第11話 異世界の科学文明

【港町トゥールマラン 宿屋 食堂】

 

 魔王城へ向かうのは明日以降にして、宿屋に泊まることにした俺たちは、食堂に夕食を食べに来た。

 

 食堂の扉を開くと、四人掛けと二人掛けのテーブルがたくさん並ぶ大きな空間に出る。

 

 床も壁も頑丈な木材で作られていて、よっぽど重いものでも落とさない限り壊れることは無さそうだ。それでもグラナが歩くと少し不安になる。

 

「なんですか、旦那ダンナ。大丈夫ですよ、ジロジロ見ないでくだせぇ」

 

 また考えてることがバレてしまった。俺ってそんなに分かりやすいんだろうか?

 

 吹き出して笑いだしたソフィアを睨みながら、見るからに食欲旺盛な体型の猫獣人は我先にと皿を二枚取り、片手で器用に持ちながら料理が並ぶ長いテーブルに向かう。どうやらこの宿屋の食事はバイキング形式らしい。

 

「この宿の料理は絶品ですぜ!早く取らないと全部食っちまいやすよ!?」

 

「皆のもの、あれは冗談や誇張ではない。マジで無くなるからの?急ぐぞ!」

 

 食べることには無頓着な印象のもやし魔女も、彼の前ではその限りではないらしい。負けじと皿を取り、料理へ走る。

 

「おい、おぬし!皿は一人一枚じゃ!ルールは守らんか!」

 

「一枚じゃ足りねぇだろ?」

 

「少しずつ取りに来ればよかろう?」

 

「めんどくせぇ」

 

「二人とも、食堂であまり騒ぐんじゃない」

 

 二人をたしなめながらステラも皿を二枚、片手に持ち、俺に背中に乗るように促した。

 

「ほらユキト、私がよそってやろう。どれが食べたい?」

 

 できれば自分で取りたかったが、俺の身長では届きそうになかったので、お言葉に甘えて王女様の背中に飛び乗った。

 

 これって俺みたいな小さい客が一人で泊まる時はどうするんだろうと思い、周りを見回すと、食堂の端に居るエプロンを着けた山羊獣人がこちらに近づこうとしてから、安心したように定位置に戻ってこちらにお辞儀した。

 

 気を使ってくれた従業員さんに軽く頭を下げると、彼は笑顔を返した。

 

 多様な客に対応するための人員を用意してるんだな。さすが様々な人々が集まってくる世界有数の貿易地。高級ホテルでもないのに手慣れている感じだ。

 

 さて、とりあえずステラがなるべく似たような料理が被らないようによそってくれてるけど…なにかリクエストするべきだろうか?

 

 俺って、食べ放題に行くとつい食べ過ぎちゃうんだよなぁ。欲張って一つの皿にどんどん盛り付けていくと、残飯みたいになっちゃうし…

 

「あれ?旦那はなにか食べたいものはねぇんですかい?」

 

 悩んでいると、すでに二皿分の残飯(特盛)を完成させた、欲張りで食欲旺盛で肥満体型な猫獣人が話しかけてきた。

 

「相変わらずセンスの欠片もない盛り付けじゃな…おぬしの店って確か、雑貨も売っとるが料理の方がメインじゃよな?そんなんでよく潰れないのぅ…」

 

 めずらしく食欲があるらしい引きこもり魔女も、これだけたくさんの料理があるのに、まるで野菜サラダのような皿に付け合わせみたいな肉とポテトが添えてあった。

 がっつり食べたいって言ってなかったっけ?

