第8話 転生兎と行商猫

【異世界アニマ フィア・グランツ王国西の森 ソフィアの家】

 

 目覚めると、ソフィアの家の寝室だった。ベッドに横たわる俺の顔に朝日が差し込む。まだ少しボーっとする頭が覚醒していく。起き上がろうとすると、ソフィアに体を抑えられた。

 

「おお、まだじっとしておれ。もう少しで終わるからの」

 

「…おはよう、ソフィア…」

 

 ………『もう少しで終わる』?なんだ?何をしてるんだ?

 そう思い、頭を少しだけ起こすと、腕に注射器が刺さっていた。

 

 注射器と試験管が組合わさった様な物。病院で採血検査の時に見たことがある。注射器から血液が溜まった試験管を外すと、別の試験管を注射器に装着した。すると、また試験管に血液が溜まっていく。

 

「……なにしてんの?」

 

「採血じゃ」

 

 ソフィアが試験管を交換しながら答える。作業を止める様子は無い。

 

「そりゃ、見ればわかるんだけどさ」

 

「うむ」

 

 ソフィアが試験管を交換しながら答える。作業を止める様子は無い。

 

「採りすぎじゃない?」

 

「んー、もう一本だけ」

 

 ソフィアが試験管を交換しながら答える。

 

「……………」

 

「……………よし、お疲れ様じゃ」

 

 注射器を外されると、じわりと腕から血がにじんできた。そこに小さな布をあてがうと、「しばらく押さえておれ」と言われた。

 計5本の採血を終えたソフィアは満足そうに俺の血液を眺めている。

 さてと…

 ゆっくりと体を起こし背筋を伸ばした。そして体勢を整えて…

 

「何してくれてんだ!ロリババア!」

 

 サイコパスな魔女にドロップキックした。

 

「ぐっはぁ!?」

 

 顔面にドロップキックを食らったロリババアは勢い良く壁に激突した。採血した試験管を大事に抱えていたので、まともに受身を取れなかったようだ。

 

「…ったぁ…何するんじゃ突然!」

 

「『何するんじゃ』も『突然』もこっちのセリフなんだよ!なに勝手に採血してんの!?」

 

「いいじゃろ!減るもんじゃあるまい!」

 

「だから!減ってんだよ!俺の生命維持に必要な液体が!じわじわと!」

 

 試験管を腰のポーチにしまいながらロリババアがこちらを睨みつけてきた。

 

「というか、おぬし…『ロリババア』と言ったか?」

 

「はい、言いましたが?だからなんですか?合法ロリ」

 

 合法ロリの顔がみるみる赤くなっていく。

 

「…!…おぬし、また…!その言葉で、ワシがどれだけの屈辱を味わったか…!あいつら、マジで………全員もげろ!」

 

 ソフィアが壁を思いっきり殴った。痛かったのか、うずくまってプルプル震えている。

 もしかして、トラウマ抉っちゃった?

 

「ご、ごめん、ソフィア言い過ぎた。まさかそこまで怒るとは思わなくて…」

 

「…いや、もうよい…取り乱してすまなかった…」

 

 なんだか、変な雰囲気になってしまった。お互いに目を合わせづらい。

 

「でも、ソフィアも勝手に採血したらダメだよ。ちゃんと言えば採らせてあげるから」

 

「本当か?約束じゃぞ?」

 

 魔女の表情が一気に明るくなった。現金なやつだな。

 

「ところで俺の血なんて、何に使うの?」

 

「もちろん、魔法じゃよ!魔法具を作ったり、魔法を発動するときに使うのじゃ!おぬしの血液は魔力がたっぷりじゃからの。魔法の効果も倍増じゃ!ほれ、おぬしにも分けてやろう」

 

「俺の血なんだよなぁ」

 

 ソフィアから自分の血液を一本受け取った。魔法具を作るのにつかえるのか。後で試してみようと思い、試験管を自分のポーチにしまう。 


「ふふ…あんなに怒っておったのに…何気におぬしってクレバーじゃのぅ」

 

「まあ、せっかく採ったんだし、捨てるのも、もったいないでしょう。俺の血だし」

 

「はぁ」と、俺がため息をつくと、ソフィアが急にぶつぶつと呟きながら考え事を始めた。

 

「今度はなんですか?」

 

「…特定の言葉に反応して、身体の一部を欠損させる魔法か…」

 

