影と戦いながらこちらをチラリと見て、影を力強く弾き飛ばしてからもう一度こちらを見る。

 

「…え!?なんでソイツとくっついてるんだ!?ユキト!」

 

「えーっと…成り行きで…」

 

「ま………まさか………」

 

 ステラは息を呑み、双眸を見開き、タラリと汗を流し、一言。

 

「浮…気……!?」

 

「なぜ?」

 

 なんでそんな発想に?

 

 疑い方や心配の仕方が理解できないんだけど。どこから、どうやって、どういう弁解をすれば分かり合えるの?

 

「面白い彼女だね」

 

「うるせぇ」

 

「……ユキトの彼女の…ステラです…『私の彼氏』がお世話になってるようで…」

 

「張り合うな!」

 

 ぎこちない動きで握手を求めてきた。

 

「よろしくー」

 

「…よろしく……」

 

 ギシギシと音を立てて互いの拳を握り合う二人。

 

「いや、なんか、修羅場みたいな雰囲気かもし出してるけど、ステラのは勘違いだし、ドロスも勘違いに乗っかって面白がってんじゃねぇよ!」

 

 ゲシゲシとドロスの背中を蹴飛ばして、精一杯、抗議する。

 

「だいたい、浮気ってなんだよ!?俺ら、男同士だよ!?」

 

 ステラの勘違いの理由が聞きたい。頼むから分かるように説明してくれ…

 

「だって…ユキトが別の異性に惹かれるようなら、まだ奪い返せる余地があるが、同性愛に目覚めたら………一歩引いて見守りたくなっちゃうじゃないか!

 それはそれで見てみたい気もするが…やはり私はユキトと特別な関係でいたいんだ!私をおいていかないでくれ!」

 

「………えーっと…」

 

「面白い彼女だね」

 

 少し黙っててくれ……今、どこからつっこむべきか考えてるから…

 

「…やはり、気にしているのか?私達が、そいつを殺そうとしているのを……そいつが殺されないように、『接続コネクト』までして……そして、深まる、愛!?」

 

 頭を抱えて悶える王女様。いつの間にか、彼女の影まで一緒に悶えている。

 

 妄想が暴走する王女様をどうやって落ち着かせようか考えていると、俺の影がステラに飛びついた。

 

「ん?なにこの子。ユキトの影?」

 

 影兎は半べそをかいているステラの顔をじっと見つめて、彼女の両頬に手を添える。

 

 え……おい、まさか…


「やめっ!」 

 

「ゴメンネ…ダイスキ…」

 

 キスした。俺の影が。ステラの口に。

 

「なにしてんのぉ!?」

 

「おー、やるねぇ」

 

「感心してる場合か!なんとかしろ!」

 

 ステラは俺の影を持ったまま、微動だにしない。そこから微かに震え始め…

 

「わ………」


 涙が溢れ…

 

「私もごめんねー!!」

 

 号泣しだした。

 

「私…ユキトが転んだの気づいてたのに…助けなかった…むしろチャンスだと思って、このままユキトを引き離して、その間になんとかしようと思ったんだ…

 そんなことしても、なんの解決にもならないのに…私、自分の嫌なところ見られたくなくて…嫌なことするとこ、見られたくなくて…

 ごめん…ごめんね…ごめんなさい…」

 

 影兎をぎゅうっと抱きしめて、泣きながらこちらを真っ直ぐ見つめて、謝罪するステラ。

 

 俺が受けた印象とは少し違ったけど、やはり、あの時ステラはわざと俺を見捨てたようだ。

 

 でも、仕方ないことだと思った。誰だって、やりたいことと、やらなければいけないことが一致しているとは限らないし、それが人に見られたくないことだってあるだろう。

 

 ちょっと違うけど、俺だってみんなに相談せずに突っ走っちゃったし。おあいこだ。

 

「俺も…ごめん。勝手にこんなことして…」

 

「ステラ、ダイジョブ、ダイスキ、スキスキ」

 

 こっちからも謝ろうとしたら、影兎がステラの首に抱きつき、ほっぺになんどもキスをしながら、ベタベタと甘える。

 

「…おう、こら、てめぇ…今、真面目に話して…」


「あーん、この子、可愛いー!もってかえるぅー!」

 

「ちょっと、ステラまで!」

 

 好きな人と自分の分身が延々とイチャイチャしている。なんだ…この…モヤモヤした感情は…

 

「嫉妬じゃね?」

 

「はぁ!?そんなわけ…」

 

 

「ステラ、ステラ!」

 

