第20話 命の重さは可変する
【宿場町プリム 宿屋】
「…ふわぁぁ…」
窓から射し込む朝日に照らされ、まぶたを開けると、思わずあくびが出た。
狭い部屋に一人用の机と椅子、姿見とポールハンガーにシングルベッド。そして…
「んん、ユキト、ふわふわ…」
俺を抱き枕のようにして、分かりやすい寝言を呟く変態王女様ステラ。
昨日の夜に宿場町プリムに到着した俺達は、本格的な情報収集は後にして、宿を取ることにした。プリムについた頃には大半の店が閉まっていて、宿を探す以外できることが無かったのだ。
一応、宿屋の主人にリード達の特徴を伝えておいたが、あまり期待はできないかな。
それから、部屋が一人部屋しか空いていないとのことだったので、一人一部屋ずつ泊まろうとした時、ステラが俺と同じ部屋がいいと言い出した。
キャンプの時に嘘で誤魔化されたのがよっぽど気にいらなかったらしく、断固として譲るつもりは無い様子だったので、仕方なくこちらが折れた。
宿屋の主人も、「仲がよろしいんですね」と微笑み、一人分の料金をおまけしてくれた。気を使わせてしまったが、有り難いので素直にご厚意に甘えることにした。
朝食がてら、情報を集めることになっているので、あんまりゆっくりもしていられない。ステラを起こそう。
「おはようステラ、そろそろ起きないと」
「ん…んふふ…ユキトー…」
まだ寝惚けているのか、俺の身体を引き寄せて、いたるところにキスしてくる。
「ちょっ…やめて、くすぐったい」
「良いではないかー、昨日の分も含めて、後10分、いや、20分くらい…」
「遊びに来たんじゃないんだから、早く……起きろ!」
ステラを押し退けるつもりで思いっきり足を伸ばしたが、体格差を失念していた。
結果、こちらがベッドから飛び出し、床に転がる羽目になってしまった。
「ぐぬぬ…」
「大丈夫か?」
ベッドの上から覗き込むステラ。少し寝癖がついた赤い長髪が、朝日を浴びて煌めく。
基本、ステラは立ち振舞いが整っていて(中身は整っていない)王族然としているので、こういう、着飾ってない彼女の姿は、なんというか、ギャップ、ていうのかな。うん……
「可愛い…」
「え!?」
「え!?いや!なんでもない!」
「なんて言った!?もう一度!」
「なにも言ってない!」
ベッドの上から毛布を奪い取り、頭から被って隠れる。うわー、なに言ってんだよ、俺。不覚…!
「ふふふ…そんなに照れなくても良いじゃないか。そっかー、可愛いかー…ふふ」
毛布の外から嬉しそうな声と、衣擦れの音が聞こえる。着替えてるのかな。じゃあ、もうちょっとこのまま毛布被ってようかな。
「もう出て来て大丈夫だぞ?」
彼女がそう言うので毛布から顔を出すと、まだ下着姿だった。しかもポーズを決めている。
「まだじゃん!」
「あはは、可愛い?」
毛布を被り直し、「知らない!」と叫んだ。からかいやがって。
「すまんすまん、今度は本当に大丈夫だから」
本当に大丈夫だろうな…?半信半疑で顔を出す。
うん、今度はちゃんといつものステラだ。いや、違う。
「髪型、変えるの?」
そう。髪型が変わっていた。昨日までは長髪を三つ編みにして、アップでまとめていたが、今は簡単にまとめただけのポニーテールだ。
「ああ、あれ、結構面倒だからな。旅が長引くのなら、簡単にできる髪型の方が良いと思ったんだ。似合うか?」
「うん、前のも良いけど、ステラの髪、長くて綺麗だから、そういうのも良いと思う」
「綺麗…」
頬に手を当てて、うっとりしている。
「髪がね!」
「またまたー」
いつまでもじゃれあっている場合じゃない。俺も着替えないと。
ステラが用意したパジャマ(大きめのシャツ一枚)を脱ぎ、(舐め回すように見られながら)燕尾服を着る(顔面に毛布を投げつけた)。
姿見で自分の出で立ちを見て、はたと思う。この格好、目立ちすぎじゃないか?
これから、泥棒、犯罪者の情報を集めるのなら、もうちょっと地味な装いを装うべきでは?
