第5話 二人の勇者、二つの世界

【フィア・グランツ王国 ステラの部屋】


 翌日。

 目を覚ますと、まだステラは起きていないようだった。隣で幸せそうに寝息をたてている。


「ユキト…んにゃ…らめぇ…」


 ……どんな夢みてるんだ?起こしといた方がいいかな…?夢の中の俺が危ないかもしれない。


「ステラ、ステラ、起きて。それぐらいにしてあげて」


「…んあ?」


 ステラが目を覚ました。眠いのか、まだボンヤリしている。俺と目が合った。


「…なんか、すごく良い夢みてたような…」


「…どんな夢?」


 むにゃむにゃと、目を擦りながら起きあがるステラ。


「…告白された…ユキトに…」


 ギクッ!


「へ、へぇ…それは…なんとも…突拍子もない…」


 え、き、聞かれてないよね?寸前でステラが来たから、結局、最後まで言えてないはず…


「んー………」


 ステラは特になにも言わず、じっとこちらを見つめてくる。


「な、なに?」


「んーん?なんでもない」


 ステラが優しくハグしてきた。いつもとちょっと違う、とても柔らかい雰囲気のハグに戸惑い、強く拒否できなかった。



 その後、みんなで朝食を食べて、もう一度、ステラと城下町に行くことになった。まだあんまり町を見れてなかったし、昨日のことで心配かけてしまったかもしれないから、挨拶しとかないと。




