第21話 転生兎と盗賊蜥蜴
【宿場町プリム】
ドロスに追い付くために、通りを駆け抜ける。しかし、人混みが邪魔で走りづらい。それに、迂闊に走り回ると踏み潰されそうだ。
「建物の上の方が追いかけやすいかも」
そう思い、人気の無い路地裏へ入り、飛び上がった。壁を蹴って屋根の上へ登る。
耳に意識を集中して気配を探った。
………ステラたちはそれぞれバラバラの方向に向かっている。ドロスを見失って、手分けして探しているのかな。
誰かと合流した方が良いだろうか。
………いや、こんなこと言ってる場合では無いのは分かってるんだけど、今は少し、みんなと顔を合わせづらい。
俺がさっき転んだ時、ステラは俺を一瞥して、そのままドロスを追いかけて行った。
……ように見えた。
気のせいだったかもしれない。急いでいたし、単純に気づかなかっただけかもしれないけど、なんだか「そこで待っていろ」って、言われたような気がした。
………「邪魔だから」、「待ってろ」と。
覚悟ができてない俺がいると、いざって時に殺しづらくなる。迷ってる奴が下手に首を突っ込むと、かえってやりづらい。
腰の鞘からナイフを抜いて見つめる。
刀身は鋭く研がれ、どんなものでも切り裂いてしまいそうな気がした。
なにかの本で読んだのか、誰かから聞いたのか忘れてしまったが、人の身体は思ったより柔らかくて、刃物で刺すと、豆腐のように簡単に刺さってしまうらしい。
……お腹がムズムズしてきた。なんとなく、さすってみる。
光る刀身に、不安げな表情が映り、こちらを見返してきた。
「………………………」
深くため息をついて、ナイフをしまう。
ドロスを探さないと。もう一度、気配を探ってみる。すると、誰も向かっていない方からドロスの気配を感じた。
まだ町の外には行っていないようだ。
「よし。まだ追い付ける」
魔法具が入ったポーチに手を添えて、中身を頭の中で整理する。
そして、ドロスに向かって走り出した。
…みんなの考え方も分かる。俺だって正直、殺した方が手っ取り早いと思うよ。でも……やっぱり俺は…
広い屋根の下り坂で助走をつけて、力一杯ジャンプした。
「殺したくない…!」
【宿場町プリム 町外れ】
「ふう、全員まいたかな?」
周囲をキョロキョロ見渡しながら、人気の無い町外れまで来たドロス。
少し息が荒いが、まだまだ余裕そうだ。
特にマントなどで身体を隠しているわけでもなく、フィア・グランツで会ったときと同じ格好をしている。
たとえ見つかっても、逃げ切れる、もしくは返り討ちにできる自信の表れだろうか。
だが、少なくとも奴は…
「…と、思ったけど…」
逃げ切ることは出来なかった。
「見つけた!」
「おっと、見つかっちゃった」
不敵な笑みを浮かべたドロスに、勢いに任せて飛びつくが、ひらりと最小限の動きでかわされてしまう。
まあ、こっちだってそんなに上手くいくとは思っていない。
相手の背後に着地すると同時に、ポーチから取り出した試験管を足元に叩きつける。
すると、割れた試験管から大量の煙が吹き出した。煙幕だ。
「うわっ!?なんだこれ!?」
これで向こうからはこちらが見えないが、こっちからは音と魔力で居場所が分かる。
ここから首の辺りに組み付いて…
「…なーんてね」
「っ!?」
完全に意表を突いたと思って踏み込んだら、目の前にドロスの顔が迫ってきた。
逆に意表を突かれてしまい、思わず飛び退く。
「なんで…?」
「んー、聞いたこと無いかな?ヘビが熱を感知して獲物を見つける、とかいう話。ボクの一族はヘビとトカゲが混ざった種族でさぁ。暗闇とかでも見えちゃうんだよねぇ、生き物の熱が。だから、そういうの、あんまり意味無いと思うよ?」
「…ピット器官ってやつか」
「あー、そうそう、そんな感じのヤツ。物知りだね」
少しずつ消えていく煙の向こうから、得意気な表情のトカゲ獣人が現れ、こちらを値踏みするような視線で見下してきた。
仕掛けてくる様子もなく、まるで「それで?」「そこからどうするの?」「まさか、これで終わりじゃないよね?」とでも言いたそうな雰囲気だ。
「もしかして、俺、遊ばれてる?」
「んっふふ、どうだろうね。最近、退屈だったから、楽しいのは確かだよ」
「…人の物を盗っておいて、ずいぶん、のんきなこと言うね」
「あれ?怒っちゃった?」
ポーチに手を入れて試験管をつかんだ。
「いや…どうせなら、もっと手加減してくれても良いよ…?」
「ふふ、どうしよっかな…」
試験管を叩きつけると、再び煙幕が視界を奪う。
「…だから、それは意味無いって」
がっかりした様子のドロスがこちらに踏み込んできた。
…それはどうかな?
