第6話 転生兎と森の魔女

【異世界アニマ フィア・グランツ王国西の森】


「魔王城?」

 

「ああ、そうだ。といっても、『元』魔王城だがな」

 

 ステラが向かってくる狼を片手間に凪ぎ払いながら続ける。

 

「キャイン!」

 

 狼は切り裂かれ、その辺の木に叩きつけられた。

 

「魔王城には、勇者に封印された魔王が今も眠っているが、魔法学者の話だと、よっぽどのことがない限り目覚めることは無いそうだ」

 

「ガルルァ!」

 

 ステラに向かって狼が飛び付く。しかし、無惨に切り捨てられた。

 

「キャイン!」

 

「今の魔王城は、かつて勇者と魔王が戦った地として、観光名所になっているんだ」

 

「観光名所…」

 

 正直、魔王城って聞いたとき少しだけワクワクしたんだけど、『観光名所』とういう言葉で一気にイメージが崩れてしまった。

 

 アレだろうか。現代日本の城みたいに、あの時のなんとかの戦いで使われた、鎧だの剣だの、貴重な資料とかが展示されてたりするんだろうか?

 

「で、私は思ったわけだよ。世界各地に『怪獣』が出現している、この現状は、『よっぽどのこと』ではないかと…!」

 

 今度は俺に飛び付いた狼を、ステラが弾き返した。

 

「キャイン!」

 

「もしかしたら、魔王復活の前触れとかで、『怪獣』が出現している可能性もあるかもしれない」

 

 俺に飛び付いた狼を、ステラが弾き返した。

 

「キャイン!」

 

「そうでないとしても、『怪獣』の方が魔王に何かしらの影響を与えて、魔王が復活してしまうことも想定できる。だから一度、魔王城に赴き、封印の様子を確認しておきたいんだ」

 

 俺に飛び付いた狼を、ステラが弾き返した。

 

「キャイン!」

 

「なるほど。………ていうか…」

 

 俺に飛び付いた狼を、自分で蹴飛ばした。

 

「キャイン!」

 

「狼、多くない!?」

 

 辺りを見渡すと、ざっくり数えただけでも、10匹以上の狼たちに囲まれていた。

 

「うむ、確かに多すぎる。それに狂暴すぎる。

いくら魔獣とはいえ、この辺の魔獣は人間がそこそこ強いことを知っているから、よっぽどのことが無い限りは人を襲わないはずなんだが…」

 

 ステラが狼の魔獣を捌きながら続ける。

 

「ユキトがとても美味しそうなのかな?」

 

 こっちに向かってきた狼の魔獣をかわして、鼻をふみつけた。

 

「キャイン!」

 

「いや、それ、あんまりシャレになってないような…」

 

 普通にありそうだから困る。

 それに狼の魔獣たちがみんな、森の奥の方から来ているのも気になる。

 

「そうじゃないとすれば…『よっぽどのこと』があったとか?」

 

「…『怪獣』?」

 

 つまり、森の中に『怪獣』が現れて、こいつらはそれから逃げてきてるとか?

 

「うーむ、一匹や二匹なら戦意を喪失するまで撫で回せるんだが、これだけの数が殺意をもって向かってくると、さすがに手加減しづらいな」

 

 言いながら手際よく狼たちを捌いていく。


「一、二匹なら戦意喪失するまで撫で回せるの…?」

 

「このままでは埒が明かない、ユキト、アレを試してみよう」

 

「ん、分かった!いくよ!」

 

 俺はステラの背中にタッチした。

 

「『強化ブースト』!」

 

 俺が触った所に、肉球の形をした光が浮かび上がり、ステラの周りに風が吹いた。

 

「おお、身体が軽い。これなら…」

 

 ステラは上半身を大きくひねり、剣を横に凪ぎ払う構えを見せた。

 

「フィア・グランツ流、魔法剣!

 エアロ・インパクト!」

 

 ステラが剣を凪ぎ払うと、突風が巻き起こり、狼たちが一斉に吹き飛んだ。

 

「キャイン!」

 

 木や地面に叩きつけられた狼たちは、たまらずどこかへ走り去っていった。

 

 ステラが剣を鞘に収めて一息つくと、肉球形の光もおさまっていく。

 

「かなりパワーが上がったようだが、10秒位、といったところか。あまり長くはもたないようだな」

 

 初めて『強化ブースト』を試してみたが、リスクが少ないとはいえ、たったの10秒か…

 

「それに、『接続コネクト』のような疲労と激痛は無いが、効果が切れるとき、主観的に、急に調子が悪くなったような感覚があるな。多用すると、依存してしまうかもしれない」

 

 うーん、結局『強化ブースト』も、そんなに使い勝手、良くないんじゃないか?

