第10話 この四人で冒険を

【港町トゥールマラン 宿屋】

 

「ご、ごゆっくり、おくつろぎください…」

 

「うむ!ありがとう!」

 

 ふわふわの毛皮に包まれた羊獣人の主人が、四人部屋に案内してくれた。ご主人…震えてたな…

 

 ちなみに後から聞いた話だと、例の変態が王国の王女様であることが広まり、トゥールマランでも兎獣人の品は暗黙の了解で取引禁止になったらしい。裏の市場も含めてだ。変態王女の影響力、凄まじいな…

 

「いててて…まだ頭がガンガンしやすよ…」

 

 俺を売ろうとした大柄な猫獣人グラナも、かろうじて首から上を地面から取り戻せたようだ。

 

「良かったね。もげなくて」

 

「マジでちぎれるかと思いやしたよ…」

 

 グラナは部屋に入りながら、大きな肉球のついた手で首を擦り、具合を確かめている。

 

 あの後、俺、ステラ、ソフィアの三人でグラナの首を石畳から引きずり出そうとしたのだが、かなり強く突き刺さっていてなかなか抜けなかった。

 

 見兼ねて、隠れていた商人たちが少しずつ手伝いに出てきてくれて、みんなで引っ張ってようやくグラナの首を引き抜くことができたのだ。

 

 地面に埋まっているものを引き抜こうとする所に次々と手伝いが増えていく様子は、まるで絵本で見た『おおきなかぶ』の様だった。

 

 めでたく、『おおきなねこ』を引き抜いた頃にはそこそこ多くの人が噴水広場に戻ってきていて、それなりに盛り上がったのだが、ステラが近くにいた犬の獣人の頭を撫でてお礼を言った瞬間、蜘蛛の子を散らすように全員いなくなってしまった。

 

「ちゃんとお礼を言いたかったのだが、みんな意外とシャイなんだな」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 三人とも変態王女から目をそらした。

 

「グラナ、すまなかったな。さすがに強く殴りすぎた。許してくれ」

 

「いや!今回のことに関してはあっしが全面的に悪いんで!本当に気にしないでくだせぇ!これでチャラです!大丈夫です!ごめんなさい!」

 

 ゆらゆらと揺れていた太いしっぽが、ぼわっ!、と広がり、縮こまって必死に謝る大柄な猫獣人。

 

 元々ぽっちゃりした体型が縮こまると、シルエットが本当にまん丸になる。その様子をソフィアが鼻で笑った。

 

「相変わらず無駄にデカいのぅ。どうせ馬鹿みたいに好きなものばかり食いまくっとるんじゃろ」

 

 その言葉に反応し、姿勢を起こしながら振り向いた表情は明らかな敵意で満ちていた。

 

「ああ?そういうそっちこそ相変わらず森に引き込もってんのかよ、もやし魔女」

 

「黙れ、デブ猫。もはやその体積は可愛いの範疇を越えとるんじゃよ。存在が邪魔じゃ。縮め」

 

「言うじゃねぇかよ…てめぇだってなんだ?その身体。呪いだか魔法だか知らねぇが、一部のマニアを無駄に煽ってんじゃねぇよ、ロリババア」

 

「…このっ…!」

 

「…なんだよ…?」

 

 え、なに?なんでこんな一気に険悪なムードになってるの?

 どうすればいいか分からずオロオロしていると、ステラがおもむろにテーブルの上のリンゴを掴み、ゴシャリ!、と握り潰した。

 

「…仲良く」

 

「「すみません!」」

 

 さっきまでケンカしていた二人が、ぴったり同じタイミングで土下座する。

 

 今のやり取りで三人のパワーバランスがハッキリした。とりあえずなにかあったり、なにかされたらステラに報告しよう。

 

 あと、リンゴはもったいないのでスタッフ(俺)が美味しくいただきますね。

 

 三人を尻目に椅子に乗って、ステラが潰したリンゴを食べる。

 しゃりしゃりしゃりしゃりしゃり。

 美味い。

 こいつは止まらん。

 しゃりしゃりしゃりしゃりしゃり。

 夢中になってリンゴを貪り終わると、目の前にリンゴ果汁まみれの手があるのに気づく。

 じゅるり。

 美味しそう。

 ペロペロペロペロペロペロペロペロ。

 

 ………ん?あれ、俺なにやってんだ?

