第43話 メイド・メイド・メイド

 お茶をすること30分。そろそろ夕食の準備に本腰をいれなければならないらしいので、サラもお暇することにした。

 帰り際、エマが駆け寄ってきて呼び止められる。サラが振り向くと、彼女は手のひらにサラの拳大の包みを持たせた。



 「これ、プリンで余った卵白で作ったんです。昔…初めてお嬢様にお会いしたときに、もう一度食べたい、っておっしゃってたから」


 「ありがとう…嬉しいわ」



 それは、沙羅の知らないサラとエマの思い出だ。エマにこんな表情をさせるくらいだ。本当に大切な思い出なのだろう。

 リックも知らないと言っていたので、沙羅が知り得ることは多分もう一生ない。その重たさごと受け止めるよう、両手で大切に包み込んだ。





 クレアによるお屋敷ツアー、お次は縫い物を中心とするメイドの仕事部屋に連れて行ってくれるそうだ。仕事中のシュルツとは厨房で別れ、メンバーはサラとクレアの2人に戻った。

 厨房を出てからというものの、料理人たちと一緒にテーブルを囲んだことに対するお小言が止まらないクレアに、今こそシュルツが居てくれたら良かったのにと思ったのは内緒だ。



 そんなサラの念が届いたのか、運良く廊下で数人のメイドとすれ違う。いつもなら会釈してすぐに立ち去るのだが、彼女たちも、クレアから「お嬢様が会いに来る」と伝達されていたみたいだ。今日は珍しく足を止め、メイド達から話しかけてきた。



 「お嬢様、私どもは普段お声掛けできませんが、いつでもお嬢様の健康と幸せを祈っておりますわ」



 1人のメイドが代表して述べた言葉に、メイドたちは揃って膝を折った。厨房にいた使用人たちよりも、所作や言葉遣いの教育を受けているのだろう。もしかしたら、元々身分の高い人もいるのかもしれない。

 サラは1人1人の顔を見つめながら、彼女たちに負けないよう淑女の微笑みをつくる。



 「ありがとう。貴方たちのお陰で、もうすっかり良くなったわ。いつも丁寧に掃除してくれてありがとう。そちらの貴方も、いつも給仕してくれて、助かるわ」


 「そ、そんな…勿体ないお言葉です」


 「ありがとうございます」



 数人いるメイドたちは、名前こそ分からないものの、比較的見かけることが多い人たちだった。名前を聞こうかとも思ったが、流石に1日にこれほど沢山の人に会っていたら覚えられる自身がない。現に、料理人たちの名前もほとんど忘れかけている。また次回の課題にしよう。

 代わりに、明らかに目につく異変にだけ首を突っ込むことにする。サラは、令嬢モードから5歳児モードにギアを入れ替えて、首を傾げた。



 「ねえねえ。朝は違う服じゃなかったかしら?どうして皆着替えているの?」



 今着ているのは、重厚感のある黒のワンピースに、所々にレースの装飾がついている白のエプロン。頭にはヘッドドレスと呼ばれるフリルのような装飾もついている。いわゆるメイド服というやつだろう。クレアもいつも同じものを着ている。

 しかし、朝食の前後に彼女たちが廊下の掃除をしているのを見かけるときは、もっとラフな格好をしていたはずだ。チェック柄の、生地の軽そうなワンピース。袖も所々汚れていた。



 「ああ、私どもはお屋敷中のお部屋に出入りするものですから。朝のうちに汚れやすい仕事を済ませて、人の出入りの多い昼以降は万が一お客様とすれ違ってもご迷惑のないよう、こちらの制服で働いておりますの」


 「あら、じゃあ毎日着替えてるのね!気づいていなかったわ。大変ねぇ」


 「いえ、皆あっという間に素早く着替えられるようになりますのよ」



 誇らしげに微笑む彼女に、別れの挨拶を告げて立ち去った。掘れば掘るほど、今まで沙羅の知るはずのなかった世界が垣間見えるのが楽しくて、いつまでも掘り進めたくなってしまう。

 だが、廊下で立ち話をするメイドに向ける視線がやや不穏になってきているクレアに気づかないほど、サラも鈍感ではいられないのだ。







 「お嬢様!ようこそお越しくださいました」


 「手狭で申し訳ございません。どうぞこちらに、おかけくださいまし」



 サラが連れてこられたのは、屋根裏のとある1室だった。屋根裏とはいえど、屋敷自体がかなりの広さのため、沙羅が想像していた矮小なイメージとは違った。通路は下の階とは比べようもなく狭いが、その分部屋数は10は下らない。