 うお…なにヤベェ魔法、構築しようとしてんるんだ?この魔女。

 『ロリババア』や『合法ロリ』という言葉にどれだけの怨みがあるんだ。

 

「んー、意外とめんどくさそうじゃな。焼いた方が早そうじゃ」

 

 何を焼くのかは聞かないでおこう。

 

「あ、しかし、ユキトの眼球があればあるいは…ユキトよ、もしこれからの旅で眼球が取れてしまうようなことがあったら、是非、ワシに譲ってくれ」

 

「…考えておきます」

 

 とりあえず、眼球は死守しようと思った。

 

 

 

【ソフィアの家 リビング】

 

「二人とも起きたな。大きな音が聞こえたが、なにかあったのか?」

 

「ちょっとした健康診断と魔法の授業を…」

 

「?」

 

 ステラが首を傾げながら朝食を並べている。

 

「おお、美味そうじゃの。早速いただくとしよう」

 

 三人で食卓を囲み、これからの話をした。

 

「港町トゥールマランに行こうと思う」

 

「そうじゃの。ここから魔王城に行くならトゥールマランがいいじゃろ」

 

「トゥールマラン?」

 

 二人が当然のように口にした、聞き慣れない言葉を聞き返す。

 

「トゥールマランは、森を抜けた先にある大きな港町だ。世界中から様々な品が集まってくる、世界有数の貿易地として知られている。フィア・グランツ王国で売っている輸入品も、大体ここで仕入れたものなんだ」

 

「そこなら、世界各地に船が出ているからの。魔王城付近に行く旅客船も出とるはずじゃ」

 

「旅客船。そっか、魔王城って観光名所だっけ」

 

 旅客船に乗って観光名所に行く。なんか、冒険って言うより旅行だな。

 

「何事もなければ、単なる魔王城観光になるだろうが、いつ、どこで『怪獣』が出るかわからん。気を引き締めていこう!」

 

「「はーい」」

 

 ステラが元気良くまとめてくれたので、ソフィアと二人で緩めに返事をした。

 

「ソフィアも一緒に行ってくれるんだ?」

 

「ああ、ワシも魔王城の封印は気になるからの。いやぁ、楽しみじゃのぅ。ワシ、『魔王城まんじゅう』好きなんじゃよ」

 

「銘菓とかあるんだ…」


「…一応、遊びに行くんじゃないんだぞ?」

 

 その後、旅支度を整え、ソフィアの家を出発した。腰にウエストポーチとナイフだけ着けて、マントを羽織り、肉球を隠すために手袋をした。

 正直、ちょっと暑かったけど、ステラとソフィアが…

 

「トゥールマランは治安は悪くないんだが、住人の八割が商人だ」

 

「おぬしは控えめに言って『歩く宝石』じゃからな。せいぜい売り払われんよう、それでも被っておけ」

 

 と、言われたので我慢して被っておくことにした…『歩く宝石』かぁ…密猟者の顔が脳裏をよぎり、軽く身震いした。気を付けよう。

 

 三人で森を歩いていると、前方が明るくなってくる。ようやく森から出られると思い、小走りで森を抜ける。

 

 すると、目の前に広大な草原が広がり、草原を下ったところに、カラフルな家が建ち並ぶ綺麗な町が見えた。町の向こうには青い海と空が広がり、大小、様々な船が停まっている。

 

「わー、なんか可愛い町ですね」

 

「ここから見る分にはの。実際に行ってみるとかなり騒がしいぞ。…いかん、ちょっとテンション下がってきおった…」


「おいおい、ソフィア、旅はまだ始まったばかりだぞ!」

 

 げんなりするソフィアを二人で引っ張り、港町トゥールマランを目指して草原を駆け下りた。

 

 

 

 

【港町トゥールマラン】

 

「おお…なんか…すごい…」

 

 町の入口まで来るとソフィアの言葉の意味が分かった。

 まず、家が高い。黄色だったり赤だったり、色鮮やかな木造の建物が、基本3階以上の高さでひしめき合っている。

 たしか、フランスの地中海とかがこんな雰囲気だったような気がする。行ったこと無いけど…家にあった旅行雑誌にこんな風景の写真があったと思う。

 そして、人が多い。人間と魔物がとにかく多い。ほぼ全ての建物が何かしらの商売をしており、需要と供給がすごい勢いで回っている感じだ。

 それから、なんだか…

 

