第4話 転生兎はなに見て跳ねる?

【夢の中】


「『接続コネクト』でしたっけ?あれってなんだったんですか?」


 また夢の中にネメシス様がログインして下さったので、『接続コネクト』について聞いてみた。


「『接続コネクト』っていうのは、肉球があるほど魔力が多いウサギが使える、魔力の共有。一時的に、大量の魔力を誰かと共有することにより、強制的に限界を超えさせる能力よ」


「限界を無理に超えさせるから、そのあとすごく疲れちゃうんですか?」


「ええ。しかも、相手と繋がって一つになるから、限界を超えた反動まで共有しちゃうのよ」


「今回は倒しきれたから良かったけど、もし倒せなかったら…」


「敵の目の前で戦闘不能になっちゃうわね。かなり強力だけど、多用は禁物かしら。超必殺技って感じ?」


「あと、気になることがあって。ステラと繋がってたとき、なんか、イメージというか、ステラが考えてることがなんとなく伝わってきて…」


「それも『接続コネクト』の特徴ね。繋がって一つになるから、思考もいくらか共有するの。だから相手がなにをしたいか、どうやって戦いたいかが、よく分かるのよ」


 なるほど…初めて見る技なのに、同時に叫べたのはそういうことか。


「すごく強いのは良いんですけど、使い勝手が悪すぎますね…もっと使いやすい能力は無いんですか?」


「それなら、『強化ブースト』ね」


「『強化ブースト』?」


「今回は両手で触ったでしょ?ぎゅって、『ハグ』する感じに。『強化ブースト』は、片手で『タッチ』するの。そして『強化ブースト』って叫ぶと、今度はお互いを繋げずに、魔力の一部を渡すことができるわ。複数の相手にも渡せるし、リスクも少ないわ」


接続コネクトハグ』と、『強化ブーストタッチ』か…


「今回アンロックできる情報はこれくらいかしらねー」


「ああ、なんかゲームみたいに、物語が進行するごとに情報を開示していくスタイルなんですか?まどろっこしいですね」


「まあ、あんまり夢の中で長話しても、あなたがゆっくり休めないしね」


「いや、起きてるときに説明してくださいよ…」


「忙しそうだったし?」


「まあ、忙しかったですけど…」


「似合ってたわよ?女装」


「やめて…」


「じゃあ、またね。またなにかあったら説明しにくるわ。そろそろ危ないし」


「え?」




【異世界アニマ フィア・グランツ王国 ステラの部屋】


「すぅぅぅぅぅぅぅぅ」


「っ…!」


 目を覚ますと、ステラが俺の胸元に鼻先を突っ込んで深呼吸していた。


「はあぁ!ヤバい…無限に吸引できるわ…すぅぅぅぅぅ」


「っ…!!」


 これが噂に聞く、『吸引』か…!なんでも、世界中のペットたちが被害にあっているとか、いないとかいう、人間の業だとか、そうでないとか…


「はあぁ!すぅぅぅぅぅぅぅぅ」


「止めろ!」


 足を、体と体の間に割り込ませ、一気にステラをひっぺがす。


「ああ、もうちょっと、もうちょっとだけ!」


「ダメ!!」


 伸びてくるステラの腕をぺしぺしと弾いて防ぐ。すると今度は俺の両手をガシッと掴み、肉球の吸引を始める。


「すぅぅ、あ、肉球ヤバ…すぅぅぅぅ」


「わああ!あああ!うわあぁ!」


 うわうわうわうわうわ!止めて止めて止めて止めて!ぞわぞわする!わあああああ!


「いい加減にして!ステラだって、体の匂いを思いっきり嗅がれたら気持ち悪いでしょ!?」


 そう言うと、ステラはゆっくりとした動きで静かに両手を広げ…


「…………………」


 無言でこちらを向かえ入れる体勢を整えた…


「もうヤダこの人!」


 チクショウ!相性が悪すぎる!

 その場に突っ伏して、ぼふぼふとベッドに八つ当たりした。


 なんか、ステラには一生敵わない気がする…このままずっとからかわれて、ペース握られて、振り回されて………

 …………………………………………………

 ……まあ………嫌じゃ無いけど…………



「ツンデレ?」


 ネメシス!うるさい!!