 中でもこの部屋は、窓もついていて明るい印象だった。縫製専用の部屋ということで、布地が所狭しと並んでいて、その分埃臭さはあるけれど。棚から布地や糸が溢れかえっている。ものぐさというよりは、キャパオーバーなのではないか。


 咳をこらえ、案内してくれた女性の差し出す木のスツールに座る。足が削れたのか、少しカタカタする。左足を踏ん張ることでイスを固定させていると、目の前のスツールに先程の女性が座った。体制が傾いていることを見るに、間違いなく彼女のイスも歪んでいるのだろう。



 「皆、忙しいのね。ごめんなさい急に来てしまって」


 「いえいえ!こちらこそ、折角来ていただいたのに、手が離せない者ばかりで申し訳ございませんわ」



 眉尻を下げる彼女は、ケイトと名乗った。ケイト…「毛糸」が縫製担当ね、良い語呂合わせだ。

 彼女の言うとおり、決して広いとは言い難いこの部屋で、ケイトの他にいる4人の女性は皆、目の前の仕事に奮闘していた。



 「日が暮れてくると、どうしても作業が難しいものでして。その分、旦那様は他の部門よりも多めに光輝石を下さるのですが、それも無駄遣いはしたくありませんから」



 彼女の言葉に、ちらりと掛け時計と窓の向こうを見る。時刻は15時半過ぎで、まだ夕方とは言えない時間。外もまだ明るい。だが、もう冬に差し掛かっているので、1度暗くなり始めたらあっという間だろう。

 なんて間の悪い時に来てしまったんだ。知らなかったとはいえ、否、思い当たらなかったこと自体に謝罪したくなってしまう。しかし、ケイトもサラに謝ってほしい訳ではないだろう。だったらせめて、彼女たちのことをもっと知りたい。次は先手を打って気を利かせられるように。



 「それにしても、凄い量ね…」


 「これだけ人が居ると、使用する布の種類も量も桁違いですから。テーブルクロス、カーテン、クッション、シーツ、メイドの衣類…やりがいがございますわ」



 それぞれの手元を示しながら説明してくれるケイトの顔は、自信に満ち溢れている。



 「ケイトは、この仕事が好き?」


 その表情は嘘には見えないけど、つい聞きたくなってしまう。説明してくれた彼女の手には針仕事のたこがあり、服装だってクレアとは違って飾りっ気のないものだ。1日の大半を屋根裏で過ごすのは、辛くないのだろうか。



 「始めは…辛いと思うことも、あったかもしれませんわ。私も仮にも子爵家の令嬢でしたから、甘やかされて育ってましたの。でも、縫い物は元から好きで、よく家でも作っておりました。私はもっともっと、質の高いもの、凝ったものが作ってみたかったけれど、所詮貴族にとっては趣味の1つ。上を目指して何の意味があるんだと、言われておりましたわ。だから、ここに来てからの方が、私が私らしく居られる、とすら思いますの。生家に居たままだったら一生触れることの無かった一級品の素材に触れて、思う存分縫い物が出来て、奥様もそれを喜んで下さる。この上なく幸せなことですわ」



 彼女の笑みは、ここが屋根裏であることすら忘れるほど、明るくて眩しい。これで充実していないと言ったら嘘だろう。気づけば、作業していた他のメイドたちも手を止めて、「私もです」「私も」と次々に同意している。



 「ちなみに、私の1番の力作はコモッコの人形ですわ」



 綺麗にウインクするケイトの言葉に、思い浮かぶものは1つしかない。サラのベッドで寝ている例のぬいぐるみだ。



 「あっ、あれ、貴方が作ってくれたの?」


 「今までああいった物を作ったことは無かったので、とても楽しませて頂きました」



 お茶目に笑う彼女。沙羅はなんとなく、ずっとテレビで見ていた芸能人にでも会ったかのような感慨がこみ上げてきた。



 「ありがとう…。あれ、本当に大切なものなの。…握手しても?」



 感動のままに手を差し出すと、ケイトは慌てて服に手を擦りつけた後、そっと握ってくれた。

 今日はいい夢が見れるかもしれない。サラの特別なコモッコが、きっと素敵な場所に連れてってくれる。



 

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