第15話 鯨怪獣迎撃作戦

【フィア・グランツ王国 会議室】

 

 大広間に大きな円卓、周囲には簡素な椅子が並び、奥には王国周辺を記した大きな地図が壁一面に貼り付けられている。

 

 いかにも戦争の際の作戦会議に使われそうな部屋だが、敵が上空から落ちてくるので、王国周辺の地図は今回あまり役に立ちそうにない。

 

 会議室内には俺、ステラ、ソフィア、グラナに、国王のソル様、第二王女のポラリス様がいる。

 

「作戦と言っても結局のところ、ユキトとステラの『接続コネクト』だよりじゃな…」

 

「だな。今のあっしらにできる最大の攻撃はそれしかねぇ」

 

「しかし、問題はあの巨体を私とユキトで倒しきれるかどうか…そして国の総力を合わせるとしても、ヤツが反撃に転じた場合、それに対応できるのか…」

 

 不安げに話すステラに対し、ソル国王が口を開く。

 

「反撃の可能性を考慮に入れても、やはり国の総力で一斉攻撃するべきだろう。敵の情報が少ない以上、全力でぶん殴る他あるまい」

 

 それにポラリス王女も続く。

 

「もう少し慎重に…と言いたい所ですが、確かに情報が少な過ぎて作戦のたてようがありませんね。では、攻撃の陣形やタイミングを決めましょうか」

 

 進んでいく会議の様子を、俺はどこか上の空で聞いていた。

 本当はちゃんと会議に参加するべきなのだろうが、漠然とした不安が胸の奥でモヤモヤと渦巻いている。

 

 そのとき、頭の中にあの声が響いた。

 

 

「お久しぶりね。元気にしてた?」

 

「ネメシス様…本当に久しぶりですね。今までなにしてたんですか?」

 

「いやー、私のかわりにソフィアとかがいい感じに説明してくれるからねー。言うこと無くなっちゃって」

 

「はぁ…」

 

「でも今回はヤバそうだから、ちょっと忠告しに来たのよ」

 

「………」

 

「まあ、言わなくても薄々、感づいてるかしら?」

 

「…何に、ですか?」

 

「結論から言って、このままだとステラは死ぬでしょう」

 

「………」

 

「仲間たちと『接続コネクト』するたびに、自分の中で魔力が高まっているのを感じているはずよ。そして、今のあなたの魔力は、あなたが思っている以上に強力なものになっている。

 ただ、それほど強力な魔力に、ステラの体が耐えられない。このまま作戦を決行すれば、彼女は確実に命を落とすわ」

 

 ネメシス様の言うとおり、なんとなく感づいてはいた。

 

 最初の『接続コネクト』の時、ステラと密猟者は動けなくはなったが意識を失うことは無かった。

 ソフィアの時は少し後に気絶。

 グラナに至っては『接続コネクト』直後に気絶してしまった。

 

 何かしらの要因で『接続コネクト』した相手の負担が大きくなっていることに、トゥールマランを出発したあたりから不安を感じていた。

 

 そして今回の『鯨怪獣』。

 ステラは絶対、無茶をする。

 自らの限界を超えてでも、国を守るつもりだろう。

 命を失う覚悟なのかどうかはわからないが、結果的に死んでしまう可能性はあるんじゃないかと、俺は心配してたんだ。

  

「…じゃあ、どうすればいいんですか?」

 

「それは…」

 

「『まだ』教えられませんか?

 ステラが死ぬ直前、ギリギリになったら教えてくれるんですか?

 演出ですか?

 なんなんですか、あなた。

 知ってるんなら教えてくれてもいいじゃないですか」

 

「ごめんなさい、私にできるのは『忠告』であって『指示』ではないの。そこまでの介入は許されていない…秩序を無視した救済はバランスを崩し、救済と呼べるものではなくなってしまうの」

 

「ネメシス様は俺の味方じゃないんですか?」

 

「基本的な神の立ち位置からすれば、私はあなたという存在に寄っているわ。それでも、神という存在の本質から逸脱することはできないの」

 

「何を言っているのか全然わからないです…」

 

「私はあなたを『応援』しているけど、『守護』しているわけではないのよ。あなたが失敗して、失ったり、死んだりしても、助けることはできない…」

 

「なにもできないなら、なんで話しかけてくるんですか!?なんのために側に居るんですか!?」

 