 ふと、我にかえって見上げると、鼻血まみれで目を輝かせるステラと目が合った。

 

「ユ、ユキト…?どうしたんだ?そんな積極的な君は始めてみるよ…?」

 

 突然の幸福にキャラが崩壊しかける変態王女。いや、キャラが崩壊してるのは俺のほうか?

 

「ご、こめん!なんか、リンゴがすごく美味しくて、よく分かんなくなっちゃって…」

 

「いや!大丈夫だ!むしろ大歓迎だ!そうか…ユキトはリンゴが好きなんだな…覚えておこう…ふふ…ふへへ…」


 気持ち悪い笑いかたで妄想を始めた変態王女がしばらく現実に戻ってこないと判断した俺たちは、彼女を放置して部屋でくつろぐことにした。

 

 俺たちがいる部屋は大きめなワンルーム。入り口の扉を背に、部屋の奥に横並びになっている四つのベッドを正面に見て、左右に窓が一つずつ。左の窓の近くにリンゴが乗ったテーブルと椅子、その横には妄想している変態王女。風呂やトイレは部屋の外に共用のものがある。

 

 グラナは一番左側のベッドに座り、ソフィアは椅子を右の窓のそばまで持っていった。俺はそのままステラを横目に椅子に座り直した。

 

「しかし、旦那ダンナも見かけによらず大胆ですね」

 

「そうじゃの。ユキトと知り合ってからまだ日が浅いが、人前で異性の手をなめ回すとは思わんかったわ」

 

「いや、さっきのは無意識で…リンゴがね?本当に美味しくて…なんであんなことしちゃったんだろ…?」

 

 二人にニヤニヤしながらからかわれて、しどろもどろになってしまう。

 話題を変えないと…

 

「そ、そういえば、なんで急にケンカし始めたの?ビックリしたよ」

 

 俺が指摘すると、今度は二人のほうが気まずそうに目をそらした。

 

「んー、まあ、特別、嫌いなわけでもねぇんですけど…」

 

「なんとなく合わないというか、のぅ?」

 

かんに障るというか…」

 

「気に食わんというか…」

 

しゃくに障るというか…」

 

「目障りというか…」

 

「………」

 

「………」


 ついさっきステラに怒られたばかりなのに、再び睨み合う二人。

 

「いや、だからそういうのだよ!仲良く!」

 

 リンゴを手に取り二人の間に割り込むと、両者は、ハッとしてステラを見る。

 

「く…ふふふ…ユキト…ダメだよ…そんな…ひゃあ!」

 

 変態王女は深く混乱している。まだ当分戻ってきそうにない。

 それにしてもこの二人、仲悪すぎじゃない?

 

「本当にどうしてなの?」

 

「特に、これ!っていうのは無いんですよ。色々細かいズレが重なって、拗れちまって…」

 

「そうじゃの…趣味や趣向…考え方…いわゆる、馬が合わないってやつかの…」

 

「まあ、強いて言うなら、あっしは魔法があんまり得意じゃねぇんですよ。体質的なものもあって、相性が良くねぇっていうか…」

 

「体質?」

 

「あー、あれじゃろ?魔法具に触ると、込められた魔力を体内に吸収してしまう、厄介な体質。何度おぬしに貴重な魔法具をダメにされたか…」

 

「あの時は本当にすまなかったよ…しかし、あれはあんなとこに魔法具をほったらかしにしとくお前にだって責任があるだろ?」

 

「研究室がいっぱいだったんじゃよ…それに、あれは片付けようとしたときに王のやつから仕事を振られたから仕方なく…」

 

 なんだか、二人の会話についていけなくなってきた…

 そういえばステラが、ソフィアは昔、城に居たって言ってたっけ?

 そのソフィアとグラナが知り合いってことは…

 

「もしかして、グラナも前はフィア・グランツに居たの?」

 

 再び、言い争いになりそうな二人に質問を投げ掛けると、ソフィアが答えた。

 

「ああ、居たぞ。何を隠そう、グラナはフィア・グランツ王国の元、騎士団、団長じゃ」

 

「ええ!?元、王国騎士団、団長!?」

 

 この、お世辞にも『訓練』とか、『規律』みたいなものに準じているとは思えない、ぽっちゃり体型の行商猫が?

 

「…旦那?今、あっしの腹を見て失礼なこと考えてやせんか…?」

 

「いや!?そんなことはないよ!?」

 

 なぜばれた!?