 いや、だったら『接続コネクト』みたいに、ずっと背中に張り付いて、10秒ごとに『強化ブースト』し続ければ…

 

 

「それは無理よ」

 

 ネメシス様の声が、頭に響く。

 

「『強化ブースト』って、『接続コネクト』の簡易版みたいなものなのよ。触ったまま連続で『強化ブースト』し続けると、結局『接続コネクト』と同じ状態になっちゃうわよ」

 

 ええ?そうなの?

 

「だから、『強化ブースト』するときは『タッチ』。『接続コネクト』するときは『ハグ』よ。忘れないでね」

 

 

 うーん…戦闘じゃステラをパワーアップしたり、敵を撹乱して、援護に集中した方がいいかと思ったけど、やっぱり少しぐらい自分でも戦いたいなぁ。

 まあ、さっきの、少し大きめの狼ぐらいだったらなんとかなるけど…

 

 「そういえば、『魔獣』って言ってたよね?『魔物』とは、なにか違うの?」

 

 『魔獣』という言葉を初めて聞いたので、ステラに聞いてみた。

 

「いや、『魔物』という括りの中に『魔獣』と『獣人』があるんだ。言葉のイメージどおり、獣に近い魔物が『魔獣』、人と獣を足したようなのが『獣人』だな」

 

「なるほど」

 

 さて、とりあえず狼たちを退けたのはいいけど…

 

「これからどうする?狼たちが来た方、調べてみる?」

 

「いや、まずは友人を訪ねたい。この森に住んでるんだ」

 

「え、こんな森に友達が住んでるの?魔物?」

 

「人間だよ。以前は王国に住んでいたんだが、「都会は合わない」と言って、森に引きこもってしまったんだ」

 

「その人になにか用事?」

 

「ああ、これからのことを相談したくてな。ここからそんなに遠くない。あっちの方………」

 

 ステラが友人の家が有るであろう方向を指差すと…

 

「ギチ…ギチ…」

 

 芋虫がいた。

 昆虫特有の、どの部分が、どう鳴っているのか分からない音を立てながら、人間を丸のみできそうなぐらい、巨大な芋虫がいた。

 よく見ると、一部、鎧のような機械に覆われている。まさか、『怪獣』…!?

 

「「うおぉ………」」

 

 絶句。

 きっと、昆虫が好きな人でも、このサイズの芋虫に遭遇したら、今の俺たちと同じ反応をするはずだ。

 

「と、とりあえず、逃げ…」

 

 ステラがその場から逃げようとすると、「ばくん」と、ステラが一口で飲み込まれた。

 

「ス、ステラ!?ステラー!!」

 

 錯乱した俺の後ろにもう一匹、芋虫の『怪獣』がいた。

 

「嘘でしょ!?まっ…!」

 

 ばくん。

 

 こうして、俺たちの冒険は終わってしまった………

 

 

 

 

【フィア・グランツ王国西の森 魔女の庭】

 

「おい、起きろ、おぬし。しっかりせんか」

 

「は!?」

 

 目が覚めると、森だった。死ぬ前の記憶も残っている。てことは、俺はまた異世界転生したのか…?

 

「くそっ…!あんなあっけなく死ぬなんて…!ステラ…俺はまた…なにも守れなかった…!」

 

 自分の不甲斐なさに絶望していると、後ろから女の子が話しかけてきた。

 

「いや、落ち着け、おぬし。多分じゃが、おぬしはまだ死んどらん」


「ふぇ?」

 

 振り返ると、そこには…

 俺より一回り大きいぐらいの体格。

 緑色の長いローブと、つばが大きい、とんがり帽子。

 背丈より長くて大きな杖を持った、いかにも『魔女』といった風貌の、幼い女の子が立っていた。

 

「…初めまして。イナバユキトです」

 

「おお、初めまして。ワシはソフィアじゃ。この森で魔女をやっておる。よろしくな、ユキト」

 

「よろしくお願いします」

 

 とりあえず挨拶を済ませると、身体が、なんか、得体のしれない、ヌメヌメした液体で、ベトベトになっていることに気づいた…

 

