第4話 転生兎はなに見て跳ねる?
【夢の中】
「『
また夢の中にネメシス様がログインして下さったので、『
「『
「限界を無理に超えさせるから、そのあとすごく疲れちゃうんですか?」
「ええ。しかも、相手と繋がって一つになるから、限界を超えた反動まで共有しちゃうのよ」
「今回は倒しきれたから良かったけど、もし倒せなかったら…」
「敵の目の前で戦闘不能になっちゃうわね。かなり強力だけど、多用は禁物かしら。超必殺技って感じ?」
「あと、気になることがあって。ステラと繋がってたとき、なんか、イメージというか、ステラが考えてることがなんとなく伝わってきて…」
「それも『
なるほど…初めて見る技なのに、同時に叫べたのはそういうことか。
「すごく強いのは良いんですけど、使い勝手が悪すぎますね…もっと使いやすい能力は無いんですか?」
「それなら、『
「『
「今回は両手で触ったでしょ?ぎゅって、『ハグ』する感じに。『
『
「今回アンロックできる情報はこれくらいかしらねー」
「ああ、なんかゲームみたいに、物語が進行するごとに情報を開示していくスタイルなんですか?まどろっこしいですね」
「まあ、あんまり夢の中で長話しても、あなたがゆっくり休めないしね」
「いや、起きてるときに説明してくださいよ…」
「忙しそうだったし?」
「まあ、忙しかったですけど…」
「似合ってたわよ?女装」
「やめて…」
「じゃあ、またね。またなにかあったら説明しにくるわ。そろそろ危ないし」
「え?」
【異世界アニマ フィア・グランツ王国 ステラの部屋】
「すぅぅぅぅぅぅぅぅ」
「っ…!」
目を覚ますと、ステラが俺の胸元に鼻先を突っ込んで深呼吸していた。
「はあぁ!ヤバい…無限に吸引できるわ…すぅぅぅぅぅ」
「っ…!!」
これが噂に聞く、『吸引』か…!なんでも、世界中のペットたちが被害にあっているとか、いないとかいう、人間の業だとか、そうでないとか…
「はあぁ!すぅぅぅぅぅぅぅぅ」
「止めろ!」
足を、体と体の間に割り込ませ、一気にステラをひっぺがす。
「ああ、もうちょっと、もうちょっとだけ!」
「ダメ!!」
伸びてくるステラの腕をぺしぺしと弾いて防ぐ。すると今度は俺の両手をガシッと掴み、肉球の吸引を始める。
「すぅぅ、あ、肉球ヤバ…すぅぅぅぅ」
「わああ!あああ!うわあぁ!」
うわうわうわうわうわ!止めて止めて止めて止めて!ぞわぞわする!わあああああ!
「いい加減にして!ステラだって、体の匂いを思いっきり嗅がれたら気持ち悪いでしょ!?」
そう言うと、ステラはゆっくりとした動きで静かに両手を広げ…
「…………………」
無言でこちらを向かえ入れる体勢を整えた…
「もうヤダこの人!」
チクショウ!相性が悪すぎる!
その場に突っ伏して、ぼふぼふとベッドに八つ当たりした。
なんか、ステラには一生敵わない気がする…このままずっとからかわれて、ペース握られて、振り回されて………
…………………………………………………
……まあ………嫌じゃ無いけど…………
「ツンデレ?」
ネメシス!うるさい!!
「……なあ、ユキト…」
「ん?なに?」
「もしかして、今、神様の声が聞こえてたりするか?」
「え!?な、なんで!?」
急にどうした?
「私が話しかけてないのに、急に誰かに話しかけられたように表情が変わったから、なんとなく」
「だからって、なんで神様?」
察しが良すぎない?
「んー…なんか、ユキトと一緒に戦った時、色々なイメージが流れ込んできて、さっきもユキトの夢を見たんだ。その中でユキトと女神様が話していた」
『
「そして……その………ユキトが死んだときのことも……」
え?
