第9話 行商猫は両手で招く

【港町トゥールマラン 噴水広場】

 

「100!」

 

「200!」 

 

 噴水広場に数字を叫ぶ声が響く。人や獣人が入り乱れ、指で金額を示す。

 

「300!」

 

「400!」

 

「1000!」

 

 誰かが金額を一気に引き上げ、広場が熱気に包まれる。悲鳴や雄叫びが響き、そこにいる全ての人が盛り上がっていた。

 

「1000万!他にいないかニャ!?」

 

「1500!」

 

「2000だ!」

 

 金額の上昇はとどまるところを知らず、どんどんつり上がっていく。

 

「ちくしょう…嵌められたー!」

 

 屋台の屋根の上に白い毛皮の兎獣人、俺が座っている。首には『本日の目玉商品!』と書かれた札がかけられていた。その横にはグラナがニヤニヤしながら立っている。

 

「嵌めたなんて人聞きの悪い…売り上げは山分けですぜ?旦那ダンナ

 

 

 

【数分前】

 

 噴水広場に到着すると商人たちがグラナを出迎えた。

 

「おかしら、おつかれー」

 

「良いもんあったかい?」

 

「今日は遅かったね」

 

 商人たちはグラナを慕いながらも、友人のような距離感で話しかけてきた。

 

「いやー、どうやらデマ掴まされたらしいぜ。噂の品は手に入らなかったなぁ」

 

 笑いながら頭を掻くグラナ。

 

「だが、ちょっと珍しい物があってな。楽しみにしといてくれ」

 

 ウインクしながら言うと、周囲の商人たちがざわつきだした。

 

「お頭が『珍しい』て言うってことは相当だぞ…」

 

「今日は盛り上がりそうだニャ!」

 

「うひゃぁ、今日は早めに店じまいかニャ」

 

 屋台が所狭しと並ぶ広場で、俺たちは不自然に空いたスペースで立ち止まった。

 

「おつかれ、ここがあっしの場所だ」

 

 促され、屋台から飛び降りた。グラナの首輪のおかげで危険なことは無いらしいけど、一応、広場に着く前にマントを被り直していた。

 

「それでこれからユキトの連れを探すんだが…」

 

 大きな猫の顔が近づいてくる。近くで見ると思った以上に髭がたくさん生えていて、何本かチクチク顔に当たってくる。

 

「実は、ユキトの旦那ダンナに折り入ってお願いがありやして…」

 

 こちらの身長に合わせて大きな体を屈ませ、両手をこねくり回し、表情を伺うように覗き込む。

 

「お願い?」

 

 あれ、なんかこの感じ、前にもあったような…

 

「旦那の体毛…オークションで売りやせんか?」

 

「……………」

 

「……旦那?」

 

 黙ったままの俺の顔を見るために、大きな体をさらに傾けて、頬が当たるくらい顔を寄せてくる。

 

「そういうことか…結局お前も俺の体が目当てだったんだな!?」

 

 頭に血が上り、なれなれしい大柄な猫獣人を睨みながら叫んだ。

 

「いや、旦那、その言い方だとなんかイヤらしい感じに聞こえやすぜ…」

 

 そいつは辺りを気にしながら俺をなだめようとするが、そんな事知ったことか!

 

「うるさい!もういい!お前なんか頼らない!ほっといてくれ!」

 

 愛想を尽かし、その場から離れようとしたが、しかし…グラナから一定の距離が離れると急に首輪が後ろに引っ張られ、それ以上進めなくなってしまった。

 

「ぐっ!これは…!?」

 

 首輪を外そうとするが、外せない。指で金具をいじっても、無理矢理引っ張っても、ぜんぜん外れない。

 

「無駄ですぜ」

 

 屈んでいたグラナが立ち上がり、ゆっくりと近づいてくる。

 

「その首輪を着けたやつは、あっしの『商品』として扱われる。あっしからは逃げられないですぜ。旦那」

 

「『商品』……」

 

「もともと奴隷に逃げれないように繋いどく魔法具らしいですがね。奴隷なんてとっくの昔に廃止されてるし、生き物を扱うときに便利なんで、使わせてもらってるんです」

 

 首輪を外すことをあきらめ、俺を『商品』として扱う行商人を睨み付けた。そいつは再び俺のそばにしゃがみこみ、肩を掴んで顔を寄せてきた。

 

「勘違いしねぇでくだせぇよ旦那。別に無理に売っぱらおうってんじゃねぇんだ。その首輪は話し合いをするために着けてもらったんですぜ」

 

「話し合い…?」

 