 目をつぶって歯を食いしばり、頭の中のネメシスに向かって叫ぶ。

 

「………」

 

「『まだ』言えないですか?」

 

「ごめんなさい」

 

「…わかりました…もういいです……」

 

「…ユキト、これだけは言わせてちょうだい。あなたの力は魔力を共有して限界を超えるだけじゃない…そして、あなたが繋がったのはステラたちだけではないのよ」

 

「それって…どういう…」

 

 

 ようやくこの状況を打開できそうな、思わせ振りなヒントを言ったと思ったら、それっきりネメシスの声は聞こえなくなってしまった。

 

 本当になんなんだ…どうせならちゃんと教えてくれればいいのに…

 

 心の中で、まだ様子を見ているかもしれないネメシスに悪態をつくと、こちらの苛立ちを感じ取ったのか、ステラが覗き込んできた。

 

「どうした?ユキト、大丈夫か?」

 

「いや、大丈夫!なんでもないよ!」

 

 みんなの視線が一斉に集まる。

 

 しまった。ビックリして大声をだしてしまった。

 

「気になることがあるようでしたら遠慮なく言ってください」

 

 ポラリスが気を使って話しかけてきた。

 

 …言うべきだろうか…このまま作戦を進めれば、ステラの命が危ういことを…

 

 みんなで話し合えば、なにか良い方法が…

 

 そう思い、口を開こうとした瞬間、ステラに抱き上げられ、耳元で囁かれた。

 

「…言わないでくれ……たのむ…」

 

 本当なら、ちゃんと話し合うべきだ。でも、強い覚悟を感じる雰囲気に気圧され、なにも言えなくなってしまった。

 

「大丈夫。なんでもないよ」

 

 俺がそう言うと、ポラリスは「わかりました」と一礼して会議の進行に戻った。

 

「ありがとう、ユキト…」

 

 そんなステラの言葉を無視して懐から抜け出し、席に戻る。

 くそ…なんだよ、どいつもこいつも…いったいどうすれば…

 

「…大丈夫ですかい?旦那。お腹すいてんだったら、作戦前になんか食べに行きやすか?」

 

 隣に座っていたグラナが大きな体を寄せて囁く。 

 のんきなヤツだなぁ…でも、色々考えてたらお腹空いてきたかも。

 

「んー…そうだね…時間があるなら軽く食べときたいかも」

 

「じゃ、決まりですね。なにがいいかニャー」

 

 ニヤニヤと笑いながら、巨体が元の体勢に戻っていく。人のこと、とやかく言えないけど、ちゃんと話聞いてる?

 

 視線を泳がせると、少し離れた所に座っているソフィアがこちらを睨んでいることに気づいた。多分、ちゃんと話を聞けって思ってるんだろう…ごめんなさい…


 気づけば会議はすでに終盤。決まったことを再確認する段階まで進んでいた。

 

 騎士団は、上空への突撃部隊と地上からの援護部隊、大魔法を放つ遠距離部隊の三つに分けられた。

 

 突撃部隊はソフィアが開発した魔法具によって飛翔し、『鯨怪獣』へ突撃。飛翔といっても空中での自由度はそこまで高くなく、ほぼジャンプの様なものらしい。

 勢いよく飛び上がり、着地の衝撃を和らげる、そういう魔法具だ。

 

 なので、真っ直ぐ突撃して落ちてくるだけの突撃部隊を、城の屋上から魔術師たちが援護するというわけだ。

 

 突撃開始と共に大魔法の詠唱開始。突撃部隊が戻ってくるタイミングで大魔法を叩き込む作戦だ。

 

 少々乱暴だが、上空への攻撃手段は今のところ、これしかないらしい。

 

 俺とステラは突撃部隊。さらに騎士団が突撃する直前、俺がみんなを『強化ブースト』することになった。

 俺が騎士団の陣形内を駆け巡り、タッチしたヤツから突撃開始。一通り飛び上がったらステラと『接続コネクト』して突撃する流れだ。

 

 ソフィアは遠距離部隊、グラナも出来れば突撃部隊の方が良かったのだが、この類いの魔法具とは相性が良くないらしく、遠距離部隊の護衛を任されることになった。

 

「あっしは体質的に魔法抵抗が強すぎまして…魔法具の魔力を吸収しちまうんですよ」

 

「時間があったらおぬしでも使える魔法具を開発するのも面白いかもしれんが、今回はおあずけじゃな」

 

「余裕があったら色々ぶん投げますんで!」

 

 体力が自慢のグラナが力こぶを見せつける。

 いや、いくら落下してきてるって言っても、まだかなり上空だよ?届くのかな?

