第14話 新生魔王軍

【フィア・グランツ王国 西の森】

 

「はぁ…はぁ…くそっ…」

 

「ユキト…」

 

「こんなところで…負けるわけには…」

 

「もういい…ユキト…無理をするな…」

 

「う…うおおおお!」


 

 

「…………さっきからなにをやっとるんじゃ?」

 

 全身に力を込めて全力で暴れるが、ステラの懐から一向に脱け出せない。

 森に入ってからずいぶんたつ。このままではフィア・グランツまで抱っこされたまま到着してしまう。

 

「うああ!もー!」

 

「すりすり」

 

 じたばたしたり、体を反らしたりしてなんとか離れようとしても、手の位置をうまく変えられ丸め込まれてしまう…

 あれ、これ、一生、放してもらえないんじゃね?

 

「はぁ…はぁ…あー、もう無理…」

 

 ぐったりとする俺を抱きしめる王女様。

 幸せそうな顔しやがって…

 

「旦那、なにが不満なんです?歩かなくてもいいし、お嬢は美人だし、むしろ羨ましいぐらいですぜ?」

 

「いや、さすがに常に抱っこされながらの冒険はちょっと恥ずかしいというか…カッコつかないじゃん?一応、俺も男だし…自分のことは自分でしたいというか…」

 

「言いたいことは分からんでもないが、実際この面子の中ではステラが一番強いからのう」

 

「素直に守られといた方が良いんじゃないですか?戦闘面において、旦那は明らかにサポート役ですし」

 

「ぐぬぬ…」

 

「すりすり」

 

「別にサポート役が不満なわけではないんだよ。ただ、スキンシップが…」

 

「ユキトのほっぺた柔らかいなー。むにむにー」

 

「はへひーははっへ、ひょっほ、やふぇへ、ひっはふはー(激しいかなって、ちょっと、止めて、引っ張るなー)」

 

「可愛い!可愛い!」

 

「…むー……」

 

 サポート役どころか、これじゃオモチャ役だよ…

 

 懐からの脱出を半ばあきらめ、森の天井を見上げる。僅かな木漏れ日が一瞬、頬を撫でたが、太陽が真上を通りすぎる時刻になっても森は薄暗い。

 その暗い森林を見渡し、グラナが深いため息をついた。

 

「いやー、しかし相変わらず鬱蒼うっそうとした森だぜ。もうちょい木が少なけりゃ街道として使えるのになぁ。デカイ馬車だと森を遠回りしなけりゃなんねぇから、フィア・グランツとトゥールマランの流通が微妙に面倒なんだよ」

 

「仕方ないじゃろ、元々この森は魔王軍の進行を阻むために作られた人工的なものじゃ。魔力を込めて植えられたため、成長の速度も尋常ではないから処理も難しいしの。それに、この森の木材も世界各地の建築に役立っとるんじゃろ?」

 

「まあ、ここら辺の名産品ではあるけどなぁ。今はまだいいけど、このまま森が広がり続ければ王国を飲み込むかも?なんて話もあるらしいじゃねぇか。そろそろ本格的に大規模な伐採とかしたほうが良いんじゃねぇの?」

 

「むう…まあ、ワシもその辺りを何とかするために森の成長を抑制する薬なんかを作れないかと研究しておるんじゃが、なかなかうまくいかなくてのう…というか、国を案じたような、もっともらしい意見を言っておるが、おぬしは単純に森を無くして商売しやすくしたいだけじゃろ」

 

「まあ。だって、ぶっちゃけ邪魔だろ?魔王軍はもういないし、木材だって街道を圧迫する木を処理した副産物だし、無くなった方が良くないか?」

 

「そう単純な話でもないわ…さっきも言ったとおり、そもそも処理が難しいし、この場所の、この森でないと育たん薬草なんかもあるからの…それらを必要とする者がいる限り全部無くしてしまう訳にもいかんじゃろ。おぬしら商人は金儲けの効率ばかりでなく、もうちょっと少数派の者たちのことも…」


「あー、その類いの説教は聞き飽きたぜ。同じ話を何度も何度も…」

 

「おい、真面目に聞かんか!これだから商人は好かんのじゃ…金のことばかり考えおって…そんなんだからあんな見るからに怪しい猫怪獣の催眠術に惑わされるんじゃぞ?」

 

