第28話 沙羅 ー 百波

 高等部1年生になって、3ヶ月が経過した。


 結論からいうと、百波は本当に周りのことが良く見えていないタイプの人だった。言葉を選ばずに言うなら、空気が読めない。



 勿論、百波の「友達になる」宣言の翌日の朝に開口一番、「あたしは友達を作る気が一切ない」と伝えたのだが、



 「えーでもそんなの、変わるかもしれないよ〜」


 と呆気なく却下されてしまった。その後も何度も言ったが、結果は同じ。



 そんな訳で、結局百波はあたしにやたらと絡んでくる。

 あたしは百波に宣言した通り、友達がいないし作る気もない。百波は、何度か空気を読まない発言をしていたせいか、露骨に距離を置かれはしないものの、最初の内の「編入生」というブランドでもてはやされていた時期に比べると、周囲の扱いは大分落ち着いている。



 「ねえねえ、更木さんって清水さんと仲良いの?」



 珍しく話しかけてきたクラスメイトの言葉に、呆れはするものの驚きはしない。

 他の人のほうがよっぽどまともに話を聞いてくれるだろうに、百波は前の席のあたしにばかり話しかけてくることもあり、あたしと百波は仲が良いと思われているらしいことは既に知っていた。



 「別に、目の前の席だからだと思うよ」


 「あ〜、そうなんだ」


 淡々とした答えに引かれたのかと思ったが、表情を見るとそうでもないようだ。少し嬉しそうにも見えるが、気のせいだろうか。質問した彼女の感情も、意図も分からない。聞こうかと思ったが、百波が教室に戻ってきたのをきっかけに、彼女は席に戻ってしまった。

 それきり同じ質問をされることもなかったので、あんな答えでも納得してもらえたみたいだ。



 百波は基本的に自分が話せたら満足なようで、あたしが適当な返事をしていても気にしないのは楽だった。

 ただ、授業の合間の休憩時間はそれで何とかなるのだけど、お昼ごはん中に捕まるのがかなり厄介だった。百波の全力トークを30分以上聞き続けることになるからだ。



 「沙羅ちゃんって、『更木』ってことは、理事長の家族なの?私今まで理事長の名前とか知らなくて、今日校内報見てびっくりしたよ〜、何で言ってくれなかったの、も〜。あ、でも、家に理事長いるとか緊張しそう、ふふっ」


 「みんな勉強ばっかで本当に凄いよねぇ。わたし、勉強好きだと思ってたけど、それでもこうして友達と話したり、家族と出かけたりしてリフレッシュしないとやってられないよ〜」


 「次の期末試験が終わったら夏休みでしょ、沙羅ちゃんはどっか行くの?わたしはねぇ、おばあちゃんの家の近くに乗馬できる牧場があって、毎年家族でそこに行くんだ〜。馬ってすっごい可愛いんだよ。オススメ!あ、でも、お父さんは子供のときに馬から落っこちちゃって、それがトラウマで怖いんだって!情けないよねぇ」



 …以下略。

大体こんな感じの内容を、30分絶えることなく話し続ける。正直、聞いているだけでも大分しんどい。




 しかし、前に1度、あたしから百波に質問し返したときのことを思い出すと、結局は口をつぐんでしまうのだ。



 あれは、なかなかに酷かった。

いつもと同じ昼休み。百波の話があまりにも止まらないので、ついついあたしが口を挟んでしまった時のことだ。



 「ねぇ、百波って、何でうちの学校に編入してきたの」


 ちなみに、「百波」という呼び方は10回ほど強要された結果、あたしが折れた。


 「えっ、それ普通会って1日で聞くやつじゃない〜?今もう4月末だよ?」


 そう言いながらも、百波は滅多にないあたしからの質問に、あからさまにテンションが上がっている。

 そして、返ってきた答えに絶句した。



 「わたしねぇ、本当は中等部から通いたかったんだけど。でも私立だから学費すっごい高いじゃん?だからお母さんに止められちゃってね、『どうせ中等部まではどのクラスでもカリキュラムに違いなんてないんだし、行くなら高等部からにしたら?高等部の学費だけならギリギリ払えるし、百波なら編入できるから大丈夫よ〜』って。わたしも、勉強だけは自信あったから、じゃあそうしよっかなって。受かって良かったぁ」



 ニコニコと、朗らかに話す百波に、何も言えなくなる。



 (あたし、今、どんな顔してんだろ)



 自分と百波が、どれ程違う人間なのか、突きつけられた気分だ。表情筋が仕事をしてくれない。

 その後も百波は話を続けていたけど、どう相槌を打ったのか、全く覚えていない。




 それからあたしは、百波の話に相槌を打つだけの人間になった。否定もしないけど、肯定もしない。頷くだけの人形。






 …本当は。本当はちょっと、思ってしまったんだ。


 父親には歯牙にもかけられず、母親もあたしを無視するようになって。

 そんな中で、どんな理由であれ、「あたし」を選んで友達になりたいと思ってくれたことを、嬉しいな、なんて。誰かに求められる喜びを、あたしは心の奥底で確かに感じていた。




 でも、無理だ。

百波は悪くない。…いや、もう少し周囲の顔色を見た方がいいとは思うけど。あたしじゃなくたって、こんなに必死で勉強している集団であんな話をしたら、殆どの人は引いてしまうんじゃないか。



 それでも、百波の言っていることが間違いではないことくらい、あたしにだって分かっている。


 勉強だけじゃなくて、友達とか、余暇も大事にするべきだとか。家族の大切さとか。分かってるんだよ。



 ただ、あたしにはそれを受け入れられる素地がなかっただけ。 


 友達と勉強を両立できるほど、勉強ができるわけじゃない。勉強だけをとったとしても、あたしは百波には追いつけない。

 家族を大切にしようにも、男でなく、勉強も十分にできないあたしには、家族の願いを満たせない。満たせないのなら、見返りもない。


 ただ、それだけ。




 もう誰もあたしのことを好きになってくれないのに、あたしまで自分のことが嫌いだなんて、認めたくなかった。




 それだけの事実を、改めて浮き彫りにさせる百波のことが、あたしは嫌いだった。




 嫌いなのに、百波を突き放しきれずにいたのは、あたしは百波のことを嫌いなくせに、百波があたしのことを嫌いになるのは耐えられなかったから。




 あたしは、偏屈でずるい人間だ。

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