「……なあ、ユキト…」


「ん?なに?」


「もしかして、今、神様の声が聞こえてたりするか?」


「え!?な、なんで!?」


 急にどうした?


「私が話しかけてないのに、急に誰かに話しかけられたように表情が変わったから、なんとなく」


「だからって、なんで神様?」


 察しが良すぎない?


「んー…なんか、ユキトと一緒に戦った時、色々なイメージが流れ込んできて、さっきもユキトの夢を見たんだ。その中でユキトと女神様が話していた」


接続コネクト』の影響か…


「そして……その………ユキトが死んだときのことも……」


 え?


「ユキト…ユキトは、別の世界から来たのか?」


 そうか…見られたのか…あの日のこと…まあ、別に知られちゃまずいことでもないし、この際、全部説明するか…

 

 …本当に良いのか?

 

 ステラは…『ウサギの獣人』が大好きなんだから、俺がもともと人間だったって知ったら…

 

 ガッカリ…させちゃうかな…

 

 いや、もう転生のことは『接続コネクト』でバレてるんだ。今さら誤魔化したってもう遅い。

 

 それに、ステラに嘘はつきたくない。

 

「分かった、全部話すよ。俺のこと」


「ああ、聞かせてくれ。知りたいんだ、君のこと」



 それから俺は異世界転生について話した。

 地球のこと。死んだ日のこと。転生のこと。俺の能力のこと。まだよくわからないこともあるけど、とにかく分かっていることは全部話した。



 内心、ドキドキしながら様子をうかがう。しかし…

 

「なるほど、つまり…」


 話を聞き終えたステラは大きく頷き…


「人間だったユキトは、わざわざ私好みのウサギに生まれ変わって、私と結婚するために世界の壁を飛び越えてきてくれたんだな!愛してる!!」


 両手を大きく広げ、力強く抱きついてきた。


「ぜんぜん伝わってない!びっくりするほど伝わってない!離せ!落ち着け!抱きつくな!」


 杞憂だった。なんでそうなるんだよ!


「だって、地球でもあの怪獣が暴れてるんだろ?そして異世界転生したユキトと、この世界の私が出会って、怪獣に打ち勝ったんだぞ?運命的じゃないか!たくさんある異世界の中で、ユキトが私のいる世界に転生したのは正に奇跡だ!きっとこの異世界転生には意味がある!ユキトは私と出会うために異世界転生したんだよ!」