「はわぁ!こっちのユキトもふわふわだなぁ!どこ触っても怒らないし!」

 

「キャア、クスグッタイ!」

 

「きゃわわ!可愛い!ヤバい!はぁはぁ!」

 


 …嫉妬、してる、のか?でも、嫉妬してるとしたら、俺もあんな風にステラとイチャイチャしたいと思ってるわけで…いや、そんな、まさか、でも……ぐぬぬ…

 

「…ドロス!」

 

「おう、なんだい?」

 

「さっさとアレ、片付けるぞ!そうすれば影も消える!」

 

 孔雀怪獣を睨みつけ、ドロスを促す。そうだ。もとはといえばアレが悪い!わけのわからん攻撃してきやがって!ぶっ壊してやる!

 

「オッケー、じゃ、始めますか」

 

 姿勢を深く落とし、孔雀怪獣に狙いを定め、飛び上がった。

 ナイフを両手に持って、怪獣に斬りかかるが、かわされた。

 攻撃をかわした怪獣は下へ行き、屋根の上まで降りてきた。

 俺たちも近くに着地する。

 

「んー?攻撃が当たらないように上空に逃げるんじゃなくて、降りてきたね。なにかあるのかな?」

 

 ナイフをくるくる回しながら相手の出方をうかがうが、動き出す様子はない。

 

「…なら、こっちから行くよ!」

 

 もう一度突撃。しかし、怪獣にたどり着く前にドロスの影が飛び出す。

 

「雑魚は引っ込んでろ!」

 

 再び、影を一掃して一気にトドメを…と思ったが、ガキン!と大きな音を立てて、こちらの攻撃が影に防がれてしまう。

 

「あれ?」

 

 思惑が外れ、危機感を抱き、飛び退く。三体の影蜥蜴が怪獣の前に立ちはだかる。

 

「なんか、さっきより強くね?」

 

「うん…もしかして、孔雀怪獣に近づくほど、影が強くなる…とか?」

 

「多分、そのとおりだ」

 

 影兎の身体をこねくりまわしながら、変態が近寄ってきた。それ、どっかに置いてこいよ…あと、小動物をモフリながら真面目なトーンで話すの止めて?


「私も、影と戦いながらヤツを倒そうと思ったんだが、怪獣に近づくほど、影の力が増していったんだ。その証拠に、ほら…」

 

 ステラが影兎をこちらに見せながら一歩前に出る。

 

「ヤツに近づけば近づくほどこの子の毛並みが良くなるんだ!素晴らしい!ふわふわぁ!」

 

「フワフワァ!」

 

「いや、わかんねぇよ。真面目にやれ」

 

 いつの間にかステラの影まで影兎を撫でている。こいつのことは『影変態』と呼ぶことにしよう。

 

「でも、普通に厄介だね。この中に遠距離攻撃が得意な人は?」

 

 変態、影変態、影兎が揃って首を横に振る。え、なに?こいつら味方なの?

 

「うーん、近づけばまた俺の影に邪魔されるだろうし…どうしよっか。あ、ホントだ、すげぇふわふわ」

 

「だろ!?すごいよな!ふわふわー」

 

「………スゴイ」

 

「フワフワ!フワフワ!」

 

「お前ら…」

 

 ドロスとステラと影変態が影兎を撫でている間、孔雀怪獣と影蜥蜴たちも動かない。

 

 基本的にこっちから何かしない限り、向こうも動かないのか?

 

 ………影、だから?

 

「要するに、あいつの近くにいるときに、影が出てなければいいんだよな」

 

「お、ユキト、なにか思いついたか」

 

「うん。わりと簡単になんとかできそう。でも、まずは影蜥蜴たちを退かさないと」

 

「カゲトカゲ」

 

「逆から読んでも?」

 

「え?……いや、回文にはなってないでしょ。それっぽいけど」

 

「とにかく、まずは影蜥蜴を倒せばいいんだな?一人一体ずつだな」

 

 ドロスと俺で一体。ステラで一体。足りなくない?

 

「…………イッタイ、タオス」

 

 影変態がこちらを見て頷く。ああ、君も頭数に入れていいんだ…

 

「じゃあ、一人一体ずつでお願いします」

 

「おう!」

 

「おー!」

 

「………オウ」

 

「オウオウ!」

 

「お前は大人しくしてろ」

 

「オウ?」

 

 なんだか妙な組み合わせのチームになっちゃったけど、とにかく孔雀怪獣を倒すため、俺たちは武器を構えて踏み出した。

 

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