第18話 転生兎は未来の勇者?
【夢の中 地球 東京 新宿】
「イナバ・ユキト君か。日本人だよね?どんな字、書くの?」
「稲に葉っぱで『
「なるほど、『
「はい。えーと…『ミケ』さん?」
「あ、今は『アルクス』がいいかな。勇者モードだから」
「勇者モード?なんですか?それ」
「僕さ、地球ではひたすらのんびり暮らしたかったんだよね。魔力なんか一切使わない、飼い猫モードでね」
「ところが突然、平和が乱されてしまった。だから急遽、予定を変更して勇者として対応することにしたのさ。あー、早く飼い猫に戻って、日当たりのいい縁側でお昼寝したいにゃー」
「という訳で今の僕は飼い猫モードではなく、勇者モードだからね!『アルクス』と呼んでくれたまえ!」
勇者モードのアルクスは瓦礫の上で後ろ足で立ち、胸を張ってふんぞり返った。
「そういうもんですか」
「そういうもんなのだよ!」
そういうもんらしい。
「じゃあ、よろしくお願いします、『アルクス』さん」
「呼び捨てでいいよ?」
「いや、さすがに初対面で呼び捨ては…」
「なぁに、気にするな!僕たちはもう友人だろう?」
猫の顔で器用に笑ってみせる勇者アルクス。
「それじゃあ、よろしく、アルクス」
「おぅ!よろしく、ユキト君!」
猫の手で握手を求めて来たので、優しく握る。肉球が柔らかい。
「さて、これからどうするかねぇ」
しっぽを揺らしながら考え始める、猫勇者。
「とりあえず…」
ぐうぅぅ。
二人のお腹が食事の催促をした。
「飯にしようか!」
「あ、はい」
【夢の中 地球 東京 新宿 コンビニ】
「ユキト君!ここあんまり散らかってないよ!イートインもあるし、ここにしよう!」
「あ、でも、俺、今、財布が…」
「ふっふっふ…抜かり無いさ!」
アルクスがしっぽを揺らすと光の球体から現金がでてきた。
「とりあえず、一万円あれば足りるでしょ」
引き出しが開いたレジに一万円札を突っ込み、食品の物色を始める。
「なに食べる?あ、その猫缶とって。あと『ち●〜る』も」
「食べ物は猫用なんですね」
「うん。猫だからね。あとは、肉が好きだよ」
適当に食品をカゴにいれ、イートインスペースへ。俺がイスに座ると、アルクスはテーブルに飛び乗る。
「「いただきます」」
しっぽの動きに合わせて猫缶が開いたり、ペットボトルの蓋がくるくる回る。まるで手品だ。
おにぎりを頬張りながら話しかける。
「それって、なんなんですか?」
「ああ、魔法だね。魔力で作った見えない手足を動かしてる感じかな」
「ふーん…魔法かぁ…」
正にファンタジーの住人だなぁ。
「『異世界転生者』って言ってましたけど、どんな世界から来たんですか?」
「んー、僕が住んでたのは、地球で言うところの中世ヨーロッパ風かな。いかにも、剣と魔法の世界って感じ。でも、全体的にそうか、て言われると………説明がめんどうだな…まあ、色々だよ」
「色々、ですか」
「そう。………うーん…『異世界転生』…か……」
「?」
猫缶を食べ終わり、『ち●〜る』に手をつけたと思ったら、急に神妙な面持ちで考え始めた。
「………ユキト君さぁ、さっき死にかけたじゃない?」
「え…はい。そうですね」
「僕が来なかったら、死んでたよね?」
「はい…命の恩人です…」
なんか…不穏な雰囲気になってきた…
「…んー……やっぱ頼みにくいなぁ…うまくいく保証も無いし…人道的に、これは…」
毛繕いを始める猫勇者。猫が毛繕いするときって、気持ちを落ち着かせようとしてるときもあるって、なんかで読んだな。
「…とりあえず、話してみてください」
「…そうだね。ユキト君、これはあくまで提案なんだけどね…」
「一度、死んでみないかい?」
「………え?」
………え?