「いや、関係ないだろ。お嬢だってかかってたじゃねぇか。まったく…この森にでた芋虫怪獣も、もうちょい派手に食い散らかしてくれりゃあ良かったのに…」

 

「なんか言うたか?」

 

「いやぁ、なにも?」


「またケンカしてる…仲良くしなって」

 

「まあ、少しはマシになったようだがな。以前の二人ならすでに取っ組み合いになっていただろう」


「どんだけ仲悪かったの…」

 

 一触即発な雰囲気でにらみ合う二人だったが、すぐに表情が柔らかくなっていく。

 

「…まあ、おぬしの言い分もわかる…フィア・グランツに着いたら、王に相談してみよう」

 

「…おう、ありがとな。あと、ちょっと言い過ぎた、ごめんな」

 

「…うむ、ワシも言い過ぎた、すまんの」

 

「ほら、ちゃんと自分たちで仲直りしたぞ。成長したな、二人とも」

 

「うん…確かに前より態度が柔らかくなったかも」

 

「ユキトのおかげだな」

 

「ええ?関係無いでしょ。俺なんにもしてないよ?」

 

「いや、私もユキトのおかげで少し変われた気がする。ユキトが気づいてないだけで、二人のなにかを変えたのかもしれん」

 

「そうかなぁ…?」

 

 腑に落ちない様子の俺をステラが優しく撫でる。

 

 そんなことを話しているうちに森を抜け、目の前に草原が広がり、王国を囲む壁が見えてきた。

 ステラと二人で旅立った時は夜だったし、王国に来たときは眠っていたから、王国の外観をちゃんと見るのは初めてかもしれない。

 

「いやー、久しぶりだなぁ、フィア・グランツ。ソフィアはどうなんだ?たまには顔出してるのか?」

 

「おぬしと似たようなもんじゃ。森で暮らすようになってからは滅多にこないのぅ」

 

「二人とも、もっと遊びに来ても良いんだぞ?」

 

「んー…会いたくないヤツもいるからなぁ…」

 

「ワシも、少し苦手なヤツが…」

 

「苦手なヤツ?」

 

「ああ、副団長たちだな。ユキトが来たときには、各地の『怪獣』の調査で遠征に出ていたから居なかったんだ。二人は副団長たちが苦手なんだよ。副団長たちは二人のことが大好きなんだがな」

 

「へぇ、どんな人たちなの?」

 

 特に深い意味もなく、なんとなく気になったから二人に副団長のことを聞いてみたのだが、二人とも神妙な面持ちで近くの切り株に座り込んでため息をついた。

 

「…まあ…リスペクトが…強いっていうか…」

 

「…うむ…真面目すぎる…というか…」

 

「慕ってくれるのは…嬉しいんですがね…」

 

「ちょっと行き過ぎ…というか…のう?」

 

「そう…ちょっと…なあ?…さすがに…」


「…うむ……」

 

「…うん……」

 

「「…はぁ……」」

 

 どんな人たちなんだ…

 

 まだ見ぬ副団長たちのことを考えていると、ステラが異変に気づいた。

 

「…煙が上がっている…まさか、すでに襲撃されているのか!?」

 

 緊張が走る。

 座っていた二人が立ち上がり、ステラが見ている方向へ目を向ける。

 

「みんな、急ごう!」

 

 ステラの言葉に頷いて、三人は王国に向かって走り出した。

 俺はまだステラの懐に収まっている。まあ、サポート役だけ先行しても仕方ないしね。

 

 

 

【フィア・グランツ王国】

 

 入口の門は破壊され、兵士はいない。

 城下町まで走ると、壊された家から煙が上がり、倒れた兵士が数人、そして城下町の中央通りに四人、屋根の上に三人立って、にらみ合っている。

 

「大丈夫か!?」

 

 ステラが叫ぶと四人が振り向き、三人はニヤリと不敵に笑う。

 

 振り向いた四人は人間二人に豹と兎の獣人、屋根の上の三人はライオン、狼、トカゲっぽい感じの獣人だ。

 

 四人はそれぞれ…

 貴族の普段着のような服装で剣を構えた人間。

 黒地に金色の装飾が施されたローブを着て、長い杖を持った人間。

 RPGの女戦士が着ている感じの、緑色のビキニみたいな鎧を身に付け、剣を担いでいる豹の獣人。

 ピンク色の毛並みに短めの赤いキュロットパンツと、裾がヒラヒラとした小さめの白いシャツを着て、両手足に銀色のブレスレットを着けている兎の獣人。

 

