第22話 後悔兎と嗜虐心
【宿場町プリム 町外れ】
俺が影とモタモタじゃれあっている間も、ドロス達の戦いは激しさを増していく。
高速でぶつかり合う斬撃は激しく火花を散らし、風圧が砂埃を巻き上げる。
「すごい…」
「……………」
思わずつぶやき、ドロスに見入ると、影の方までドロスを見つめている。
邪魔したり、襲ってくるだけじゃなくて、こっちの心の動きに左右され、行動に一貫性が無い。この影の、もしくは、影を出した孔雀怪獣の目的はなんだ?
ただ暴れて壊すだけなら、相手の心に影響されるような特性は必要無いよな…
こっちが考え込んでいると、今度は首を傾げて、顎の辺りに手を当てている。
そうされて気づいたが、俺も同じポーズで考え込んでいた。マネしてるのか?
「…お前はいったいなんなんだ?」
「なんなんなん?ナンナン!」
「会話は無理か…」
「ムリカー?」
自分の影と不毛なやりとりをしていると、ドロスがこちらに吹き飛ばされてきた。低い姿勢で勢いを殺しながら、後ずさりしてくる。
「くっそ、こいつめちゃくちゃ強い!いててて、スッゲー斬られた」
ドロスの身体から、かなりの血が滴り、地面にポタポタと血溜まりを作っている。
「だ、大丈夫?」
「ええ?キミ、まだそんなとこに居たの?巻き込まれたくなかったら、さっさと…」
「…勝てそう?」
「はあ?なんでそんなこと聞くの?関係無いでしょ」
こちらの問いかけに、うっとうしそうな顔を向ける。しかし、荒い息を整え、少し視線を落とし、俺の目を見て言った。
「…正直、厳しいね。多分、もうすぐ殺されちゃうかな。だから、早く逃げた方がいいよ」
そうか、それなら、ここは一旦逃げて、ステラ達と合流して、孔雀怪獣を倒す。
きっと、決着がつく頃にはドロスは死んでて、そのあとアーティファクトを回収すれば良い。
それが、最善手。
なんだろうけど…
俺は…
「…手を貸そうか?」
お前を殺さずにアーティファクトを取り返すって決めたんだ。
「…意味わかんないんだけど。キミに何が出来るのさ。出来たとして、なんで助けるのさ?」
ドロスの影が迫ってくる。時間が無い。
一歩踏み出した途端、自分の影に手をつかまれた。こちらを見つめて、首を横に振っている。
ワガママで勝手に突っ走って、死にそうになって、後悔して…偶然拾った命で、また無茶しようとしてる。
ステラ達に怒られちゃうかな。
でも、今、ここでドロスと二人きりで、共通の敵が現れたのはチャンスだ。
無茶してでも、つかむべきだ。
「もう決めたんだ」
影の手を振りほどき、ドロスの背中に飛び乗った。
「…今は、ただのワガママだよ。でも、多分…将来こうして良かったって思えるような気がするんだ」
「…………ふーん、まあ、どうせ勝ち目は無かったし、好きなようにやってみなよ。なにをするかは知らないけどさ」
「ありがとう、それじゃあ…」
影のドロスがナイフを振りかぶり、影の俺が真っ直ぐこちらを見つめている。
「『
両手から魔力が流れ込み、ドロスの身体に巡っていく。傷がふさがり、ドロスの身体から痛みが消えていくのを感じる。
『
違う。後ろだ。ドロスはすでに相手の攻撃をかわし、反撃して、背後に回っていた。
影から血のような黒いなにかが吹き出す。
「なにこれ、スッゲー。身体、軽。なんか、色々みなぎるわ。やるじゃんキミ。てか、こんなこと出来るんなら、なんで一人で追いかけて来たの?舐めプ?」
「いや、その、ちょっと気まずくて?」
「なにがあったか知らないけど、命には代えられないよね?バカなの?」
「……おっしゃる通りです………」
ぐうの音も出ない。
「あーあ、あの王女様とこれやったら凄く強いんだろうなぁ。次は真面目にやってよ?」
「……はい、善処します………」
凄い説教されるじゃん…
なんだろう、ドロスにとっては物事の良し悪しより、戦いが盛り上がる方が重要なのかな?