「ど、どういうことですか?」
「つまりね、『異世界転生』してみないか?て事なんだよ」
「『異世界転生』?」
「そう。異世界転生もののライトノベルは読んだことあるかい?」
「はい、何冊かは…」
「その中で語られているように、『異世界転生』すると、何かしらの『力』が与えられるんだよ」
「ユキト君には、その『力』を獲得してから、地球に戻ってきてほしいんだ」
「今の僕の力では地球を救えない。いずれ魔力が尽きて戦えなくなるだろう」
「だから、ユキト君。僕の世界、『アニマ』へ転生し、地球を救う力を手に入れるんだ。君がこの世界の勇者になるんだよ」
なんだか、とんでもない話になってきた。
「そんなこと可能なんですか?狙った異世界に転生して、さらに戻ってくるなんて…」
「はっきり言って確証は無い。でも、逆に言うと、こんな方法しか思いつかないんだ。君の世界を救うにはね。それだけ今の状況は絶望的なんだよ」
「………」
「一応、こんな方法を思い付いた理由はあるよ。これを見て」
アルクスの胸元から、ネックレスのチェーンを通した指輪が現れた。
「これはアーティファクト『フェニックス』…僕の大切な人が遺した物で…『人為的な異世界転生』を可能にするものだ」
「『異世界転生』を『人為的』に…これを使えば、その『アニマ』に行けるんですか?」
「いや…残念だけど、エネルギーが足りない。『フェニックス』自体に問題は無いが、起動するのに必要な『絆』が足りないんだ」
「『絆』?」
「『フェニックス』の起動には大勢の人の『強い意志』、『絆』が必要なんだ。だから、これは、地球に帰ってくるときに使ってほしい。『アニマ』でたくさん友達をつくるんだ。そうすればきっと、『スノウ』がなんとかしてくれる…」
「『スノウ』…?」
「『フェニックス』を創った人だよ。この中で眠ってるんだ…」
アルクスは『フェニックス』を見つめて、優しく微笑んだ。
「うーん…とりあえず、『帰る方法』はなんとなく分かりました。『絆』を集めて、『スノウ』さんに助けてもらえば良いんですね?」
「そう。物分かりが良くて助かるよ」
「それじゃあ、『行く方法』は?」
「うん……場所を移そうか」
テーブルから飛び降り、ついてくるように促す。その後に続いてコンビニを後にした。
【夢の中 地球 東京 新宿】
さっき親子を助けた辺りまで戻ってきた。比較的、損傷が少ない道路の真ん中に立ち、向かい合う。
「まずは、これを君に託すよ」
『フェニックス』がフワリと浮かび、俺の胸に吸い込まれていく。
「うわ…入っちゃった…」
『フェニックス』が入った辺りを撫でてみるが、特に違和感はない。
「『異世界転生』には『強い意志』が必要だ。未練や願いが強ければ、転生しやすくなる」
「願うんだ!ユキト君!『アニマ』に行きたいと!君の世界を救うために!君は『未来の勇者』だ!!」
え、なに?
「なにしてんの!ユキト君、叫んで!」
「え、え?」
「早く!!」
「あ、えと、『アニマ』に行きたい!」
「そうだ!」
「地球を救いたい!!」
「その調子だ!」
「俺は、『未来の勇者』だー!!!」
「よく言った!じゃ、殺すね」
「ふぁ?」
アルクスに光が集まり、一つになっていく。あれってまさか…さっき怪獣を消し飛ばした…!
「え!?いや!なにしてんの!?」
「今から君を『アニマ』に送るのさ。あ、トラックの方が良かったかな?」
「そういう問題じゃなくて!え!?『アニマ』に『行く方法』ってまさか、『アニマに行きたい』って祈りながら『死ぬ』だけ!?」
「そうだよ」
「雑!!!もっと、なんか、無いんですか!?」
「そりゃあ、僕だってもっと確実な方法が良いけどさぁ、マジで今の僕たちにはこんな方法しか無いんだよ。ごめんね?」
「ノリが軽い!!!」
「大丈夫、一瞬で消し飛ばすからさ。多分、痛くないよ。多分…」
「二回言った!多分って二回言った!!」
「あ、そうだ。言い残すことはある?親や友達になにか伝えたいことがあれば聞いとくけど?」
「あ、じゃあ、母さんに……じゃなくて!」
「お母さんの名前は?」
「『
「オッケー、じゃあ、お母さんに伝えておくね。君はとても勇敢だった…と…」
「ええ、マジで?マジでこの流れで死ぬの?決定なの?」
「大丈夫!君ならできる!ユキト君、さあ、もう一度!『未来の勇者』!」
「ああ…もうヤケクソだ!!一度は失いかけたこの命!!捧げてやるぜ、未来のために!!」
「よっしゃあ!!いっけー!!」
「『アニマ』に行きたい!」
光がいっそう強くなる。
「地球を救いたい!!」
眩しくて、アルクスが見えなくなる。
「俺は…『未来の勇者』だぁぁぁ!!!」
「シャイニング・ブラスタァァァ!!!」
太い光線が俺の身体を包み込む。怪獣を跡形もなく消し飛ばした必殺技が、俺を一瞬で蒸発させて………
「ぎゃああああぁぁあ!?」
熱い熱い熱い熱い熱い!!!!?!?