「お、おぅ」


 一気に捲し立てられて、つい頷いてしまった。


「ふふふ、盛り上がってきたぞ!きっと私たちはこれから世界を救う運命なんだ!世界を救うためにとりあえず!」


 ぐうぅぅ。


 二人のお腹が食事の催促をした。


「飯にしよう!」


「お、おぅ」




【フィア・グランツ王国 王宮内 食堂】


「おはよう!爺や!お腹すいた!」


 ステラが勢いよく食堂の扉を開け放つ。すると、食堂にはすでに先客が居た。


「おお、おはよう!ステラ、昨日は大活躍だったな!」


 一人は、2メートルはありそうな大男。

 黄色と白を基調とした綺麗なローブを着ていて威厳がある。

 金色の短髪と、髭を生やした顔をニカッと笑わせて、大きな声で話しかけてきた。


「お姉様、食堂ではお静かに。それから、お姉様がお強いのは誇らしいことですが、あまり無茶はしないでくださいね」


 もう一人は、俺とステラの中間ぐらいの背丈。

 小学生か、中学生か、判断に迷う位の見た目。

 こちらも黄色と白を基調にした綺麗なドレスを着ている。

 ステラと同じ赤い髪を、左右にまとめたツインテールの女の子が、ステラの態度をたしなめつつ、心配するような口調で話しかけてきた。


「おはようございます、ステラ様。ユキト様。朝食の用意ができておりますので、適当にお掛けください」


 そして爺や。今日も朝からビシッと整っていてかっこいい。


「おはようございます!父上!おはよう!ポラリス!改めて紹介します!こちらが昨日、私と出会い、共に戦ってくれた勇敢なウサギ、イナバユキトです!」


「おお、君がユキト君か!話しは聞いているよ。すまないな、挨拶が遅れてしまって。私はソル・フィア・グランツ。この国の国王だ。娘が世話になったね!ありがとう!」


 ステラの父、国王様が俺の手を取り、ブンブンと上下に振った後、ガバッとハグしてきた。


「あ、よ、よろしく、お願いします」


「はははは!そんなに固くならなくていい!国王相手だからとあまり気負わず、仲良くしてくれ!」


 そう言うと、今度はガシッと肩を組んで顔を押し付けてきた。ああ、距離の縮めかたは父親譲りか…まあ、ぜんぜん嫌な感じはしないけど。


「あ、ありがとうございます」


 自然と笑顔になり、緊張が解れていく。一挙手一投足がいちいち大きいが、とにかくいい人なんだなぁ、といった印象を受けた。いかにもステラの父親って感じだ。


「お父様のその気さくさは美徳ですが、さすがに馴れ馴れしすぎます。ユキトさん困ってますよ?失礼しましたユキトさん。私はステラの妹、第二王女、ポラリス・フィア・グランツです。よろしくお願いします」


 俺と国王様に近づきつつ、ポラリス王女が話しかけてきた。なんだか、とてもしっかりとした雰囲気だ。ステラより大人っぽいかも?


「はははは!相変わらずポラリスは手厳しいな!」


「よろしくお願いします、ポラリス様、国王様」


「ユキト君!なんなら私は呼び捨てでもかまわんぞ!」


「いや、さすがに国王様を呼び捨てには…」


「なぁに、気にするな!私たちはもう友人だろう?」


「お父様、だからユキトさん困ってますって。でも、私のことも呼び捨てで構いませんよ?」


「ええっと、じゃあ、『ソルさん』『ポラリスさん』でいいですか?」


「うむ!よろしく頼むぞ!ユキト君!」


「よろしくお願いします、ユキトさん」


「よろしくお願いします、ソルさん、ポラリスさん」


「よし!挨拶は済んだな!朝食にしよう!」


 ステラは既に席につき、挨拶が終わるのを待ちわびていた。


「はははは!そうだな!飯にしよう!」



 朝食の準備が整い、全員が席につく。すると、食卓の上に写真が立て掛けてあるのに気づいた。その写真には、赤い長髪の、とても綺麗な女性が写っていた。


「おはようございます、母上」


 ステラが写真の女性に挨拶をした。


「おはようございます、お母様」


「おはよう、ルナ」


 二人も続けて挨拶した。もしかして…


「彼女はルナ・フィア・グランツ。私の自慢の妻だ。残念ながら、数年前に亡くなってしまってね」


「そうなんですか…イナバユキトです。よろしくお願いします、ルナさん」


 俺もみんなに倣い、ルナさんに挨拶した。


「ありがとう、ユキト君。妻も喜ぶよ。さぁ、食べよう!」



 三人が同じタイミングで「いただきます!」と言ったのを見て、俺もあわてて「いただきます!」と言った。


 今朝のメニューは、フレンチトースト、ベーコンエッグ、コーンポタージュ、サラダ、オレンジジュース。


 別に豪華な食事を期待していたわけではないが、王族の朝食にしては意外と普通というか……しかし、一口食べたとたん、俺は王族っぽくないとか野暮なことを考えていた自分を恥じた。


 なにこれ、めちゃくちゃ美味い!すべてにおいてクオリティが高い!

 聞けば朝食は毎朝、爺やが作ってくれているそうだ。さすが爺や。


 ああ、幸せ…美味すぎる…


 勢いよくがっつき、食事を全力で楽しんでいると、その場にいる全員に、微笑ましいものを見守る様な目で見られていることに気づいた。


 うわ、ちょっとみっともなかったかな…と、少し恥ずかしくなってしまったが、それでもこの食事を中断する理由にはならない…!