 

「はーい!いらっしゃいニャー!」

 

「そこのお兄さん!良い魚が入ってるニャ!」

 

「どいたどいたぁ!荷物通るニャ!」

 

 

「猫が多いような?」

 

「お、気付いたか、ユキト。ここ、トゥールマランの住人は八割が商人だと言ったが、その商人の半分以上が猫の獣人なんだ」

 

「ぐぬぅ…相変わらず、客も商人も多すぎじゃ…とりあえず、どこかで休憩したいの…」


 町に入る前から疲れきってしまったソフィアのために、少し早いが昼食にすることにした。

 マントのフードを深く被り、顔を隠す。

 

「だったら、オススメの店がある!ちょうどそこの店主にも用があるんだ!」

 

「なんじゃ…あやつ、まだ商人の真似事をしとるのか…」

 

 ただでさえ暗い表情のソフィアがさらに表情を曇らせた。

 

「真似事なんてもんじゃないさ。最近、この辺りを取り仕切る、『お頭』になったらしいぞ」


 どうやらこの町にもステラの知り合いがいるらしい。

 

「ソフィアとも友達なの?」

 

「腐れ縁じゃよ…王国に居たとき、ちょっとな…」

 

 ソフィアの表情は、なんというか、嫌なものを思い出したような顔だった。

 

「どんな人?」

 

「猫じゃ」

 

「………えーと?」

 

「あとデカいの。無駄に」

 

 ………どうやらソフィアからはもう情報を聞き出せそうにない。

 

「ステラぁ」

 

「ふふ…まあ、会ってからのお楽しみだ」

 

「ユキトよ…はぐれないよう、気を付けるんじゃぞ…」

 

 人混みをかき分けていくと、大きな通りが交差する広場に出た。中央に立派な噴水があり、屋台が大量に並んでいる。

 ステラの後についていくと、一ヶ所だけ、不自然に空いてるスペースで立ち止まった。

 

「あれ?おかしいな。この時間はいつもこの辺りに屋台があるはずなのに…」

 

「…はは、潰れたんじゃないかの?」

 

 ステラが辺りを見渡すと、すぐそばで店を出している猫獣人が話しかけてきた。

 

「お頭なら今日はまだ来てないニャ。昨日、『掘り出し物の情報をつかんだ』って言ってたから、まだ仕入れから帰ってきてないんじゃないかニャ?」

 

「そうか…ありがとう。グラナが戻ってきたら、『ステラが来た』と伝えてくれないか?」

 

「分かったニャ。『ステラ』さんだニャ?伝えとくニャ!」

 

 びしっと、敬礼をする猫獣人にステラがメロメロになり、「よろしく頼むぞ!」と、何度も何度も抱きしめていた。

 そんなステラにソフィアがげんなりしていると、重要なことに気付いた。

 

「おい、ステラ、まずいぞ」

 

「え?」

 

 ステラとソフィアが振り返ると、そこにユキトの姿が無かった。

 

「あ、あれ?ユキト?」

 

「あやつ、秒ではぐれおったな…」


 

 

 

【港町トゥールマラン 路地裏】

 

「どうしよう…秒ではぐれた…」

 

 二人の後ろにくっついていたつもりだったのに、団体客の移動に巻き込まれて、大通りに押し戻され、このままじゃまずいと思って、別の通りに飛び込んだら、また別の方向に押し流され、どっちに行けばいいか分からなくなってしまった。

 耳に意識を集中してみたが、人と音が多過ぎて、耳が痛くなる。反射的に耳を押さえ、そのまま両耳を両手で抱えた。

 

「うぅ…どうしよう…」

 

 二人がどこにいくつもりだったのかも分からないし、このままでは合流のしようがない。誰かに警察なり自警団なりの情報を聞いて、そこに相談した方がいいかな。

 

 とりあえずの方針を定め、人が多い通りに出ようとすると、大きな屋台を引いた大柄な猫の獣人がトボトボと歩いてきた。ちょうどいい、あの人に聞いてみよう。

 

「あのー、すみません」

 

「…んー?なんだ?今ちょっと疲れてるんだがニャ…」

 

 大柄な猫の獣人は、なにか期待していたものに裏切られたような、がっかりとした様子でこちらを見返してきた。

 

 2メートル以上はありそうな大きな体格。横にも広い、大きなお腹。

 トラネコ柄の毛皮に、黒いズボンと、背中に肉球のマークがある赤い羽織。しっぽの邪魔にならないように、腰の辺りまで切り込みが入っている

 靴紐が脛の辺りまである黒いブーツを履いている、ように見えたが、爪先が露出していてサンダルのようにも見える。爪が出てきた時の為だろうか?