「ユキト…ユキトは、別の世界から来たのか?」
そうか…見られたのか…あの日のこと…まあ、別に知られちゃまずいことでもないし、この際、全部説明するか…
…本当に良いのか?
ステラは…『ウサギの獣人』が大好きなんだから、俺がもともと人間だったって知ったら…
ガッカリ…させちゃうかな…
いや、もう転生のことは『
それに、ステラに嘘はつきたくない。
「分かった、全部話すよ。俺のこと」
「ああ、聞かせてくれ。知りたいんだ、君のこと」
それから俺は異世界転生について話した。
地球のこと。死んだ日のこと。転生のこと。俺の能力のこと。まだよくわからないこともあるけど、とにかく分かっていることは全部話した。
内心、ドキドキしながら様子をうかがう。しかし…
「なるほど、つまり…」
話を聞き終えたステラは大きく頷き…
「人間だったユキトは、わざわざ私好みのウサギに生まれ変わって、私と結婚するために世界の壁を飛び越えてきてくれたんだな!愛してる!!」
両手を大きく広げ、力強く抱きついてきた。
「ぜんぜん伝わってない!びっくりするほど伝わってない!離せ!落ち着け!抱きつくな!」
杞憂だった。なんでそうなるんだよ!
「だって、地球でもあの怪獣が暴れてるんだろ?そして異世界転生したユキトと、この世界の私が出会って、怪獣に打ち勝ったんだぞ?運命的じゃないか!たくさんある異世界の中で、ユキトが私のいる世界に転生したのは正に奇跡だ!きっとこの異世界転生には意味がある!ユキトは私と出会うために異世界転生したんだよ!」
「お、おぅ」
一気に捲し立てられて、つい頷いてしまった。
「ふふふ、盛り上がってきたぞ!きっと私たちはこれから世界を救う運命なんだ!世界を救うためにとりあえず!」
ぐうぅぅ。
二人のお腹が食事の催促をした。
「飯にしよう!」
「お、おぅ」
【フィア・グランツ王国 王宮内 食堂】
「おはよう!爺や!お腹すいた!」
ステラが勢いよく食堂の扉を開け放つ。すると、食堂にはすでに先客が居た。
「おお、おはよう!ステラ、昨日は大活躍だったな!」
一人は、2メートルはありそうな大男。
黄色と白を基調とした綺麗なローブを着ていて威厳がある。
金色の短髪と、髭を生やした顔をニカッと笑わせて、大きな声で話しかけてきた。
「お姉様、食堂ではお静かに。それから、お姉様がお強いのは誇らしいことですが、あまり無茶はしないでくださいね」
もう一人は、俺とステラの中間ぐらいの背丈。
小学生か、中学生か、判断に迷う位の見た目。
こちらも黄色と白を基調にした綺麗なドレスを着ている。
ステラと同じ赤い髪を、左右にまとめたツインテールの女の子が、ステラの態度をたしなめつつ、心配するような口調で話しかけてきた。
「おはようございます、ステラ様。ユキト様。朝食の用意ができておりますので、適当にお掛けください」
そして爺や。今日も朝からビシッと整っていてかっこいい。
「おはようございます!父上!おはよう!ポラリス!改めて紹介します!こちらが昨日、私と出会い、共に戦ってくれた勇敢なウサギ、イナバユキトです!」
「おお、君がユキト君か!話しは聞いているよ。すまないな、挨拶が遅れてしまって。私はソル・フィア・グランツ。この国の国王だ。娘が世話になったね!ありがとう!」
ステラの父、国王様が俺の手を取り、ブンブンと上下に振った後、ガバッとハグしてきた。
「あ、よ、よろしく、お願いします」
「はははは!そんなに固くならなくていい!国王相手だからとあまり気負わず、仲良くしてくれ!」
そう言うと、今度はガシッと肩を組んで顔を押し付けてきた。ああ、距離の縮めかたは父親譲りか…まあ、ぜんぜん嫌な感じはしないけど。
「あ、ありがとうございます」
自然と笑顔になり、緊張が解れていく。一挙手一投足がいちいち大きいが、とにかくいい人なんだなぁ、といった印象を受けた。いかにもステラの父親って感じだ。
「お父様のその気さくさは美徳ですが、さすがに馴れ馴れしすぎます。ユキトさん困ってますよ?失礼しましたユキトさん。私はステラの妹、第二王女、ポラリス・フィア・グランツです。よろしくお願いします」
俺と国王様に近づきつつ、ポラリス王女が話しかけてきた。なんだか、とてもしっかりとした雰囲気だ。ステラより大人っぽいかも?