【フィア・グランツ王国 城下町】


「ユキト、大丈夫?」


「ごめんね、ユキト」


「痛くない?」


 城下町に着くと、子供達が集まってきた。みんな、俺のことを心配してくれている。


「大丈夫、もう痛くないよ。また今度、一緒に遊ぼう」


「うん!約束!」


「またね、ユキト!」


 子供達はまた、町のあちこちに散っていった。今日は大人達のお手伝いをするらしい。


「よし、行こうか、ユキト」


「うん」



 ステラの案内で町を見て回った。


「おお、あんちゃん、大丈夫だったかい?」


「大変だったねぇ、騎士様たちが、見回りを強化するってよ」


「お、ユキト、王女様、これ、二人で食べてくれ」



 町の南側に行くと、魔物たちが昨日の事件の話で、少しピリピリしていた。


「ユキトさん、災難だったね…」


「まったく、人間のやつら、なに考えてんだ」


「国の英雄を殺して売ろうだなんて、野蛮だよ!」


 ステラが、人間すべてがそうではないと弁解するが、魔物たちはいまいち納得できていないように見えた。


「そりゃ、ステラ様は信用してるけどさぁ…」


「それこそ、みんなステラ様みたいに優しいわけじゃないし…」


 ステラは少し、悲しそうな表情だった。


 町の北側に行くと、人間たちが壊れた倉庫の後片付けをしていた。責任を感じて手伝おうとしたが…


「いや、有り難いが、遠慮しておくよ」


「ここは俺たちに任せておいてくれ」


「それより、アンタ、もうこの辺には来ない方がいい」


「密猟者は、あいつだけじゃないしな。それを雇った奴がいることも、忘れちゃいけねぇぜ?」


 俺が人間たちと話している間に、ステラも密猟について情報を集めているようだった。


 その時のステラも、悲しそうな表情だった。



 城下町の辺りまで戻ってくると、城がよく見える噴水があった。ステラが噴水の横にあるベンチに腰かけたので、俺もステラの横に座った。


「…はぁ……」


「お疲れ様」


 ため息をつくステラを労うと、ステラは俺を持ち上げて、膝の上に乗せた。そして俺の首筋の辺りに顔を埋めて、また、ため息をつく。


「…はああぁぁ………」


 息が、生暖かい…


「ステラ、大丈夫?」


 ステラが俺を抱きしめる力が少し強くなった。


「大丈夫じゃないさ…もう…嫌…」


 顔を埋めたまましゃべらないで。振動がくすぐったい。


 ただ、こんなに落ち込んでるステラは初めて見たので、ちょっと調子が狂ってしまう。


「…私、みんなのこと好きだよ…みんな優しいもん…でも、みんなは、みんなのこと、あんまり好きじゃないみたい…」


「……………」


「ユキト………」


 かける言葉が見つからず、そのまま黙ってしまった。ステラも俺を、ぎゅぅっと、抱きしめたまま、動かない。



「…………よし!チャージ完了!落ち込むの、終わり!」


 突然、ステラが立ち上がった。そのまま俺も持ち上げられる。


「ユキト、ありがとうな。私、こんな性格だからさ、あんまり、他人に弱音はくこと無いんだけど、ユキトに話したらなんかスッキリしたよ」


「いや、でも、俺、気のきいたこと、ぜんぜん言えなくて…」


「気にしないでくれ。本当にただ、話を聞いてほしかっただけなんだ」


 そう言うと、ステラはもう一度、俺を抱きしめてから、下に降ろした。


「なんか、お腹すいちゃったな。ユキト、お昼、食べに行こう!オススメの店があるんだ!」


「うん!」


 ステラと俺は、城下町で日が暮れるまで一緒に遊んだ。



 そのあとステラが、俺と風呂に入るぞーって騒いで、ゴリゴリの爺やと取っ組み合って、大浴場にトライされて…色々あってまた同じ部屋で寝ることになった。


「いやー、楽しかったなユキト!」


「疲れた…」


 のぼせる寸前まで大浴場で大騒ぎして、火照った体を夜風で冷ます、俺とステラ。冷えすぎないように気を付けないと。


「…………………」


「…………………」


 特になにも話さず、星空を眺める。今夜は満月みたいだ。こっちにも月ってあるんだなぁ。


「ユキト」


「ん?」


「あのとき、言っただろ?「今度こそ守りたい」って」


「…ああ、うん……」


 二人で怪獣と戦う前か。


「あのとき、ユキトを巻き込むつもりはなかったんだ。でも、「今度こそ守りたい」っていう、ユキトの気持ち、他人事に思えなくて…」


「……………」


「私も以前、守れなかった事がある。10年前、母上が、殺されたとき…」


「え………」


 ルナさんって、病気とかで亡くなったんじゃなかったのか。


「10年前、私たちは家族で他の国に出掛けたんだ。仕事だったけど、海の側にある国だったから、私、行ってみたくて、ワガママ言ってついていったんだ」


「……………」


「そして、帰る途中で私、盗賊に人質にされて、当然、護衛もついてたんだが、盗賊たちは他国の騎士崩れを傭兵として雇っていたんだ。完全に、王族である私たちを狙った犯行だ」


「……………」


「傭兵たちはかなりの手練れで、護衛も奮闘してくれたが、敵わなかった。そして、母上が、私を助けるために立ち向かって………父上も、みんなを守ろうとしたが、ポラリスを守りながらだったから…」


「……………」


「………私は、母上を助けたかった。でも、動かなかった。動けなかった。小さい頃から、あんなに剣術を練習してたのに、いざとなったら、怖くて………」


「……………」


「母上は最後に、私に言った。「心に従いなさい。正直に生きなさい。家族を、民をお願いね。愛してるわ」と………そして母上の勇気と、護衛の最後の抵抗のおかげで、私たち三人はなんとか生き延びる事ができた……あのときの父上は…もう…本当に…辛そうで…悲しそうで…苦しそうで………」


 ステラの言葉に、涙が混じり始めた。


「……っ…すまない。そのとき、私は思ったんだ。次は絶対、守ってみせるって。だからあのとき、ユキトの言葉を無視できなかったんだ」


「…ステラ……」


「そして誓ったんだ!心に従うと!正直に生きると!自分の心が、やらなければいけないと感じたことを!必ず!即!実行すると!」


 高らかに自らの生き方を宣言し、ステラは勢いよく着替え始めた。え、ステラ?