 結局、爺やの勧めでおかわりまでしてしまい、ほぼ二人分食べた。


 ちょっと食べ過ぎたかな…まあ、俺はおかわりしなくても良かったんだけど?爺やがね?勧めるから。申し訳ないかなって。ホントだよ?それにしても、めちゃくちゃ美味かったなぁ…


 食事を終えた俺たちに、爺やがお茶を淹れてくれた。爺や大好き…


 まったりお茶を楽しんでいると、ふと気づいた。あれ、俺って今、草食動物だよね?ベーコンエッグとか、食べて大丈夫だったのかな?そう思いながら、なんとなくお腹をさすってみる。すると、ネメシス様が話しかけてきた。



「特に問題無いわよ。魔物って、元になった動物がなんであれ、基本、雑食になるから」

 あ、そうなんだ。良かったー。ほっとしてお茶をすする。



「ユキト。良かったらこの後、町に行かないか?みんなの様子を見に行きたいんだ」


 お茶を飲み終わったあたりで、ステラに誘われた。


「いいよ、ちょうど俺も町に行ってみたかったんだ」


「ありがとう。きっとみんなも、ユキトに会いたがってる。それでは、私たちは町に行ってきます」


 ステラが俺を脇に抱えてみんなに振り返る。いや、自分で歩けるよ?


「おお、皆によろしくな。では、私も仕事を始めるとしよう。アルバ、ごちそうさま。美味かったよ、いつもありがとうな」


「はい。こちらこそ、ありがとうございます」


「お父様、私もお手伝いします。爺や、ごちそうさま」


「はい。ありがとうございます」


「爺や、ごちそうさま!よし、行くぞ、ユキト!」


「爺や!ごちそうさまでしたー!ステラ、降ろして!」


「はい。いってらっしゃいませ」


 食堂を後にして、俺とステラは城下町へ向かった。




【フィア・グランツ王国 城下町】


 城下町へたどり着くと、さすがに人目が気になったのでステラの脇から飛び降りた。

 町の被害は決して少なくなかったが、住民たちの懸命な復興作業により、すでに活気を取り戻していた。


 家の修理をしている狼の魔物。

 まだ半分ほどしか直っていない場所で商売をする人間の男。

 おにぎりやパンを配っている猫の魔物の兄弟と、一緒に飲み物を配る人間の姉妹。

 大きな鍋で炊き出しをしてる人間のおばさん。

 猿の魔物と人間の大男たちが、木や石の資材を持ってきて、「これで足りるかい!?」と、屋根の上にいるトカゲの魔物に話しかけている。

 家の中から、鳥の魔物のひなをあやしながら、人間の女性がでてきて「おつかれさま!」と言いながら、資材を持ってきた人たちにタオルを渡した。


 本当に人と魔物が一緒に暮らしてるんだ。ステラから聞いてはいたが、実際に目の当たりにして、改めて感心した。


「なんか、思ってたより仲良さそうだね」


「ん、まあ、この辺には比較的、関係が良好な民が集まっているからな。もう少し町の外れに行くと、だんだんどちらかに片寄ってくる。北側に人間、南側に魔物といった感じだ」


「そうなんだ…」


 みんながみんな、同じ考え方じゃないってことか。そりゃそうか、当たり前だよな…


 目の前の理想と、まだ見ぬ現実に思いを馳せていると、猫の魔物の兄弟がこちらに駆け寄ってきた。


「おうじょさま!おうじょさまだー!」


「ステラおうじょさまー!」


「おお、二人とも無事だったか!」


 ステラが兄弟たちの頭をわしゃわしゃと撫でると、兄弟たちはキャッキャと甲高い声ではしゃぐ。


「「あげる!」」


 突然、兄弟たちがパンとおにぎりを差し出してきた。


「「ありがとう」」


 お礼を言い、ステラと一緒にそれを受け取ると、「またね!」「ばいばーい!」と、兄弟は元気よく走り去っていった。


 正直、まだ朝食がお腹に残っている感じだったが、断るわけにもいかないしな。それにちょっとお米も食べたかったし。


「いただきます」


 大きく口を開けておにぎりにかぶりついた。しかし…


「ん!?………毛が…」


 おにぎりの中に、猫の毛が混じっていた…


「ふふ、魔物は料理をするとき、魔力でできた薄い膜のようなものを纏い、体毛が混じらないようにするんだが、あの年頃ではそれがまだできないからな。料理のお手伝いで、体毛が混じってしまうのは良くあることなんだ」


