第17話 神と兎とアーティファクト

【夢の中】

 

「昨夜はお楽しみでしたね」

 

「やめて…誤解を招くようなこと言わないで…」

 

 夢の中の謎空間。久しぶりにネメシス様を見た気がする。まあ、逆光でシルエットしか見えないけど…

 

「ええ?だってあの状況でステラがあなたを逃がすはずがないでしょう?」

 

「ステラのこと、猛獣かなにかだと思ってません?」

 

「違うの?」

 

「まあ…強く否定はできませんけど…少なくとも話の通じる猛獣ですよ?」

 

「猛獣は猛獣なのね。で?どんな『話』が通じたの?」

 

「えっと…待っててほしいって…この冒険が終わるまで待ってほしいって、言ったんです」

 

「今回のことで、いざとなるとステラが無茶するのが分かったんで…その…俺のこと好きにしたいなら、必ず生き残れって…」

 

「全部終わったら…俺から…誘うから…って………」

 

「…ふーん………」

 

「顔が見えなくても分かるくらいニヤけないで下さい」

 

 声に表情が滲み出ている…

 

「…っ…とにかく!そういうのは全部終わってからなんです!」

 

「なるほどね。それであの猛獣は納得したんだ?」

 

「ちょっと不満そうでしたけど…命を投げ出そうとしたことを責めたら、約束してくれました」

 

「…そう。まあ、そこはあなた達の問題だし、もう突っ込まない事にするわ」

 

「…ありがとうございます」

 

「で。本題なんだけど…」

 

「ああ、ちゃんと本題が有るんですね。安心しました」

 

 てっきり、からかう為だけにログインしてきたのかと…

 

「さすがにね。私もあなたを悩ませちゃった責任を感じてるのよ」

 

「感じてたんですか」

 

「感じてたのよ」

 

 …ふーん………そうなんだ…?

 

「一応、聞こえてるからね?」

 

「はい。知ってます」

 

「…まあまあ、そんな怒らないでよ。今、説明するからね?」

 

「早急に」

 

「えーと…まずは紹介するわね。この娘があの時あなたに話しかけた、アーティファクトの製作者、スノウちゃんでーす!」

 

「初めまして…スノウです」

 

 ネメシス様の逆光の向こうから、俺と同じくらいの体格で、雪のように真っ白な毛並みの兎獣人の女の子が姿を現した。

 

「あ、初めまして…ていうか、スノウ!?スノウって、あの、400年前に勇者と共に戦ったっていう!?」

 

「はい。その『スノウ』です。ソフィアは…元気にしていますか?」

 

「は、はい。とても、元気です」

 

「そう!良かったぁ」

 

 穏やかな雰囲気をさらにフワリと漂わせて、ニコニコと笑うスノウさん。

 

「えーと…それで…?」

 

「あ!そうですよね!アーティファクトのことが知りたいんですよね!」

 

「あ、はい。『フェニックス』でしたっけ?」

 

「はい…その『フェニックス』についてなんですけど…正直、私にも分からないことが多いんです…」

 

「あれ?そうなんですか?」

 

 ネメシス様の方を見ても手を広げて首を振っている。なんだよ…どういうこと?

 

「えーと…実は私は『スノウ』本人ではなく、『フェニックス』を制御するために組み込まれた『スノウ』の人格をコピーしたデータなんです」

 

「コピー……データ………」

 

 なんだか聞きなれた言葉が出てきたな…

 

 かつてこの異世界アニマにも科学があったっていう話だったし、アーティファクトって、俺が思ってるよりも科学寄りの魔法具なのかな…?

 

「『ケルベロス』『フェンリル』『グリフォン』は、いわゆる戦力の強化。スノウが自分の魔力を効率良く身体の外へ放出するために創ったものです」

 

「その後、スノウは病により自身の短命を悟り、勇者アルクスと共に歩む為の方法を模索しました」

 

「延命や治療の方向性はほぼ絶望的でした。不老不死について研究したこともありましたが、ソフィアの事例も参考にはならず、現実的ではありませんでした」

 

「そこで思いついたのが、『人為的な異世界転生』と『時間跳躍』です」

 

「『異世界転生』で人格を引き継ぎ、アニマに戻ったときの時代のズレを『時間跳躍』で修正するつもりだったのです」

 

「そしてその為のアーティファクト、『フェニックス』と『クロノス』の開発を始めました」

 

「しかし、完成するまえに死期が訪れてしまいます…」

 