「はははは!相変わらずポラリスは手厳しいな!」
「よろしくお願いします、ポラリス様、国王様」
「ユキト君!なんなら私は呼び捨てでもかまわんぞ!」
「いや、さすがに国王様を呼び捨てには…」
「なぁに、気にするな!私たちはもう友人だろう?」
「お父様、だからユキトさん困ってますって。でも、私のことも呼び捨てで構いませんよ?」
「ええっと、じゃあ、『ソルさん』『ポラリスさん』でいいですか?」
「うむ!よろしく頼むぞ!ユキト君!」
「よろしくお願いします、ユキトさん」
「よろしくお願いします、ソルさん、ポラリスさん」
「よし!挨拶は済んだな!朝食にしよう!」
ステラは既に席につき、挨拶が終わるのを待ちわびていた。
「はははは!そうだな!飯にしよう!」
朝食の準備が整い、全員が席につく。すると、食卓の上に写真が立て掛けてあるのに気づいた。その写真には、赤い長髪の、とても綺麗な女性が写っていた。
「おはようございます、母上」
ステラが写真の女性に挨拶をした。
「おはようございます、お母様」
「おはよう、ルナ」
二人も続けて挨拶した。もしかして…
「彼女はルナ・フィア・グランツ。私の自慢の妻だ。残念ながら、数年前に亡くなってしまってね」
「そうなんですか…イナバユキトです。よろしくお願いします、ルナさん」
俺もみんなに倣い、ルナさんに挨拶した。
「ありがとう、ユキト君。妻も喜ぶよ。さぁ、食べよう!」
三人が同じタイミングで「いただきます!」と言ったのを見て、俺もあわてて「いただきます!」と言った。
今朝のメニューは、フレンチトースト、ベーコンエッグ、コーンポタージュ、サラダ、オレンジジュース。
別に豪華な食事を期待していたわけではないが、王族の朝食にしては意外と普通というか……しかし、一口食べたとたん、俺は王族っぽくないとか野暮なことを考えていた自分を恥じた。
なにこれ、めちゃくちゃ美味い!すべてにおいてクオリティが高い!
聞けば朝食は毎朝、爺やが作ってくれているそうだ。さすが爺や。
ああ、幸せ…美味すぎる…
勢いよくがっつき、食事を全力で楽しんでいると、その場にいる全員に、微笑ましいものを見守る様な目で見られていることに気づいた。
うわ、ちょっとみっともなかったかな…と、少し恥ずかしくなってしまったが、それでもこの食事を中断する理由にはならない…!
