第12話 行商猫のおもてなし

【港町トゥールマラン 宿屋】

 

 射し込む朝日で目を覚まし、体を起こすとステラが同じベッドに寝ていた。

 むにゃむにゃと寝息をたてながら俺の腹と背中に手を回し、腰の辺りに顔を押し付けてくる。

 

 恥ずかしいし、鬱陶しかったので顔を押し退けると、俺の手の感触が心地よかったのか、にへら、といった感じの幸せそうな笑顔をみせる。

 

 はぁー、と長めにため息をついて、彼女を起こさないようにベッドから抜け出す。

 寝るときはとなりのベッドに居たのに、いつの間に潜り込んだんだ?

 

 俺がベッドからいなくなったせいか、表情が曇り、しきりに手を動かしてなにかを探すようにうなされている。夢の中で俺を見失ったのだろうか?

 

「大丈夫、ここにいるよ」

 

 気まぐれに声をかけて頭を撫でると安心したように笑い、大人しくなった。

 

「朝から見せつけるのぅ、若いの」

 

「うわ、起きてたの!?」

 

 突然、ソフィアに話しかけられて結構ビックリした。彼女はまだベッドに寝転がったまま、少し眠そうに目の辺りをごしごしと擦っている。

 

「違うよソフィア、そういうのじゃ…」

 

 言い訳をしようとすると、まだ言い終わらないうちに扉をノックする音が聞こえてきた。こんな朝早くに来客?だれだろう?

 

 はーい、と返事をしながら扉を開けると、昨日、食堂にいた山羊の従業員さんが料理を乗せた台車を部屋の中に入れた。なんだろう?ルームサービス?

 

「申し訳ございません。本来は朝食も食べ放題なのですが、その…昨日のお頭様のお食事で食材が足りなくなってしまい、今朝だけ急遽ルームサービスという形を取らせていただいております。ですので、お頭様には食堂に来ないでいただきますよう…」

 

 まだ起きる様子の無いお頭様に目をやり、気まずそうに語尾を濁す従業員さん。

 

「本当にすみません…きつく言っときますんで…」

 

 申し訳なくなり目をそらすと、彼も二、三回小さくお辞儀をしながら退室した。

 

「ふあぁぁ…あれ、朝飯ですかい?なんで部屋に?」

 

「お前のせいだよ…」

 

「おぬしのせいじゃ」

 

「へぇ?」

 

「ん…みんな早いな…おはよう」

 

 ルームサービスの香りでグラナが目覚め、続けてステラも目を覚ました。

 

 みんながのそのそとベッドから抜け出すうちに、料理をテーブルに並べる。

 

「ほらほら、冷めないうちに顔洗ってきて」

 

「「「はーい、お母さん」」」

 

「だれがお母さんだ」

 

 緩めのボケを軽く流し、朝の身支度を整え、朝食を囲むと、グラナが気になる話を切り出した。

 

「最近、妙なガセネタが流行ってるんすよねぇ」

 

「ガセネタ…そういえば、それのせいで気が立ってるとか言っていたな。どういうものだ?」

 

 ステラが質問すると、少し考え、再び口を開く。

 

「それがどうも、石ころや木片なんかの、どうみてもガラクタのようなものを価値の有るものだと思い込ませて、ぼったくってるヤツがいるみてぇなんです」

 

「んん?この町にいるやつがそんな簡単に騙されるもんかの?どうやって思い込ませるんじゃ?」

 

 ソフィアの疑問に頷きながら、話を進める。

 

「あっしもそこが気になってな。それらしいガセネタにあえて食いついてみたんだが…こいつを買わされちまった」

 

 そう言いながら、椅子の側に置いてあった荷物から大きめな石を取り出し、テーブルに置いた。

 

「んー…ただの石にしかみえないけど…」

 