「へー…なるほど…」


「幼くて、拙くてつたなくて、本当に可愛いよなぁ…」


「おい」


 目がヤバイぞ…


「は!もちろん、ユキトが一番好きだぞ!」


「フォローになってないんだよなぁ…」



 ステラと俺が町を歩きだすと、いろんな人が話しかけてきた。ステラは普段からここら辺によく来るらしく、あちこちから引っ張りだこで、「復興が大変だろう」と断っていたのに、いつの間にか手土産だらけになっていた。


 かくいう俺も、あのときの戦いを見ていた人がいたらしく、ヒーローに祭り上げられていた。


「おお!あんちゃん!見てたぜ!」


「カッコ良かったよー!」


「コネクトー!」


 おじさんに背中を叩かれたり、子供に抱きつかれたり、とにかく、もみくちゃにされた。


「ユキト、ユキト、一緒に遊ぼ!」


「わー、すごい!ふわふわー!きもちー!」


 特に子供たちからの人気が高いみたいで、身体のあちこちを掴まれて引っ張られ、だんだんステラから離れていく。


「ユキト、大丈夫か!?」


「ああ、うん、多分、大丈夫!後でここに戻ってくるよ!」


「こっちこっち!」


「おかあさーん!ユキトと遊んでくるー!」


 俺はそのまま子供たちに連れられて、遊びに付き合うことにした。


「ユキト!あれ、どこ行った?ユキト?」


 ステラと、完全にはぐれてしまったことにも気づかずに…




【フィア・グランツ王国 町外れ】


「こっちだよぅ」


「いや!こっちだ!」


「だって、そっちには行っちゃダメって、お母さんが…」


「僕だってそっちは行っちゃダメって、言われてるもん!」


 どうやら、人間の子と魔物の子が、どっちの遊び場で遊ぶのかで、ケンカになってしまったようだ。そういえば北と南で、人間と魔物が別れてるんだっけ。

 子供達が友達になるのに、人も魔物も関係ないみたいだけどな。


「とりあえず、さっきの所に戻らない?あそこなら、みんなで一緒に遊べるんじゃないかな?」


 土地勘が無いなりに、合理的な提案を試みてみたが…


「あっちはまだ、思いっきり走れないし…」


「絶対こっちのほうが面白いよ!」


 聞き入れてもらえなかった…どうしたもんかなぁ。

 どうすればみんなが納得できるか…そんなことを考えていると…



 グサッ!



「え?」


 背中から胸にかけて、鋭い矢が貫通していた。身体がだんだん痺れてくる。これって、まさか…


「うわあああ!ユキトー!」


「ぼ、僕!お母さん呼んでくるー!」


「あ、ま、まって!僕もー!」


 子供達が一斉に、城下町の方へ走り去っていった。これで、ステラにも状況が伝われば良いんだけど…

 刺さった矢が消えていき、身体が完全に動かなくなった。


「よう、ヒーロー、また会ったな…」


 物陰から、一人の男が現れた。あいつは、あのとき森の中で会った…


「密猟者…騎士たちに捕まったんじゃ…」


「ああ、捕まったさ。王女様のクソみてぇな追跡魔法のせいでな…!」


 俺の長い両耳を掴み、乱暴に持ち上げる。


「痛てて…やめろ、耳、掴むな…!」


 俺が痛がると、男の顔が、心底、楽しそうに醜く歪んだ。


「へへ…だがその後、俺だけ脱走できたのさ。妙な化け物が暴れてくれたおかげでな」


 怪獣か。あの戦いに乗じて脱走したのか。


「行くぞ、お前にはたっぷりと礼をしないとな…」


「離せ、むぐっ…」


 口を塞がれ、まともな抵抗もできず、俺は王国北側の外れにある、ボロボロの倉庫に連れていかれた。




【フィア・グランツ王国 北側 倉庫跡地】


 ドサッ!