結局、爺やの勧めでおかわりまでしてしまい、ほぼ二人分食べた。
ちょっと食べ過ぎたかな…まあ、俺はおかわりしなくても良かったんだけど?爺やがね?勧めるから。申し訳ないかなって。ホントだよ?それにしても、めちゃくちゃ美味かったなぁ…
食事を終えた俺たちに、爺やがお茶を淹れてくれた。爺や大好き…
まったりお茶を楽しんでいると、ふと気づいた。あれ、俺って今、草食動物だよね?ベーコンエッグとか、食べて大丈夫だったのかな?そう思いながら、なんとなくお腹をさすってみる。すると、ネメシス様が話しかけてきた。
「特に問題無いわよ。魔物って、元になった動物がなんであれ、基本、雑食になるから」
あ、そうなんだ。良かったー。ほっとしてお茶をすする。
「ユキト。良かったらこの後、町に行かないか?みんなの様子を見に行きたいんだ」
お茶を飲み終わったあたりで、ステラに誘われた。
「いいよ、ちょうど俺も町に行ってみたかったんだ」
「ありがとう。きっとみんなも、ユキトに会いたがってる。それでは、私たちは町に行ってきます」
ステラが俺を脇に抱えてみんなに振り返る。いや、自分で歩けるよ?
「おお、皆によろしくな。では、私も仕事を始めるとしよう。アルバ、ごちそうさま。美味かったよ、いつもありがとうな」
「はい。こちらこそ、ありがとうございます」
「お父様、私もお手伝いします。爺や、ごちそうさま」
「はい。ありがとうございます」
「爺や、ごちそうさま!よし、行くぞ、ユキト!」
「爺や!ごちそうさまでしたー!ステラ、降ろして!」
「はい。いってらっしゃいませ」
食堂を後にして、俺とステラは城下町へ向かった。
【フィア・グランツ王国 城下町】
城下町へたどり着くと、さすがに人目が気になったのでステラの脇から飛び降りた。
町の被害は決して少なくなかったが、住民たちの懸命な復興作業により、すでに活気を取り戻していた。
家の修理をしている狼の魔物。
まだ半分ほどしか直っていない場所で商売をする人間の男。
おにぎりやパンを配っている猫の魔物の兄弟と、一緒に飲み物を配る人間の姉妹。
大きな鍋で炊き出しをしてる人間のおばさん。
猿の魔物と人間の大男たちが、木や石の資材を持ってきて、「これで足りるかい!?」と、屋根の上にいるトカゲの魔物に話しかけている。
家の中から、鳥の魔物のひなをあやしながら、人間の女性がでてきて「おつかれさま!」と言いながら、資材を持ってきた人たちにタオルを渡した。
本当に人と魔物が一緒に暮らしてるんだ。ステラから聞いてはいたが、実際に目の当たりにして、改めて感心した。
「なんか、思ってたより仲良さそうだね」
「ん、まあ、この辺には比較的、関係が良好な民が集まっているからな。もう少し町の外れに行くと、だんだんどちらかに片寄ってくる。北側に人間、南側に魔物といった感じだ」
「そうなんだ…」
みんながみんな、同じ考え方じゃないってことか。そりゃそうか、当たり前だよな…
目の前の理想と、まだ見ぬ現実に思いを馳せていると、猫の魔物の兄弟がこちらに駆け寄ってきた。
「おうじょさま!おうじょさまだー!」
「ステラおうじょさまー!」
「おお、二人とも無事だったか!」
ステラが兄弟たちの頭をわしゃわしゃと撫でると、兄弟たちはキャッキャと甲高い声ではしゃぐ。
「「あげる!」」
突然、兄弟たちがパンとおにぎりを差し出してきた。
「「ありがとう」」
お礼を言い、ステラと一緒にそれを受け取ると、「またね!」「ばいばーい!」と、兄弟は元気よく走り去っていった。
正直、まだ朝食がお腹に残っている感じだったが、断るわけにもいかないしな。それにちょっとお米も食べたかったし。
「いただきます」
