第13話 国宝アーティファクト
【港町トゥールマラン 噴水広場 跡地】
「いやね、バケモンを退治してくれたのはありがたいんですけどね?さすがにちょっとやり過ぎましたね」
「「はい…すみません…」」
目の前の犬獣人が腕を組んでため息をつく。彼は商会の副リーダーで、お頭様、グラナの部下らしい。
グラナは大きな体を小さく、俺は小さな体を更に小さくして頭を下げた。
俺の血を混ぜた爆薬で噴水は大破。グラナの大暴れで石畳は陥没。とてもじゃないが、この広場だった場所に屋台を並べて商売などできそうにない。
商人たちはこちらを見て、気まずそうな顔で通り過ぎて行く。
皆が復旧作業を進める姿に、こちらも気まずくなった。
「まあ、あれだけの騒ぎでしたし、仕方ないですけどね。ただ、商会の資金だけでは修理費が足りないんですよ。お頭、なんとかできませんかね?」
「んー…あっしの個人的な売上金と…旦那が丸坊主に…」
「それだけはやめて…」
そもそもお前と変態王女のせいで、この町に限っては俺の体毛は大暴落してるじゃないか。
狙われるのは困るけど、売れなくなった途端にお金が必要になるのは、なんだか皮肉っぽいなぁ。
「困っとるようじゃの」
「いくら必要なんだ?」
そこにステラとソフィアが合流した。
「この町にはたまに買い物に来るからな。商会にいくらかお金を預けてあるんだ。それを使うといい」
「ワシも、薬なんかを卸した売り上げを預けてある。少しは足しになるじゃろ」
それを聞いた犬獣人が手元の資料を確認して頷く。
「ステラ様とソフィア様ですね。ご協力ありがとうございます。それなら問題無さそうです。足りない分をお引き落とししてよろしいでしょうか?」
「ああ、それで構わない。好きに使ってくれ」
「ワシもそれで構わんよ」
「ありがとうございます。ではそのように進めておきますね、お頭様」
「ああ、あっしの売上金を優先して使ってくれ。よろしく頼む」
彼は二人に資料を見せながら確認を取ると、満足げにその場を後にした。
「すまねぇ…お嬢、ソフィア…この恩は忘れねぇぜ」
グラナはしおらしく尻尾をたらし、ソフィアを抱きしめた。
「おお…なんじゃ、らしくないの…調子が狂うわ…離れんか、暑苦しい…」
憎まれ口を言いながらも、まんざらでもなさそうだ。これで二人の仲が少しは良くなるといいな。
そう思っていると、ステラのそわそわとした態度が視界の端に入ってくる。
うーん、まあ、俺が壊した噴水のお金を出してくれたわけだし…お礼はしたほうがいいよね…でも、この流れはこっちから抱きしめる感じ…だよね…
ちらっと彼女を見ると、目を輝かせてこちらを見つめている。仕方ないか…
「ありがとう、ソフィア、ステラ。助かったよ」
と、腕を広げた瞬間、待ってましたと言わんばかりに抱きしめられた。
「ああ!お安い御用だ!気にするな!」
むぎゅう、と力一杯抱きしめられて、首筋の辺りで深呼吸をする変態王女。
うおぅ…こっちが強く拒否できない状況だと容赦ないな…尻尾の辺り触らないで、ぞわぞわする…!
「く、くすぐったいよ、ステラ…」
「ああ…ユキト…ああ…!」
くっ…!正気を失ってやがる!
「おぬしら…」
「旦那…さすがに公衆の面前でそれは…」
気がつくと、復旧作業をしてた商人たちまで「あ、例の変態王女だ…」「相変わらずやべぇな…」といった視線をこちらに向けていた。
「ふおぉ…!ユキト…!」
「見てないで助けて!?」
力じゃ敵わないんだよ!
【港町トゥールマラン 船着き場】
「いやぁ、堪能した…」
「ご満足していただけましたか…」
堪能したと言いつつ、未だ王女は俺を解放してくれない。グラナとソフィアが船の手続きをする間、船着き場のカフェで一息つくことにしたのだが、イスが一人分しか空いていなかったのだ。
おそらく、となりのテーブルの客がイスを借りていたのだろう。こちらに気づいてイスを譲ろうとしてくれたのだが、ステラが元気よく断った。
変態が微笑み、猫と魔女は立ち去り、兎はあきらめた。結果、俺は王女様の膝の上に収まってしまった。
「アイスカフェオレ一つに、ストロー二つで」
「させるか!アイスカフェオレ二つで!」
「か、かしこまりました」
キッ、とステラを睨むと目をそらして口笛を吹き始めた。まったく、油断も隙もない。
注文を受け、カウンターの向こうでドリンクが作られていく。
このカフェの従業員は全員、牛獣人の女性のようだ。
…………いや…深く考えるのは止めておこう。
「ここのカフェオレは美味しいぞ。コクがあるというか…ミルクの鮮度が違うのかな?」
「へぇ…鮮度が…」
止めて!確定しちゃう!
「お待たせしました!こちら、アイスカフェオレでございます!ごゆっくりどうぞ!」
「あ、ありがとうございます」
考えるなイナバユキト…もし、本当にそうだったとしても、美味しければなんの問題も無いじゃないか…!
「………あ…うっま…」
「だろ?トゥールマランに来たときは必ず飲んでるんだ」
口の中に広がる濃厚なミルクの風味………地球の牧場で飲んだ搾りたての牛乳を思い出した。
そう、きっと…鮮度が違うのだろう…
「お、いいもん飲んでやすね。お姉さん!こっちにもアイスカフェオレ二つ!テイクアウトで!」
「グラナ、それどころじゃないじゃろ、まったく…」
猫と魔女が帰ってきた。
それどころじゃないって…なにかあったんだろうか?