「行こう!ユキト!世界を救いに!」



 一瞬で旅支度を整えたステラは、満月を背に、俺に手を伸ばした。


「え、今!?」


「ああ!今だ!」


「でも、救うって具体的にはなにを…」


「怪獣の出どころをつきとめる。そして、なんとかする!」


「アバウト!」


「ほらほら、早くするんだ」


 ステラが無理矢理ミニチュア爺やセットを着せてくる。それ、弾けとぶヤツじゃん、やだー。


「怪獣の出どころについて、確証は無いが確かめてみたい場所がある。とりあえずそこに向かってみよう!」


「確かめてみたい場所?」


「後で説明するさ!行こう!ユキト!」


 ステラが俺を脇に抱えて、バルコニーから飛び降りた!だから、一人で歩けるってぇぇぇえ!?


「わああああ!!」


 飛び降りたステラは、器用に屋根や壁をつたい、あっという間に城下町まで降りてきた。乱暴だなぁもぅ。そして民家の屋根を軽々と飛び越えていく。


「ははは!気持ちいいなぁ!ユキト!」


「いや、俺は、けっこう、揺れて、割りと、辛い!」


「ユキト!」


 いきなり他人の屋根の上で立ち止まり、俺を両手で持って見つめてきた。


「な、なに?」



「こっちの世界を救ったら、ユキトの世界も救いに行こうな!」



「え?」


「だってそうだろ!?ユキトが私の世界を救いに来てくれたんだ!私が君の世界を救わなくてどうする!?」


「でも、行けるのかな?」


「わからん!だが、諦めたくない!!」


「…ステラ……うん…ありがとう……俺も!諦めたくない!!」


「おお!」


 ステラが俺を降ろし、空を見上げる。



「きっと私たちは、これから二つの世界を救うんだ。私たちは、未来の勇者だ!!!」



 そのとき、なにか、思い出せそうな気がした。『未来の勇者』?なんか、どこかで聞いたような…


 わずかにふらついた俺をステラが心配そうにのぞきこんだ。


「大丈夫か?ユキト」


「あ、うん、大丈夫。それよりも………」


 もっと重要なことに気づいた…


「みんな、起きちゃったみたい」


「え?」


 辺りを見渡すと、家に明かりが灯り、住民たちが外に出て、こちらを見上げていた。そりゃあんな大声で叫べばねぇ。


「なんだ、王女様、こんな夜中にお出掛けかい!?」


「気を付けていってくるんだよ」


「ユキトー!いってらっしゃーい!」


「いつでも帰ってこいよー!」


「無茶しないでね!」


 住民たちが見送ってくれている。誰か一人ぐらい、夜中に騒ぐなって怒ってもいいぐらいなのに。


「本当に良い人たちですね」


「ああ……よし!」


「「行こう!」」


 二人で同時に踏み出す。外に向かって、飛び出す。


 後ろに向かって手を振った。みんなが手を振り返してくれた。


 城では、ソルとポラリスが城下町を見下ろしている。


「はははは!まったく、ルナに似て元気な娘だ!」


「いってらっしゃい、お姉様。お気をつけて」


 国を囲む壁が近づくと、門が開いている。そしてそこには、爺やがいた。


「「爺や!」」


 爺やの前で立ち止まった。門を開いてくれてるってことは、この展開を予測してたの?


「さすがだな、爺や」


「いえ、以前からお嬢様には、この国は狭すぎると思っておりました。民のことは私たちにお任せください」


「ああ、よろしく頼む。爺や、愛しているぞ」


「有り難き幸せ。では、お嬢様、ユキト様。いってらっしゃいませ。ご武運を」


「「いってきます!」」


 そして、俺たちは旅立った。二つの世界を救うため。


 『未来の勇者』に、なるために。




【地球 東京 新宿跡地】


「ふう、さすがに一人でこれだけ相手にするのはちょっと疲れたな」


 彼のまわりには、身体のあちこちを消し飛ばされた怪獣が、何体か転がっていた。


「もうあんまり魔力も残ってないし、地球には魔力無いしなー」


 かつて街だった場所に、もはや人の気配はない。怪獣のものを除いては。


「見た目は完全に『魔物』なのに、気配は『人間』。なんなんだろうね、こいつら」


 ぴょんぴょんと瓦礫の山を登り、高いところから廃墟を見下ろした。


 その『猫』には、しっぽが二つあった。

 


「君の世界は、君が救うんだ。ユキト君」



「待っているよ。『未来の勇者』」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る