 

「くっくっくっ…いいぞ、ユキト。もっと言ってやれ」

 

 ソフィアもそんな心底楽しそうに笑わないでよ!ていうか俺はまだなにも言ってないよ!?

 

「そういうアンタだって、元、王国魔術師団の団長やってたじゃねぇか」

 

「はぁ!?元、王国魔術師団、団長!?」

 

 この、お世辞にも『忠義』や、『誠実』なんて言葉が似合うとは言い難い、魔法のためなら王様の眼球でも抉り出しそうな、人格破綻した魔女が?

 

「…おい…言いたいことがあるならハッキリ言って良いのじゃぞ…?」


「いや!?特に何も無いよ!?」

 

 だから、なぜばれる!?


「くっふふっ…いやぁ、ガマンはよくないですぜ?旦那?」

 

 二人して俺をふっかけて間接的にケンカすんの止めて!?

 

「そして二人が王国を去った後、空席になった騎士団団長に私が収まったのだ。あの時はそこそこ大変だったのだぞ?」

 

 いつの間にか妄想から戻ってきたステラが会話に加わってきた。俺が持ったままだったリンゴを手に取り、テーブルに置いてあったナイフで四つに切り分けると、グラナに一切れ手渡した。

 

「あの時は本当にすみませんでした。急に商人になりたいって言い出したあっしを快く送り出していただいて…お嬢には世話になりっぱなしだ」

 

 グラナは申し訳なさそうに頭を掻きながら、一口でリンゴを頬張った。

 

「ソフィアもだぞ?特に理由も告げずに、置き手紙だけ残して行ってしまうなんて…確かにすぐ近くの森だから会いには行けるが…すごくビックリしたんだからな?」

 

 もう一切れのリンゴをソフィアに手渡す。

 

「むぅ…あの時は…ちょっとワシも参っておってな?その…いや…すまんかった」

 

 ソフィアも大きく口を開けてリンゴにかじりついたが、一口では食べられず、三分の一ほどを口いっぱいに頬張った。

 

「二人とも王国ではとてもよく働いてくれた。しかし、どうも二人には城の暮らしは堅苦しかったようだ。二人がいなくなってしまったのは残念だが、それ以上に私は二人に好きな道を歩んで欲しかったのだ。だから、二人が元気でいてくれて、私は嬉しいんだよ」

 

 ステラはもう一切れを俺に渡し、残った一切れの半分ほどを口いっぱいに頬張った。

 俺も渡されたリンゴを両手で持ち、端から少しずつシャリシャリとかじる。

 

「そして、グラナ。君にも一緒についてきてほしいんだ。この世界を救うための冒険に」

 

「世界を救う冒険?」

 

 

 その後、俺たちはグラナにこれまで起きたことを説明した。

 

 

「…なるほど……『異世界転生』に『怪獣』…それから魔王城の封印か…確かに、それは確認しに行った方が良さそうですね。しかし、なんであっしを?」

 

「グラナは私達よりも旅慣れてるし、もう一人ぐらい、腕っぷしの強いやつが欲しかったんだ。それに、これは合理的な理由とかではないんだが…」

 

 少し恥ずかしそうに視線を落とし、続ける。

 

「世界を救う冒険に出るって決めたとき、私は漠然と、この四人を思い浮かべたんだ。旅をするなら、この四人がいい。これは完全に私のワガママなんだが…それでも、一緒に来てくれるか?」

 

 ステラは改めて、俺たち三人の意思を確認してきた。

 

「ワシは行くぞ。ワシも、おぬしらと世界の行く末を見届けたくなった」

 

「あっしもお供しやすぜ。『怪獣』のウワサはあっしの耳にも届いてやす。世界が終わっちまったら、商売どころじゃねぇですからね」

 

「二人ともありがとう…」

 

 三人が俺に視線を向ける。当然、答えは決まってる。

 

「行こう!世界を救いに!」

 

 小さな体を思いっきり伸ばして手を挙げると、三人が俺を囲み、手を重ねてくれた。

 

 すると、すぐ横の大きなお腹が、ぐぅぅ、と大きな音をたてた。

 

「すいやせん…リンゴだけじゃちょっと足りなくて…」

 

「あ、実は俺も…」

 

「ワシも、今日はがっつりいきたい気分じゃ」

 

「そういえば、昼食を食い損ねてしまっていたな。よし!じゃあ、食事にしようか!」

 

 決意も新たに、とりあえず空腹を満たすため、宿屋の食堂に向かうことにした。

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