「そう、ただの石ころだ。あっしだってこれがなんの価値も無い石なのは分かる。ただ、これを買うとき、この石がとてつもなく欲しくて欲しくて、たまらなくなっちまった」

 

「洗脳や催眠術のようなものかの…」

 

「かもしれねぇ。とにかくその時はこの石が買えたことに満足しちまって、これを売ったヤツの事なんてどうでもよくなっちまったんだ…」


「あんなヤツをこのまま放っておくなんてできねぇ。みんなと一緒に旅に行くのは構わねぇんだ。ただ、その前にヤツを捕まえるのを手伝ってくれやせんか?」

 

 両手をテーブルについて、頭を下げるグラナ。

 

「そういうことなら一肌脱がないわけにはいかないな」

 

「そうじゃの。こんなもん売り付ける愚か者は成敗じゃ」

 

「それで、そいつの特徴とかは覚えてるの?」

 

「んー…ちょうど旦那と初めて会ったときみてぇな、フード付きのマントで全身隠してやしたからねぇ…まあ、手の感じからすると、猫の獣人っぽかったかなぁ…」

 

「あとは…そう、フードの奥に見えた大きな口…ニタニタと常に笑ってて、ちょっと不気味でしたね」


「他の商人たちも同じようなことを言ってやしたから、多分、同一人物かと」

 

 全身隠れたマント姿、猫の手、不気味な笑顔、単独犯の可能性が高い、か…

 

「その、ガセネタってのはどこで仕入れたんだ?」

 

「みんなが商売の宣伝に使う掲示板があるんですが、そこにチラシが張り付けてあるんです」

 

 荷物の中から、今度はチラシを取り出した。

 

 チラシにはこう書かれている。

 

《掘り出し物 あります

 お買い得

 あなただけに

 

 森の端で待ってる》

 

 チラシにはそれだけ書かれ、その文字以外にはなにも見当たらない。

 

「見るからに怪しいの」

 

「ああ、だが、商人たちも自分の目利きに自信があるからな。見極めて、捕まえてやろうってやつが後をたたねぇんだよ」

 

「そして皆、おぬしのように騙されるわけか…」

 

「だが、これなら対処は簡単なんじゃないか?誰かが囮になり、現れたところをみんなで取り押さえればいい」

 

 確かにそれで解決しそうだ。だけど…

 

「簡単すぎない?なんか、騙しかたが雑っていうか…」

 

「ふむ…捕まえにこられてもなんとかできる自信があるのか、単純に愉快犯なのか…色々考えられるが、可能性が多過ぎて切りが無いの。何かしらの罠かもしれんが、とにかく動くしかなかろう」

 

 いまいち釈然としないが、ソフィアの言うことも分かる。とりあえず方針を定めて動き出そうとした時、事態が急変する。

 

 部屋の扉が開け放たれ、小柄な猫の獣人が駆け込んできた。

 

「お頭、大変だ!ヤツが出た!噴水広場だ!」

 

 ステラが剣を取り、立ち上がる。

 

「向こうからお出ましか。行くぞ!みんな!」

 

 

 

【港町トゥールマラン 噴水広場】

 

 ウエストポーチに魔法薬を詰め込み、噴水広場に駆けつけると、早朝にも関わらず多くの人が集まっていた。そしてその視線の先、水が止まった噴水の上に、マントで全身隠した不審者が立っている。フードの奥にニタニタと不気味な笑みを浮かべている。


「間違いない、ヤツですぜ」

 

 グラナの言葉を聞き、ステラが剣に手をかける。ソフィアはまだ部屋から出てきていない。相手の出方がわからない以上、遠くから様子を見る役が必要だと判断したからだ。

 

 そういう意味で言えば、ソフィアは直接相手を見なくても魔力の動きなどで状況を把握できるので適任だろう。


 それなら俺も残ろうかと提案したが、ソフィアに止められた。

 

「おぬし、ステラからお守りをもらってるじゃろ?相手がなんらかの方法で精神に干渉してくる場合、そのお守りの有無で変化があるのか確認したい。頼んだぞ、モルモット」

 

 とのことだ。しかし、モルモットって…どうも彼女は印象の良くない言葉をあえて選んでるような気がする。いや、単純に伝わりやすさを優先してるだけかな?