 怪訝な表情で睨み、距離を取りたくて体を押し返そうとするが、力では到底敵わず、グイグイと肩を引き寄せられる。

 

「あっしと契約しやしょう。兎の体毛は高値で売れやす。数年前の乱獲のせいで兎獣人は数が激減。兎の毛皮は裏の市場でしか取引されてやせんが、今でも兎獣人を求める金持ちは後を絶ちやせん」

 

「ここであっしと旦那が契約して、兎獣人の体毛を表の市場に流しやす。正規の市場で兎の体毛が流通すりゃあ、不正な捕獲による密輸なんかも減っていって、旦那のお仲間も助かるって寸法でさぁ」

 

「心配はいりやせん。旦那ぐらいの魔力があれば、体毛なんて一週間もありゃあ生え揃いやす。市場にもあっという間に旦那の体毛が流通しやすよ」

 

「そんで、安定して流通するころにゃあ、あっしと旦那は大金持ちでさぁ。価格は徐々に下がっていくでしょうが、一生遊んで暮らせやすぜ。旦那!あっしと一緒に一山当てましょう!」

 

 グラナのやりたいことはわかった。商売のことはよく分からないけど、結果的に俺の体毛の流通が、兎獣人たちの助けになるのは間違っていないのかもしれない。

 

「…でも、この首輪が着いてる時点で俺に拒否権は無いじゃないか。やっぱり、お前は信用できないよ」

 

「まあまあ、とりあえずお試しってことで…みんなの反応を見てくだせぇ!」

 

 言うが早いか、グラナは俺のマントをひっぺがし、俺を抱えたまま屋台の上に飛び乗った。

 

「さあさあ!寄ってらっしゃい見てらっしゃい!本日の目玉商品の御目見えだぁ!」

 

 

 

 

【現在】


「3000!」

 

「3500!」

 

「4000!」

 

 うわ…どんどん上がっていく…兎獣人の体毛ってどれだけ高価なんだ…?『歩く宝石』は伊達じゃないな… 

 

「へへ…どうです?旦那。この分なら一億いくかもしれやせんぜ?三億もありゃあ一生遊んで暮らせやすからねぇ…一ヶ月ほどの稼ぎで、あっしら一生安泰だぁ…」

 

 強欲なお頭様がニヤリと笑いながらこちらに視線を向ける。確かに…ここまでみんなが俺の体毛を欲しがるとは思わなかった。密猟者が減らないのも納得だ。

 

「…ちなみに…売るとしたら…どうやって…?」

 

「お!旦那ものってきやしたね!?」

 

「いや!一応!聞いとくだけ…」

 

 内心、少し売っても良いかなって気になってきていた。

 

「そうでやすね。今は『全身の体毛』のオークションなんで、落札すれば旦那は『サマーカット』ですぜ!」

 

 え?

 

「え?『サマーカット』?」

 

「はい!『サマーカット』!」

 

 『サマーカット』って、あれだよね?春夏に体毛が多い動物が、首から下を丸裸にされるやつ…

 

「…首元の辺りを少しだけ…とかじゃなくて?」

 

「5000!」

 

「5500!」

 

「なに言ってるんですか、旦那。『全身』だからこれだけ上がってるんですぜ?」

 

「6000!」

 

「6500!」

 

 オークション会場と化した噴水広場の熱気は最高潮に達していた。とてもじゃないが、「やっぱり売れません」と言える雰囲気ではない。

 

 ふと、自分が『サマーカット』にされた所を想像してみた。首から上だけ残して、全身ツルツルの兎獣人…ステラとソフィアはどんな反応をするだろうか?

 

「体毛が無いユキトなんて…抱く気が失せるな…」

 

「体毛が生え揃うまで、体内の魔力が減るじゃろうが…」

 

 いや…あの二人ならそんな事言わないはず…多分、ちょっと笑われるかもしれないが、普段と変わらず接してくれるだろう…むしろ…

 

「ユキト、こっちに来てくれ。この辺りをマッサージすると毛が生えやすくなるらしいぞ。気にするなよ。私は『サマーカット』のユキトのも好きだからな」

 

「お、おうユキト、気にしすぎるなよ。この魔法薬を飲めばすぐに生えてくるはずじゃ。気にするなよ?すぐに生えてくるからの?」

 

 過剰に気を使われて優しくされる方がキツいかもしれない…

 

 いや、それよりも、最悪、魔王城で最終決戦が始まってしまったら『サマーカット』状態で魔王と戦わなきゃいけなくなる。

 

「さぁ…二人の勇者よ…世界の命運を賭け…最後の戦いを始めよう…!」

 

「と、思ったが…なんだその姿は…ふざけているのか?…ふふ…もしそれが…ふふふ…私を笑わせて油断させるつもりなら…ははは…!大成功だな!ははははは!」

 

 いやだ!そんな最終決戦やだ!『サマーカット』なんてしたくない! 

