第19話 転生兎は役立たず?

【フィア・グランツ王国 東の草原】

 

 奪われたアーティファクトを取り戻すため、王国を襲撃した三人の獣人、リード、ロガン、ドロスが向かった東を目指す。

 

 フィア・グランツ王国から東へ二日ほど歩くと、プリムという宿場町があるらしい。

 

 因みに、プリムはフィア・グランツ王国と深い関わりを持っているものの、王国の領地というわけではない。

 

 そもそもソフィアの話では『領地』という概念そのものが無いのだという。

 

 異世界アニマには人間以外にも様々な種族が混在しており、人間に限らず、一つの種族が世界全体に影響を与えるルールを敷くこと自体がナンセンスなのだとか。

 

 なので、たとえ人間しかいない集落同士でもそれぞれの集落が独自のルールを持っており、それぞれが独立した国のようなものになっているとのこと。

 

 そんな訳で、フィア・グランツ王国内では保証されていた俺の安全も、王国を出た時点で保証されなくなると思っていたほうがいいそうだ。

 

 とにかく、これから旅を続けていくにあたって、これまで以上に自分の身の安全を心掛けていかなければならないということだ。

 

 だから、みんなに頼ってばかりいないで、自分でできることを増やしたいと思ったんだ。

 

 守られるだけじゃなくて、もっと役に立ちたいって…

 

 なのに…

 

「グラナ!そっちに行ったぞ!」

 

「任せてくだせぇ!どりゃあ!」

 

「押さえておれ!これで止めじゃ!」

 

 ステラが追い込み、グラナが押さえ、ソフィアが魔法で止めを刺した。見事な連携で手際よく大きな猪を仕留めるステラたち。どうやらあれが今日の晩ごはんらしい。

 

 かく言う俺は、少し離れたところで頭を冷やしていた。

 

 少し前、草原を東へ歩いていた俺達に突然、猪が突っ込んできた。ちょうど食料を調達しようかと話し合っているところだったので、そのまま狩猟する流れになったのだが、俺は役に立つチャンスだと逸る気持ちを抑えられず、不用意に突っ込んでしまったのだ。

 

 結果、抜き損ねたナイフを落とし、牙を避けた所に頭突きが直撃。混乱しているところをステラに助けられた。

 

 そして邪魔にならないように離れたところで、濡らした布を頭にのせて、のんきに休んでいるというわけだ…情けないなぁ…

 

「おーい!とれたぞ!ユキトー!」

 

 元気よく叫ぶステラに、力なげに手を振る。

 

 …こんなんじゃダメだ…なにか、俺にも出来ることは…

 

 みんなでキャンプの準備に取り掛かる。

 

 テントの設置。

 

「ああ、旦那。気持ちは嬉しいんですが、テントはあっしが入れるくらいデカいやつなんで、旦那の体格だと厳しいと思いやすぜ?」

 

「そっか…じゃあ…」

 

 薪の調達。

 

「手頃な木があったから、この辺に置いておくぞ」

 

「終わってる…それなら…」

 

 火起こし。

 

「ほいっと」

 

「あ………」

 

 ソフィアが杖を振ると一瞬で枝が燃え盛り、なんの苦もなく焚き火が出来上がった。

 キャンプにおいては地球のサバイバルグッツより魔法の方が優秀かもしれない。

 

 料理。

 

「大きさはこのぐらいかな?」

 

「そうっすね。そっちの肉はそのまま串に刺して焼いといてくだせぇ。残りは香草と一緒に鍋に放り込みやしょう」

 

「キノコも入れて良いかの?」

 

「ん、おお、良いもん採ってきたじゃねぇか。全部突っ込んでくれ」

 

「ステラ、俺も肉焼くの手伝う…」

 

「大丈夫だ!後ろで見ていてくれ!毛皮が焦げたら大変だろう?」

 

「ああ……うん………」

 

 夕食。

 

「「「いただきまーす!」」」

 

「いただきます…」

 

 目の前に配膳された見事なキャンプ飯に目を奪われる。

 串焼きの肉。肉と香草とキノコのスープ。焼きたてのパン。………いつの間にパンなんて焼いてたの?