ドロスを取り囲むように数本の試験管をばらまき、一つを直接、顔面に投げた。
次の瞬間。
バァン!バァン!バァン!と、連続して爆発が起きる。今回は俺の血は入れてないので爆発の規模は小さい。
「爆弾か!でも、この程度の爆発じゃあ、ボクは倒せないよ!」
もともとこの爆薬は相手を殺すためではなく、怯ませて逃げるためのものだ。しかし、今は逃げるためにばらまいたわけじゃない。これだけの爆発が起これば一瞬、ヤツの周囲はかなりの高温になるはず。つまり…
「自慢のピット器官でも、少しの間、見えなくなる。でしょ?」
爆発と同時に俺はヤツの首にしがみつき、ナイフを首筋に当てていた。
「…ふぅん、まあまあやるじゃん」
両手をあげて降伏のポーズをとるドロス。
「動くな。アーティファクトを返せ。…逆らえば…」
ナイフを首に押しつけて脅す。もちろん本気ではない。たのむ、大人しくしてくれ…
「………そんなオモチャで殺せるわけないよね?」
え?
「…いや、これは本物…」
「あー、ごめんごめん、本物のナイフか。だってさ、キミから全く殺気を感じないからさ。オモチャでごっこ遊びしてるのかと…」
「俺は、本気で…!」
「もう、いいよ。邪魔」
ナイフを持つ手にドロスのシッポが巻きついて、俺の身体を引き剥がした。
しまった、このシッポ、こんなに器用に動くのか!?
そのまま勢い良く地面に叩きつけられる。
「ぐあっ!?」
カランカランと転がるナイフを拾い上げ、弄びながら続ける。
「あのさぁ、殺す覚悟も無いくせにこんなもの振り回すの止めてくんない?」
くるくるとナイフを回しながら俺の側で立ち止まり、逆手に持って振りかぶる。そして、躊躇いもなく俺の頭めがけて振り下ろした。
「っ!くっ!」
寸前で避けて、たまらず距離をとる。
ナイフは地面に深々と突き刺さっていた。
「どうする?まだやる?これが欲しいんだよね?」
ドロスは腰につけた小さな袋からアーティファクトを取り出し、これみよがしに首から下げた。
「取ってみなよ。出来るものならね」
チャリンとアーティファクトを指で弾き、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
くそ…もう小細工は通用しないかな…?
だからと言って、まともにやり合って敵う相手なのか…?
「来ないなら…今度はこっちから行くよ!」
しゃべり終わったと思ったら、一瞬で距離を詰められた。速い。3mは離れてたと思ったのに。
腰の後ろから引き抜いた、ドロスのナイフが鼻先を掠める。
ギリギリでかわしてその手をつかみ、引きながらヤツの肩の辺りめがけてジャンプ。
肩につかまりながらアーティファクトのチェーンに手を伸ばすが、またシッポで弾かれてしまう。
そこにナイフの突きが迫るが、蹴りあげて軌道を逸らす。
逆立ちで着地して、飛び退き、距離をとった。
地面に刺さったままの、自分のナイフをちらりと見る。拾いにいく余裕はなさそうだ。
「へえ、結構速いじゃん。さすが兎、身軽だねぇ」
「いや、正直すごく怖いからね。ナイフは使わない方が良いんじゃないかな?」
「そっちが先に使ったんだよ?」
そう言って再び迫ってきた。
「ですよね…!」
今度は深く前のめりの体勢からの切り下ろし。かなりのスピードだけど、動作が大きすぎて軌道が分かりやすい。これなら軽くかわして…
「ん!?」
ナイフを持ってない!?
「うわ!」
シッポだ!ナイフをシッポで持って、首を狙った水平切り。身体を反らして避けたが、足をつかまれてしまった。
ぐいっと持ち上げられ、シッポで持ったナイフがお腹に食い込んだ。
そして、ステラ特製の燕尾服が弾けとんだ。
「え!?なに!?」
急に服が弾けとべば誰だってビックリする。
ドロスは思わず俺の足を放してしまった。
服、着替えなくて良かった!