「うえぇ…なにこれ…」

 

「ああ、そりゃ、あやつの体液じゃな。ビックリしたぞ。尋常ではない魔力を帯びた芋虫がおったから、何事かと思い、かっさばいたら、おぬしが出てきたんじゃからな」

 

 ソフィアと名乗った魔女が指差した方を見ると、背中から開きにされた巨大な芋虫が、体液を垂れ流しながら息絶えていた。

 

「…えーと、助けてくれて、ありがとうございました」

 

「よいよい。それよりおぬし、ステラと知り合いなのか?先ほど、守れなかったとか言っておったが…まさか、あやつまで虫に飲まれたのではあるまいな?」

 

「そうだ!ステラ!実はそうなんです!早く助けないと!」

 

 いてもたってもいられなくなり、走り出そうとするが、不意に肩を掴まれた。

 

「まてまて、おぬし、とりあえず、その、なんだ、ベトベトをなんとかせぇ」

 

 彼女は、ローブについてしまった液体を鬱陶しそうに振り落とした。

 

「でも、ステラが!」

 

「あやつなら大丈夫じゃ。あやつがこの森に入ってきた時から、あやつの魔力を感知しておるが、それがまだ消えておらん。じゃから、あやつはまだ生きとる。それに、ステラはその程度でやられるような、やわな女ではない」

 

 ソフィアが杖を振ると、大量の水が出現した。いや、よく見ると湯気がたっている。お湯?

 

「ほれ」

 

 大きな杖が振り下ろされると、大量のお湯が俺に降り注いだ。

 

「ぶわぁ!あっつぅ!」

 

「あん?ぬるいじゃろ、こんぐらい。ほれ、綺麗になったぞ」

 

 たしかにスッキリしたけど…もうちょい優しく洗ってくれても良くない?

 

「…どうも」

 

「なに、礼には及ばん」

 

 どこからともなくタオルが現れ、頭の上にパサッと落ちてきた。

 

「疲れたじゃろ?とりあえず、上がっていけ。茶でも出そう」

 

 ソフィアは木造の建物を杖で指し、歩きだす。

 

「でも、ステラが…」

 

「上がっていけ」

 

 魔女が杖を振ると、今度は俺の身体が浮き上がった。そのまま、家の中に案内されてしまった。どうやら、逆らっても無駄なようだ…

 

「ほれ、ゆっくりしていけ」

 

 出されたお茶を眺めながら、俺はステラのことが気になってソワソワしていた。

 

「そんなに心配せずとも、ちゃんと助けに行ってやるから、少し落ち着かんか」

 

「はぁ…」

 

「おぬしはここで休んでおれ。また丸のみにされたら敵わんからの」

 

「…分かりました」

 

 渋々、言うことを聞くことにして、お茶に口をつけた。

 

「ところで、おぬしよ。ちと、折り入って頼みがあるんじゃが…」

 

 ソフィアの腰が急に低くなり、両手をこねくりまわし始めた。

 

「な、なんですか?」

 

 急に態度が変わり、戸惑う。

 

「なに、大したことではない。助けたお礼というか、譲ってもらいたい物があるんじゃ!」

 

 まあ、危ないところを助けてもらったし、俺にできることなら、してあげたいけど…譲ってもらいたい物?

 

「…なんですか?」

 

「えっとな?そのー…」

 

 モジモジしながら、言い淀むソフィア。

 

 

「おぬしの…眼球を譲ってくれんかの?」

 

「いや、ダメだよ。なに言ってんの?」

 

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 

 いや………本当になに言ってんの?初対面の相手に眼球を要求するとか、サイコパスかよ。

 そういえば、密猟者が言ってたな。俺の目玉が魔法使いに高く売れるとか…

 

「………いや、無理にとは言わんよ?そうじゃよな、片方だけとはいえ、眼球はダメじゃよな」

 

「分かってくれましたか」

 

「おお!バッチリじゃ!ところでのぅ、おぬし…」


 まだなにかあるのか…?