「可愛いぞ?」
「そういうことじゃなくてさ、もっと普通なやつ無いの?」
「無いな」
「………」
「いや、私の趣味とかは別にして、単にそこまで思い至らなかった。そうだな……情報を集めながら、良さそうな服も探してみようか」
とりあえず服装のことはおいといて、チェックアウトしよう。
フロントに行くと、すでにグラナとソフィアが待っていた。
「おはよー」
「おはようございやす。腹減っちゃいやしたよ。早く行きやしょう」
「分かっとると思うが、情報収集がメインじゃからな?」
「おはよう。待たせたな、行こうか」
【宿場町プリム 飲食店通り】
宿を出て、グラナの案内で飲食店が集まる通りへ。各地に商売に行くグラナはこの宿場町を良く利用するらしい。
宿場町プリムは、宿に泊まり、朝早く出発する客がほとんどなので、他の町より朝食に力を入れる店が多いらしく、思ったより人が大勢いる印象だ。
旅人が多いせいか、多種多様な種族が共に食事をする光景は、フィア・グランツの雰囲気に似ている。
「地域によって多少の差はありやすけど、宿場町と呼ばれてる町はだいたいこんな雰囲気ですぜ。まあ、仲が良い、というよりは、干渉しない、て感じですけどね」
しばらく歩くと広いオープンカフェが見えてきた。すでにかなりの客が食事を楽しんでおり、おそらくこの辺りで人気のカフェなのだろう。
なるほど、ここなら人通りも多そうだし、目撃情報が集まりやすいかも。
「お待ちどうさまです!さ、食いやしょう!」
席を確保して待っていると、グラナが大きなサンドイッチと、野菜がたっぷり入ったスープを四つずつ、トレーに乗せて持ってきた。
先に持ってきた水を一口飲み、サンドイッチにかぶりつく。
「店員に聞いてみやしたけど、リード達みたいな奴らは見てないらしいですぜ」
「そうか…食べ終わったら客にも聞いてみようかの」
「そうだな。さっさと捕まえて取り戻さねぇと」
食べながら、一応、聞き耳を立てる。あいつらの声は覚えてるし、魔力の雰囲気も、たぶん、近くに来れば分かると思う。
「そういえばさ。捕まえて、取り戻した後はどうするの?町を守ってる機関とかに引き渡すの?」
ふと思い立って、泥棒達の処遇を聞いてみた。すると、グラナがきょとんとした顔で返す。
「そんなめんどくせぇことしやせんよ。王国に対する破壊行為、国宝の強奪、それを止めようとした兵士への妨害、そして国外逃亡。フルコースですからね。極刑、確定。見つけ次第、殺っちゃっていいっすよ」
当たり前のように、『殺す』と言ったグラナに驚き、他の二人の顔を見たが、とくに反論などは無いようだった。
「え…軽い罪じゃ無いのは分かってるつもりだったけど、裁判とかも無しで、権限を持ってない一般人が死刑を執行しちゃうの?」
「いや、だから、そういうルールに守られる権利を放棄してることになるんすよ。国を出た時点で。だいたい国外逃亡した犯罪者を、なんでフィア・グランツの法律で守るんすか?めんどいし、意味も無いでしょ」
国を出た時点で安全は保証されない。それは俺に限った話ではないようだった。
グラナの口調には少し苛立ちが混じり、『当たり前の事をわざわざ説明させるな』という雰囲気を感じた。
「さっきフルコース、て言いやしたけど、罪の重さに関係なく、国外に逃亡した犯罪者は、基本的に生死を問わずに指名手配ですぜ。たとえ生け捕りの方が懸賞金が高くても、首だけの方が運びやすいですし。わざわざ生かしたまま捕まえる奴はほとんどいやせんよ」
俺だって別に、犯罪者の肩を持ちたいわけじゃない。博愛主義者になりたいわけでもないし、中庸主義者を名乗れるほど、この世界のルールや考え方を理解していない。
でも…
「本当に、それでいいのかな…」
「おぬしの言いたいことは、なんとなく分からんでもないがの…きっと、地球とアニマでは生死に関する価値観が異なるのじゃろ」
「私も、できれば殺しはしたくないが、奴らは魔王の封印を解こうとしている。アーティファクトを取り戻した後、簡単に諦めてくれればいいが、そうとも限らない以上……殺してしまう方が安全だと思う」
「まあ…あっしだって、別になにがなんでも殺したいってわけじゃないっすよ…でも、仕方ないじゃないっすか…悪いのは向こうですぜ?」
「…………うん…」
納得できたわけじゃない。けど、反論もできない。もっと、なんとかならないのかな。
「ユキトはまだ、命のやり取りに慣れてないんじゃな。怪獣は、ワシの見解じゃと、魂の無い人形に近い物じゃと思うし、食べるために殺すのとは、わけが違うからの。無理して慣れることでもあるまい。奴らを見つけたらワシらを呼べ」
「うん………分かった」
ソフィアに頭を撫でられて、頷き、スープを飲み干すと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
しまった。話に夢中で気づくのが遅れた。
この声は…
「腹減ったー、サンドイッチでいいか。リード、どこまで探しに行ったんだろ。集合場所でロガンとすれ違わないように待機するのはいいけど、すっごい暇!」
「…ドロス…!」
俺が名前を言うと、三人は即座に立ち上がり、振り向く。
「ん?あ、やべ!」
そこに現れたのは、『新生魔王軍』の一人、トカゲ獣人、ドロスだった。
「さすがに四人は無理!バイバーイ!」
「逃がすかよ!」
グラナが走りだし、ステラとソフィアが続く。ぼけっとしてる場合じゃない。
「待って、俺も…」
慌てて追いかけようとしたが、椅子につまずいて転んでしまった。なにやってんだ俺…
「大丈夫かい?」
「すみません…」
他のお客さんに助け起こされ、辺りを見渡すと、すでにみんなの姿は見えなくなっていた。
「なにか、揉め事かい?」
「ああ、はい…ありがとうございました」
耳に意識を集中して気配を探り、大体の方向を定めて走り出す。
ドロスを殺すために…?
いや、今は考えてる場合じゃない。早く行かないと…
なんだかいつもより身体が重く感じて、うまく走れていないような気がした。
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