 

 グラナとステラが不審者に向かって歩きだす。二人が噴水の側まで行くと、不審者が突然、大きな石を掲げて叫んだ。

 

「サアサア!寄ッテラッシャイ見テラッシャイ!本日ノ目玉商品ノ御目見エダァ!」

  

 え?今のって、グラナがオークションの時に言ったのと同じセリフ?

  

 不審者が掲げた石が赤く輝き、集まった人たちの様子が変わる。懐からお金を取り出し、虚ろな表情で噴水に向かってばらまき始めた。よく聞くと「100…200…」と、呟いている。

 

 かくいう俺も、無性にあの石が欲しくなってきた…しっかりしろ!あれはただの石…ただの石だ…!

 

 遠のく意識を必死に抑え、ステラたちに目を向けると、他の住人同様、お金をばらまいている。

 

 なんとかしなければと思い一歩踏み出したその時、後ろから肩を掴まれた。

 

「ふむ、そのお守り、少しは精神干渉を和らげとるようじゃな。それで抵抗できるのならば……これで打ち消せるじゃろ」

 

 ソフィアが長い杖で石畳を叩くと魔方陣が広がり、白く輝きだした。そこに試験管に入った薬を垂らすと、光が青くなる。すると、その場に居た全ての人たちがたちまち正気を取り戻した。

 

「はっはっは、効果てきめんじゃな。よくやった。参考になったぞ、モルモット」

 

「そりゃどうも…」

 

 なんか無駄に上から目線だな…どうした?

 

「おぬしらも、バカやってないでさっさと片付けんか!」

 

 高圧的な魔女が噴水の方に向かって怒鳴ると、ステラとグラナも頭を振り、不審者に向き直る。

 

「ああ…すまない、助かった!」

 

「言われなくても分かってるぜ…オラァ!」

 

 正気に戻った二人が不審者に襲いかかる。しかし不審者はマントを翻し、空高く飛び上がった。そして…

 

「ギシャシャシャシャァァァ!!」

 

 不気味な笑い声を広場に響かせると、ばらまかれたお金が形を変え、大小様々な猫の姿になった。

 

「ギ…ギギギ…ギシャァ!」

 

 お札は大きな猫。小銭は小さな猫。どうやら金額に応じて大きさが変わるらしい。そして背中の辺りに歯車がめり込んでいる。

 

「お金が、『怪獣』になった!?」

 

 ということは、まさかあのマントの不審者も?

 着地した不審者はステラが振るう片手剣をギリギリで避けながら、グラナの拳を受け止め、マントを脱ぎ捨てながら距離をとる。

 

「ギシャァァァァァ!!!」

 

 マントの中から現れたのは、ステラより一回り小さい位で、左腕とお腹周りが機械になった、猫獣人型の『怪獣』だった。


 『怪獣』が叫ぶたび、お金が小さな『怪獣』になっていく。ヤツが脱ぎ捨てたマントからもお金と『怪獣』が溢れだし、噴水広場はあっという間に敵だらけになってしまった。

 

「まずい!このままじゃみんなが巻き込まれる!避難を…」

 

「心配無用ですぜ!旦那!」

 

 住人の安全を確保しようと俺が動き出す前に、トゥールマラン商会のお頭様が噴水の縁に飛び乗り、大きな声を広場に響かせた。

 

「言ったでしょう、旦那!トゥールマランは商会が自警団も兼ねてるって!そしてこの町は住人の八割が商人!つまり!」

 

 言うが早いか、『怪獣』に襲われると思っていた住人たちが、建物から、屋台から、懐から武器を取り出し、臨戦態勢をとった。

 