 

「グラナさんの攻撃が届くまで、というわけではありませんが、攻撃の効率を上げるため、いくらか引き付ける必要があります。幸い、怪獣の落下速度はかなり遅いので、作戦決行は2時間後。少しなら休めますので、各自準備しておいてください」

 

「「了解!」」

 

 会議を締めくくったポラリス王女に、グラナとソフィアが敬礼する。それに続いてステラも頷いてみせた。

 

「よし!ではまた2時間後に!」

 

 ソル国王とポラリス王女は騎士団たちに作戦を伝えるため、会議室を後にした。

 

「よっしゃ!まずは腹ごしらえっすね!なんか食いたいもんありやすか?」

 

 グラナが大きな体を伸ばしながら皆を食事に誘うと、ステラが申し訳なさそうな顔をした。

 

「私は城下町の様子を見に行きたいな。バドルたちが避難誘導してるとはいえ、逃げ遅れた民が居るかもしれない」

 

「あー、それならあっしも行きやすよ。まだ開いてる店があるかもしれねぇし」

 

「さすがに、そんなにのんびりしてる人はいないんじゃないの?」

 

「いやぁ、旦那、この国の民は結構、頑固で図太いですからねぇ。国と運命を共にするとか、お嬢がなんとかしてくれるとか言って、まだ避難してねぇかもしれやせんぜ?」

 

「私も…それが心配なんだ…」

 

 マジでか…信頼が強すぎるのも少し問題かもなぁ…

 

「ソフィアはどうする?」

 

「ワシは遠慮しておくよ。屋上で準備することがあるのでな」

 

「大丈夫か?なんか差し入れようか?」

 

「いや、心配には及ばん。保存食をいくらか持っていくからの。それに、恐らく屋上と食堂でアルバが炊き出ししとるだろうし」

 

 それを聞いたグラナが大げさな動きで額をペチン!と叩いた。

 

「爺やの飯か!忘れてたー、盲点だったニャー!あっしとしたことが…よし!両方食べよう」

 

「食べ過ぎると動きづらくなっちゃうよ…?」

 

「大丈夫!大丈夫!ほらほら時間がありやせんよ!行きましょう!旦那、お嬢!」

 

「ああ。それじゃあ、行ってくる」

 

「行ってきまーす」

 

「おぅ、遅れんようにな」

 

 

 

【フィア・グランツ王国 城下町】

 

 ステラ、グラナと共に城を出ると、十数人の国民が出迎える。人と魔物が入り乱れた民たちは、皆一様に美味しそうな食べ物を両手一杯に抱えていた。

 

「あ!出てきたぞ!」

 

「ステラ様!これ、良かったら食べてください!元気が出ますよ!」

 

「グラナ!久しぶりだなぁ!食ってけよ!ありったけ持ってきたからさぁ!」

 

「ユキト!これ、あげる!」

 

 グラナが両手に肉を持たされたり、俺が口にパンを突っ込まれたりしていると、国民たちの後ろからバドルが顔をのぞかせる。

 

「君達の応援がしたいって聞かなくてね。ここで待っていればきっと来るって言うから、待っていたんだよ」

 

 ステラはバドルに対して軽く頷き、一歩前に出る。

 

「みんなありがとう。気持ちは嬉しいがここは危険だ。バドルと一緒に森へ避難してくれ」

 

「はい!分かりました!頑張ってください、ステラ様!」

 

「グラナ!また酒飲もうな!」

 

「がんばれー!ユキトー!」

 

 ステラがもう一度バドルの眼を見て頷くと、バドルも頷き、国民を連れて王国の出口へ向かって行った。

 

 その後、俺達の横を、手錠をかけられた犯罪者達が兵士に連れられて行く。

 そっか、牢獄の犯罪者達だって、避難させないわけにはいかないもんね。

 そして、その中に見覚えのあるヤツが居た。

 

「よう、ヒーロー。また会ったな」

 

「お前は、あのときの…」

 

 忘れもしない、俺を二度も矢で貫いた密猟者だ。

 

「すまねぇ、兵士さん、ちょっと挨拶させてもらって良いかな」

 

 数日前の彼からは想像できないほど柔らかい態度で兵士に確認を取ると、兵士も意外にあっさり足をとめ、「少しだけだぞ」と言った。

 

 なんだろう、兵士とそこそこ良い関係を築けているように見える。心を入れ替えたのかな?