大きく口を開けておにぎりにかぶりついた。しかし…
「ん!?………毛が…」
おにぎりの中に、猫の毛が混じっていた…
「ふふ、魔物は料理をするとき、魔力でできた薄い膜のようなものを纏い、体毛が混じらないようにするんだが、あの年頃ではそれがまだできないからな。料理のお手伝いで、体毛が混じってしまうのは良くあることなんだ」
「へー…なるほど…」
「幼くて、
「おい」
目がヤバイぞ…
「は!もちろん、ユキトが一番好きだぞ!」
「フォローになってないんだよなぁ…」
ステラと俺が町を歩きだすと、いろんな人が話しかけてきた。ステラは普段からここら辺によく来るらしく、あちこちから引っ張りだこで、「復興が大変だろう」と断っていたのに、いつの間にか手土産だらけになっていた。
かくいう俺も、あのときの戦いを見ていた人がいたらしく、ヒーローに祭り上げられていた。
「おお!あんちゃん!見てたぜ!」
「カッコ良かったよー!」
「コネクトー!」
おじさんに背中を叩かれたり、子供に抱きつかれたり、とにかく、もみくちゃにされた。
「ユキト、ユキト、一緒に遊ぼ!」
「わー、すごい!ふわふわー!きもちー!」
特に子供たちからの人気が高いみたいで、身体のあちこちを掴まれて引っ張られ、だんだんステラから離れていく。
「ユキト、大丈夫か!?」
「ああ、うん、多分、大丈夫!後でここに戻ってくるよ!」
「こっちこっち!」
「おかあさーん!ユキトと遊んでくるー!」
俺はそのまま子供たちに連れられて、遊びに付き合うことにした。
「ユキト!あれ、どこ行った?ユキト?」
ステラと、完全にはぐれてしまったことにも気づかずに…
【フィア・グランツ王国 町外れ】
「こっちだよぅ」
「いや!こっちだ!」
「だって、そっちには行っちゃダメって、お母さんが…」
「僕だってそっちは行っちゃダメって、言われてるもん!」
どうやら、人間の子と魔物の子が、どっちの遊び場で遊ぶのかで、ケンカになってしまったようだ。そういえば北と南で、人間と魔物が別れてるんだっけ。
子供達が友達になるのに、人も魔物も関係ないみたいだけどな。
「とりあえず、さっきの所に戻らない?あそこなら、みんなで一緒に遊べるんじゃないかな?」
土地勘が無いなりに、合理的な提案を試みてみたが…
「あっちはまだ、思いっきり走れないし…」
「絶対こっちのほうが面白いよ!」
聞き入れてもらえなかった…どうしたもんかなぁ。
どうすればみんなが納得できるか…そんなことを考えていると…
グサッ!
「え?」
背中から胸にかけて、鋭い矢が貫通していた。身体がだんだん痺れてくる。これって、まさか…
「うわあああ!ユキトー!」
「ぼ、僕!お母さん呼んでくるー!」
「あ、ま、まって!僕もー!」
子供達が一斉に、城下町の方へ走り去っていった。これで、ステラにも状況が伝われば良いんだけど…
刺さった矢が消えていき、身体が完全に動かなくなった。
「よう、ヒーロー、また会ったな…」
物陰から、一人の男が現れた。あいつは、あのとき森の中で会った…
「密猟者…騎士たちに捕まったんじゃ…」
「ああ、捕まったさ。王女様のクソみてぇな追跡魔法のせいでな…!」
俺の長い両耳を掴み、乱暴に持ち上げる。
「痛てて…やめろ、耳、掴むな…!」
俺が痛がると、男の顔が、心底、楽しそうに醜く歪んだ。
「へへ…だがその後、俺だけ脱走できたのさ。妙な化け物が暴れてくれたおかげでな」
怪獣か。あの戦いに乗じて脱走したのか。
「行くぞ、お前にはたっぷりと礼をしないとな…」
「離せ、むぐっ…」
口を塞がれ、まともな抵抗もできず、俺は王国北側の外れにある、ボロボロの倉庫に連れていかれた。
【フィア・グランツ王国 北側 倉庫跡地】
ドサッ!