 

「『真夏のアルパカコーデ』で最終決戦なんて、絶対やだぁ!」

 

「旦那!?真夏の…なんて!?」


「1億!」

 

 人間の老紳士が強気に手を上げた。周りの人々がざわつき、老紳士が良く見えるように距離をおく。

 

「1億いったか…」


「さすがにもう決まりだな…」

 

『サマーカット』が確定し、俺が絶望した瞬間、その場に凛とした女性の声が響いた。

 

「10億」

 

 会場が一気に静まりかえる。

 

「10億でその兎獣人、もらい受けたい」

 

 人混みの中から手だけが見えるその女性は、体毛ではなく俺を買いたいと言い出した。

 

「売ったぁ!!」

 

 欲深い大柄な猫獣人は膝を叩いて俺の売却を即断した。おい、体毛の流通はどうした!?

 

「へへ、すまねぇな旦那。さすがに10億積まれたらあっしも断れねぇや」

 

「このクソ猫!お前も密猟者と大差無いじゃないか!」

 

「まったく、その通りだな。グラナ、がっかりしたぞ」

 

 手を上げた女性の周囲が道を開けると、そこには見慣れた赤髪の王女様。ステラが立っていた。

 

「ニャ!?お、お嬢!?なんでこんなところに!?」

 

 慌てて屋台から飛び降りるお頭様。

 二人の反応から察するに、グラナとステラは知り合いのようだ。それも、ただの知り合いという感じではない。ソフィアと同じくらいの、旧知の仲といった雰囲気だ。

 

「友人の店で友人が売られていたのでな?少し様子を見ていた。体毛だけでも腹立たしいが、大金に飛びつき、ユキトを売ろうとしたな?」

 

「私が兎獣人の売買を王国の法律で禁止したのは知っているよな?確かに、トゥールマランでは王国の法律は適用されていない」

 

「だが、それでも、私の友人であるお前が、こうも簡単に兎獣人を売ってしまうなんて…悲しいじゃないか!」

 

 ステラから怒りと悲しみに満ちた魔力が広がり、その場を支配した。

 対するグラナは体をガタガタと震わせ、しっぽを股の間に挟んでいた。

 

「す、すみません!お嬢!ちょっと、ガセネタで気が立ってて、つい、出来心で!」

 

「お嬢の知り合いとわかっていれば、こんなことは!いや!当然、そうでなくても売るべきで無かったんですが!」

 

「そうじゃニャくて!そんニャつもりじゃニャくて…!あの!あニョ…!」

 

 必死に言い訳をする言葉には次第に涙が混じり始め、猫っぽいしゃべり方も相まって徐々に聞き取りづらくなってきた。

 

「…もういい、グラナ。お前の気持ちは良くわかった…」

 

「…ニャ?」

 

 ステラがゆっくりとグラナに近づいていく。

 

「とりあえず、一発殴る。それでチャラだ」

 

「ヒィ!?」

 

 手刀に膨大な量の魔力がこもっているのがわかる。

 

「グラナに教えてもらった格闘術…毎日訓練していたんだ…私がどれだけ強くなったか…見届けてくれ!」

 

「いや!そんな殺気と魔力、特盛の一撃!教えた覚え無いですニャ!ちょっとまって!もう少し話を!」

 

「天誅!でりゃあ!」

 

「ギニャアアアァァ!?」

 

 ドゴン!!と、およそ手刀から繰り出された音とは思えないほど重い音が響き、グラナの頭が石畳にめり込んだ。首から上を失った猫獣人の体が、無惨に地面に突き刺さり、ピクリとも動かなくなった。しっぽがぐったりとうなだれ、周囲の商人たちが、「お頭ー!」と叫びながら駆け寄る。

 

「これ、死んでないよね…?」

 

「安心しろ。峰打ちだ」

 

「峰……?」


 手刀に峰打ちとかあるの?

 あったとしても両方、打撃だよね?

 それに、俺が知ってる峰打ちされた人は、地面に刺さったりしなかったような…?