 屋根の上の三人は…

 それぞれ、灰色の鎧を身に付けている。

 鎧と言っても、古代ローマのコロッセオで戦ったグラディエーターのようなもので、心臓の辺りに丸いプレートと、腰周りに縦長の三角のプレートがベルトでくくりつけられただけの簡素なものだ。

 ライオンの獣人だけ、さらにマントを肩からはためかせている。

 

 ローブを着た人間と豹の獣人の表情が、パァと、明るくなり、グラナとソフィアが、サッと、目をそらした。たぶん、あの二人が副団長なのだろう。

 

 そして、ライオンの獣人が屋根の上で腕を組んでふんぞり返り、低く野太い声と尊大な態度で話し始めた。

 

「ふん!噂のおてんば王女か。今さら来ても遅い!オレサマこそが!新生魔王軍、リーダーの…」

 

「グラナ様!」

 

「ソフィア様!」

 

 ライオン獣人の名乗りを無視して副団長らしき二人がこちらに詰め寄ってきた。

 

「「お会いしたかったです!今までどこにいらっしゃったのですか!?」」

 

「「お、おう…」」

 

 詰め寄られた二人はたじたじとして副団長たちの扱いに困っているようだ。

 

 ライオン獣人が名乗りを続けようとする。

 

「…オレサマが、新生魔王ぐ…」

 

「ステラ!王女である君が突然、城を飛び出して…君が国を守らないでどうする!?」

 

「………」

 

「無視しないでくれないか!?」

 

 今度はもう一人の貴族っぽい人間が、名乗りを遮りステラに詰め寄る。この人、どこかで見たような…誰だっけ?

 

 たしか、突然現れて、俺を突き付けられて、突然いなくなった…誰だっけ?

 

 ライオン獣人は名乗りを続けたい。

 

「魔王軍!リーダーの!」

 

「ユキト様!お会いできて光栄です!お噂はかねがね!」

 

「うわ!?突然なに!?キミ、だれ?」

 

 兎の獣人が俺に抱きついてきた。えっと、初対面だよね?

 

「いや、なんかみんなペアになってるから、私も誰かとくっついといた方が良いかなって。あたしはコルン。よろしく!」

 

「なにそれ…そんな変な気遣いいらないよ。とりあえず離れてくれない?」

 

「んー、でもノリで触ってみたらユキト様の毛並みめっちゃ気持ちいいし、顔もけっこう好みかも…付き合っちゃいます?」

 

「かる!?軽いなキミ!?ちょっと苦手かも!」

 

「そんなつれないこと言わないでくださいよ〜。兎同士、仲良くしましょ?」

 

「イヤだー、はなしてー」

 

 ライオン獣人は名乗りたい。

 

「…オレサマが………」

 

「可愛いのと可愛いのが抱き合っている!!ここが天国か!?」

 

 ステラが大声で騒ぎ始めた瞬間、ついにライオンの怒りが爆発した。

 

「いい加減にしろ!話を聞け!みんなして無視しやがって!オレサマは無視されるのが一番嫌いなんだ!」

 

「さっきからごちゃごちゃ騒いでいるライオンさん!ちょっといいかな!?」

 

 変態王女がライオン獣人にちょっかいを出し始めた。やめてあげて?

 

「なんだ!?さっきからぐちゃぐちゃ騒いでいる人間!」

 

「立派なタテガミですね!モフってもいいですか!?」

 

「ダメに決まってんだろ!敵同士だぞ!?なに考えてんだお前!?おい、お前らの連れだろ、早くなんとかしろ!」

 

 俺とグラナとソフィアは互いの顔を見て頷く。

 

「「「ちょっと無理かな」」」

 

「諦めるなよ!どうなってんだお前ら!?くそ…なんだこれ…!あのさ!?アーティファクト奪っちゃったぞ!?国宝なんだよな!?オレサマの名前知りたくない?そんなにオレサマってどうでもいいかなぁ…?」

 

 尊大な態度がすっかり萎れてしまったライオン獣人を、横で見ていたトカゲ獣人が励ました。

 

「大丈夫!ロガンは最高にカッコいいよ!自信もって!お前ら良く聞け!我らが新生魔王軍リーダー!ロガン様の名乗りを!」

 