 

「まずは、すまなかった。あんたにはホントに酷いことしちまって…」

 

「…うん、確かにあのときはかなり痛かった。でも、なんか変わったね。ちょっとビックリした」

 

 彼との間に入ろうとしたステラを止めて、会話を続ける。

 

「ああ、まあ、その…あれ以来、俺も色々考えてよ…時間はたくさんあったし…それに、妙な話なんだが…あんたらの夢をよく見るんだ」

 

「え?夢?」

 

「ああ。何をしてるのか、詳しくはわかんねぇんだけどよ…あんたらが、森の中でデケェ虫と戦ってたり、港町で不気味な猫をブッ飛ばしたりしてるんだ」

 

 それって、ただの夢じゃなくて、実際にあったことだよね…?なんだ?予知夢?それとも『接続コネクト』の影響で俺の記憶が伝わった…?でも彼が見た夢は、彼と『接続コネクト』した後の出来事だし…

 

「しかも、その夢を見たのは俺だけじゃねぇんだよ。兵士達も同じ夢を見たらしいし、聞けば最近、国中であんたらの夢を見たって言うヤツが増えてるらしい」

 

「ええ?なんでそんなことが…」

 

「あんたらにもわかんねぇのか…でも、その夢を見たヤツは決まって言うんだ『これはただの夢じゃない。事実だ』てな」

 

「なんでかは分からねぇ。だが、俺も例に漏れずそう感じた。そしてその夢を見るたびにあんたを拐った日の事を思い出した。夢をみて、思い出すのを繰り返し…思ったんだよ…俺も、もうちょいしっかりしねぇとなって…」

 

「だから…その…ありがとな。…あんたのおかげで、俺はもう一度やりなおそうって思えたんだ。ホントに感謝してる」

 

 すっかり優しくなった彼の眼をみて、きっと彼は変われるだろうと確信した。

 

「応援してる。頑張ってね」

 

「ありがとう…あんたらも頑張れよ。待たせちまってすまねぇ。行こうか兵士さん」

 

「あ、ちょっと待って!」

 

「ん?どうした?」

 

「名前!聞いてなかった!」

 

「別に覚えなくても良いぜ?ハンクだ。じゃあな、ユキト」

 

 そう言って彼は再び兵士に連れられて行った。

 

 なんだろう…胸がとても暖かい…ポカポカして、気持ちが昂る。みんなとても優しいし、あんなに乱暴だった人とも分かり合えた。力が湧いてくる感じがする。

 

 

 ……ん…?なんか…比喩とかじゃなく…物理的に胸の奥が暖かくなってるような…?

 違和感を感じて胸に手を当ててみる。

 ……………気のせいか…?

 

 

「ユキト、良かったな。あの密猟者、改心できたみたいで」

 

「え、ああ、うん。そうだね」

 

「しかし、あいつ妙な事言ってやしたねぇ。あっしらの夢をみたとか」

 

「ふむ…それなんだが、実は私も見たことがあるんだ」

 

「え?どういうこと?」

 

「うむ…トゥールマランでの戦いの後、宿で寝ているときに、グラナとユキトが『接続コネクト』している夢を見たんだよ。その時はてっきり、二人から聞いた話の影響でそんな夢を見たんだと思ってたんだが…今の話を聞くと、そう単純な話でもないのかもしれん」

 

 なるほど…これは後でソフィアにも確認した方がいいかもな。

 

 みんなが揃って同じ夢で俺達を見た…そしてネメシス様の『繋がったのがステラ達だけじゃない』という言葉…関係が有るかもしれない。

 

「とりあえず、その辺の話はまた後にしよう。腹ごしらえは出来たし、避難誘導の最終確認、しに行く?」

 

「そうっすね。んじゃ、あっしは南側を回ってみるんで、北側をお願いしやす!」

 

 ビシッと軽い敬礼をして、食べかけの骨付き肉を咥えたまま、グラナは王国南側方面へ走っていった。

 

「ああ!よろしくたのむ!さて、私達も行こうか」

 

「うん」

 

 ステラが差し出した手を掴んで、肩に飛び乗る。そして王国北側、人間たちの集まる地区へ向かった。

 