「結論から言うと、魔王城行きの船は無い」
「え、無い?どういうこと?」
「それが、魔王城付近の海が不自然に荒れてるらしいんですよ。それで船が近づけねぇみてぇで、魔王城行きの船は全て無期限欠航って話なんです」
「無期限欠航…海が荒れてる原因は分からないのか?」
「うむ…自然現象にしては不自然…ぐらいしか分からんらしい。魔法が原因の人為的なものかもしれんし、単純に海流に変化があったのかもしれん。船乗りの調査待ちじゃの」
「まあ、多分、すぐには無理ですぜ。調査には時間がかかりそうだし、流通に直結する海路じゃありやせんからね…しばらくは様子見でしょう」
「そんな…待つしかないのかな…」
「北や南から回り込んでも、海を渡れないのなら意味がないしな…」
「フィア・グランツまで戻って、東に真っ直ぐ世界一周!は、さすがに長旅すぎますかね」
「いやぁ…このまま海が荒れたままなら…それしかないかもしれんの…」
三人はあのルートはどうか?こっちの海なら行けるかも?そっちのルートは危険すぎる、等々…魔王城までの行き方を話し合っている。
こちらの地理に詳しくない俺はまったくついていけない。
手持ち無沙汰にカフェオレのストローを咥えると、気になる会話が聞こえてきた。
「これで当分、魔王城には誰も近づけないはずだ…」
「次はアーティファクトか…」
「さっさと奪っちまおうぜ…フィア・グランツにあるんだろ…?」
瞬間、振り向き、会話の主を探すが、人混みに紛れて分からなくなってしまった。
「ユキト?どうかしたか?」
俺の異変に気づいたステラが視線を落とす。
「えっと、それが…」
みんなに今聞こえてきた会話を伝えた。
「『当分、魔王城には近づけない』『アーティファクトを奪う』そいつらはそう言っていたのじゃな?」
「うん…多分…」
「それが本当なら、海が荒れてるのはそいつらの仕業じゃな。それに、アーティファクトか…ステラ、これは一度戻った方が良さそうじゃな」
「ああ、国宝が狙われているとなれば放っておくわけにはいくまい」
「それじゃあ、とりあえず目的地はフィア・グランツですね。あっしはちょっと準備してくるんで、町の入口で待っててくだせぇ」
グラナは届いたばかりのカフェオレを飲み干し、大通りの方へ走っていった。
「ではワシらも行くか」
ソフィアに促され、カフェオレを急いで飲む。
ステラに持ち上げられ、一瞬、降りようかと思ったが、またはぐれてしまう可能性を考え、そのまま大人しくすることにした。
町の入口に向かう途中、アーティファクトについて聞いてみた。
「アーティファクトというのは強力な魔法具のことで、勇者と魔王の戦いに使われた伝説の品だ」
「神話上の存在を模した魔法具で、全部で五つあったらしいが、二つは失われ、三つが王国で管理されとる」
「『ケルベロス』『フェンリル』『グリフォン』の三つだ」
「残りの二つに関しては歴史に登場しておらず、存在そのものが疑問視されとる。まあ、あいつ自身、完成してないと言っておったから、未完成に終わったのかもしれん」
「あいつ?」
「ソフィアが不老長寿なのは知っているよな?ソフィアはアーティファクトの製作者と知り合いなんだ」
「当時、勇者と共に戦った兎の獣人…自身に溢れる魔力を使いこなせない非力を憂い、アーティファクトを作ったワシの親友…名を『スノウ』と言う」
「『スノウ』…」
「雪のように白い毛並みの美しい女性じゃった。おぬしにちょっと似とるかもしれん」
「『スノウ』の話はソフィアから聞いていたからな。森で白い毛並みの兎獣人、ユキトを見つけたときは、内心かなり興奮したぞ」
「そ、そうなんだ」
嬉しそうに頬擦りしてくる王女様。
しかし、『スノウ』か…なんだか、初めて聞いた気がしない…転生した時に失くした記憶と関係してるのかな…
町の入口で待っていると、グラナが大きな荷物を背負ってきた。大きなグラナの二倍ほどある巨大なリュックだ。かなりの圧迫感がある。
「お待たせしました!行きやしょう!」
「すごい荷物じゃな。なにが入っとるんじゃ?」
「旅と商売に使うキャンプ用品だな。特大のテントとか、料理売る時に使う折り畳みのテーブルとか、結構かさばるんだよ。あとは、フィア・グランツで売る商品とか」
「フィア・グランツには商売に行くんじゃないんじゃぞ?」
「もしかしたら長旅になるかもしんねぇだろ?だったら金は必要だぜ。それに、フィア・グランツの復興も支援しないといけねぇしな」
「ソフィア、旅の資金繰りはグラナに任せよう。復興支援もありがたい。では、出発しよう!」
魔王城に向かうと思ったら、またフィア・グランツに戻ることになってしまった。
魔王城への侵入を阻み、国宝アーティファクトを狙う謎の敵を追い、王国を目指す。
いったいどんなやつらなんだろう?
心なしか、王国へ続く森が以前より暗く見える。
俺の不安が伝わったのか、ステラが俺を抱く力が強くなる。
「うん…そろそろ降ろしてくれない?」
「えー」
「単純に甘えてこないで。人目が気になる」
「二人しか見てないぞ?」
「二人も見てるの!」
「イチャイチャしとらんで、さっさと行くぞ、ユキト」
「イチャイチャもほどほどにしといてくださいよ、旦那」
「イチャイチャしてないし!あと、俺じゃなくてステラに言って!」
「すりすり」
「あーもー、離れろー!」
まあ、みんながいるから大丈夫かな?
多分…
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