「住人のほとんどが自警団の戦闘要員ってことですぜ!」

 

 血気盛んな商人たちが武器を構え、それぞれ近場の敵を睨み付ける。その表情に恐怖や怒りは無く、むしろ期待や高揚感に満ちているように見える。

 

「てめぇの富はてめぇで守れ!」

 

「売られたケンカは買い占めろ!」

 

「ここで許可無く物売るヤツにゃあ…」

 

「かける情けも義理も無し!」

 

「金も命も搾り取れぇ!!!」


 お頭様が物騒な啖呵を切ると、住人たちも雄叫びをあげて一斉に暴れだした。皆、一様に「ケンカだケンカだ!」「血が騒ぐぜ!」などと、まるでお祭りであるかのように楽しそうに戦っている。

 

「な、なんなの?この町…」

 

「言ったじゃろ?騒がしいって」

 

「とりあえず、自分の身は自分で守れるようだな。それならこちらも遠慮無くいかせてもらおう!ユキト!一気に決めるぞ!」

 

 ステラがこちらに向かって手を伸ばす。おそらく、『接続コネクト』でけりを付けるつもりなのだろう。

 

 たしかに、こういう敵を量産するタイプのヤツは、さっさと本体を叩くのが手っ取り早い。

 

「分かった!今行く!」

 

 早速ステラの元へ向かおうとすると、大きな猫の『怪獣』が間に割り込んできた。

 

 さらに、ステラとソフィアに別の『怪獣』が組み付き、勢いよく飛び上がる。

 

「うお!?なんじゃこいつ!はなせ!」

 

「くそ!分断する気か!?ユキトー!」

 

 それを見ていた商人たちが血相を変えてステラたちを追いかけていく。

 

「ああ!?客に手ぇ出してんじゃねぇぞ、コラァ!」

 

「逃がすな!ぶち殺せ!!」

 

 怖い…二人のことは商人たちに任せておけば大丈夫そうかな?

 

 襲いかかってくる『怪獣』たちを避ける内にいつの間にかグラナと背中合わせになった。と言ってもグラナの背中は後ろと言うより頭上なので、「背中合わせ」という表現が的確なのかはちょっと疑問なんだけど…

 

「旦那、なんか余計なこと考えてやせんか?」

 

「…ねえ、俺ってそんなに分かりやすい?」

 

「少なくとも命を狙われてるヤツの表情ではなかったですぜ。焦って動揺するよりはマシですが、敵に集中しないとマジで死にやすよ?」

 

「ギシャァ!」


 グラナが戦っていた『猫獣人型怪獣』が俺とグラナの間に割り込んできた。

 あれ?グラナの方が近くに居たのに、なんであえてこっちを狙ってきたんだ? 

 

「お前の相手はこっちだぜ!」

 

 その巨体からは想像できないほどの素早い動きでその辺に落ちていた槍を拾い上げ、『猫獣人型怪獣』を凪ぎ払う。

 

 しかし彼の攻撃は相手にかすりもしない。グラナが遅いのではなく、『怪獣』が速すぎるのだ。

 それなら、俺の力で『強化ブースト』すれば!

 

「グラナ!強化ブースト!」

 

「おお!例のパワーアップですね!?旦那!」

 

 右手に魔力を込めてグラナにタッチしようとするが…

 

「キシャシャシャ!」

 

 今度は小さな猫の『怪獣』が腕にぶつかってきて邪魔をしてくる。

 

「っ!鬱陶しい!」

 

 小さな『怪獣』を振り払い、ジャンプして思いっきり踏みつけると、「ギシャ!」と悲鳴を上げて小銭に戻った。

 

 一匹一匹は大したことないけど、数が多すぎる。それに、こいつらさっきから…

 

「こっちが協力できないように立ち回ってる?」

 