「っ!んー…」


 男は俺を乱暴に放り投げ、汚いソファに腰かけた。


「あー、ったく、ついてねー。てめぇを取り逃がしてから、まったくうまくいかねぇぞクソウサギ!」


 座ったと思ったら勢いよく立ち上がり、俺の腹を思いっきり蹴り上げた。


「っ!!んん!むぅぅ…!」


 蹴り飛ばされた俺は、勢いよくゴミの山に突っ込んだ。なんだよ…傷がついたら値下がりするんじゃなかったのかよ…


「あははは!よく飛ぶなぁ!クソウサギ!」


 男が俺に近づき、口を塞いでいた布を乱暴に引きちぎった。


「ぷはぁ!ああっ…げほっ…げほっ…」


「ほら…なんとか言えよ…」


 また耳を掴んで持ち上げられた。だから、それ痛いんだよ…離せ…


「げほっ…はぁ…はぁ…………」


 苦しい、うまく息が…


「なんとか言え!こらぁ!」


 男は怒りに任せ、腹を、顔を、とにかく全身をボコボコに殴ってきた。やめろ…なんかもう…色々ちぎれる…


「ああ…ぐぁはっ…げほっ」


 俺の吐き出した血が、倉庫の床を汚した。


「ちっ、汚ねぇな…」


 ドサッと、また俺を床に放り投げた。


「せっかく脱走できたから、依頼主にもう一度てめぇを売ろうと思ったのによ…」


 男がタバコに火をつけながら話し始めた。


「一度でも捕まったヤツは、もう雇わねぇとよ…どうすんだ、てめぇのせいで仕事できなくなったぞ、こらぁ!」


 また蹴飛ばされた…いい加減にしてくれ…


「ぐっ…ごふ…げほっ…」


 声が出せない…叫べばもしかしたら…誰かに聞こえるかもしれないのに…


「もう、しょうがねぇや。とりあえずてめぇのボロ雑巾みてぇな毛皮でも、森を抜けた港町なら、いくらか稼げんだろ」


 誰のせいでボロ雑巾になったと思ってんだ…


「そういや、お前って美味いんだよな?俺、ウサギ食ったこと無ぇんだよなぁ。クソみてぇな法律のせいでよ。肉は俺が食っちまおうかなぁ…」


 男がナイフを取りだし、近づいてくる。ヤバイ、なんとかしないと…


「…や、やめろ……」


「あ?やめろ?誰に向かって口きいてんだ?人間様だぞ!家畜の分際で、人間様に指図してんじゃねぇ!」


 男がまた俺を蹴飛ばそうとした。足が顔に近づいてくる。今だ!


「がぶっ!」


 俺は男の足に思いっきり噛みついた。ウサギの長い前歯が、男の足に深く突き刺さる。


「いってぇ!この!家畜がぁぁ!!」


 男がナイフを振り下ろす。しかし、ナイフが俺に刺さることは無かった。


「あ?てめぇ、なんで動ける!?まだ麻痺は抜けねぇはずだぞ!」


 俺はギリギリのところでナイフをかわし、男から距離をとった。


「はぁ、はぁ、ステラの、おかげだよ」


「ああ!?」



【数十分前 城の廊下】


「あ、そういえばユキト、これを渡しておこう」


 ステラが、華奢な装飾の腕輪を、俺の腕に着けてくれた。白い毛皮に覆われて、本当に腕輪を着けているのか、よく分からなくなってしまう。


「これは?」


「お守りだ」


「お守り…」


「具体的に言うと、魔法抵抗力を上げるアクセサリーだ」


「急にRPGっぽくなった」


「それを着けていると、魔法による状態異常を軽減できるんだ。本当はもっと強力なものをあげたいが、今はそれしか持っていないんだ。それでも、無いよりはマシなはずだ。ぜひ、つけていてほしい」


「うん、ありがとうステラ。嬉しいよ」


 素直にお礼を言うと、ステラの表情がみるみる明るくなっていく。


「ユキト…!そんな…!この程度のプレゼントで…!結婚までしてくれるなんて…!」


「いや、そこまでは言ってないよ?早く戻ってきて?」



【現在 倉庫跡地】


 まさか、こんなにすぐフラグ回収するとは思ってなかったけど、とにかく、あってよかったステラのお守り!