「っ!んー…」
男は俺を乱暴に放り投げ、汚いソファに腰かけた。
「あー、ったく、ついてねー。てめぇを取り逃がしてから、まったくうまくいかねぇぞクソウサギ!」
座ったと思ったら勢いよく立ち上がり、俺の腹を思いっきり蹴り上げた。
「っ!!んん!むぅぅ…!」
蹴り飛ばされた俺は、勢いよくゴミの山に突っ込んだ。なんだよ…傷がついたら値下がりするんじゃなかったのかよ…
「あははは!よく飛ぶなぁ!クソウサギ!」
男が俺に近づき、口を塞いでいた布を乱暴に引きちぎった。
「ぷはぁ!ああっ…げほっ…げほっ…」
「ほら…なんとか言えよ…」
また耳を掴んで持ち上げられた。だから、それ痛いんだよ…離せ…
「げほっ…はぁ…はぁ…………」
苦しい、うまく息が…
「なんとか言え!こらぁ!」
男は怒りに任せ、腹を、顔を、とにかく全身をボコボコに殴ってきた。やめろ…なんかもう…色々ちぎれる…
「ああ…ぐぁはっ…げほっ」
俺の吐き出した血が、倉庫の床を汚した。
「ちっ、汚ねぇな…」
ドサッと、また俺を床に放り投げた。
「せっかく脱走できたから、依頼主にもう一度てめぇを売ろうと思ったのによ…」
男がタバコに火をつけながら話し始めた。
「一度でも捕まったヤツは、もう雇わねぇとよ…どうすんだ、てめぇのせいで仕事できなくなったぞ、こらぁ!」
また蹴飛ばされた…いい加減にしてくれ…
「ぐっ…ごふ…げほっ…」
声が出せない…叫べばもしかしたら…誰かに聞こえるかもしれないのに…
「もう、しょうがねぇや。とりあえずてめぇのボロ雑巾みてぇな毛皮でも、森を抜けた港町なら、いくらか稼げんだろ」
誰のせいでボロ雑巾になったと思ってんだ…
「そういや、お前って美味いんだよな?俺、ウサギ食ったこと無ぇんだよなぁ。クソみてぇな法律のせいでよ。肉は俺が食っちまおうかなぁ…」
男がナイフを取りだし、近づいてくる。ヤバイ、なんとかしないと…
「…や、やめろ……」
「あ?やめろ?誰に向かって口きいてんだ?人間様だぞ!家畜の分際で、人間様に指図してんじゃねぇ!」
男がまた俺を蹴飛ばそうとした。足が顔に近づいてくる。今だ!
「がぶっ!」
俺は男の足に思いっきり噛みついた。ウサギの長い前歯が、男の足に深く突き刺さる。
「いってぇ!この!家畜がぁぁ!!」
男がナイフを振り下ろす。しかし、ナイフが俺に刺さることは無かった。
「あ?てめぇ、なんで動ける!?まだ麻痺は抜けねぇはずだぞ!」
俺はギリギリのところでナイフをかわし、男から距離をとった。
「はぁ、はぁ、ステラの、おかげだよ」
「ああ!?」
【数十分前 城の廊下】
「あ、そういえばユキト、これを渡しておこう」
ステラが、華奢な装飾の腕輪を、俺の腕に着けてくれた。白い毛皮に覆われて、本当に腕輪を着けているのか、よく分からなくなってしまう。
「これは?」
「お守りだ」
「お守り…」
「具体的に言うと、魔法抵抗力を上げるアクセサリーだ」
「急にRPGっぽくなった」
「それを着けていると、魔法による状態異常を軽減できるんだ。本当はもっと強力なものをあげたいが、今はそれしか持っていないんだ。それでも、無いよりはマシなはずだ。ぜひ、つけていてほしい」
「うん、ありがとうステラ。嬉しいよ」
素直にお礼を言うと、ステラの表情がみるみる明るくなっていく。
「ユキト…!そんな…!この程度のプレゼントで…!結婚までしてくれるなんて…!」
「いや、そこまでは言ってないよ?早く戻ってきて?」
【現在 倉庫跡地】
まさか、こんなにすぐフラグ回収するとは思ってなかったけど、とにかく、あってよかったステラのお守り!