 周りをよく見ると、商人たちも危なげなく戦ってはいるが、みんな一人で戦っている。かなりの人数が戦闘に参加しているにも関わらず、誰も連携をとれていない。

 

 もしこれが意図的に行われているとしたら、グラナに近付けない。彼と『強化ブースト』か『接続コネクト』できればなんとかなるかもしれないのに…

 

「オラァ!…くそ…全然当たらねぇ…さすがに疲れてきたぜ…やっぱ、昔に比べるとちょっと鈍っちまったかな…」

 

 グラナの限界も近い…こうなったら少し乱暴だけど、あれを使うか。

 

 腰に着けたポーチの中から魔法薬を取り出す。試験管が割れるとラベルが発火して魔法の爆炎が起こる、ようするに爆薬だ。これには俺の血が混ぜてある。

 

 試験管を握りしめ、真上に向かって思いっきりジャンプする。『怪獣』たちも何体か飛びついてきたが、ジャンプ力では俺の方が上だ。

 

「グラナ!みんな!避けて!!」

 

「え!?」

 

 俺の声に広場の全員が反応し、空を見上げる。そして俺が試験管を『猫獣人型怪獣』に向かって投げつけると、なにかを察したグラナが離脱しながら叫んだ。

 

「みんな!伏せろー!!」

 

 噴水広場に居た全ての人が放射状に走り出した瞬間、爆薬の着弾点に居た『猫獣人型怪獣』を中心に大爆発が起こった。

 

 ドゴォォォォォン!!!!!

 

「!?」

 

 正直、想定外だった。

 予想以上だった。

 

 だって、ソフィアに魔法爆薬の作り方を教えてもらって試しに爆発させてみたときは、せいぜい人間を二、三人同時に倒せるかな?って位の威力だったのに、俺の血を混ぜた今回の爆発は噴水広場全体を吹き飛ばすほどの大爆発だった。

 

 空中に居た俺も爆風に飛ばされて民家の屋根に叩きつけられる。

 

 キーンとする耳を動かし、グラナを探す。

 

 いた!良かった生きてる!

 

 屋根から飛び降りて、よろよろと立ち上がる彼の元へ駆けつけた。

 辺りは煙に包まれ、ほとんどなにも見えない。

 

「痛てて…ごめん、ちょっとやり過ぎた」

 

「殺す気ですか旦那!死ぬかと思いやしたよ!?」

 

 ついさっきヤクザみたいな啖呵を切ったお頭様もさすがに泣きそうだ。ごめんなさい。

 

 耳のセンサーをフルに使い、辺りを探ってみたが、他の商人たちもギリギリ生き残れたようだ。良かった…

 

「でも、これで粗方片付いた。今のうちに!」

 

「まあ、結果オーライっすね…よっしゃ!来い!旦那!」

 

 ぐっと、低く構えたグラナの大きな背中に飛び付き、両手に魔力を込めて全身の魔力を巡らせる。

 

「『接続コネクト』!!」

 

「おお…!こいつは…!」

 

 グラナと繋がり魔力が流れ始めると、騎士団の制服を着た、団長時代の彼のイメージが流れ込んできた。

 

「……懐かしい感覚だ…まるで全盛期に戻ったようですぜ…いや、それ以上か…?」

 

 彼の心に呼応して、俺の心も高揚していく。

 

「今のあっしと旦那なら…」

 

「「どんなケンカも常勝無敗!!」」

 

 『接続コネクト』が完了すると、煙の中から、片耳が無くなった『猫獣人型怪獣』が突進してきた。

 あの爆発であれしかダメージ受けてないの?