 とはいえ、状況はよくない…ステラや大人たちがすぐに来てくれるとは限らないし、全身、打撲が酷い…麻痺は治ったけど、あんまり速くは動けないかも…どうする…?


「くそ…くそ…くそ!クソウサギ!くそ!」


 男はまだ足を押さえている。まあ、結構強く噛んだからなぁ。このまま逃げてくんないかな…


「クソウサギィィィ!!!」


 逆上した男が突進してきた。やっぱり、まだ終わらないか!


「おら!おら!あああ!!」


 男は、がむしゃらにナイフを振り回してくる。まだギリギリかわせるけど、このままじゃ時間の問題だ。

 どうする…どうする…!今の俺にできることは!?


「こうなったらもう、これしかない!」


 俺は男の背後に回り込み、背中に飛び付いた。そして…


「『接続コネクト』!」


「あ!?なんだ!?なにしやがる!?」


 男の身体にありったけの魔力を流し込む。すると、俺たちから放たれた衝撃波が、ボロボロの倉庫を吹き飛ばした。


「ああ!あああ!!あああ!?」


 男は突然、自分に溢れだした膨大な魔力に、ただただ混乱していた。そのせいか、男からはなんのイメージも流れ込んで来なかった。

 そして行き場を失った魔力は、そのまま空に向かって放出され、光の柱になって消えていった。


「「……がはっ!」」


 二人同時に魔力切れになった俺たちは、そのまま倒れて動けなくなった。


「ぐっ…くそ…いてぇ…」


「はぁ…!やっぱり、キツイ、これ…」


 だいぶ派手に光ったからな…これで多分、誰かが気づいてくれるはず。男のほうに目を向けると、男と目が合った。


「この、クソウサギが…家畜のくせに…搾取されるためだけに生まれてきた存在のくせに…」


「……………」


 家畜。搾取される存在。なんだか、妙に心に刺さる。それは男から受けたどんな暴力より辛かった。


 多分、俺、ウサギになる前からそうだったんだ。自分からはなにもせず、言われたことだけやって、飼い慣らされて、搾取される。


 そして、それを甘んじて受け入れ、変えることも、変わることも諦めてたんだ。


 でも…


「それでも…」


「…あ?」


「求めてくれたんだ…俺が、もともと人間だったことを知ってなお、俺を好きだって言ってくれたんだ…」


「……………」


「だから…応えたいんだ。…俺も…ステラのことが…」



「私!見参!!ユキト!助けに来たぞ!!」



 ………わあ…かっこいい…

 その場に流れる空気をすべて吹き飛ばし、我らがヒーロー、ステラ王女様がご到着された。

 ていうか、あっぶね。もうちょっとで聞かれるとこだった。


「…クソウサギ」


「…ん?」


「せいぜい、飼い慣らされてろ。俺はもう知らん…」


 男は、心底あきれた、といった感じに目をそらした。 


「…うん、ありがとう」


「あ?なんで「ありがとう」なんだよ、キモいな。俺はてめぇを食い殺そうと…」


「きさまが黒幕か!てりゃあ!」


「ぐはっ!?」


 ステラの手刀が男の脳天に直撃し、男は一瞬で失神してしまった。


「大丈夫だったか!?ユキト!?ああ、こんなに傷だらけになって、可哀想に…よし!とりあえず城で治癒魔法をかけてもらって、それから一緒に風呂に入ろうな!」


「わぁ…助けて、爺や…」


「安心しろ、ユキト。いくらなんでも、ユキトが動けないのを良いことに、あんなことや、そんなことなんて、絶対しないから!ちゃんと我慢するから!多分!」


「わぁ…助けて、爺や…」



 その後、騎士や大人たちが現場に駆けつけ、男は再び逮捕された。

 俺のことを、愛おしそうに抱きしめるステラに、さっき言いかけたことを伝えようか迷ったが、今はまだ、やめておくことにした。


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