「スノウは最後、魔王との戦いに赴く勇者に、未完成の物も含めた五つのアーティファクトを贈りました。死の間際まで自身に溢れる、ありったけの魔力を注ぎ込んで…」

 

「私の記憶はそこで途切れています。ユキトさんの中で目覚めるまで一度も起動されたことはありません」

 

「なので、ここからは憶測ですが、その後、誰かが『フェニックス』を完成させたのかもしれません。もしかしたら、勇者様が完成させたのかも…?」

 

「そういう訳で、私は完成前にインストールされたデータなので、完全版の『フェニックス』については、所々、見慣れないプログラムがあるんです。膨大な量の組み換えが行われているので、分析と解析には時間がかかりそうです」

 

「なるほど、なるほど、そういう事だったのねぇ」

 

 話を聞いていると、俺ではなくネメシス様が大げさに頷いてみせた。いや、あんたも分かってなかったんかい。

 

「作戦会議のとき言った、ヒントのようなものはなんだったんですか?」

 

「なんか、それっぽいこと言っとけば頑張ってくれるかなって。なんとなく、『強い意志』があなたに集まってるなーとは思ってたけど、詳しいことは分かってなかったわね」

 

 ええ…そんな雑なアドバイスだったの…?

 

「しかし、『フェニックス』が起動した時は驚いたわねー。死んだはずの友人が、死ぬ前の世界、しかも他人の脳内に現れたんだから。マジでワケわかんなかったわよ」

 

「ん?友人?」

 

「あ、えーと、以前、オリジナルが『フェニックス』の実験中に、世界と世界の狭間に吹っ飛ばされた事がありまして…その時にネメシス様のお世話になったんです」

 

「世界と世界の狭間…?」

 

 なにそれ、ヤバそう。

 

「いや、ホントあの時もマジびびったわよ!色んな世界の情報を集めてたら兎が漂っててねー。思わず二度見したもん(笑)」

 

 いや、(笑)じゃないが。

 

「それで一旦、二人でお茶して、のんびりくつろいで…」

 

 のんきだな…


「あー、アニマから来たんだ、『人為的な異世界転生』の研究!?マジ天才じゃんwww、とか話して…」

 

 草生やすな。

 

「それでアニマまで送り届けたのよ。あの時はマジ楽しかったねー!」

 

「ねー♪」

 

 神と兎が『ズッ友』みたいな距離感で体を寄せ合う。

 

「私が神の癖に、ユキトにちょっかい出してんのも、スノウに似てたからだし」

 

「は!?それだけ!?なんか特別な理由とか…」

 

「無い無い。だからこそ余計な手出しが出来ないのよ。マジで怒られちゃうから。神様の価値観的に、世界の一つや二つどうなっても大した問題じゃないし、「それも一つの選択の形じゃ…」ってのがお偉いさん方のスタンスだからね」

 

「そ、そうなんだ…」

 

「だから、アドバイスするだけマシでしょ、とまでは言わないけど、これからも私にはあんまり期待しないでね」

 

「分かりました…」

 

 改めて神と自分の関係性を確認していると、スノウさん(コピー)が申し訳なさそうに、肩に触れる。

 

「えーと、それでですね、現時点で分かってることなんですけど…」

 

「あ、すみません、どうぞどうぞ」

 

「まずは『再起動リブート』ですね。これは、本来の目的の副産物です。別の目的のために集めた『絆』の力を束ねて、『接続コネクト』を強化します。発動中は全ての『絆』がリアルタイムで繋がります。『絆』の量が減少すると、発動できないし、効果が切れますのでご注意を」

 

「そして、本来の目的。それはもちろん『人為的な異世界転生』です」

 

「『異世界転生』には『強い意志』が必要なのは知ってますよね?だから、スノウは自分だけでなく他の人の『意志』の力も利用できれば、人為的に『異世界転生』を発生させることが出来るんじゃないかって考えたんです」

 

「最初はとにかくたくさんの人の意識を繋げて一ヶ所に集めようとしました。しかし失敗して、さっき言ったように謎の異空間に飛ばされてしまったんです」

 

「なぜか?それはネガティブな感情とポジティブな感情が混ざって、感情の方向性がはっきりしていなかったからなんです」


「『転生』するには、ポジティブにしろ、ネガティブしにろ、一方向に、突出した感情が無いと上手くいかないことが分かったんです」

 

「ちなみに、それ教えてあげたの私ね」

 