 

「客に出すのと自分で食うのとではスタンスが違うんだよ。料理人モードと大食いモードみてぇな?」

 

「そういうもんかの?」

 

 そういうもんらしい。でもグラナが屋台で料理売ってたら、むしろ特大盛りの牛丼や、チャーシューや角煮で麺が見えないようなラーメンとかが出てきた方が違和感ないような気がする。

 

「それに比べて、やはりステラは違うのぅ。毎日城の料理を見てるだけあって、見事な盛り付けじゃ。腐っても王女じゃの」

 

「腐ってもは余計だが…まあ、ありがとう。爺やのセンスが良かったからな。いいお手本になったよ」


 ソフィアが感心するだけあって、ステラが盛り付けてくれた皿は控えめによそわれた料理が綺麗に並び、美味しそうにまとまっていた。まるで元々こういう一皿の料理であるかのようだ。ステラのセンスに任せて正解だったな。

 

「結局、勝手によそってしまったが、これでよかったか?アップルパイとかもあるみたいだぞ?」

 

 背中にいる俺が見やすいように身体の角度を調整してくれる。すると視界にデザートのコーナーが広がり、甘い香りが鼻腔をくすぐった。確かにアップルパイも魅力的だけど…

 

「どっちかっていうと、リンゴは生のほうが好きかな。アップルパイも好きだけど、今はいらないや。ステラがよそってくれたやつだけでいいよ。ありがとう」

 

 ステラに顔を向けてお礼を言うと、鼻先が彼女の頬に少し当たってしまった。まあ、こんな至近距離で顔を向ければ少し位の接触は当たり前の範疇だろうが、彼女にとってはかなりの刺激だったらしい。

 

 あっという間に頬が紅潮し、持っている皿がカチャカチャ音を立てるほど震え、脳から思考が遥か彼方へ発射される。

 

「ふふふ…毎日お前の料理が食べたいなんて…そんなのもう告白じゃないか!」 


「誰もそこまで言ってないって。早く戻ってこい変態」

 

 もう、この人ってなんでこう、目の前にいるのにすぐ遠くに行っちゃうんだ?

 

「冗談や誇張じゃなくて毎日抱き付いてくるくせに、変な所で耐性低いよね?どうして?」

 

「自分から行くのとそっちから来るのとではスタンスが違うんだ。攻め変態モードと受け変態モードみたいな?」

 

 どっちにしろ変態じゃないか…

 

「そういうもんかの?」

 

 どういうもんだよ。いいかげんなこと言うな。

 

 なにはともあれ、料理を取り終えた俺たちは四人掛けのテーブルに皿を置き、椅子に腰掛けた。向かいにソフィア、左右に受け変態モードのステラと大食いモードのグラナ。

 

 しかし、座ったと思ったグラナはまたすぐに立ち上がり、いそいそと料理が並ぶテーブルに向かっていく。

 

「飲み物取ってきやすよ」

 

「それなら私も行こう」

 

 それにステラもついていき、テーブルにはソフィアと俺が向かい合って取り残された。

 

 彼女は目の前のサラダをほんの少しつまみながら、目をつむり、静かに飲み物が届くのを待っている。

 

 特に気の利いた話題も思いつかなかったので、俺もなんとなく周囲に視線を泳がせる。

 すると、意外な物があることに気付く。

 

「ラジオと…テレビ…?」

 

 そう。ラジオとテレビだ。

 食堂の端の方に人が入れないように柵が設けられ、その奥にアンテナが斜め上に伸びたラジオと、ブラウン管のテレビが置かれていた。

 

「なんで…」

 

 俺はてっきり、現代の異世界アニマは地球で言うところの中世ヨーロッパや江戸時代以前のような時代で、科学による文明の発展はほとんど無いものだと思ってきた。

 

 だってその証拠に、俺が今まで訪れたフィア・グランツとトゥールマランには電気によって動く機械は存在しなかったし、人々の生活も、とてもじゃないが現代の地球ほど便利なものではなかった。

 

 でも、今、俺の目の前にはラジオとテレビがあるし、もうすでに使われなくなってずいぶん経つように見える。

 

 正直、歴史は得意な方ではないのだが、地球でテレビが普及したのって1900年代以降じゃなかったっけ…?

 

 そのレベルの文明が、この異世界アニマにもあったってことか…?