「何はともあれ、これなら、なんとかなりそうだ。でも、あっちもやっぱり強いね。さっきのも上手く受けられちゃったし、真っ直ぐ攻めるだけじゃダメかな?」
ドロスの影が振り返る。確かに、脇腹の辺りが切れているが、まだ戦えそうだ。
「どうしよっかなぁ…」
ドロスはウキウキと楽しそうにリズム良くステップを踏んでいる。
高揚する闘志がこちらにも伝わる。なんだか、無性にワクワクしてきた。
「「…行くよ?」」
まずは真正面からの斬り合い。さっきは見えなかった攻防が、今なら見える。
上下左右に、縦横無尽に、交わされる斬撃。
恐らくさっきまでのドロスは、なんとか捌くことしか出来なかったのだろう。
それが急に相手を上回り、圧倒するほどの斬撃を繰り出せるのが、楽しくてたまらない。
「「っはは!ヤッバ、気持ち良いぃ!」」
そのまま続けてても勝てそうだったが、相手の攻撃を避けて背後へ。
シッポで足をすくい上げ、体勢が崩れた所にエルボー。勢い良く吹き飛び、地面に転がった。
エルボーじゃなくて、ナイフで刺せば終わってた?いやいや、そんな……
「「すぐ終わっちゃったらつまんねぇじゃん!」」
立ち上がる前に距離を詰め、前蹴り。
浮いたところを一発殴り、シッポで弾いたら思いの外、威力が強く、空中で回転し始めた。
こいつは良いやと調子にのり、シッポで連続攻撃。ビシバシと、さぞ痛そうな音を立てて、無様に回る相手を見ていると、ますます嗜虐心をそそられる。
バシッ!と強く上に弾き、ちょうど足元にあった俺のナイフを引き抜き、二本のナイフをギュルルっと回して、死なないように気をつけながら、相手の身体を撫でるように、まんべんなく切り裂いた。
黒い液体を撒き散らし、地面に叩きつけられるが、ビクビクと
「「いいねぇ、まだ動けるんだ…」」
ドロスの口角が、不気味に歪む。
もしかして、俺も同じ顔してる?
いや…これ、ヤバくない?
なんか、なんか………
「「めちゃくちゃ楽しいぃ…!」」
よろめきながら、影が近づいてくる。
あんな足取りでは相手にならないだろう。
どうすれば面白いかな?
「…これ、借りるよ?」
「うん」
シッポで俺のポーチから煙幕を取り出し、影に投げつけた。
煙が視界を奪うが、影は真っ直ぐこちらに斬りかかってきた。
「「やっぱり、お前も見えるんだ。でも…」」
ブンブンとナイフを振り回す影に、今度は爆薬を投げつけ、背後に回った。
「「これなら、ピット器官があっても見えない。でしょ?」」
そして、一瞬こちらを見失った影の背中を、トン、と、軽く押した。
すると、その足元に撒き散らされた、粘着性の高い薬品に両手両足がベッタリとくっつき、影は身動きがとれなくなった。
その、みっともない姿といったら…
「「……ぷっ」」
「「あっはははははは!バッカじゃねーの!」」
「「死ねぇ!!!」」
刺した。
刺しまくった。
背中を。
なんども。
なんども。
なんども、なんども、なんども、なんども。
そのうち影は形を保てなくなり、霧のように散っていった。
…………………………
…………………………
や………………………
やべぇぇ………………
『
相手が、怪獣の出した影だったから良かったものの…
死ねって…………
ドロスの心に引っ張られてたとはいえ、俺、ついさっき殺さないって決意したばっかりなのに……
でも、相手は『怪獣』だし…ソフィアが魂とかは無いって…
いや、そういう問題じゃなくて、さっきまでの俺は確かに相手をいたぶるのを楽しんでて…
うぅ………
またしても後悔した。
誰だよ。「将来こうして良かったって思えるような気がする」とか言ったの………
いや、でも、こうしなきゃドロス死んでたし………
でもでも、こんな残虐性を持ってるやつ助けて、これから誰かを殺しちゃったら…
うううぅぅ………