 励ましじゃなかった。トドメだった。

 

「なに!?新生魔王軍リーダー、ロガンだと!?なにが目的だ!アーティファクトを返せ!」


 やめてあげてよぅ。

 

「もうヤダァ!!全員嫌いだぁ!オレサマが言いたかったヤツゥ!みんな死ねぇ!」

 

 ライオン獣人はその大きな体と低い声からは想像出来ないほど、幼稚に駄々をこねて泣き出してしまった。

 見兼ねて狼獣人が前に出てくる。

 

「…あー、すまねぇがコイツは見た目より子供っぽいんだ。そろそろ勘弁してやってくれ。オレは狼のリード。喚いてるライオンがロガン。先に名乗っちまったトカゲがドロスだ。よろしくな」

 

「よろしくな!」

 

「ぐすん、みんな死ねぇ…」

 

 狼獣人のリードが名乗ると、王女のステラもずいっと前に出て腰に手を当てた。

 

「私はステラだ!この国の王女をやっている!」

 

「ワシはソフィアじゃ。元王国魔導師団団長の魔女じゃ」

 

「あっしはグラナ。元王国騎士団団長で、今は商人だぜ」

 

「え、これ全員名乗るの?えっと、兎獣人のユキトです」

 

「あたしも兎獣人のコルンよ!ユキトの彼女なの!」

 

「違うよ?」

 

「豹の獣人、ルビーだ。王国騎士団副団長でグラナ様のしもべだ!」

 

「違うぞ?」

 

「私はケントニス。王国魔導師団副団長であり、ソフィア様の一番弟子である!」

 

「違うわ」

 

「バドルだ。ステラ王女の許嫁いいなずけだ」


「違う」

 

「違わないだろ!?」

 

 あー、そうそう『バドル』だ。ステラの許嫁だったんだ。ステラは納得してないみたいだけど…

 

「こいつはどうもご丁寧に…さて、リーダーが拗ねちまったからオレが仕切らせてもらうが…あんたらの国宝、アーティファクトは頂いた。返すつもりは無いぜ」

 

 三人はそれぞれ一つずつ、指輪にネックレスのチェーンを通したアクセサリーをかざして見せた。

 

「貴重な国宝を持ち出すんだ。理由ぐらいは聞かせてもらえないのかな?」

 

 ステラの表情が少し険しくなる。どうやら、あれがアーティファクトで間違いないらしい。


「そいつは企業秘密…」

 

「魔王様の封印を解いてお前らをまとめて始末するんだよ!」

 

 泣き止んだライオン獣人のロガンが再び尊大な態度でふんぞり返る。

 

「…あのな、ロガン。なにも親切に教えてやる必要は…」

 

「そうだよ、ロガン!アーティファクトの中の魔力で封印が解けるかもしれないなんて、わざわざ教えてやらなくてもいいよ!」

 

 トカゲ獣人のドロスがまた要らないことを言う。こいつら大丈夫かな…?

 

「…あー…まぁそういうことだ。止められるもんなら止めてみな。オレらがコイツを魔王城まで持っていけばオレらの勝ち。取り返せればお前らの勝ちだ。簡単なゲームだろ?」

 

「鬼ごっこというわけか。国宝が絡んでいなければ喜んでお相手したいところだが…」

 

 大きく息を吐き出して相手を睨み付けるステラ。すると突然、リード達の背後からグラナとルビーが飛び出した。

 

「そうは問屋が卸さねぇ!」

 

「グラナ様!またごいっしょできて光栄です!」

 

 グラナ達の急襲に合わせてソフィア達も魔法による光の弾を繰り出す。

 

「援護するぞ!ケントニス!」

 

「仰せのままに!ソフィア様!」

 

「不意打ちか…だが…」

 

 リードがニヤリと笑うと、ロガンとドロスがグラナ達を弾き飛ばし、援護射撃を軽々とかわしてみせる。

 

「こっちだってそう簡単に!」

 

「やられるわけにはいかないんだな!」

 

 三人はアーティファクトを首に掛け、国を囲む壁に目をやる。

 

「よし!みんな!さっさと逃げちゃ…お?」

 

「どうした?ドロス…え?」

 

「…おいおい、なんだありゃ…?」

 

 アーティファクトを持ち去ろうとした三人は立ち止まり、空を見上げて唖然としている。

 何事かと思い視線を上げると、王国の遥か上空に巨大な鯨が漂っていた。よく見ると体の所々に歯車がめり込み、ゆっくりと回転している。

 