 

 答えの出ない問題に考えを巡らせていると、ソフィアがニヤリと笑っていることに気付く。なんだ?なんでそんな顔をする?

 

「ふふ…ユキトよ、おぬしの戸惑い、手に取るように分かるぞ。実は『接続コネクト』した時、おぬしの頭の中にある、地球の歴史がいくらか流れ込んできたからの」

 

「え!?そうなの!?」

 

 ステラの時は俺が死んだときとか、ネメシス様の事が伝わってたけど…相手によって伝わるイメージに違いがあるのか…?

 

「今、異世界アニマにいる人類の文明レベルに疑問を感じているんじゃろ?ワシが説明してやろうか?」

 

 俺は少し戸惑ってから、ソフィアの顔を見て静かに頷いた。


「よかろう。さて…どこから話したもんかの…」

  

 


「…かつてアニマにも、人類が科学文明を発展させようとした時代があった」

 

「しかし地球と違い、科学は世界に受け入れられなかった」

 

「なぜか?」

 

「文明の種類が多すぎたからじゃ」

 

「海に生きる魔物。空に生きる魔物。森に生きる魔物。このアニマという世界には、人類以外にも実に多様な種類の生き物が人類に近い知能を持って生活しておる」

 

「ある程度の知能をもつ魔物たちは、それぞれの縄張りや国の中で独自の文明を築いてきた」

 

「人類に比べ、より自然環境に合わせた文明を築いてきた魔物たちにとって、何よりも大切なのは自然との共存だったのじゃ」

 

「しかしある時、人類は科学の力に注目し、科学によって文明を発展させようとした。そしてそれは魔物たちの文明にとってとんでもない脅威になってしまったんじゃ」

 

「環境破壊じゃよ」

 

「地球でも問題になっとるじゃろ?海を汚し、森を減らし、空に穴を開ける」

 

「規模が小さければ問題は無かったのかもしれん。しかし、人間の好奇心や向上心がその程度で終わるはずがない」

 

「地球の人類と同様に多少の問題を先送りにして、この世界の人類も科学文明の発展を優先させた」

 

「そんなことが、たとえほんの少しでもこの異世界アニマで起こってしまえばどうなると思う?」

 

「戦争じゃ」

 

「隣に住んどるやつが、自分の家にゴミを捨てていったら怒るじゃろ?同じことじゃ」

 

「世界を汚し始めた人類に魔物たちは激怒した。そこに魔王が現れ、魔物たちを率いて人類を殲滅しようとしたのじゃ」

 

「人類の殲滅を掲げる魔王に、魔物と人類の共存を説く勇者が現れ、激闘のすえ、勇者が勝利した」

 

「そして人類は争いの種となった科学を捨て、様々な魔物たちとの共存を目指すようになったのじゃ」

 

「互いに出来ることを補ったり、譲ったりしながらの」

 

「そういうわけで、人類の科学文明の発展は世界に否定されてしまったということじゃの」

 

「唯一、アニマに生きる全ての文明がかかわる魔法が発展すれば、世の中が便利になるかと思ったんじゃが…」


「そもそも魔法には使用者によって使えたり使えなかったりするものが多い上、地域や文明の種類によって手法や考え方に違いがあるし、下手をすると自分達の魔法以外は『神に背く、悪魔の法だ』と罵る輩までおる始末じゃ」

 

「地球の、宗教間の争いに似ておるかの」

 

「スピリチュアル的な側面が多いせいで、生活における文明の発達に関して、魔法は安定性に欠けるのじゃ」

 

「科学はダメ。魔法も無理となれば、もはやアニマの文明レベルは頭打ち、完全に詰みじゃ」

 

「じゃからワシは科学や魔法、あるいは全く別のなにかで、100%自然を壊さない科学文明を作りたいと思っとるんじゃよ」

 

