第39話 魔法?

 「魔法はない、って言ってたじゃん!」



 その日の昼過ぎ、勉強を教えにやって来たリックが部屋に入った途端、待ち構えたようにサラは彼をなじった。

 リックは一瞬目を見開いたが、すぐに呆れた表情になる。



 「もしかして、昼食の時にやたらと恨めしい目で見てきたのはそれか?というか、前にも言った通り、魔法なんかないぞ。なんでそんな話になる?」


 「これよ、これ!」



 いぶかしむリックの目の前に、ビー玉サイズの青色の混じる石を突出す。石商が来たときに、台座の上で冷気を放出する石を不思議そうに見ていたら、石商がくれたのだ。

 リックは石を軽く一瞥すると、


 「ああ、冷氷石がどうかしたのか」


と、やけに淡々とした言葉をくれる。何故こんなにも意志の疎通が出来ないのか。じれったくなり、サラは語気強く主張する。



 「これ、魔法じゃん!」


 「は?ただの自然現象だろ。…………いや待て。もしかして、のか…?」


 「ないよ!冷氷石も温熱石も光輝石も電流石も全部ない!」



 ようやく事態を飲み込んだリックが、信じられないものでも見るかのようにサラを見つめる。そんなリックを、昼食時よりも一層恨めしい目で睨み返す。



 「いやいや、じゃあ照明や浴室はどうなってるんだ?お前今まで、そこに対しては何も言わなかっただろ」


 「そりゃあ、私のいた所にだって、冷蔵庫も照明もお風呂もあったから」


 「どうやって動いてるんだ?」


 「え?それは全部電気が流れてて…あ、電流石とかじゃなくて、回路?で電流が流れるようになってて、それが冷気になったり、熱になったり、光になったり…」


 「ま、待て!…俺からしたら、そっちの方が魔法だ」


 「「……………」」



 2人して固まってしまう。

「常識」とは、なんとあやふやな言葉なんだろうか。ここに来て3週間は経とうというのに、今更こんな大きな障害に突き当たるとは。

 仕方ない。幸い、大きな失態を犯したわけじゃない。取り返しのつくタイミングで気づけて良かったと思うしかない。


 気持ちを切り替える為に、深く深呼吸する。



 「ええと、とにかく。あたしの世界では、石はただの石。エネルギーは全然別の方法で形に変えてたの。だから、魔法にしか見えなくて」


 「なるほどな、盲点だった。時の数え方とか、季節だとか、『世界の仕組み』自体は全く同じものだと思いこんでいた。よりによって、『石』のない世界だとは……」



 頭を抱えるリックも、沙羅との行き違いに気づいたようだ。困惑しているものの、事態はよく見えている。



 「…よし、今日は文字の練習は止めだ。流石に『石』について知らなくては、この世界で生きていけないからな」


 「あー、また覚えることが増える……」



 がっくりと肩を落とすものの、実は少しわくわくしている。だって、石がそのままエネルギー源になっているだなんて、沙羅の価値観からしたらやっぱりそれは魔法だ。

 覚えることが増える煩わしさよりも、興味の方が勝っている。


 リックがインテリぶってモノクルに手を添える。リックの講義番外編の開講だ。



 「まず、この世界には5つの石がある」


 「えーと、冷氷石と温熱石、光輝石…あと電流石?…あれ、4つだけど」


 「そう。あともう1つは、ただの石だ。つまり、この世の全ての石が有用な訳じゃない。お前の挙げた4つの石は、資源としてとても貴重なものなんだ。それこそ、石の産地を巡って国の絡む領地争いが起きるくらいにな」


 「うわぁ、そっか、戦争か…」



 そうか、中世世界に近いのなら、戦争だって勃発しててもおかしくないのだ。アリシュテル家が平和過ぎて、可能性すら考えたことがなかった。

 あからさまに表情の強張ったサラに気づかないはずのないリックではあるが、それよりも話を進めることを優先したのか、構わずに石の説明に入った。



 「エネルギー源としての4つの石は、それぞれ産地が限られている。採掘した時にはエネルギーを放出していないが、石工省の開発した台座に置くことで、放出されるんだ。ちなみに台座がどんな作りになってるのかは、石工省の奴らしか知らない」


 「へぇ、それで板に置いた途端に寒くなったんだ…。あれ、それじゃあ、あたしこの石単体で持ってても意味なくない?」



 石商にもらった冷氷石を、指でつまんで照明にかざす。確かに、石特有のひんやりした感触はするが、特別冷たい訳ではない。



 「石商も旦那様も、それは折込済みでお嬢様にあげたんだと思うぞ。そのサイズの冷氷石ならともかく、石にはエネルギーが詰まってるんだ。子供が遊びで弄ってて、暴発したらたまらないからな」


 「あー、それもそっか」



 娘を溺愛している父なら尚更、サラをそんな危険に晒すはずもない。見た目の綺麗さだけ堪能させる為にくれたもので、間違いなさそうだ。

 ついでに、リックの言葉で引っかかった点も確認する。



 「この大きさなら大丈夫ってことは、やっぱり大きければ大きいほど、エネルギーも強いの?」



 確か、石商も冷蔵庫用の冷氷石を勧める時に、大きなものから提示していた。



 「基本はそうだ。同じ産地のものなら、大きい石の方がエネルギーが大きい。小さいのは、そんなにエネルギーを必要としない用途の為にわざとその大きさに切り出されたものか、大きい石を切り出した時にできた破片だな」



 なるほど、少しずつだが分かってきた。産地によって、どんなエネルギーを秘めた鉱物なのかも違えば、そのエネルギー量も違うということか。であれば余計に、争い事に結びつきやすいだろう。納得して首を縦にふる。



 「問題は、エネルギーが有限なことだな。どんな大きな石であろうと、使い続けていては摩耗する。だから、例えば温熱石だったら、最初は高温が必要な厨房で使って、温度が下がってきたら次はアイロン用になる。それも温度が下がってきたら、暖房として使ったり、風呂のお湯を沸かすのに使う。で、最後はベッドを暖める用。それでも使えなくなったり、十分なエネルギーが確保出来なくなったものは捨てられるか、石商に回収してもらって、今度は金のない庶民たちが買い上げる」


 「すごい。循環してるっていうか、本当に、この世界を回してる資源なんだ…」


 「そういうことだ」



 一気に説明して疲れたのか、リックはコップの水をあおる。最初の頃は、ソファに座りこそすれ、こっちから言わないと水を飲んだりお菓子に口をつけたりしなかったのだが、最近は慣れたのか、勉強中は自分からそういったものを摂取するようになっていた。



 「ちなみに、暖炉があるのもお金持ちの証明だぞ」



 コップを置いたリックが、視線を机の向こうに向ける。今朝は朝から冷えていたから、暖炉に火がくべてある。



 「え、どうして?」


 今まで何の疑問も抱いたことがなかったので、驚いてしまう。ヨーロッパ式の家といえば、暖炉があるイメージが強かったせいもある。



 「だって、薪を割って火をつけるよりも、温熱石を使った方が早いし簡単だろ。そこにわざわざ手間をかけられるのは、使用人の多い貴族の特権だ。まぁ、逆に庶民にまでいくと、石や台座を買えない層の人たちもいるが…。そういう人はそもそも、暖炉の煙を外に逃がすような設計の家に住んでないからな。衣服で凌ぐしかない」



 「なるほどねぇ…」


 「今度他の家に行く機会があれば、暖炉を褒めてみるといい。喜ぶぞ」



 意外と深い、石の世界。

そして、貴族の階級制度だけじゃない。この世界の格差は、かなり根深そうである。そんなことを学んだ1日であった。

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