そんな、どんよりとした気持ちが伝わったのか、ドロスが肩越しにこちらをみる。
「あはは、ちょっとハイになりすぎたかなぁ。なんか、ごめんね。楽しくて、つい」
「……いや、いいよ。…よくないけど、こっちにも責任あるし……」
「ええっと…どうする?もうやめる?それとも、ついでにアレも殺っちゃう?」
ドロスが指差したのは、孔雀怪獣。
ああ、そっか、あれも何とかしなきゃいけないんだった…
「……この技、途中で解除できない上に、使ったあと動けなくなっちゃうから……手伝ってくれると嬉しいかな……」
「……なんでボクに使ったの?」
「……ドロスが死んでほしくなかったから…」
「……舐めプ?」
「違う……とにかく、アレをなんとかしよう。あ、そうだ、身体の具合はどう?痛かったり、気持ち悪かったりする?」
感覚は共有しているので聞かなくても分かるけど、一応、本人にも確認してみる。
ドロスに限界が来る前に『
「え、なに?これ反動でヤバくなるタイプのヤツ?とりあえず、まだなんともないけど…どうなんの?」
ふむ。ステラ達に比べてずいぶんタフだな。またまだ平気そうだ。
………最悪、敵にわざと限界まで『
無理矢理、引き剥がされて殺されたらマヌケすぎるし。
そもそも、俺は誰も殺したくないのだ。
「最悪、死ぬけど、大丈夫。なんとかするから」
「マジか…地味に命、握られてんじゃん。ま、いっか。一回死んだようなもんだし。受けた恩ぐらいは返す………いや?こっちも一回見逃してあげてるから、これでチャラ?」
「……それでもいいから、早く怪獣を倒そう」
「へへへ、じゃあ、一個貸しだ」
「反動で死ぬの回避してやるから、チャラ」
「あ、そっかー。アハハ」
ドロスと話していると背中に俺の影が飛び付いてきた。
俺の頭を甘噛みしながら「ダンザイ…ダンザイ…」と繰り返している。
「うわ、ちょ、邪魔すんな」
「じゃあ、行くよー」
ドロスがグッとしゃがみ、ジャンプしようとする。
「あ!まって、こいつが…!」
「…ダンザイ……」
「とう!」
影ごと飛び上がり屋根の上へ。孔雀怪獣が放つ光が俺達を照らす。
すると、またドロスの影が現れた。しかも今度は三体。
「わお、ご機嫌だね」
「え、ヤバくない?」
少し不安になったが、杞憂だった。
シッポでナイフを振り回すと、一瞬にして影達は真っ二つになり、消えていく。
「さっきのは遊びだったしね。キミの手助け有りで本気出せばこんなもんだよ」
しかし、消えたそばからドロスの影が再び歪み、今にも影が飛び出しそうだ。
それを見て「ふーん」と言うと、屋根が丸く切り抜かれ、室内に落下した。いつの間にかドロスが切ったようだ。
埃っぽい物が乱雑としている。どうやら倉庫のようだ。
「あのまま突っ込んでも、なんとかなるかもだけど、一応、ヤツの足元まで隠れていこっか。室内なら影が出ないし、多分、大丈夫でしょ」
「そうだね、そうしよう……」
同意しようとした時、ドロスはなんと壁を切り抜き、さらに隣の建物にも穴を開けた。
壁の向こうに建物の住人がいて、ポカンとしている。
「まてまてまてまて!」
「ん?どしたの?」
「足元まで隠れて行くって……建物ぶち抜いて直進するってこと!?」
「そだよ?」
「隠れて!行こう!ぶち抜かずに!」
「えー、めんど…」
「めんどくない!」
当然、建物の住人に文句を言われる。
「な、なんなんだ、あんた達!?」
それに反応する俺の影。
「なんなんなん?ナンナン!」
「うるさい、黙ってろ…」
「ダマテロ?」
「ぶち抜き禁止なら、キミがルート決めてよ。10秒以内に。出来なかったら、ぶち抜きね」
「ブチヌキ!」
「あーもー……………」
コイツらめんどくせぇ…!
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