 

 

【フィア・グランツ王国北側 居住区】

 

 ステラと共に人間達の居住区を回ってみたが、人の気配は無かった。

 耳の感覚を研ぎ澄まして探ってみたので、多分、見落としは無いはずだ。

 どうやら無事、避難は完了しているらしい。

 

「大丈夫そうだね」

 

「ああ、そうだな」

 

 ………なんとなく気まずい。

 理由は分かってる。

 さっきの作戦会議のやりとりがお互いに引っ掛かってるんだ。

 

「…ねえ、ステラ」

 

「…なあ、ユキト」

 

 あ、タイミング被った。

 

「なに?」

 

「なんだ?」

 

 ぐ…また…

 

「………あ、あそこ、座らない?」

 

「ああ…いいぞ」

 

 そこは、城がよく見える噴水。旅立ちの日に、二人で座った場所だった。

 同じベンチ。同じ場所に、腰かける。

 

「………」

 

「………」

 

 あまり時間は無いはずなのに、時間がゆっくり流れていく気がする。

 風が気持ちいい。空を見上げると、大きな鯨がゆらゆらと身体を揺らしている。

 もうすぐあれが落ちてくるなんて、嘘のように思えた。

 

「…ユキト……」

 

「…ん…?」

 

「…多分……大丈夫…」


「…なにが?」

 

「私は死なないよ」

 

「………」

 

「耐えきってみせる」

 

「………」

 

「だから、力を貸してほしい」

 

「………」

 

「みんなを守るには、それしか…」

 

「……………ってるよ…」

 

「…え?」

 

 うるさいなぁ…!

 

「言われなくても分かってるよそんなこと!!」

 

「っ…ユキト…」

 

「分かってんだよ!それしかないことも!ステラがみんなを守りたいのも!そのためならっ………自分がどうなってもいいって思ってんのもさぁ!!」

 

「なにが大丈夫なんだよ!?無責任なこと言いやがって!ぜんぜん大丈夫じゃねぇんだよ!!」

 

 やめろ…

 

「勝手に覚悟決めて…一人で盛り上がりやがって…!」

 

 止まれ…


「他のヤツなんかどうだって良いよ!!!」

 

 こんなこと言うつもりじゃ…

 

「俺はお前を守りたいんだよ!!!!!」

 

 涙が止まらない。

 苦しい。

 上手く息が出来ない。

 ステラは今、どんな顔してる…?

 拭っても拭っても、ぜんぜん前が見えない。

 …なにも見えないよ………

 

「…ユキト……」

 

 優しく抱き締められた。

 少しだけ、呼吸が楽になる。

 胸の奥が暖かくなってきた。

 

「ごめん、ステラ…わがまま言うつもりじゃなかったんだ…」

 

「ああ…こっちこそすまない…正直、自分の事ばかり考えて、ユキトの気持ちまで考えてなかった…本当に…ごめん…」

 

 涙もおさまってきた。

 

「…大丈夫、ちゃんと作戦どおり、力を貸すよ。でも、約束して。限界が来たら必ず中止する。みんなで逃げよう」

 

「…ああ、分かった。約束だ」

 

 互いに顔を見合わせて、ニコッと笑ってみせる。

 

「じゃあ、そろそろ行こっか」

 

 涙で濡れた顔を、ぐしぐしと乱暴に拭って立ち上がろうとすると、ガシッと肩を掴まれた。

 

「ん!?なに?どうしたの?」

 

「いや、行く前にちょっと…」

 

 何事かとステラの様子を伺う。

 

 顔がゆっくりと近づいてきて………

 

 あれ…もしかして、これ…キスされる?

 

 そう思って、ぎゅっと目をつむると…

 

 ぼふっと、胸元に顔面を突っ込まれた。

  

「っ…!」

 

「すうぅぅぅぅぅ…」

 

 そして思いっきり息を吸い込み…

 

「はあぁぁぁぁぁ…」

 

 たっぷりと吐き出す…あっつ…


「よし!」

 

「よくない」

 

 べしっと、ステラの額に肉球を叩きつける。

 すると嬉しそうに「ひゃあ」と悲鳴をあげた。

 

「なんだよ、急に…」

 

「すまんすまん、でも元気でた」

 

「そう?なら、まあ、いいか…」

 

 再びステラの肩に乗る。城に向かって走り出す。

 作戦開始まで、後少し………

 

 

 

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