 急に後ろからネメシス様が注釈を入れてきた。なるほど…これもある種の天啓か… 

 

「だからスノウは、ポジティブな感情を集める事にしました。そっちの方が健全な感じでしたし、平和のために戦ってる最中でしたしね」

 

「より純粋な『絆』の力を束ねるために、スノウは『フェニックス』にある『願い』を込めました」

 

「『あらゆる事象をいい方向へ導いてほしい』『全ての存在が互いに認め合い、共に進んでほしい』という『願い』です」

 

「その『願い』と共に、様々な人と出会い、関係性を築き、心を繋げていきました」

 

「そうした行動が度を越して、博愛に目覚め、ちょっとした宗教まで誕生しかけた辺りで、「あれ?私、何のためにこんなことしてたんだっけ?」と我にかえったりして…」

 

 なにやってんだ…

 

「ウケるwww」

 

 だから、草生やすな。

 

「そうして『願い』が込められた『フェニックス』には、攻撃的に歪んでしまった『意志』を解き、整える力が宿ったんです。それをスノウは『感情の転生』と名付けました」

 

 あー…もしかして密猟者や、グラナ達の態度が優しくなったのって、それか?

 

「だから、ユキトさんもたくさんの関係性を築いて下さい」

 

「特に『接続コネクト』すると、より強く『絆』が繋がり、対象を取り巻く『絆』まで巻き込みます」

 

「束ねる『絆』が増えれば、『フェニックス』の力は強くなります。そうすれば、いつか…」

 

「あなたの世界に帰れるかもしれません」

 

「あ…」

 

 そうか…『フェニックス』は『人為的な異世界転生』をするために創られたもの…それが、誰かの手によって完成されているのなら…

 

「戻れるのか…地球に…」

 

「厳密には、分析と解析をしてみないと分かりませんが、この『フェニックス』が当初の目的どおりに創られているのなら…その可能性はあります」

 

「ただ、なぜ『フェニックス』がユキトさんの中で眠っていたのかが、わかりません。その辺りも探ってみますので、あまり期待せずにお待ち下さい」

 

「分かりました。よろしくお願いします」

 

「はい!では私は作業に戻りますね!」


 スノウさん(コピー)が手を振ると、ポンッと軽快な音を立てて、謎空間からログアウトした。 

 

 ふぅ……なかなかの長話だった。

 

「良かったわね。地球に行く方法が見つかって」

 

「え、ああ、そうですね。ステラと約束しましたもんね。地球も救いに行くって…」

 

「あら、あんまり嬉しくなさそうね?帰りたくなくなっちゃった?」

 

「…んー……どうなんでしょう。もちろん、地球の様子は気になりますし、救えるなら救いたいです。ただ、『転生』するってことは、『同じ身体』で行けるとは限らないじゃないですか。ステラも俺も、中身は同じでも、別の誰かになっちゃうのかなって…」

 

「まぁねぇ。でも、まったく同じ姿で転生することだってあるし、転生せずに『転移』するパターンも、無いことは無いからねぇ。その辺は完成した『フェニックス』で、どんなことが出来るのか分かってから考えれば良いんじゃない?」

 

「…そう、ですね。とりあえず今は、盗まれたアーティファクトか…」


「そうそう、焦らず、一つずつ、落ち着いていきましょう」

 

「はい」

 

「私もそろそろ行くわね。神様も色々やることあんのよ。じゃあねー」

 

 ネメシス様が手を振ると、シルエットが光の中へ消えていく。光が収まると、何もない空間に一人残された。

 

「…ふー………」

 

 上も下も分からない空間に体を投げ出し、ため息をついた。『アーティファクト』『フェニックス』『転生』『地球』『アニマ』『スノウ』『勇者アルクス』…………

 

 なにか…思い出せそうなんだよなぁ…

 

 大切な…約束があったような………

 

 ぼんやりして、思考が深く深く、沈んでいく。

 

 なんだか眠たくなってきた。

 

 夢の中で眠ると、どうなるんだろ?

 

 夢占いかなんかで、夢の中で見る夢について読んだことがあったような…

 

 …なんだっけ………………………

 

 

 

【夢の中 地球 東京 新宿】

 

 空はどんよりと曇り、ジメジメとした空気が体にまとわりつく。

 道路は陥没し、地下鉄が剥き出しになって………………?

 

 あれ?俺、今まで何してたんだっけ?