死ぬ!!死ぬ!!!痛い痛い痛い!!!
「ああああああああああ!?」
いや、全然死なねぇんだけど!?
どうなってんだこれ!?
「あー…『フェニックス』の影響で耐久力が上がって………ごめん!もうちょいで逝けると思う!」
逝けると思う!!?
「ふざけんなてめぇぇぇ!!!」
「絶対、帰ってきてやる!!!」
「おまえよりも強い力を手に入れて!!!」
「必ず、ぶん殴ってやる!!!」
「覚えてろよ!!!アルクスぅぁぁあ!!!」
まるで、激闘の末に勇者に敗れた魔王のような断末魔を上げながら、『未来の勇者』は異世界へ旅立った…
「君の世界は、君が救うんだ。ユキト君」
「待っているよ。『未来の勇者』」
「…あと…マジでごめん………」
【異世界アニマ フィア・グランツ王国 ステラの部屋】
「おのれ、勇者ぁぁぁ!!!」
「おお!?ビックリした!またなんか変な夢でも見たのか?」
「あれ?」
目が覚めた。
あ、そっか、夢か………
視線を落として自分の身体を触って確かめる。
手を握ったり開いたり、顔を触ったりしてみる。
……兎の身体に戻っている。
ステラが心配そうに顔を覗き込んできた。
「大丈夫か?」
「ああ、うん、大丈夫…死んだ日の事、思い出したよ。夢で見た」
「おお、それは良かった…のか?ずいぶん、うなされていたが…」
「うーんと…」
とりあえず、夢で見た事をステラに説明した。
「と、いうわけで、いろんな人と仲良くなって、『絆』をたくさん集めれば強くなれるし、地球に行けるかも……て、聞いてる?」
「…すごい」
「え?」
「すごいじゃないか!ユキト!勇者アルクスが地球に転生してて?そのアルクスにアーティファクトを託されて?その『フェニックス』にスノウがいて?もう一度、地球に転生するためにアニマに来た?なんかもう、劇的すぎる!もう、一生ついていくぞ!いや、生まれ変わっても一緒だ!」
「私達は『未来の勇者』だー!」
「お、おぅ。とりあえず、ちょっと落ち着いて?」
「落ち着いてなんていられるか!よし、みんなにも伝えに行こう!」
興奮冷めやらぬ様子で俺を抱え、部屋を飛び出す。そして、城中に俺の話をして回った。
そうして、俺の転生の経緯は瞬く間に国中に広まっていった。
一度ならず二度までも国の危機を救った英雄が、伝説の勇者であり初代国王でもあるアルクスと友人である上に、壮大な役目を持って転生してきたという事で、国中は大騒ぎ。
国を救った英雄への感謝、および、未来の勇者降臨を祝して、盛大な祭りをすることになったらしい。
夜になると、いつの間にか町は派手な装飾で彩られ、豪華な食事が山ほど並んでいた。
ステラと共に城下町へ降りると、ソフィアとグラナが先に来ていた。
「「昨夜はお楽しみでしたね」」
「違うから…なにもなかったから…」
「「ええ?だってあの状況で……」」
「いいから!大丈夫だったの!」
それ、もうやったから!