 首に赤い首輪をしており、肉球のデザインのプレートが付いている。よく見るとプレートの肉球は赤い宝石でできていた。

 

「どうした?じろじろ見て…」

 

「あー、いや、大きいなって…」

 

「まあ、あんたに比べたらなぁ。だいたいのやつはデカいだろ」

 

「ですね。えーと…実は迷子になっちゃって…警察とか自警団とか、どこに行ったら良いか教えて欲しいんですけど…」

 

「それより、あんた」

 

 事情を説明していると、大柄な猫獣人が怪訝な表情でこちらを指差した。

 

「人にものを尋ねるときに、顔を隠したままなのは無礼なんじゃねぇかぃ?」

 

 言われて気づいた。そういえば今の俺って、全身マントで隠してるから、一人で歩いてるとぶっちゃけ不審者じゃん!

 

「ああ、すみません、気がつかなくて。友人に隠しておいた方がいいと言われてたんで…」

 

 言いながらフードを外すと、大柄な猫獣人の目がわずかに見開いた。

 

「ユキトです。よろしくおねがいします」

 

「…おお、あっしはグラナってんだ。よろしくなユキト」

 

 そう言って、グラナは右手を差し出してきた。俺も握手をするために、あわてて手袋を外してグラナの右手を握った。


「……………」

 

 グラナは右手を握ったまま、動かなくなってしまった。あれ…握手だと思ったんだけど…なにか間違えたかな?

 

「…えーと、どうかしました?」

 

「あー、いや、小せぇなって…思ってよ」

 

「ふふ…そりゃあ、グラナさんに比べたら、だいたいの人は小さいですよ」

 

「だな。ニャハハ」

 

 軽い雑談をすませると、グラナの方が話を本題に戻した。

 

「で、迷子だったか。それならちょうど良かった。あっしが今のトゥールマラン商会の頭だぜ」

 

「えっと?トゥールマラン商会?」

 

「ありゃ、知らねぇでこの町に来たのかい?このトゥールマランでは、商売を取り仕切る商会が、そのまま自警団にもなってんのさ。で、あっしがその頭。リーダーだな」

 

「ということは…!」

 

 グラナが胸を張り、ドンッと叩いた。

 

「おう!お前さん、不幸中の幸いだったな。あっしが何とかしてやるぜ」

 

 おお、まさか最初に話しかけたのが自警団を兼ねる組織のリーダーだったとは。

 

「それじゃあ、早速…」


 ステラとソフィアを探したい。と、言おうとしたのだが…

 

「その前に!こいつを着けてくれ」

 

 グラナが俺の言葉を遮って、首輪を差し出した。赤い首輪に赤い宝石の肉球プレート。これって…

 

「グラナが着けてるのと同じやつ?」

 

「ああ、そうだ。そいつを着けてりゃ、ユキトはあっしの……客人として扱われる。この町に限れば、通りすがりに攫われることもなくなるぜ」

 

「へぇ、なるほど、それは安心だね」

 

 言われるがまま首輪を着けた。首元のプレートがカチャカチャするのが気になる。

 

「よし!それじゃあ、屋台に乗ってくれ。とりあえず噴水広場に行く。あそこなら仲間がたくさんいるしな。色々、都合が良い」

 

「分かりました」

 

 俺が屋台に乗ると、グラナが屋台を引いて噴水広場に向かって歩きだした。

 いやぁ、良かった。これでなんとかなりそうだね。

 

 その時、グラナがニヤリと不敵に笑っていることに、俺は気づいていなかった。

 

 

 

 俺とグラナがいなくなったあとの路地裏に、すれ違いでステラが走ってきた。

 

「ユキト、ユキト!ユキトォォォ!!どこだ!?ユキトォ!!」

 

 かなり大きな声で叫んだが、港町の喧騒はそんなステラの叫び声すらかき消してしまう。

 

「くそ…どこにもいない…!待ってろ…ユキト!必ず見つけるぞ!うおぉぉぉ!」

 

 ステラはユキトを探しながら、噴水広場と逆方向に全力疾走していった。

 

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