 

 手刀で人を殺せそうな王女様が、俺の首輪を魔力と握力で摘まみ、粉々に砕いた。

 

 その時のステラは、『ドラ●ンボール』とか、『北斗の●』とか、『グラップラー刃●』とかのキャラなんじゃないかと思ってしまうほど逞しかった。

 

「終わったようじゃの」

 

 ソフィアが本当に遅ればせながら現れた。

 

「ソフィア、遅いよ」

 

「はは、すまんの。ワシもおぬしを助けようとは思っておったんじゃが、怒ったステラを見かけたら体がすくんでしまっての…動けなかったんじゃ…」

 

 かつて俺の眼球を抉り出そうとした魔女は帽子の上から頭を押さえ、微かに身震いしていた。ああ、そういえば貴女も同類でしたね。

 ていうかステラの友人って、ステラも含めて癖が強い人ばっかりだな。類は友を呼ぶってやつか…?

 

「ちょっと、待ってくれ。あんたたち、いったいなんなんだ?結局、その兎獣人の体毛はどうなるんだ?」

 

 一件落着、といった雰囲気の俺たちに一人の老紳士が近づいてきた。俺の体毛を1億で買おうとした人だ。

 

 その老紳士にステラが歩み寄る。俺とソフィアは、まさかあの老紳士にも鉄槌を…?と、ハラハラしながら様子を見る。

 

「大変申し訳ない。あの兎獣人は私の友人なのだが、手違いで出品されてしまってな。今回のところは…これをお譲りするので、勘弁してもらえないだろうか…?」

 

 意外にも落ち着いた対応に、ほっと胸を撫で下ろす俺とソフィア。しかし、ステラが老紳士に譲ろうと差し出した物に、その場にいる全ての人と魔物が戦慄することになる…

 

「これは……?」

 

 老紳士がステラから受け取った物。それは、俺にそっくりな人形だった。小さなぬいぐるみ。マスコット人形といった感じのそれは、なんだか、とても見覚えがある素材でできていた。と言うより…あれは…

 

 

「…俺の…体毛……?」

 

 

 瞬間。広場の空気が凍りつく。俺の声は、独り言に近い、とても小さな呟きのようなものだったにも関わらず、広場にいる全ての人たちの耳に届いた。

 構わず、ステラが続ける。

 

「それは彼の体毛で作ったものだ。ベッドに残っていた抜け毛をコツコツ集めてやっとそこまで完成できた。本当は譲りたくないが…今回は貴方をぬか喜びさせてしまったからな。是非、受け取ってくれ!もちろん、お金はいらない!」

 

「…ベッドの……抜け毛…?」

 

 人形を渡された老紳士は困惑。広場に集まった人たちもステラの話を聞いたとたん、数歩、後退り、明らかにドン引きする…

 

「確かに…兎獣人の体毛は高く売れるけど…」

 

「ベッドの抜け毛って…」


「洗浄も加工もしてないってことだよね…?」

 

「なんか…やだな…」

 

「生々しい…」

 

「それ使って人形作るとか…」

 

「…変態だ……」

 

「ボ、ボク、昼間あのお姉さんに身体を触られたニャ…」

 

「マジかよ…!?見境なしか…!?」

 

「やべぇ…やべぇよ…」

 

 広場の人たちが少しずつ逃げだしていく。特に体毛がある魔物は一目散に建物に逃げ込んでいった。窓の隙間やカーテンの向こうから、こちらを伺う視線を感じる…

 

「い、いやぁ…せっかくですが…これは受け取れません…大切な物なのでしょう?」

 

 老紳士の手が震えている。

 

「遠慮しないでくれ!大金を積んででもユキトの体毛がほしい気持ち…痛いほどよく分かる!だが、兎獣人は守らなければいけない!だからこれで我慢してくれ!」

 

 グイグイと老紳士に俺の人形を押しつける王女様。


「いや!本当に大丈夫なんで!貴女の兎獣人を守りたいという気持ち!感動しました!やはり、兎の売買はいけません!貴女の立派な考えを世界中に広げなきゃいけないので!私はこれで!」

 

 俺の人形をステラに押し返し、その場から逃げるように立ち去る老紳士。

 気がつくと、あんなに人が溢れていた噴水広場から人の気配が無くなっていた。

 

「おお…見たかみんな!私の兎獣人への愛で!あの紳士が考えを改めたぞ!感動だ!」

 

 知人の体毛で人形をこしらえる変態王女は、その歪んだ愛情がかなりの人々にトラウマを植え付けたことなど露知らず…自身の性癖の異常性に気づくチャンスを逃してしまった。

 

「おお…良かったのぅ…」

 

 ソフィアは、とうの昔に諦めた…という雰囲気でため息をつく。

 

「ステラ?」

 

 知らないうちにベッドから抜け毛を採取されていた俺は…

 

「ん?なんだ?ユキト!抱っこか!?」

 

「気持ち悪い」

 

 自分の気持ちを素直に伝えた。

 

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