 

「めちゃくちゃ美味い…」

 

「へへ、ありがとうございやす」

 

「やはりグラナの料理は美味いな!」

 

「うむ…ちょっと肉が多い気がするが、悪くないの。さすがじゃな」

 

 うん。みんなの手際が良すぎて出番が無い。


 ソフィアが淹れてくれたハーブティーを啜りながら焚き火を囲む。

 

「この香り良いな。どんなハーブ使ってるんだ?」

 

「これはじゃな…」

 

 グラナとソフィアがハーブティーについて語り合う。その様子をぼんやり眺めながら、深く溜め息をついた。

 

「どうした?ユキト。まだ頭が痛むか?」

 

 ステラが俺の顔を覗き込んだ。

 

「ああ、いや、大丈夫…ただ…」

 

 言い淀むと、他の二人の視線も集まる。大したことじゃないから、そんな見ないでよ。

 

「…俺、役に立ってないなぁ…って…」

 

 言ってしまった。こんな弱音吐くつもりじゃなかったのに。なんだか急に恥ずかしくなってきた。

 

「いや、その、ごめん、そうじゃなくて…」

 

 なにが『そうじゃない』のか。本音を下手に取り繕おうとして、ますます変な感じになる。

 

 すると、ステラが俺をひょいと持ち上げて膝の上に乗せた。

 無言でむぎゅっと、背中から抱き締められる。

 

「ユキトは十分、役に立ってると思うぞ?」

 

「そう…かな…?」

 

 首筋に顔を突っ込んで続ける。

 

「まず抱き心地が最高。あと匂いが良い」

 

「……………」

 

 嬉しくない……わけでは無いけど、そういうことじゃなくてさ…

 

「おぬしの血は魔法の役に立つぞ?」

 

 いや、あの…

 

「体毛を加工すれば、路銀の足しになりやすよ?」

 

 だからさぁ…

 

「それに、多分…ユキトがいなかったら私たちは、こうして旅立つことも出来なかったかもしれない」

 

「え?」

 

 首筋から顔を上げ、真面目な雰囲気で話し始める。

 

「そうじゃの。森に現れた虫の怪獣。あれは、おぬしが力を貸してくれたから倒せたんじゃ。もし、あの場におぬしがおらんかったら、逃げるので精一杯だったじゃろう」

 

「あっしの時も、旦那がいなかったらどうなってたか…怪獣を迅速に倒せたのは旦那がいたからですぜ?」

 

「そして鯨の怪獣の時…ユキトがいなければ、おそらく私たちは命を落としていただろう…王国ごと、まとめて押し潰されて…」

 

「たしかに、実際に行動し、結果を残したのは私達かもしれない。だが、それはユキトがいてくれたからこそ成し遂げられたものなんだ。だから、『役に立たない』なんて言わないでくれ」

 

「ユキトは私達の命の恩人なんだぞ…」

 

 抱き締める力が強くなり、頬と頬が触れ合う。

 

「なにか悩んでおると思っていたが、そういうことじゃったか。人には得手不得手がある。それに、ユキトは旅やキャンプは初めてなんじゃろ?上手くいかないのは当然じゃろ」

 

「そうっすよ。あっしらだって初めからなんでも出来たわけじゃないっすよ?少しずつで良いんですよ」

 

 そっか…俺、ちょっと焦りすぎてたのかな…

 

「ありがとう…俺、がんばるよ。焦らないで、少しずつ…これからも色々よろしくね」

 

「ああ」

 

「うむ」

 

「はい!」

 

 談笑しながら囲む焚き火が、みんなを暖かく照らす。見上げると、さっきまで気づかなかったが、満天の星が輝いていた。

 そして、大きな腹の虫が、ぐぅぅと、鳴いた。

 

 音がした方を見ると、グラナが申し訳なさそうにお腹を摩っている。

 

「さっき食べたばっかじゃん」

 

「いやー、ちょっと足りなかったかニャー」

 

「まったく、底無しじゃな…」

 

 さてと、と、グラナが立ち上がり、夜食の準備でも始めるのかと思いきや、なにか思い付いたようにこちらを向き、ニヤリと笑う。

 

「そういや、旦那。そんなにみんなの役に立ちたいんでしたら、すぐにでも役に立つ方法があるんですが…」

 

「…な、なに?」

 

 嫌な予感…

 

「肉球付きの兎獣人の肉って、凄い美味いらしいんですが、あっし、まだ食べたこと無いんすよねぇ…片腕だけでも貰えたら、すごく『役に立つ』ニャァ…」

 

 大柄な猫獣人が牙を剥き出しにしてジリジリと近寄ってくる。ちょ、ちょっと!?