 

「『隻眼の騎士』ってメッチャ、カッコいいと思わんか?」

 

「………………ん……?」


「じゃから、『隻眼の騎士』じゃよ!数々の戦いに身を投じ、死線をくぐり抜けてきた結果、その身体に刻まれた傷跡!そして、片目には渋い眼帯!」

 

「………………」

 

「カッコいいよな!?」

 

「…まあ…そういう戦士の背中に憧れる気持ちは…無くはないですね」

 

「じゃよなぁ!?」

 

 えーと………………………

 

「それでな?ここに『渋くてカッコいい眼帯』があるじゃろ?」

 

 サイコパスが『渋くてカッコいい眼帯』を取り出した。

 

「これをこうして…こうじゃ」

 

 そして、それを俺の片目に装着した。


「きゃあ!メチャクチャ、カッコいいぞ!ユキト!惚れてしまいそうじゃあ!」

 

「はぁ…どうも…」

 

 俺の視界が無駄に狭くなった。

 

「しかしのぅ、やはりこのままでは、ただの真似事じゃ。この世に、伊達の眼帯ほど痛々しいものはあるまい?」

 

「…まあ…そうかもしれませんね」

 

「しかし!ユキトには眼帯が似合う!これ以上無いくらい素晴らしい組み合わせじゃ!だからこそ惜しい!ユキトの眼帯が伊達であることが!」

 

「なるほど、つまり?」

 

「おぬしの眼球を譲ってくれんかの?」

 

「いや、ダメだよ。なに言ってんの?」

 

 眼帯を外して、思いっきり床に叩きつけた。ぺシーンっと、いい音が鳴った。

 

「………………」

 

「………………」

 

 ダメだコイツ!早く何とかしないと!

 あと、長ぇんだよ茶番が!

 

 すると、交渉が決裂したとたん、(交渉と呼べるやり取りだったかどうかは置いといて…)サイコパスな魔女は俺に組み付いてきた。

 

「いいじゃろ!?片方ぐらい!減るもんじゃあるまい!」

 

「いや、減ってんだよ!俺の視界を司る臓器が!ごっそり50%!」

 

 クソ!相手が魔法使いとはいえ、体格で負けてる分、近接戦闘は不利だ!ていうか、俺、弱!いくらなんでもこんな幼女に力で負けるのかよ!?

 

「ふふふ、肉球つきのウサギの眼球…久々の上物じゃあ…絶対逃さん!」

 

「もう、セリフが密猟者と大差ないよ!いや、ちょ、まっ…!止めろ!眼球とまぶたの間に指を突っ込もうとすんな!怖い怖い怖い!!」

 

 じわじわと眼球に迫る指を押さえつける手に、どんどん力が入らなくなっていく。なんだ?いくらなんでもおかしい!

 

「ふふ、そろそろ毒が回ってきたな?」

 

「毒!?まさか、さっきのお茶に!?」

 

「そのとおりじゃ!なに、心配はいらん、ちと筋肉が動かなくなる程度の優しい毒じゃ。後でちゃんと動けるようになる…『隻眼の騎士』になった後でなぁ!」

 

 こ、怖ぇぇぇ!!まさに魔女!毒に優しさなんか有ってたまるかぁ!

 

「くっ…やだ…たすけてぇ…!」

 

「もう少し…もう少し…!」

 

 

「お邪魔します!!ソフィア、いるか!?いやー、参った参った、道中、ドデカい虫に飲まれてな!?さすがに死ぬかと思った…ん?」

 

 

 家のドアを勢いよく開け放った、昆虫の体液まみれのステラと、俺の眼球をえぐり出そうとするソフィアの目が合った。

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

 にちゃあ…という音をたてて、ステラから昆虫の体液が滴り落ちた。

 

「えーと…?お邪魔だったかな?」

 

 ゆっくりと退室しようとするステラ。

 

「まって!助けて!目玉取られる!」

 

「なんだと!?」

 

 ステラがすごい勢いでこちらに向かってきた。

 

「いや、違うんじゃ!ステラ!話を…」

 

「問答無用!てりゃあ!」

 

「ぐはっ!」

 

 ステラの手刀がソフィアの脳天を直撃し、ソフィアは一瞬で失神してしまった。

 

「大丈夫だったか!?ユキト!すまないな…ソフィアは悪いやつではないんだが、魔法が絡むと周りが見えなくなってしまうんだ…」

 

「そんな月並みなフォローで片付けちゃいけない人間性だと思うよ…?」

 

 どう見ても悪い魔女だろ、あれは。


「あと、助けてくれたのはうれしいんだけどさ…」

 

「ん?」

 

「体、洗ってきてくんない?」

 

 昆虫の体液まみれのハグは、今までされたどんなハグよりも不快だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る