「しかし、驚いたのぅ…失われたアーティファクトがユキトの中にあったとは…しかもデータとはいえ、スノウがのぅ…」
「うん、今は俺の中で『フェニックス』の分析と解析をしてくれてる。なにか分かったらみんなにも教えるよ」
「『フェニックス』も気になるが、まずは奪われたアーティファクトを取り戻さないとな。みんな疲れてるだろうが、明日には出発したい。準備しておいてくれ」
「はい!了解しやした!というわけで、今は祭りを楽しみやしょうよ!」
「うん!」
気になることはたくさんあるし、やらなきゃいけないことも山積みだ。でも、せっかくの祭りだ。今このときだけは楽しもうと思った。
祭りを終え、お風呂に向かうと、爺やがタオルを持ってきてくれた。
「お疲れ様でした。ユキト様」
「爺や、ありがとう。炊き出しの豚汁、美味しかったよ」
「ありがとうございます。明日からまた冒険の日々でございますね。ごゆっくりお休みください」
「うん、ありがとう」
誰もいない大浴場に一人で浸かる。なんだか、ようやく人心地ついた気がする。
………『未来の勇者』かぁ………
今まではなんとかなったけど、大丈夫なのかな…こんなんで………
まあ、悩んでても仕方ないよね。これからも、なんとかしていこう……
…あいつにも、もう一度会って文句言わないと気がすまないしな!
バシャバシャと顔を洗うと、外がドタバタ騒がしくなってきた。
来たな…?
「酷いじゃないかユキト!一人で先に入るなんて!」
大浴場のドアを勢いよく開き、ろくに隠しもせずに変態王女が登場した。
「うるせぇ!一晩くらい一人で入らせろ!」
「ダメだな。『本番』は禁止されたが…それ以外を禁止されてはいない!それ以外なら!私は自由にユキトで遊べるはずだ!」
「俺『で』遊ぶな!今日こそは逃げ切ってみせる!かかってこいやぁ!」
「いい度胸だな、ユキト…勢い余って色々アレしても知らないからな!!」
「いや、『色々』『アレする』ってなんだ!?」
大浴場で大暴れ。いつもの日常。これが『日常』てのもどうかと思うけど…とにかく、何の気兼ねもなく、心の底から、こんな変な日常を楽しむために、早く平和を取り戻さないといけないと思った。
【翌日 早朝 城下町】
「よし!準備OK!」
ミニチュア爺やセットとウエストポーチを身につけて、腰の後ろの鞘にサバイバルナイフを差し込む。
本当はステラが用意した服はもう着たくなかったけど、ステラが許してくれなかった。『例の約束』をして以降、『それ』以外のことに関して、逆に強気になってしまった気がする…
「うむ!よく似合っているぞ!」
「王女様がご機嫌でなにより…」
「待たせたのぅ、こっちも準備完了じゃ」
「いやー、爺やの飯、美味かったっすねぇ。天気もいいし!冒険日和だ」
爺やは食堂で見送ってくれた。グラナも言ったが、爺やの飯は最高だった。
「グラナ様!王国はお任せください!」
「ソフィア様!どうかご無事で!」
「「お、おぅ」」
ルビー、ケントニス、バドル、コルンが城下町で待っていた。
「行くなと言っても無駄だよね…ステラ、気をつけて。ユキト君、ステラを頼んだよ」
「はい!」
「…バドル…行ってくる」
「…ああ」
バドルとステラの微妙な距離感を眺めていると、突然、コルンに両手を掴まれた。
「ユキト様…ホントはご一緒したかったですけど、あたし、国を守るように王様に頼まれちゃって…」
「うん、頑張ってね」
「ユキト様…あたし…あたし………」
コルンがうるうると涙をためて別れを惜しむ。…俺達そんなに仲良くなってないよね?
「あたし…!二人目でも構いませんから!」
「ぶ!?」
とんでもないことを言い放って走り去っていくコルン。
「旦那、モテモテっすね」
「おぬしも隅に置けんのぅ」
「んー、可愛いから許す!」
「ええ…?」
元、日本男児としては、一夫多妻はちょっと抵抗があるんだけど…
「いってらっしゃい!」
「応援してるよ!」
「頑張ってね!」
「国宝も大事だけど、無理はすんなよ!」
「みんな、がんばれー!」
いつの間にか、国民達も起きてきた。みんなに手を振り、声援に答える。
「とりあえず、アーティファクトじゃな」
「あいつらは東の方に行ったらしいですぜ。魔王城とは逆方向だなぁ」
「やつらも、連れが『逆方向』に飛んでいったと言っていたな。戻ってくる可能性もあるが…そのまま東へ行かれると追い付けなくなる。まずは東へ。そして情報を集めよう」
「それじゃあ、アーティファクト目指して、まずは東へ!出発!」
こうして、俺達は再び旅立った。
アーティファクトを取り戻すため。
二つの世界を救うため。
『未来の勇者』に、なるために………
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