「…鯨の『怪獣』…?」

 

「でたな!バケモン!とぅ!!」

 

 敵も味方も『鯨怪獣』に目を奪われている中、ただ一人、ライオン獣人のロガンが勢いよくジャンプした。

 

「人間と人間に味方する魔物どもが、何を考えてあんなもん作ってるかは知らないが!あんなガラクタ、このオレサマが全部ブッ飛ばしてやるぜ!」

 

 ロガンの体に魔力が集まり、『鯨怪獣』に突っ込んでいく。

 あいつ、一人であの『怪獣』を倒すつもりか!?

 『鯨怪獣』は王国を押し潰してしまえるほどに巨大だ。あんなやつ、到底、一人の力でなんとか出来るとは思えないけど…

 

「いっけー!ロガーン!」

 

「くらえ!ロガンインパクト!!」

 

 ドガン!!と大きな音を立ててロガンの拳が突き刺さる。単純に魔力を込めて殴っただけだが、その威力は凄まじく、衝撃で鯨の体に波紋が広がる。大抵の相手ならあの一撃で命を奪えるかもしれない。だがやはり、今回は相手が悪かった。

 

 鯨は巨体を翻し、尾びれでロガンを弾き飛ばした。

 

「なに!?ロガンバリアっ!ぐわあああ!?」

 

 尾びれが当たる瞬間、障壁のようなものを展開したようにみえたが、おそらくバリアごと持っていかれたのだろう。憐れ、ロガンはギャグ漫画のやられ役のように空の彼方へ飛ばされ、お星様になってしまった。

 

「ウッソォ!?ロガーン!」

 

「例の魔物もどき…やはり厄介だな…リーダーも飛んでっちまったし、ここは素直に逃げるぜ。じゃあな!」

 

「でも、ロガン、逆方向に行っちゃったよ?作戦変更?」

 

「ああ…とりあえず合流が優先だ。行くぞ!ドロス!」

 

「了解!」

 

 リードとドロスは羽根の形をした魔法具を握りしめ、ロガンが飛んでいった方へ飛び上がると、あっという間に国を囲む壁を飛び越えて行ってしまった。

 

「ああ、逃げられた!どうしよう!?」

 

「今は後を追っている余裕は無さそうだ…まずは『怪獣』をなんとかしないとな…」

 

「ふむ…あの『鯨怪獣』、あのライオンを弾き飛ばした以外に何かしてくる気配は無さそうじゃが…」

 

「ああ、今んところただ浮かんでるだけ……いや…なんか少しずつ落ちてきてねぇか…?」

 

 みんなでもう一度『鯨怪獣』を見上げる。

 ………たしかに、よく見ると少しずつ落下しているように見える…

 

「…グラナ様の言うとおり…ゆっくりと落下していますね…」

 

「ソフィア様、いかがいたしましょう?」

 

「マジで落ちてきてるじゃん…これ、今すぐ逃げた方が良くない?」

 

「…そうだな…ステラ、俺は最悪の可能性に備えて住民を森に避難させる。君は…」

 

「ヤツを止める」

 

 おそらく、バドルはステラが逃げないことを分かっていたのだろう。ため息をついて、困ったように微笑んだ。

 

「だろうね…無茶はするなよ。本当に無理だと思ったら必ず逃げろ。君が背負っているのは『町』でなく『民』だ。忘れるなよ」

 

「………ああ」

 

 倒れていた兵士達がヨロヨロと立ち上がり、バドルの指揮のもと、住民を避難誘導し始める。

 

 拳を握りしめ、『鯨怪獣』を睨んだまま動かないステラ。


その鬼気迫る雰囲気とは裏腹に、なんだか、彼女がとても儚げに見えた。

 

 このまま放っておくと、遠くに行ってしまいそうな気がして、胸の奥が苦しくなる。

 

 かける言葉が見つからず二の足を踏んでいると、先にソフィアが話しかけた。

 

「とりあえず城へ行こう。まだ時間はある。作戦をたてるのじゃ…」

 

「…ああ、そうだな。ユキト、行こう」

 

「うん…」

 

 ステラが差し出した手を掴むと優しく抱き上げられた。

 

 俺をぎゅうっと抱きしめるステラの体が、微かに震えていた。

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