とはいえ、状況はよくない…ステラや大人たちがすぐに来てくれるとは限らないし、全身、打撲が酷い…麻痺は治ったけど、あんまり速くは動けないかも…どうする…?
「くそ…くそ…くそ!クソウサギ!くそ!」
男はまだ足を押さえている。まあ、結構強く噛んだからなぁ。このまま逃げてくんないかな…
「クソウサギィィィ!!!」
逆上した男が突進してきた。やっぱり、まだ終わらないか!
「おら!おら!あああ!!」
男は、がむしゃらにナイフを振り回してくる。まだギリギリかわせるけど、このままじゃ時間の問題だ。
どうする…どうする…!今の俺にできることは!?
「こうなったらもう、これしかない!」
俺は男の背後に回り込み、背中に飛び付いた。そして…
「『
「あ!?なんだ!?なにしやがる!?」
男の身体にありったけの魔力を流し込む。すると、俺たちから放たれた衝撃波が、ボロボロの倉庫を吹き飛ばした。
「ああ!あああ!!あああ!?」
男は突然、自分に溢れだした膨大な魔力に、ただただ混乱していた。そのせいか、男からはなんのイメージも流れ込んで来なかった。
そして行き場を失った魔力は、そのまま空に向かって放出され、光の柱になって消えていった。
「「……がはっ!」」
二人同時に魔力切れになった俺たちは、そのまま倒れて動けなくなった。
「ぐっ…くそ…いてぇ…」
「はぁ…!やっぱり、キツイ、これ…」
だいぶ派手に光ったからな…これで多分、誰かが気づいてくれるはず。男のほうに目を向けると、男と目が合った。
「この、クソウサギが…家畜のくせに…搾取されるためだけに生まれてきた存在のくせに…」
「……………」
家畜。搾取される存在。なんだか、妙に心に刺さる。それは男から受けたどんな暴力より辛かった。
多分、俺、ウサギになる前からそうだったんだ。自分からはなにもせず、言われたことだけやって、飼い慣らされて、搾取される。
そして、それを甘んじて受け入れ、変えることも、変わることも諦めてたんだ。
でも…
「それでも…」
「…あ?」
「求めてくれたんだ…俺が、もともと人間だったことを知ってなお、俺を好きだって言ってくれたんだ…」
「……………」
「だから…応えたいんだ。…俺も…ステラのことが…」
「私!見参!!ユキト!助けに来たぞ!!」
………わあ…かっこいい…
その場に流れる空気をすべて吹き飛ばし、我らがヒーロー、ステラ王女様がご到着された。
ていうか、あっぶね。もうちょっとで聞かれるとこだった。
「…クソウサギ」
「…ん?」
「せいぜい、飼い慣らされてろ。俺はもう知らん…」
男は、心底あきれた、といった感じに目をそらした。
「…うん、ありがとう」
「あ?なんで「ありがとう」なんだよ、キモいな。俺はてめぇを食い殺そうと…」
「きさまが黒幕か!てりゃあ!」
「ぐはっ!?」
ステラの手刀が男の脳天に直撃し、男は一瞬で失神してしまった。
「大丈夫だったか!?ユキト!?ああ、こんなに傷だらけになって、可哀想に…よし!とりあえず城で治癒魔法をかけてもらって、それから一緒に風呂に入ろうな!」
「わぁ…助けて、爺や…」
「安心しろ、ユキト。いくらなんでも、ユキトが動けないのを良いことに、あんなことや、そんなことなんて、絶対しないから!ちゃんと我慢するから!多分!」
「わぁ…助けて、爺や…」
その後、騎士や大人たちが現場に駆けつけ、男は再び逮捕された。
俺のことを、愛おしそうに抱きしめるステラに、さっき言いかけたことを伝えようか迷ったが、今はまだ、やめておくことにした。
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