身体を捻って、もう一度ポーチの試験管を地面にばらまいた。
煙幕や爆発が巻き起こり、視界が悪くなる。
これが最後の小細工だ…
「……………」
「……………」
しかし、思惑通りにはいかなかった。
煙が晴れていくと、俺の回りに撒き散らされた、粘着性の高い薬品が露わになる。
「なるほどね。迂闊に踏み込んだらベッタリくっついてたわけだ。よく次々こんなの思いつくね」
ドロスはその辺の枝をシッポで拾い上げ、地面の薬品をベタベタいじっている。
「でも、残念だったね。さすがに三度目の煙幕は怪しすぎるよ」
やっぱりダメだったか…
バレてしまえばこんなもの、こっちが動きづらくなるだけだ。後ろに飛んでトラップから抜け出す。
「名残惜しいけど、そろそろ終わりにしよっか」
「くっ…」
失敗した。俺一人じゃ敵わない。
今からでも逃げて、ステラ達に助けを…でも、ドロスはかなり素早い。逃げ切れるのか?そもそも追いかけてるのはこっちなんだから、逃げ出せば案外、見逃してくれたりして…
「まさか、今さら逃げられるなんて思ってないよね?」
いつの間にか、瞬きした瞬間に、後ろに回り込まれていた。全然、目で追えなかった。
なんだ。こいつ、さっきまで本気じゃなかったんだ。結局、最後まで遊ばれてたってことか…
勘違いしてた。考えがまとまって、殺さないって決めて、それが大変なことでもやり遂げてみせるって決心したからって、それで急に強くなるわけでもないのに。
ごめん、ステラ。
やっぱり、大人しく待ってれば良かった。
…しかし、目をつぶって後悔していても、一向にナイフが俺を貫くことはなかった。
恐る恐る振り向くと、ドロスは空を見上げてポカンとしている。
「なんだあれ?」
ドロスが見ている方に目を向けると、そこには光輝く孔雀がいた。
孔雀の放つ光に照らされ、長く伸びる俺達の影。そして、影の中から影が飛び出し、ドロスを殴った。
「「は?」」
何が起こったのか分からなかった。突然ドロスが吹き飛び、建物をぶち抜いて瓦礫に埋まる。
その、ドロスを殴った影がぐねぐねと形を変えて、真っ黒なドロスになった。
「え、え?」
動揺していると後ろに気配を感じ、振り向くとそこには、俺がいた。
全身真っ黒な、兎の影。そいつの顔の辺りに大きな目のような白い穴が開いて、身体をブルブルと振動させて、言った。
「ダ、ダダ、ダン、ザイ」
…ダンザイ?もしかして、断罪、か?
「ソレ。ダンザイ。断罪ダ」
心の中で「シャベッタァァァァァァ!!」と絶叫する。
いや、たしか、トゥールマランの猫怪獣も喋ってたか?
でも、あれは単にグラナのマネをしてただけなのに対して、こいつは俺の心の反応に返答してきた。
自我を持ってる?だんだん頭がよくなってるのか?それとも、なにか、理由があって心を読んでるとか?
…影、ていうのにも、意味があるのかな?
空の孔雀をよく見ると、案の定、歯車が突き出し、ガチャガチャと歪な回転をしている。
「『怪獣』か…」
「カ?ワカラナイ。ダンザイ…断罪…」
あの孔雀の光に照らされると自分の影が動き出すのか?でも、なんで「断罪」なんだ?
「いってー…なんなんだよ…またキミがなんかした…てわけじゃなさそうだね」
ドロスが瓦礫を押し退けて、砂埃を払いながらこちらに近寄ってくると、ドロスの影もドロスの目の前にやってくる。
「うん、たぶん、また『怪獣』…あの孔雀のせいで影が動いてるんだと思う」
「『怪獣』ねぇ…最近色んな所に出てきてるらしいけど、人間が作ってるってわけじゃないんだよね?」
「…うん…そう思ってる獣人も、いるらしいけど」
「なんにせよ、命拾いしたね。見逃してあげるからさっさと逃げなよ。ボクはこいつと…」
「ダ、ダ…」
ナイフをくるりと回してドロスはドロスを睨みつけた。
「遊ぶからさ!」
「ダンザイ!」
ドロスとドロスのナイフがぶつかり合い、火花が散る。
ドロス達の激しい攻防を眺めながら、ちらりと横をみると、俺の顔のすぐ横から俺を凝視する俺と目が合う。
「…ダンザイ……」
「近い……」
ていうか、こいつはなにもしてこないのか?ドロスの影はあんなに好戦的なのに。
「…ダンザイ……」
放っておくと、じわじわ絡みつこうとしてくる。
「ダン、ザイ………」
「あーもー、うっとうしい…」
この、ねっとり絡みついてくる感じ…誰かさんを思い出すなぁ…
「ステラ達、大丈夫かな…」
まとわりつく影をいなしながら、みんなの身を案じた。
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