 

 視線を落として自分の身体を触って確かめる。

 手を握ったり開いたり、顔を触ったりしてみる。

 ……人間の身体に戻っている。

 

 ……『人間の身体に戻っている』?なんだそれ?まるで、今まで人間じゃなかったみたいな………?

 

 「お母さん!お母ぁぁぁさぁぁん!!」

 少女の悲鳴が聞こえた。

 少女は泣きながら母親に抱きついている。

 母親の体は瓦礫の下敷きになっている。

 二人の上に、巨大な足が見えた。


 そうだ…

 助けないと…!

 なにか、ひとつでも…!

「誰か…一人でも!!」

 叫んで、走り出し、手を伸ばす、そして…

 

 

 

 

「気概は買うけど、さすがに無謀だよ?青年」

 

 視界の端を、小さな何かが駆け抜けた。

 

 その『猫』には、しっぽが二つあった。

 

「シャイニング…ブラスター!」

 

 猫の周囲に光が集まり、ゲームやアニメでしか見たことがないような太い光線が、怪獣の巨体を消し飛ばす。

 

 まるで、某有名マンガの戦闘民族が繰り出す必殺技のようだ…などと考え、間の抜けた表情で口を開けていると、瓦礫と親子がフワリと浮かび、安全な場所に着地した。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 抜けた腰に力を込めて、バタバタとみっともなく親子に駆け寄る。

 

「怪我してるね。大丈夫、今、治すから…」

 

 猫がしっぽを揺らすと親子に光が集まり、怪我だけでなく服まで元に戻っていく。

 

 すると、意識を失っていた母親が目を覚ました。

 

「あ……うぅ…?」

 

「お母さん!」

 

「ああ!良かった、無事だったのね…!あなたが助けてくれたんですか?」

 

「あ、いや…俺じゃなくて…」

 

「やあ、多分、大丈夫だと思うけど、調子はどうだい?歩ける?」

 

 いつの間にか俺のとなりにいる猫が、まるで当然、そういうものであるかのように言葉を話した。

 

 その様子を見て少女が嬉しそうに、はしゃぐ。

 

「猫ちゃん、すごい!ありがとう!あのね、お母さん、スゴいんだよ!ピカーって光って、怪獣、どっかいっちゃった!」

 

「あ、ありがとうございます…怪獣に喋る猫…なにが起こってるの…?」

 

「困惑するのは仕方ないけど、今は早く避難した方がいいよ。都庁のほうで警察が避難誘導してたから、行ってみて」

 

「……分かりました。本当に、ありがとうございました!」

 

「バイバーイ!」

 

「足元に気をつけてねー!」

 

 猫と一緒に親子を見送る。

 

 改めて猫を見ると、見た目はいたって普通の三毛猫。いや、やはり、しっぽが二つある。見間違いではなかった。猫又、てやつか?まさか実在するとは…

 

「ん、どうした?青年。そんなにジロジロ見て。ははぁ、さては君…猫派だね?しょうがないにゃあ…はい」

 

 耳としっぽをピンと立て、こちらを見つめてくる。………えーと?

 

「撫でていいよ?」

 

「あ、どうも…」

 

 なでなで。

 

 言われるがまま猫又を撫でる。かなり良い毛並みだ。ずっと撫でていたい。

 

「ゴロゴロ…」

 

「いや、そうじゃなくて」

 

「あれ?違った?でも、なかなか気持ち良かったよ。上手いね、撫でるの」

 

「はぁ…えっと、助けてくれて、ありがとうございました。あなたが来てくれなかったら多分、俺は…」

 

「礼には及ばないよ。確かに無謀とは言ったけど、君が動かなければ、僕はあの親子に気づかなかった。ありがとね」

 

 猫又はゆらゆらとしっぽを揺らしながら、俺の行動を褒めてくれた。たったそれだけの事なのに、なんだかとても嬉しい。

 

「あ…どうも…えっと、それであなたは何者なんですか?」

 

「僕かい?僕はね…」

 

 猫又は瓦礫に登り、俺と目線を合わせて続ける。

 

「かつて、『異世界』の危機を救い、今は『地球』で飼い猫生活を満喫する、元勇者…」

 

「アルクス・フィア・グランツ!いわゆる、『異世界転生者』さ!」

 

 

 

 …これが、俺と『勇者アルクス』との出会いだった………

 

 

 

「ちなみに今は『ミケ』だよ」

 

「ビックリするほど普通だ…」

 

 

 

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