 

「ギ…!ギシャシャシャ!ギシャァァ!!」

 

 そのまま攻撃してくるかと思いきや、俺たちの目の前で立ち止まり、飛び退いた。どうやら警戒しているようだ。

 

「ギ…ギギ…」

 

 『猫獣人型怪獣』は表情を曇らせ、攻撃を躊躇っているように見える。

 しかし次の瞬間、姿が消え、瞬きする間に懐に潜り込まれた。そのまま低い体勢からグラナの大きなお腹を抉るように強烈なアッパーを捩じ込んでくる。

 

 ズシンッ!と重い衝撃がグラナの体から伝わってくる。確かな手応えに『怪獣』もニヤリと笑う。だが…そんな攻撃では…

 

「「軽いな。その程度かい?」」

 

「ギ!?」

 

 わずかなダメージすら感じさせないグラナの態度に驚きを隠せない『怪獣』。

 お返しと言わんばかりに、今度はこちらが地面スレスレまで拳を落とし、豪快にボディブローを決めた。

 

「「一つ!」」

 

「ギャ…!!」

 

 『怪獣』は悲鳴すら上げられず、苦しそうに呻いている。

 

 側にあった木箱を『怪獣』にぶん投げると、当たって砕けた箱から大量の武器が飛び散る。

 

「「二つ!」」 

 

 一気に『怪獣』の近くに踏み込むと、中を舞う両手剣を手に取り力一杯斬り上げた。

 

「「三つ!」」

 

「ギャハ!?ギギギ!」

 

 普通なら今ので真っ二つだが、多少出血した程度で空高く打ち上げられた。そして、空中に投げ出された『怪獣』に向かって、大量の武器を次々と投げ飛ばす。

 

 ナイフ、剣、槍、斧、ハンマー、棍棒、矢、鉄球。とにかく凶器と呼べるあらゆるものが『怪獣』の体を削り取っていく。

 

「「オラオラオラ!これでっ!50!」」

 

 大きな両手斧を投げ、『怪獣』突き刺さると、自分も飛び上がり両手斧を掴んで斧ごと『怪獣』を地面にぶん投げる。

 

「「51!」」

 

 石畳にめり込んだ『怪獣』を着地と同時に踏みつけた。

 

「「52!」」 

 

 地面に磔にされた『怪獣』をボコボコに殴りまくる。

 

「「96!97!98!」」 

 

 『怪獣』が刺さったままの両手斧を持ち上げ頭上に掲げると、それを引き抜くように蹴り上げた。

 

「「99!!」」 

 

 再び中を舞う、真っ赤なボロ雑巾と化した『怪獣』に対して、大きな両手斧を握りしめ、力を溜める。落ちてくる『怪獣』に狙いを定めた。

 

「「百倍返しだ!全部持ってけぇ!!」」

 

 両手斧を『怪獣』に向かって全力で振り上げた。

 

「「大盤振舞おおばんぶるまい!!!」」

 

 『怪獣』の体がバラバラに飛び散り、塵になって消えた。

 

「「次来るときは客で来な。金さえありゃあ、歓迎するぜ」」

 

 重い両手斧を片手で肩に担ぐと、煙が晴れていき、商人たちの歓声が聞こえてきた。

 

「やったぜ!お頭!」

 

「さすがだ!お頭!」

 

「スカッとしたぜ!」

 

 魔力を使い果たした俺は力尽き、ずるりと大きな背中からずり落ちた。

 痛い痛い痛い…相変わらず『接続コネクト』の後はキツいなぁ…

 

 対するグラナは凄い。おそらく彼の体は今、激痛と疲労でかなり辛いはずなのに、直立したまま微動だにしない。

 

「お頭!カッコ良かったですよ!」

 

 鳥獣人の商人がグラナに駆け寄る。しかし、反応がない。

 

「あれ?お頭?」

 

 他の商人たちもグラナの様子を見る。

 

「………お頭…気絶してる…」

 

 グラナは立ったまま気絶していた。まあ、そうだよねぇ…こんなの………気合いとかでなんとかなるレベルじゃ…………無い…

 

 ステラとソフィアは大丈夫かな………

 ダメだ………眠い…………………

 

 全力を出しきった俺はいつも通り激痛と疲労で意識を失った。

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