「今このアニマで、飛行機を飛ばせば空の魔物に突き落とされ、アンテナでも建ようものなら即座に壊されてしまう。材料に関しても、大地を大きく削ることに反対する種族も多いじゃろう。科学に対するイメージは最悪じゃ」

 

「もし、自然に優しい、新しい科学文明が完成すれば、この世界の科学に対するイメージも少しは良くなるはずじゃろ?」

 

「途方もない時間を要するかもしれんが、幸いワシに寿命は無いからの。のんびりやるつもりじゃ」

 

 

 

「少し話がそれてしまったが、つまりこの異世界アニマにも科学による文明の発展はあったが、地球のようにうまくはいかなかったという事じゃな」

 

「あのラジオとテレビはここの主人の趣味じゃないかの?なんだかんだ言って、魔物の中にも科学に興味がある者は少なくなかったしの」

 

 なるほど…異世界アニマでは科学が忌むべき存在になってるのか…あれ…てことは『怪獣』の身体に機械のようなものが混じってるのも、魔物たちが『人間が怪獣を作った』と思ってる原因になってるんじゃ…

 

「あっしも科学は好きですぜ。なんてったって魔力を使わないのが良い」

 

 ガシャン!と、大きな音を立てて大量のグラスが乗ったトレーが目の前に置かれた。

 

 驚いて視線を上げると、満足げに微笑むグラナと目が合った。グラスの中にはそれぞれ色の違う、バラエティー豊かなドリンクが入っている。

 

「飲み物を取りに行くのにどれだけ時間をかけておるのかと思えば…なんじゃこれは?」

 

 欲張りな猫獣人の大きな体の後ろから、ステラが申し訳なさそうに顔を覗かせる。

 

「すまない…グラナが急に、『新作のドリンクがありやすぜ!?』と騒ぎだしてな…止めたんだが、全種類のドリンクの味見を始めたんだ」

 

 全種類って…テーブルに置かれたドリンクはぱっと見ただけでも10種類以上はある。

 

「それで結局、全種類のドリンクを持ってきちゃったの?」

 

「持ってきちゃいやした!」

 

 『てへぺろ!』といった感じに舌を出して笑ってみせる、欲張りで食欲旺盛で大柄な猫獣人グラナ。心なしか少し見ない間にお腹がさらに大きくなったように見える。

 

「おぬしは本当に…節操が無いのぅ…」

 

「さあ!どんどん食べちゃいやしょう!」

 

 ソフィアの呆れ顔などどこ吹く風。大盛りの残飯を貪り、グラス一杯のドリンクを一気に飲み干した。そして幸せそうな笑顔で次の皿を貪る。

 

「食べるの速い…」

 

「もっとゆっくり食わんかまったく…」

 

「まあまあ、私たちも頂こう。乾杯!」

 

 ステラが掲げたグラスに俺とソフィアがグラスを合わせる。グラナもモゴモゴ言いながら(おそらく乾杯と言った)グラスをぶつけてきた。

 

 その後もグラナはおかわりを繰り返し、その場に居た客すべての注目を浴びながら、見事にバイキングの料理を食い尽くした。

 

 食べ終わる頃には魔女は姿を消し、なぜか観客が盛り上がり、まるで大食い選手権の様相を呈していた。

 

 俺とステラはパンパンに膨らんだ、欲張りで強欲で貪欲で食欲旺盛で肥満体型で大柄な猫獣人のような何かを転がし、食堂を後にした。

 

 後ろから「さすがお頭!」「あれが噂のフードファイターか」「食材が…食材がぁ…」「原価で元取るなよデブ猫…」と、様々な声が聞こえてくる。

 

「ステラ、まだ旅は始まったばかりだけどさ、食費、大丈夫かな…?」

 

「んん…お金はそこそこ持ってきたし、グラナは商人だからな。お金に困ることはそんなに無いとは思う…多分…」

 

 ぶよぶよしたお腹を押しながら、いざという時は体毛を売ってお金を稼ぐことも視野に入れるべきかなぁ…と本気で悩む俺だった。

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