 

「嘘でしょ!?ステラ!?」

 

 ステラに助けを求める。しかし…

 

「んー…正直、ユキトの味に興味が無いと言えば嘘になるなぁ…耳は軟骨ごと叩き潰すと美味いらしいぞ…?」


「ええ!?ステラまで!?」

 

「おいおい、そんな事して良いのなら、ワシは眼球がほしいのぅ…」

 

 ステラに羽交い締めにされ、グラナとソフィアがフォーク片手ににじり寄る。三人は眼を爛々とさせて、息も荒く、まるで飢えた獣のようだ。

 フォークの先がお腹にツンと触れて、ビクリと身体が跳ねる。

 

 あわわ…

 

「怖い冗談やめてよぅ!!」

 

「あははは!すいやせん、旦那。旦那はからかいがいがあるなぁ」

 

「怖がるユキトも可愛いなぁ!」

 

「え、ワシは半分本気じゃったぞ?」

 

「「「おい」」」

 

 グラナに押さえ付けてもらい、ステラと一緒にソフィアをひたすらくすぐりまくった。

 ゲラゲラと笑い転げるソフィアを一頻りいじめてから、近くの川で水浴びすることになった。

 

 男女に分かれて二人ずつ。片方が浴びてる間、片方が見張りをする。

 濡れた身体で女性に見張りをさせるのは配慮が足りないだろうということで、男性陣が先に入ることになった。それは別に構わないんだけど…

 

「こういう場合って普通、女性が浴びてるのを男性が覗くのが定番だよね。そんなつもり無いけど…」

 

「まあ、お約束というか、『覗かない方が失礼』なんて言う輩もいるってのは、聞いたことありやすね」

 

「ものすごく、視線を感じるんだけど…」

 

「何を、見張ってるんすかねぇ…」

 

 カラスの行水の如く川から上がり、そそくさと身体を拭いて女性陣と交代する。

 

「覗いても良いぞ!」

 

「はいはい…」

 

「すまんの…ワシはちゃんと見張っとったから…」

 

「おう…」

 

 それから十数分後。水浴びを済ませたはずの女性陣からは何故か、ほかほかと湯気が上がっている。あれ、水浴び、だよね?

 

「ワシが魔法でお湯を出したんじゃよ」

 

「あ」

 

 そういえば。森で虫の体液まみれになったとき、お湯で洗い流されたっけ…

 

「えー、それなら俺達も出してもらえば良かったじゃん…」

 

「でも、それだと、もれなくお嬢も付いてくると思いやすよ?」

 

「ん、なんだ!?やっぱり、みんなで一緒に洗いっこしようか!?」

 

「さっさと寝ようか」

 

「そっすね」

 

「あれー?」

 

 グラナが張ってくれたテントに潜り込む。当然、男と女で二張だ。

 その二張のテントの前で、ぐったりと項垂れる変態王女。

 

「なぜだ、グラナ…なぜ、テントを二つに分けた…!」

 

「言うと思いやしたけど……当たり前でしょう。普通は男女別です。しかもお嬢は王女様でしょう…自重してくだせぇ。あと、単純に、あっし込みで四人入れるテントはそんなにありやせんよ」

 

「ふぐぅ…仕方ないな…ユキト!寂しくなったらいつでも来てくれ!」

 

「うん!後でね!」

 

 わざと元気良く返事をすると、変態はパァっと表情を明るくして、満足そうにテントに入っていった。

 

「待ってるぞ!」


 ステラが見えなくなるのを確かめてから、グラナが耳打ちしてきた。

 

「行くんすか…?」

 

「行かねぇよ…」

 

 明日も早い。一刻も早く就寝しなくては。

 

 

 

 翌朝。

 

「どうして!?」

 

「うるさいなぁ…」

 

 昨日の残りで朝食を済ませて、一路、宿場町プリムへ。

 あいつら…『新生魔王軍』…だったか…早く追い付かないと。

 

「どうして…?」


 ………一緒に寝ても、寝なくても、めんどくせぇな…

 

 

 

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